注:設定は、ガンダムのゲームの世界のような、デギンが亡くならないIFの世界にしてます。



独裁者の花嫁

プロローグ
モノクロ



「どうかなさいました?」

 ベッドの中でまどろむギレンに、傍らの女が優しく声をかけた。

「ン……?」

「急にだまっておしまいになられて……」

 情事の後、女の体温と柔らかい体がギレンを包んでいる。男に必要不可欠なそれが惜しげも無く与えられ、心地よさに目を閉じる。

「うむ……」

 曖昧に返事を返し、ギレンは思考を飛ばした。まるで東洋の修行僧のように深く瞑想し、意識を飛ばして、自由に思考する。ここからギレンの政策が生まれる事も少なくなかった。

 必要とあらばメモを……と、彼の女の立場ではなく、彼の秘書として思ったが、今宵のギレンには執務に関する何かは降りてこなかったらしい。指示も無く、静かに目を開けたり、閉じたりを繰り返している。

「……時々思いますわ」

「なんだね?」

 聞こえるか聞こえないかの声でセシリアが囁いた。聞こえなければ、そのまま黙っていようと思ったが、ギレンがゆっくりと瞼を開け、セシリアの方を見る。

「ギレン様には、この世界はどのようにお見えになってらっしゃるのだろうって。……私みたいな女には想像もつきませんわ」

 勇気を出して、そう言ってみた。ギレンの心の奥深くに入るような事は極力避けていたセシリアが、珍しくそう聞くのをさほど不快にも思わなかったらしく、ギレンが即答した。

「灰色だな」

「え?」

 一瞬理解できなくて、彼女らしくなく思わず問い返した。

 ギレンが緩慢な動きで目を閉じ、また意識を宇宙に飛ばす。

「灰色に見えるよ」

 ゆっくりと、そう繰り返した。

「そんな……事、仰らないで下さい」

ギレンの返事に、何故だか悲しくなって、セシリアがぽつりと呟く。

 ジオンの実質的な支配者として強大な力を持ち、天才的な頭脳と力強い肉体をもつこの男が、そんな事を言うとは思わなかった。他の人間が羨む全て物を持つ男の世界が灰色だと、誰が信じる事ができるだろう。

だが、ギレンの言葉を聞くと、セシリアの胸が痛んだ。公私共にギレンという男に触れた彼女は、直感的にそれは本当なのだろうと思った。

「燃えるような赤い髪だ。赤い髪をした女がいる」

 セシリアの言葉に何かを刺激されたのか、目を閉じたままギレンがそう言った。常人が窺い知れないその頭脳の中に何が映っているのか、ギレン以外には誰も判らない。

「女の……人ですか」

 セシリアが問い返した。既にギレンの中にはセシリアは無い。ただ己と向き合うギレンの邪魔をしないよう、セシリアの声は低くて小さかった。

「そう、女だ。その女だけ、灰色の世界を切り取るように鮮やかな色をしている」

 そう聞いた瞬間、セシリアの心がきりきりと痛んだ。それが嫉妬だと気がつき、驚く。

歴史の深遠を覗けるものはあまりにも少なく、その孤独と、人が見てはならぬ神の領域へ踏み込む苦痛に耐えられるものは更に少ない。

 一人深遠の淵を覗くギレンを誰も理解する事は出来ない。あまりに孤高の高みにいるギレンに誰も届かない。

 だから、自分がギレンに触れる事が出来なくても、我慢する事が出来た。

 その自分を誤魔化している何かが、急に外れそうになったのだ。

「戯れ事を言ったな。忘れてくれ。私にも良くわからぬ」

 ギレンが閉じていた目を開け、自分で自分に呆れたように苦笑しながら傍らのセシリアにそう言った。思考を飛ばしている時は、理性のたがを外し、思うが侭に任せているので、その感情や言葉は当のギレンでも判らない事があった。

 その中から引っかかるものを改めて思い返し、いろいろなものを練って形作るのだ。

「安心しましたわ」

「ん?」

「ギレン様にも判らない事がおありになるのですね」

 セシリアが、少しからかうような笑みを浮かべ、ギレンにそう言った。セシリアの言葉に、ギレンがまた苦笑する。

そのギレンを見ながら、私には判ります……とセシリアが心の中で呟いた。

ギレンが、女を性欲処理と子を産むだけの道具としか思っていないことを知っている。もちろんギレンは紳士であり、セシリア個人への評価はあったが、元々彼にとって女という性はそれほどの価値しかないのだ。それは彼自身の意識の問題だけでなく、ギレンの意識をひきつける女がこれまで存在しなかったからだといえる。

ギレンが我を忘れるほどのめり込み、狂ったように求める女。

ギレンと対等に話し、彼を支える事ができる女。

ギレンは今までそのようなものを求めてこなかったし、ギレンを狂わせるそんな女も今まで表れたことが無かった。

セシリアの自惚れでなければ、自分に、ギレンが全てではないが心の柔らかい部分を任せてくれているのを嬉しく思っている。

だが、自分ではギレンに安らぎを与える事は出来ても、ギレンを変える事は出来ない。

だからセシリアは驚いた。ギレンにとって特別な女。ギレンでさえもその意味にまだ気が付いていない。

ただの女ではギレンを動かす事は出来ない。ギレンの心に入る資格があるのは、ギレンのいる高みまで上り、ギレンと同じ目線を持ち、愛するのも憎むのも全身全霊をかけてする、魂の奥深くを共有するような深い繋がりを持てる女だ。

自分ではないほかの誰かをギレンが求めている。胸が痛んだ。

だが、かすかな嫉妬を素早く払いのけ、ギレンのために、セシリアは祈った。

「ギレン様の事ですから、きっとその人を手に入れるのでしょうね」

 そのひとが、ギレンに彼に欠けた何かを与えてくれるようにと。

「……そのような事、考えた事無かったな」

 セシリアの言葉にギレンが苦笑した。苦笑の後、ふと、真剣な顔になる。

「その人なら、きっと貴方の世界に色をつけてくれる……。兆しを手に入れれば、きっと世界が変わりますわ」

 そう、もっと、自分の心を探って、欲しいものを見つけるといいのです。

 セシリアが心の中でギレンにそう呟いた。ギレンの横顔を、寂しさの入り混じった優しい微笑みを浮かべて見る。

 あまりに孤独な高みにいる貴方の魂に届くもう一つの存在を見つけ、手に入れれば、貴方の世界はきっと灰色でなくなる。

その世界に色をつける存在をどうか手にお入れください。

そう願った。

「そんな気がします」

 そう言ってゆっくりと目を閉じたセシリアの顔を、ギレンが不思議そうに眺めた。


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