超人トーナメントの方は大盛況だった。キン肉マンやロビンマスクなどの正義超人の活躍があったおかげで超人レスリングの人気はうなぎのぼり、新人超人の試合だったが客入りは超満員。熱気あふれる良い試合が繰り広げられた。

 バッファローマン達も普段は世界中に散らばっている仲間達に久々に再開し、和やかな良いムードで久々の日本を楽しんでいた。ブロッケンJrもキン肉マンと冗談を飛ばしあい、じゃれ合っては、時折目を細めて見守っているラーメンマンやバッファローマンに手を振る。

 キン肉マンに冗談でヘッドロックをかけ、笑いあうブロッケンJr達を優しい目で見守っていたラーメンマンだが、ふとおかしな事に気がついた。

バッファローマンの話では、ブロッケンJrは片時もバッファローマンの側を離れない。という話だったはずだ。だが、自分が見ている限りでは、ブロッケンJrはバッファローマンから片時も離れないばかりか、めったに寄り付きもしない。

当のバッファローマンは、アイドル超人たちの輪に加わろうともせずに、遠くでじゃれるブロッケンJrを肴にしながら、自分の隣で美味そうに昼間からビールを飲んでいる。

「話が違うな」

 ラーメンマンが独り言のように呟いた。もちろん、隣に居るバッファローマンに言った言葉だ。

「なにが?」

 バッファローマンはラーメンマンが何を言いたいのか判っているくせに、わざとはぐらかして逆に聞き返した。

「ブロッケンはお前に寄り付きもしない」

「……あんたが居るから照れてるんだろうさ」

 バッファローマンがそう言って手にもった缶ビールを一気に飲み干した。そのまま軽くビール缶を潰すと、くしゃっと音を立てていとも簡単に小さな塊になった。それを近くのごみ箱に放り投げる。

「……腑に落ちん。お前、まさかとは思うが何かたくらんでいるのではないか?」

「まぁ……な」

「何故私を呼んだ?」

「言ったろ? 俺とブロッケンを見てくれってさ」

「違うな」

 どこか歯切れの悪いバッファローマンに、ラーメンマンがはっきり言った。ブロッケンJrとバッファローマンの間に何かが有ったのだろうという事はわかる。

 そしてそれがどうやら自分がらみだということも。

「あん?」

 ラーメンマンの言葉に、バッファローマンがだらしなく腰掛けていたベンチから身を起こす。

「出歯亀するつもりは無かったんだが、さっきのお前とブロッケンを見た」

「……ったく、あんたにゃかなわねーな」

 ぼりぼりと頭を掻き、この男に相応しくない大きなため息をつく。

「じゃぁ、判ってんだろう?」

 ラーメンマンの方を向き直り、バッファローマンの目が真剣な物に変わった。

「決着をつけようと思ってな」

 「決着」とバッファローマンが言った。ラーメンマンと、バッファローマン、そしてブロッケンJr。いずれこうなる事は判っていた。だが、上手く行っている現状を壊すのはたとえ彼らといえど躊躇するものだったのだ。お互いが大事であれば大事であるほど。

「…………」

 ラーメンマンは無言だった。話を続けろ。という無言のサインに、バッファローマンが言葉を続ける。

「あんたと、俺と、ブロッケンJrと……、あいつの親父の事。まあこれはあいつの心の問題だが」

 ただの親友として仲が良いのなら、ここまで複雑ではなかっただろう。過去と現在、思いと思いが絡まりあって大きな毛玉のようになっている。それを少しづつ解きほぐし、その中心にあるものを見つけなければいけない。

 本当に好きならば。相手に誠心誠意尽くしたいのならば。

 それが痛みを伴うものであろうとも。

「俺はあいつの気持ちがはっきりするまであいつを抱きたくない」

 その言葉で、ラーメンマンはバッファローマンがいかにブロッケンJrを大事に思っているか感じ、複雑な心境になる。

「この際だからはっきりしようぜ、ラーメンマン」

 さすがのバッファローマンも、その言葉を言うには長い前置きが必要だった。

「あんた、ブロッケンの事をどう思ってるんだ?」

「愛している」

 間髪入れず、ラーメンマンが即答した。

「……おい。ストレートかよ」

 あまりにも直球なラーメンマンの言葉に、バッファローマンが苦笑する。自分の相手が良い男だと思い、嬉しいような、辛いような複雑な気持ちだ。

「私は彼の事を愛している」

 さらにはっきりとラーメンマンは言った。臆する事も、隠す事も無く。背筋をピンと伸ばし、そう言う様は堂々としている。

「父親としては無く?」

「父親としてではなく、一人の男として」

 最後の希望にかけて、バッファローマンがそう問うてみた。返って来たのは、バッファローマンの甘い期待を打ち砕く決定的な言葉。

「まいったな。やっぱり、そうか」

 また頭を掻き、お手上げだという表情で天を見上げた。

「俺は、ブロッケンを他人に渡す気も無いが、あんたを無くす気も無い」

 天を見上げると、透き通るような青い空が見える。澄んでいて、とても高い。ラーメンマンのように気高くて厳しかった。その空を見上げながら正直な気持ちを言うと、ラーメンマンが隣で苦笑した。

「わがままだな」

 拗ねたように身体の向きを変え、ラーメンマンに背を向ける。

「正直、俺はあんたが羨ましいとさえ思う時がある」

 ぽつりとバッファローマンがそう呟いた。

「あんたはブロッケンの親父を殺した。ブロッケンは一生あんたを忘れないだろう。親父の事を思い出すたび、あんたの事も思い出す。それは、あんたとブロッケンの絆だ。俺なんかが到底入れない。俺の存在なんかより、あんたの存在の方があいつにとっちゃずっと重いんだ」

 バッファローマンの本心だった。認めたくないが、真実だった。

「私はそんな理由で彼の父親を殺したのではない」

 ラーメンマンの硬い声がバッファローマンの耳に届いた。同じリングに立ち、男と男の勝負としての結果だったのだ。

「判ってる」

 ブロッケンマンを殺した事で、ラーメンマンがどれだけ苦しんだかバッファローマンも判っている。それでも言った。わだかまりを残したくなかったし、誤解を恐れてはいない。それほどバッファローマンはラーメンマンを信頼しているのだ。その男と恋敵になるなんて、本当に皮肉なものだと思う。

「だからこそ、私は彼を愛せない」

 普段は無口なラーメンマンが口を開いた。

「私は彼から父親を奪った。私はその償いをしなければいけない。私は彼の父親だ。彼には父親が必要なのだ」

 落ち着いて淡々と喋るのに、かえってラーメンマンの奥に秘めた感情と決意の大きさがうかがえた。

「だから、私は彼を一人の男として愛せない」

 ラーメンマンがそう言った瞬間、バッファローマンの胸に、ラーメンマンの痛みが流れ込んできた。悲痛なまでにストイックに自分を押さえる彼が悲しいと思った。

 同時に、なんと強い男だろうと、友に感動する。

「逆に、私はお前が羨ましい」

「あん?」

 硬くなった雰囲気を和らげようとしたのか、ラーメンマンの口調が少し柔らかくなった。思わずバッファローマンがラーメンマンの方へ視線を向けると、かすかに微笑んでさえいる。

「お前は、彼の父親を殺してはいない。お前は彼の父ではないから、彼の事を愛してやれる」

 無いものねだりという事は判っているのだ。お互い。

 だから二人とも苦笑している。

「なら、そうすりゃいいじゃねぇか」

 おどけるようにそう言い、肩をすくめる。

「できない。彼の父親に申し訳ない」

 バッファローマンとは正反対に、首を振り、生真面目にラーメンマンがそう言った。

「義理堅い事だな。あんたらしい」

 ふんと大きく鼻を鳴らし、ラーメンマンの不器用さを思う。バッファローマンにはそういう考え方は出来ないが、ラーメンマンのそういうところは尊敬し、尊重している。

「それに……」

「なんだ?」

 ラーメンマンが言いかけた先をバッファローマンが促すと、呟くように言った。

「ブロッケンJrのためにならない」

 ちくしょう。と思う。なせこんな事になっちまったんだ。あんたはいい男で、俺はあんたの事が大好きだ。なのに、俺の望み通りになれば、あんたが傷付く。あんたの思い通りになれば、俺の欲しいものは手にはいらねぇ。

「あんたは……。本当に愛してるんだな。あいつの事」

 しみじみと悲しくなりながら、バッファローマンがそう言った。

 世の中は本当に上手く行かない。

「嫉妬するぜ。あいつ、俺の事よりあんたの方が大事なんだぜ」

 あーあと情けないため息をついてバッファローマンがそう言った。

「それは私も同じだ。お前は、私が彼に与えたくても与えてやれないものを持っている」

 なりふり構わず欲しいものは欲しいと言い、そのためには犠牲を厭わない。バッファローマンの強さをラーメンマンも羨ましく思っている。

「はらわたが煮え繰り返りそうだ。あんたじゃなきゃ……って良く思うぜ」

「私も同じだ」

 どうしようもない世の性に、大の男二人が振り回されて苦笑した。


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