◆Lovefool◆







 ああ……。

 後悔とも諦めともつかぬ感情がシュナイダーを支配した。ぼんやりと空ろな表情で、ホテルの天井を見つめる。

 なんだかどうでも良かった。一度で言いから抱かせてくれと泣き喚いて哀願され、半ば強引にモーテルに連れ込まれても、抵抗らしい抵抗はしなかった。

 もうこれ以上拒否するのもめんどうだ。これで気が済むのならさせてやろう。

シュナイダーはこれ以上この問題にかかわるのはごめんだった。全日本Jrユースに負けた敗北感、バイエルンへの移籍、それに伴うチームメイト、住み慣れた街との別れ。さすがのシュナイダーも少し疲れていた。強引な押しに弱いのは良い事ではないと判っていたが、これ以上抵抗する気力もない。

「シュナイダー、シュナイダー…………」

 そのシュナイダーの一糸まとわぬ姿に、男の巨体が覆い被さり、飢えた獣のように体を貪っている。シュナイダーはここに居るのに、幼い子供が母親を探すように何度も彼の名を呼び、体中にキスを落としては、その存在を確かめるように何度も瞳を覗き込む。

シュナイダーの瞳に、その男、デューター・ミューラーの姿が映った。だが、シュナイダーの目は何も見ていない。まるでガラス玉のように、姿は映しても、心には何も映っていない。

「シュナイダー……」

 哀願するように名を呼び、ミューラーがキスをしようと身を近づけた。シュナイダーが顔を背け、暗に拒否する。ミューラーの瞳が絶望に暗くなった。

けして上手いとは言えなかった。ぎこちなく、加減を知らない愛撫は時にシュナイダーにとって苦痛だったが、何も言わずに耐えた。ミューラーの気が済むように、好きにさせておこうと思ったのだ。すでに、シュナイダーの体はミューラーによって傷つけられていた。下複のあたりがずきずきする。モーテルに準備されていたそれ用の潤滑剤なども使おうとせず、焦ったミューラーが良く慣らしもせず挿入したので、恐らく傷ついたに違いない。

ミューラーがシュナイダーの片足を肩に担ぎ上げた。そのまま身を落とし、体を前へ突き出そうとする。一瞬シュナイダーの体が硬直した。先ほど挿れられた時の痛みを思い出したのだ。次の瞬間、シュナイダーが、初めて声を出した。

「止めろ。俺が……、やる」

「シュナイダー!」

 それを聞いたミューラーの目が驚きで見開かれた。思わず叫び声をあげ、一瞬固まった後、慌ててシュナイダーの体を開放した。そのまま、拾われるのを待っている子犬のような目でシュナイダーを見つめる。その表情を見て、シュナイダーがかすかに微笑んだ。ジェスチャーで、ミューラーにベッドに横になれと指示すると、ミューラーが嬉々としてその巨体をベットに横たえる。今まで、シュナイダーは嫌々ながら自分に身を任せていると思っていたのだ。それが、今夜初めてシュナイダーの方から積極的な行動に出てきた。それを、気分の気持ちに対する返事に捉えたのだ。

 だが、そうではなかった。

 これ以上傷つけられてはたまらない。

 それが、シュナイダーの行動の真意だったのだ。

 またすぐに試合がある。これ以上傷つけられて万が一試合に出場出来なかったら困る。

 移籍すれば、ブンデスリーガにデビューするのだから。念願のプロになれるのだから、余計な事で体を傷つけるのはごめんだ。

 プロデビューするのは嬉しい。だが、若林とはもう一緒のチームでは無くなってしまう。

 シュナイダーがぼんやりそう考えた。すでに、シュナイダーの心の中に、ミューラーは居ない。

 若林と別れてしまう。

 そう思うと、胸に鈍い痛みが走った。全日本Jrユースとの試合を控え、若林は今まで以上に翼、翼と騒ぎ立てた。実際に見たツバサ・オオゾラはサッカープレイヤーとして素晴らしい能力を持っており、若林が執着するのも無理は無いと思った。彼らに敗北を喫し、それでもサッカー選手としては素直に賞賛できたが、若林の想い人かと思うと複雑だった。それが、シュナイダーの気分を一層投げやりなものにさせる。

 若林が夢中なのはツバサ・オオゾラ。ドイツに来てからもずっと若林の目にはツバサしか映っていなかった。なのに、何故時折自分にも意味ありげな目をするのだろう? 自分を見る若林の目の中に、確かに自分への恋心を感じた。シュナイダーのほうも、想いを込めて見つめ返すと、いつも何か言おうとして目をそらしてしまう。

俺の気持ちは判っているはずなのに……。そうシュナイダーが少し悲しく思った。

もしや、自分はツバサの代わりなのだろうか? サッカープレイヤーとして優れた方を若林が選ぶと言うのなら、全日本に負けた俺ははもう用済みに違いない。そんな思いがふと頭をよぎる。ツバサさえ居なければ、若林との別れもここまで不安じゃなかったと思う。サッカープレイヤーとして、敵味方に別れて若林と対戦するのも楽しみではあったのだ。だが、少なくとも今はそれを楽しみにする余裕はない。はっきりしない想いを引きずって別れるのは辛かった。

思わせぶりな若林にも、もしや……と期待する自分にも嫌気が差す。

もともと人付き合いが苦手で、こと恋愛においては幼稚とも言えるシュナイダーには自分から言い出すことは想像もつかなかった。

「ん……ッツ」

 快楽とも痛みとも付かぬ感覚に、シュナイダーが軽い喘ぎ声を上げた。自らミューラーの上に跨り、なるべく自分の体に負担がかからないように身を落とす。シュナイダーの中に挿ったミューラーが獣のような声を上げた。

早く、終わらせたい。早く開放されたい。

ミューラーの上で、シュナイダーがゆっくり腰を動かす。嬉し涙さえ浮かべているミューラーの上で、シュナイダーは他の男のことを考えていた。

もし、自分を組み敷いている男が、若林だったら。

体を愛撫する手の持ち主が、若林だったら。

そう適わぬ思いを抱き、シュナイダーは目を閉じた。今はもう何も考えたくない。

ただ体に感じる快楽に身を任せ、欲望が欲しがるままに体を動かす。相手など誰でもいい。思わせぶりに見つめるくせに、シュナイダーにキス一つしようともしない彼以外は誰だろうと皆同じだ。

しばらく、薄暗いモーテルの一室に、二つの荒い呼吸音とベットがきしむ音だけが響いた。

やがて、シュナイダーの短い悲鳴とミューラーの低いうめき声と共にその音がやみ、夜は更けていった。


               
                      



 白を基調にした明るい病室の窓から、太陽の光がさんさんと差し込んでくる。ハンブルクの練習場に隣接されている病室であるここには、さわやかな風に乗って、グラウンドで練習するメンバーの掛け声や、威勢のいいシュートの音がここにも運ばれてくる。

 白いベットの上には、シュナイダーが半身を起こし、そのそばの椅子には若林が腰掛けてシュナイダーを見舞っている。

「カルツから聞いたぞ。お前、熱出して倒れそうになったんだって?」

 若林がからかうようにそう言った。

「ああ……。少しふらついただけだからこのくらい平気だと言ったのに、カルツに無理やりここに連れてこられた」

 シュナイダーが口元に笑みを浮かべながら若林にそう言った。少し事務手続きが残っていたのでクラブに寄ると、急にカルツが顔が赤いと騒ぎ出し、ここへ連れてこられたのだ。熱を出した本人よりも、血相変えたカルツのほうがよっぽど大変そうだったのが可笑しかった。体は少し熱っぽかったが、二人きりの病室でかなりリラックスしているらしく、いつもの仏頂面が嘘のようなやわらかい表情を浮かべている。

「当たり前だ。お前、来週にでもバイエルンに行ってプロデビューだろう? 何かあったら困る」

 若林も笑い返し、眩しそうにシュナイダーの笑顔を見る。シュナイダーが家族にだけ向けるその微笑を自分にもくれるのが純粋に嬉しかった。

いつからか、シュナイダーに友達以上の感情を持っていることに源三自身も気が付いていたが、源三がそれを口に出す事は無かった。

「俺達の最後の試合も終わったな」

 シュナイダーの微笑みが少し寂しそうなものに変わった。ハンブルクJrユースとしての試合はもう終わってしまい、先日行われた試合は、全日本対ドイツと敵味方に別れてしまった。これからはずっとそうなのだ。また二人が同じチームになるまでは。それはいつになるか判らないし、ひょっとしたらもう無いかもしれない。変化の波は確実にシュナイダーに押し寄せていた。もうすぐ、何もかもが変わってしまう。新しい道に対して戸惑いは無いが、今までの生活を捨てる郷愁はさすがにあった。

まだ、十五だ。周りに思われているように、クールな大人などでは決して無い。ただ、感情を表に出すのが下手なだけなのだ。下手がゆえに人と付き合う事を敬遠してしまい、周りもまた、あまりに整った容姿や雰囲気に近寄りがたさを覚え、シュナイダーはさらに寡黙になる。その豪奢な金髪、憂いを帯びた青い瞳、そしてその卓越したサッカー選手としての活躍に、人々は注目し、批評し、勝手に色々な想像を膨らませる。シュナイダーはこんな奴だと決め付け、思い込み、いつしか人々が作り上げたもう一人のシュナイダーが出来上がって一人歩きしていった。当のシュナイダーはそれを肯定も否定もせず、ただひたすらにサッカーに打ち込んでいるのだが、それを回りは許さない。自分達の想像どおり動く事を要求し、自分達の思うように喋る事を強要する。シュナイダーの事を知ろうともせず、ただ自分達の思い込みや希望どおりに動く事を要求し、出来ねば好き勝手に批判する。それは、シュナイダーをうんざりさせ、更に一層寡黙にし、孤独にするのだった。

皆の言う、割り切った考えを持つ『冷静沈着な皇帝』その評価が一面的なものでしかない事を少なくとも源三は知っている。

シュナイダーの中には青白い炎のような情熱があり、それを支配する鉄のような自律心がある。無表情の奥にある子供っぽさも、シュナイダーの繊細な優しさも豊かな感情も近づいてみて始めて判る。そこまでシュナイダーが人を近づけたのは、いや、シュナイダーに近づく事が出来たのは家族を含めほんの数人しかいない。そして、若林もその中の一人なのだ。

「長いようで、あっという間だったな」

 シュナイダーと共通の時をすごした若林も感慨深げにそう言い、シュナイダーを見つめた。本当に長くてあっという間だった。

僅か十二歳でドイツを訪れ、周りは敵ばかりという環境の中で、真っ先に若林を認めてくれたのはシュナイダーだった。

 まさか止められるとは思ってなかったのだろう。つまらなさそうな表情が、自分にシュートを止められたとたんに変わるのがはっきり判った。普段の愁いを帯びた目がかっと見開き、別人と見まごうばかりに若林を睨みつけ、血が出そうなほど唇をかみ締めた。若林に何本ものシュート撃ち、ようやく体力の限界まできてそれを止めた時、息を乱し、怒りに目はキラキラと輝かせ、かみしめた唇は血のように赤かった。軽く上気した桜色の頬に、白い首筋に、黄金の髪がいくすじか汗で張り付き、子供心にどきどきするほどなまめかしかったのを今でも覚えている。

 このシュナイダーの中に何処にこんな情熱があったのだろう? そう思った若林の疑問はすぐに氷解した。敵ゴールに向けて疾走するシュナイダーは、青白い炎に包まれているかのような錯覚さえ覚えた。その時からずっと若林は相手ゴールキーパーに嫉妬する運命を背負わされたのだ。

あれから三年。もう子供ではない。心の中に感じていた淡い恋心は、シュナイダーが欲しいと若林の中で暴れまわる。シュナイダーに触れたい、キスをして、服を脱がし、その体をまさぐって、その中にあるシュナイダーの情熱を引きずり出したい。

だが、その思いを若林は今までは完璧とはいえないもののシャットアウトしてきた。みっともない……と思っていたのだ。チームメイトに、ましてや親友にそんな感情を抱いている自分は間違っている。自分を律しなければ。という日本人的な思いは、これまで表面的にはほぼ成功していたが、シュナイダーへの思いを外へ出さないようにすればするほど、源三の中でその思いは膨れ上がり、今にも限界を超えて外へ出てしまいそうだった。

シュナイダーと二人きり。一緒にいて、有る様で意外にあまり無い。外からの風に揺れる金色の髪の毛や、どこか寂しげな青い瞳を誰にはばかることなく見つめる事ができる。凍りつくような北国の湖のような青、その青が時折家族にだけ見せる暖かな光を源三にも向けてくれる時、源三の思いはいっそう募る。ほんの少しのきっかけ、シュナイダーの笑みや、些細な仕草。それだけで源三の檻に閉じ込めた思いは檻の隙間を這い出してくる。

シュナイダーが欲しい。

不意にそう思うと、源三は自分の体温が上昇するような錯覚を覚えた。心の底に閉じ込めた思いがゆっくりと昇ってくる。その感情が昇ってくるにつれて、自制心が崩れていくのが自分でも判る。

言ってしまおうか。

ふと、源三の中でそういう感情が芽生えた。何度もそう思っては打ち消してきた。

だが、シュナイダーは行ってしまうのだ。

そう思うと、源三の心臓がドクンと脈打った。

そうだ、行ってしまうのだ。

シュナイダーが居なくなる。

このピッチから、この街から、若林の前から。

あの燃えるような瞳は他のGKのものになるのだ。

今まで考えるのを無意識に避けていたのか、シュナイダーが居なくなる実感が無かったが、このとき初めてシュナイダーが行ってしまうのだと感じた。それがどういう事かも。ずっと隣に有ると思っていた黄金の光が、ある日突然居なくなる。それも、近い未来に確実に。

嘘だろ……。

そんなのは我慢できない。

愛しさと、寂しさと、嫉妬…。源三の中で、色々な感情がぐるぐる回り始めた。自制心は強い方だと思っていたが、シュナイダーの前では何の役にも立たない事を思い知らされる。

そんな源三の内心を知らず、シュナイダーもかすかに微笑んだ。

「ああ、そうだな……」

 そう一言だけ源三に返事を返すと、シュナイダーも一瞬思い出の中に視線をさまよわせ、二人の間にゆっくりと心地よい時間が流れた。何も言わなくてもいい。言葉は無くともお互いへの信頼があれば、沈黙も極上の一時になる。

窓の外で木の葉がさわさわと揺れ、心地よい風と共にホイッスルの音が耳に届く。

 どれだけ時が過ぎたのかは判らないが、それまで和んでいた若林の表情が変わった。しばし何か思い悩んでいた表情だったが、やがて意を決したようにかすかに顔を上げた。真剣な瞳で何か言い出そうと唇を開きかけた時、不意にシュナイダーが若林の瞳を覗き込んだ。

「若林、お前、練習に行かなくて良いのか?」

 今正に言葉を出そうとした瞬間にかけられた唐突の一言。悪すぎたタイミング。

「あ、ああ……。そうだな。じゃあ、そろそろ行くぜ」

シュナイダーの声で、若林がはっとしたように我に返り、反射的に目を伏せた。面食らった表情で一瞬視線をさ迷わせ、狼狽しながらやっとそれだけを言う。昇ってきた感情は、シュナイダーの一言で冷水をかぶせられたかのように急激にもと居た檻の中へ逃げ帰る。出るタイミングを失った言葉は、若林の中で消化不良をおこして奇妙に居心地が悪かった。居心地の悪さと後ろめたさにそわそわして立ち上がろうと腰を浮かせる。正直、シュナイダーと二人きりのこの時がもっと続けばいいと思ったのだが、上手い理由が見つからずにしぶしぶ立ち上がった。

また、言えなかったな。

残念な気持ちと、これでよかったのかもしれないという気持ちが複雑に若林の中で絡み合った。一瞬だけ俯き、気持ちをすばやく切り替えて顔を上げてシュナイダーの表情を見る。若林の黒い瞳に、シュナイダーの表情が写り、瞬間、また若林の心臓がドキッと大きく脈打った。

 かすかに眉根を寄せ、すがるような寂しそうな瞳で若林を見上げている。何かいいたげにかすかに開いた形の良い唇が、言葉を発しようと動きかけ、止まった。そのままきゅっと唇を結ぶと、思いつめたような瞳で俯く。まるで迷子の子供のように脆くて儚げに見えた。

「シュナイダー、おまえ、ひょっとして俺に行って欲しくないのか?」

 その表情と仕草に、思わず若林の口から言葉が出た。七十パーセント以上は俺の期待だと思ったのだが、ひょっとして……という思いに逆らえなかったのだ。

 若林の言葉に、シュナイダーがはっとしたように顔を上げた。若林が惹かれてやまないその青い瞳が、驚いたように若林を見つめた。繊細な細工のような金色のまつげが数回上下し、若林がどぎまぎし始めると、照れたようにそっぽを向いた。

「そうなのか?」

返事を求める若林の声が嬉しさで弾んだ。さっきのひと時を終わらせたくないというのは、シュナイダーも同じ気持ちだったのだ。

「……そうだ」

 そっぽを向いたまま、聞こえるか聞こえないかの声でシュナイダーがそう言った。もちろん若林は聞き逃さない。

「なら、もう少しここにいるぜ」

 そう嬉しそうに微笑みながら言い、立ち上がりかけた椅子にまたどっかと腰掛けた。もうめったな事ではここを離れないぞ。とばかりに腕を組み、にこにこしながらシュナイダーの方を見ている。

「おまえ、練習は……」

「いい」

 慌ててシュナイダーが言いかけると、若林がきっぱりと言う。

「だが、お前ももうすぐ試合だぞ」

 居てくれるのは嬉しいが、若林の邪魔はしたくない。言いたくないのは山々だったが、来期の試合が近づいていると思い、それでもそう言うシュナイダーに若林が鷹揚に返す。

「俺が良いと言ったらいいんだ。今の俺にとってはこっちの方が大事だ」

 そう言うと、にやっと笑った。シュナイダーの動悸が期待で少し上がる。

「それがどういう事か判るか?」

 若林がシュナイダーに顔を近づけると、真っ直ぐ目を見ながら耳元で囁くようにそう言った。若林の低い声がシュナイダーの敏感な耳をくすぐる。ぞくっという快感の後、次の言葉を待ってシュナイダーが若林の瞳を覗き返した。ずっと待っていたのだ。若林が言ってくれるのを。

 だが、シュナイダーの思いは届く事は無かった。熱い瞳でシュナイダーを見つめ、やっと欲しかった言葉を囁いてくれるのかと思っていたのに、若林はシュナイダーの視線を外してしまったのだ。

「まあいい、寝ろ。移籍して早々体調が悪いのはカッコ悪いぜ」

 照れ隠しのように源三がそう言った。自分のふがいなさに舌打ちしてしまいそうだったが、少し冷静になるとやはり不安が頭をもたげてくる。

 もし、シュナイダーが自分を友達としてしか見ていなかったら、若林の気持ちはとても重荷になるだろう。移籍を控えた大事な時期に余計なわずらわしさを与えたくない。今の居心地良い友達としての関係を壊すのも怖かった。ぎくしゃくして離れてしまうくらうなら、友達で居る方がずっといい。

それに、恐ろしかった。好きだという思いを盾に、若林がシュナイダーの心だけでなく体も欲しがっている。と知られる事が。もし友人としか思っていない人間が、まして同性が自分にそんな事を思っていると知ったら、どれほどおぞましいだろうか。

 そう思うと、若林の口から彼の本心が出る事はついに無かった。

「判った。必ず治す」

 若林のその態度を責めることも無く、シュナイダーは素直にそう言った。だが、その青い瞳に寂しさが深く影を落としているのを、シュナイダーから視線をはずしている源三からは、見えない。

 初めての経験に戸惑い、お互いに欲しているのにすれ違う。手を伸ばせば触れる事ができるのに、その勇気が出ない。

あまりにも二人は不器用だった。


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