「カルツ、シュナイダーを頼む」

 うんざりしたような声がカルツにかけられ、カルツが何事か? という風に振り向いた。

「なんだ?」

 練習が終わり、帰る前の一時をクラブハウスの一室で談笑していたハンブルクのJrユースのメンバーはそこに大方そろっていたが、ふと見回すと、ここで待ち合わせたはずのシュナイダーがいない。最後だから。と皆でシュナイダーと食事に行く約束をしていたのだ。

「奴さん、何かヘソ曲げて病室から出てこない」

 苦々しげにそう言うと、親指で廊下の先を指した。その先には、シュナイダーが休んでいる病室があるはずだった。それだけ言うと、俺は義務を果たした、後は任せたという風に近くに椅子に腰掛け、しらん顔してチームメンバーとのたわいない会話に加わっている。よっぽどてこずったのだろう。

「ったく、世話が焼けるぜ……。いいよ、ワシに任せとけ。首に縄つけてもシュナイダーちゃんを引っ張り出してくるぜ」

 フォローするかのようにカルツがそう言い、立ち上がった。同じテーブルにいた仲間が「カルツ、逃げる気か?」と揶揄を飛ばした。テーブルの上にはトランプのカードが散らばっている。おおかた賭けトランプだ。監督に見つかったら大目玉だろう。

「どうしたんだ?」

 カルツの後姿を横目で見ながら、源三が側にいたリンツに声をかける。

「さぁ? さすがの奴も最後だから寂しくて泣いてるんじゃないか? ああなったらシュナイダーを部屋から引っ張り出せるのはカルツだけだ」

 リンツが適当に言葉を返すが、それでも若林が心配げな表情を浮かべていると、ちらりとリンツが読んでいた雑誌から視線を上げ。またすぐに記事を読みながら言った。

「ほっとけよ。シュナイダーが何考えてるのか判らないのは何時もの事だからな。俺達にはどうしようもない。奴なら心配ない。すぐに出てくる。余計な心配した方があいつにとっちゃ迷惑」

 シュナイダーの気まぐれは良くある事だとチームメンバーは特に何事もないかのように振舞っている。何かあったのかもっと詳しく知りたかったが、リンツにはまともな返事はもらえそうに無い。今度は暇を持て余しているらしいヤラに若林は話し掛けた。ヤラは何か喋りたくてうずうずしているらしく。シュナイダーに何かあったのかと若林が話を振ると、思ったとおり身を乗り出して話に乗ってきた。

「あいつ、多分男に迫られてる。様子がおかしいのはそのせいかも」

ヤラが若林の方に向き直って思わせぶりにそう言い、若林がこの事に興味を抱いてるのかどうか様子を伺っている。若林は無言でヤラを見つめ返した。ヤラが自分が言った言葉に思ったほど威力がないのにがっかりしたが、本当は内心の驚愕を若林は必死に押さえていた。

「若林、お前、いつもあいつらとつるんでるだろう? 何か聞いてないか?」

「……いや」

興味深そうに聞いてきたヤラの言葉に、思わず返事のトーンが少し下がった。シュナイダーにそんな事があったなんて全く気がつかなかった。そんな事があったのもショックだが、自分が何も知らされていないのもショックだった。シュナイダーはもともとそういうことを言う奴ではないが、やはりショックである事には変わりない。

「まあ、俺の勝手な想像だから、本当はなんであいつが様子がおかしいのか知らないけど、あれだけシャンなんだからありえない話じゃないだろ?」

 にっと意味有りげな表情をし、ヤラがそう言うと、若林からではなく、サッカー雑誌の後ろからリンツの声が不意に割って入った。

「おい、根拠はあるのかよ?」

「ある」

「マジ? 誰だよ? 向こうから迫ってきたのか? シュナイダーから?」

 聞いてる間に興味が湧いてきたのか、そのまま読みかけの雑誌を脇にうっちゃり、姿勢までヤラのほうに変えてリンツが会話に加わってくる。

「あいつが誰かに迫ってるのなんか見た事も聞いたことも無いね。もちろん、迫られてる方だ」

話題に乗ってくれる仲間が出来て嬉しいのか、ヤラがより饒舌になる。若林が黙っていても、周りの二人は勝手にシュナイダーの噂話を続けていく。

「今は例のデューター・ミューラーがシュナイダーにかなりいかれてるらしいぜ。この前の代表の奴らの間では有名らしい。人目もはばからずかなり積極的だったってさ」

特ダネ! とばかりにヤラがもったいぶって秘密めかして言うと、ヒュウ! とリンツが甲高い口笛を吹いた。その事は若林も知っていた。Jrユースの大会の時、ピッチで軽く練習をしている間でも、ミューラーは何かとシュナイダーの周りをうろついていたのだ。

「大会が終わってもまだシュナイダーのケツ追っかけてるって噂だ。俺さ、昨日あいつをここらへんで見たんだよ。やっぱりシュナイダー目当てだったのかな?」

 興味津々な表情をしてヤラがそう言った。この特ダネを誰かに喋りたくてうずうずしていたらしい。

「だからさ、何かあったのかと思って」

「ふーん。でも珍しい事じゃないだろう? 奴にとっちゃ。聞いた話じゃ、断るのが面倒だからって男も女も来るもの拒まず去るもの追わず…。らしいぜ。ま、噂だけどな」

「羨ましいなー」

「誰が? シュナイダーがか? それともシュナイダーに迫ってる方が?」

 リンツの言葉に、ヤラが同年代の男の子らしく素直に羨ましがると、リンツがまぜっかえした。

「違う! でもシュナイダーを口説こうなんて勇気あるよな。何考えてるかわかんねぇし。迫力負けするし……。でも、こう時々見ててドキッとする事とか有るし判らない事はないけどさ……」

「ま、お前には明らかに役不足だな」

「悪かったな」

からかわれたヤラがむきになって言い返すと、リンツが更におちょくる。能天気な二人に比べ、さっきから一言も喋らない若林は、暗い気持ちで腕組みしていた。

ドイツのスター選手で、あれだけの容姿を持っていれば、周りが黙っていないのは判っている。男女問わずシュナイダーを本気で口説こうとするファンが大勢居るのも知っている。若林の見ている限りでは、シュナイダーは彼ら、彼女らの内で特別扱いしている人を見た事が無く、てっきりシュナイダーは誰も相手にしていないものだと思っていたのだ。だが、プライベートで何があったのかまではさすがに判らない。来るもの拒まずはさすがに違うだろうと思うが。噂の全てが嘘かと言えば、はっきりそうとも言えない。若林は、今までそんな事を考えた事も無かった自分の迂闊さと甘さに愕然とした。どこか油断していたのだ。シュナイダーも自分に好意を持っているだろうと漠然と思い込み、自分ひとりを待っててくれているのだろうと無意識に思っていた。だが、そんなのは根拠の無い思い込みだ。シュナイダーに好きだとも言わないくせに、シュナイダーが自分のために待っていてくれるなんて図々しい事をなぜ考えていたのだろう。

俺はなんて大馬鹿野郎だったんだ!

 恥ずかしさと後悔に歯噛みした。自分の不甲斐なさにはらわたが煮え繰り返りそうだ。自分の気持ちがはっきり判っているのなら、もっと早く好きだと言うべきだった。もしシュナイダーが若林の言葉を待っていたのなら、なおさらだ。不安な気持ちのまま待つのはどれほど苦しかっただろうか。結果としてもしシュナイダーが若林の事を友達としか思っていなくても、早くはっきりさせるべきだった。シュナイダーへの馬鹿な思い込みを止めるにしても、シュナイダーを振り向かせるにしても時間を無駄にしている事には変わりない。

言わなければ、今すぐにでも。

そう心に決めると、今すぐ走り出したいようなもどかしさに襲われる。もともと直情型に出来ているのだ。大事にしすぎた分、表に出すのが遅れてしまったが、一度こうと決めたら今すぐにでもシュナイダーに言ってしまいたい。

一度口に出してしまったら、後は自分を押さえられるか自信が無いが……。

 若林が腕組みを解き、考え込んでいた顔を上げると、一瞬リンツと目が合った。瞬間、リンツがにやりと笑った気がしたのは気のせいだろうか。

「まー、奴にとっちゃウザいだけなんだろうがな。俺でさえ無責任な事言う回りの奴らがウザイと思う事があるんだから、熱狂的なファンが大勢いるシュナイダーはもっとだろうな」

そう言うリンツの呑気さに呆れ、若林が思わず悩むのも忘れて声をかける。

「お前ら……。そこまで判ってるのにシュナイダーが心配じゃないのか?」

「別に。だってシュナイダーだからな。俺達の助けなんか必要じゃないよ。あいつなら自分で何とかするさ」

 シュナイダーの事については本当に全く心配してない様子なのは、無責任なのかシュナイダーをそれだけ信頼しているのか判りかねたが、ふと疑問に思って若林が二人に問いかけてみる。

「そんなに何考えてるか判らないか? シュナイダーは」

 シュナイダーが何を考えてるのか判らないというのは、チームメイトから良く出る言葉だったが、若林にはそれがよく判らない。

「判らんね」

「俺、シュナイダーは判りやすいと思うぜ」

 あっさりと返された返事に、若林が自分の思ったとおりのことを何気なく言ってみると、二人の反応はまるで信じられないというものだった。

「はぁ? マジで言ってるのか若林」

「ああ」

「スゲェ。それって、東洋の神秘ってやつか。超能力か?」

 尊敬の念すら込めて目を丸くして若林を見る二人に、返って若林の方が驚いてしまう。最後には超能力とまで言われて、苦笑しながら言い返す。

「おい……。そんなんじゃねぇよ。表情見てりゃ大体判るだろう?」

 もちろん超能力でも何でもなく、若林はシュナイダーがどういう気持ちなのか大抵は判る。嬉しい時は、いつも固く結んだ一文字の唇がほんの少し緩む、他人から、故意または故意でなく不愉快な事を言われたり、されたら、ほんの少し眉根を寄せ、不快感を表す。二回は大抵我慢しているが、三回続いたら、口か手を出す。(他の奴らには、いきなりシュナイダーが切れたとしか見えないらしい)それに、悲しい時は瞳の影がほんの少し濃くなる。

言葉や、仕草に出す事は少ないが、シュナイダーの瞳は雄弁に彼の気持ちを語っており、シュナイダーには感情がないと言っているやつらや、判らないと言っている方がどうかしていると若林は思うのだが、皆はそうではないらしい。

「いや、判らん。そんな事できるのはお前とカルツぐらいだな」

 感心したように言うヤラの側から、リンツがすっと離れ、ワカバヤシの側に来て囁いた。

「若林、お前、シュナイダーを口説け。奴を任せられるのはお前しかいないと俺は確信した。何処の馬の骨か判らないやつらの間をふらふらするよりはお前の方がましだ。だが、他の奴には絶対言うな。俺ほど心が広くない」

聞こえるか聞こえないかの声でそう囁くと、若林の肩をぽんとたたいて今度は普通の声で言う。

「なんだかんだ言って、俺達も結構シュナイダーの事が好きだし、大事に思ってたって事さ。じゃなきゃキャプテンとして認めて付いていかない……。散々振り回されたけどな」

 リンツが若林に何を言ったのか判らないヤラがきょとんとしていると、またリンツが若林の耳元に囁いた、

「お前になら元うちのキャプテンを任せられる。ツバサは止めてシュナイダーにしろ」

「翼?」

 囁かれた言葉の意味が理解できず、若林がリンツの顔を見た。若林の表情にリンツが意外そうな顔で言葉を発しかけると、シュナイダーを迎えに行ったカルツが大声で叫ぶのが聞こえた。

「おーい。シュナイダーを連れて来たぞ。行くぞ、ゲンさん!」

 その声に、リンツは言うのを止め、若林に肩をすくめて見せると、また何食わぬ表情をしてにテーブルの上のサッカー雑誌を手にとってスポーツバックにしまう。この話は終わりだと暗に示すリンツが何を言おうとしたのか気になったが、カルツの呼ぶ声に若林は腰を上げた。



                       



「シュナイダー、どうしたんだ?」

 皆でわいわい騒いだ後、酔いを覚ます散歩がてら、夜道を二人で歩いていると、不意に若林がそうカルツに言った。若林がさっきから何かを言おう言おうとしていた事はカルツにも判っている。若林は何の事かは言わなかったが、もちろん何について言っているのかも判っている。

 人に会う約束がある…と言うシュナイダーとはさっき分かれた。何か知っているに違いないカルツに聞くチャンスは今しかない。

「ん……、ああ。また少し熱がぶり返してたらしい。こんな姿人に見せたくないと駄々こねてな、困った奴だよ」

 正直言いたくない。とカルツは思い、なんとか誤魔化そうと最後はわざと明るく言って話をはぐらかそうとしたが、若林の瞳はそれを許さなかった。

「何か有ったらしくてな、色々と」

「話せよ。俺には言えない話か?」

 言いにくそうにカルツがそれだけ言うと、若林が間髪いれずに話を促した。

「デューター・ミューラー、知ってるんだろ?」

本来なら、俺がゲンさんに言うべき事じゃないが……と断った後、カルツはしぶしぶと言ったように話し出した。ミューラーの名をカルツから聞いたとたん、嫌な予感に襲われる。

「奴がな、その、シュナイダーと……、なんて言うんだ? 付き合ってるらしい」

「はぁ?」

 あまりの意外さに、若林が思わず素っ頓狂な声を出した。確かに話は聞いていたが、まさかと言う思いのほうが強かったのだ。

「いや、シュナイダーはそうは言わなかったが、ミューラーの方はそう言っている」

 言っているカルツも、自分の言っていることに半信半疑のようだった。

「まさか! 奴と話したのか?」

 若林が噛み付くようにカルツに迫ると、カルツはため息を一つつき、諦めたように言葉を口に出した。

「ああ。ヤツは、シュナイダーを抱いたと言っていた」

「!?」

「シュナイダーの様子は確かにおかしかった……。本当……なんだろうな」

 カルツが様子を見に行った時、体調を崩したせいだけでなく、どこか情緒不安定だった。深読みすれば、何故体調を崩したのかも気になる。

 カルツの言葉に若林の目は驚愕に見開かれた。その目はカルツが今時分が言った事を否定するように求めていたが、カルツは若林の望むような言葉は返してやれなかった。その代わりに出たのは、残念ながら若林をもっと怒らせる別の言葉だったのだ。若林の怒りがさらに膨れ上がる

「無理やりだ! 絶対にそうだ! あの野郎……、ぶっ殺してやる」

 唸るように若林がそう言い、硬く握り締めた拳が怒りで震えた。若林の目が冗談ではないと雄弁に物語っており、もし目の前にミューラーがいたら本当に殴り殺してしまいそうな勢いだった。

「落ち着け、ゲンさん」

 若林がこうなる事を予想していたのだろう、カルツが必死に若林に声をかけた。落ち着く事なんてできる訳が無いとカルツも判っているのだが、そう言って若林を落ち着かせないわけにはいかなかった。

「これが落ち着いていられるか!」

 案の定吼える若林に向かい、カルツは心の中で舌打ちすると、なるべく言いたくなかったもう一つの事実を口に出した。本当に言いたくなかったが、いきり立った若林を落ち着かせるにはこう言うしかない。

「ミューラーはシュナイダーが良いと言ったから抱いたと言っている」

 カルツの言葉は、血が上った若林の頭に更にショックを与えた。感情はヒートしすぎて急降下し、今度は奈落の底に叩き込まれたような絶望が若林を襲う。

「嘘っぱちだ!」

 若林が低く唸るような声でそれだけ言った。目は相変わらずぎらぎらとここには居ないミューラーを睨みつけている。

ミューラーへの怒りは、自分に向けられたものでもあった。早く言ってしまわなかった不甲斐ない自分に対する怒りと後悔で、できるものなら自分で自分を殴りつけたい。

「シュナイダーの方からも求めてきたと……」

 怒り、悲しみ、嫉妬のマイナスの感情が若林の中で煮えたぎっている。カルツに罪は無いと判っているが、そんな言葉を吐くカルツさえ無性に憎しみが湧いてきそうだった。周りのもの全てを叩き壊してしまいたい衝動を鉄の自制心で押さえながら、血を吐くかのように言葉を吐き出す。

「嘘だ! 俺は信じない!」

 若林の理性を唯一保つのは、病室で見たシュナイダーの笑顔だけだった。その笑顔は自分に向けられているという思いだけがかろうじて若林を支えている。でなければもう狂ってしまいそうだった。どこか冷めた所のある自分が、他人のせいでここまで狂うとは思わなかった。

「ワシには、何があったのか多分判る」

 狂った手負いの獣。その心を救う事は、若林の求めているたった一人にしかできない。カルツにできるのは、若林の心の痛みを少しでも和らげる程度。それが気休めにしかならないにしても、カルツは口を開いた。

「何が!」

 すでに理性を失いかけた若林の目を必死にカルツが宥めた。怒りにぶるぶる震える拳を暖かい手で押さえ、言い聞かせるように言葉を続ける。プライドが高く、健全で健康な若林の魂が一人の人間のためにここまで壊れた事に、カルツは哀れみを感じずにはいられなかった。

「シュナイダーは、優しいんだ。可愛そうだと思ったら突き放せない」

「どういう意味だ?」

 カルツの言葉に、ほんの少しだけ若林の目に理性の色が戻った。

「相手がぼろぼろになって泣いて頼まれたら、奴は拒否できない。拒否する気を無くしてどうでもよくなる。相手の好きなようにさせる。相手が欲しいといったら、体も任す」

 カルツの悲痛な表情に、衝撃を受けたのは自分だけではないのだ。と言う事に若林はようやく気が付いた。カルツも相当ショックを受けたに違いないが、それでも自分を宥めてくれたのだ。

「これまでにも、何度かあった」

 やっとそれだけ言うと、カルツも俯いた。シュナイダーの一番側にいながら、シュナイダーを守ってやれなかった無念さは若林を上回るだろう。

 なぜ言ってくれなかったのか?

 なぜ止めてやれなかったのか?

 その共通の思いが、カルツと若林を襲う。本人達の同意に基づく行為なら、他人の恋愛に口を出すのは野暮な事だ。だが、初めからシュナイダーが傷つくと判っている事を止められなかったとなれば別だった。

「そんなの間違ってるだろう?」

 自らの無力さに脱力したかのように、若林がかすれた声で呟いた。なぜそんな事をした? なぜ言ってくれなかった? とシュナイダーを責めたかった。だが、全てはもう起きてしまった。すでに間違った道を進んでしまった今、そんな事をしてしまっても無駄だ。それが判っているから、余計にやりきれなさが募った。

「そんな事ワシにも判ってる! やつはそこまでシュナイダーを追い詰めたんだ。ワシにはそっちの方が心配だ」

 今度はカルツの方が叫ぶ番だった。一番の親友を自認していたカルツには裏切りにも等しい行為だったかもしれない。それでも、カルツは恨み言一つ言わず、心配するのはシュナイダーの事だけだった。

「傷つくのはシュナイダーなんだぞ!」

悲鳴のようにそう言ったカルツの心が、切り裂かれて血を流している。若林がはっとしたようにカルツを見た。カルツもまた、シュナイダーを好きなのだ。

「今奴は何処に居る? 電話番号を教えてくれ」

 先ほどの激高が嘘のように若林がゆっくりとそう言った。熱が収まったわけではない。形を変えて若林の中でくすぶっているだけだ。激情の塊は、まだ若林の瞳の奥で行き場を探している。

                                         
  NEXT

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送