I will rock you










「よし、ひろ、胸の前で両手の指を組め。それで首を傾げろ」

 ひろゆきの前で、天は真剣な顔でそう言った。

「こうですか?」

 天のあまりの真剣さに、素直にひろゆきが天の言葉通りに胸の前で指を組み、祈りのポーズを取る。

 ひろゆきがそうしたのを見ると、天は自分もそうして小首をかしげ、おもむろに言った。

「お・ね・が・い、赤木さん」

 体をクネクネさせ、ぶりっこしてそう言った天のあまりにもひどい姿に、ひろゆきが目をむく。筋肉質の大男がしなを作り、上目使いで声を作る姿はもはや犯罪の域に達していた。

「うわっ、天さんキモッ!」

「うるさい、言え」

 思わず本音を口走ったひろゆきを睨みつけ、天がひろゆきを急かす。

「おねがい赤木さん」

 意味も判らず強要され、ぶすっとした顔のままひろゆきが棒読みした。

「もっと語尾に『はぁと』ってついてるっぽく!」

 ひろゆきの演技が不満らしく、天が責めるようにそう言った。

「はあと」

 やはり棒読みでひろゆきがそう言うと、演技指導する映画監督のような顔で天が口を開いた。

「いや口で言うんじゃねえ。俺が言いたいのはだな、語尾にはぁとが見えるくらいカワイく言えって事だ」

「はぁ〜〜〜〜〜〜?」

 天の意味不明な言葉に、おもいっきりひろゆきが不満げな顔をした。

「こんな感じで原田の組の代打ち頼んで来い」

 天の言葉から推測すると、信じられない事にさっきのは実演指導だったらしい。赤木の前で天がさっきと同じポーズでセリフを言えば、間違いなく三ヶ月は口をきいてくれないだろう。

「俺からも頼むわ。なんとか赤木ひっぱりだして相手にぎゃふんて言わせたいねん。半荘一回でも良いから、な?」

 横から原田がにじり寄り、ひろゆきに「頼むわー」と大げさに頭を下げた。

「何で俺が」

 ひろゆきが口を尖らすと、原田が凄い勢いで説明しだした。

 何でも、売り言葉に買い言葉で大嫌いな奴と麻雀勝負をする事になってしまい、原田はどうしてもその場に赤木を引っ張り出したいのだと言う。

 もちろん、現役最強の原田にかかれば、相手がどんな代打ちを呼ぼうが(赤木、天、僧我を除けばだが)楽に勝てるはずだ。

 原田が赤木にこだわっているのは、勝ち負けではない。赤木しげるを代打ちに使ったという事実が欲しいのだ。

 赤木しげるの名はいまや伝説で、赤木を代打ちに使うのは一種のステータスにさえなっている。その赤木を代打ちに出すという事で、原田の力を示したいのだ。

 相手の悔しがる顔が見たいねん……と原田は力説する。赤木のヤクザ嫌いは有名だから、その赤木を代打ちに使ったという事で、原田の株は確かにものすごく上がるだろう。

 でも、赤木さん、そういうの一番嫌がるからなぁ……。

 自分がヤクザの見得の張り合いの道具になるなんて、嫌がるに決まっている。てこでも動かないに違いない。

 それは天さんも判ってるはずだけど……。

 そう思ってひろゆきが天を見ると、ひろゆきの言いたいことはお見通しだったらしく、天がにやっと笑った。

「と言うかな、今まで散々もっともらしいこと言ってきたが、要するにこいつ、相手に赤木しげるを連れて来るって啖呵切っちまったらしい」

 天がそう言うと、原田が気まずそうな顔をした。

 以前からいろいろと揉めていたヤクザの組長に東西戦での負けについて嫌味を言われ、かっとなった原田は、口論の末に挑発されて、麻雀勝負の場に赤木を連れて来ると言ってしまったのだ。

 ヤクザが一度口に出した事を出来ないで済ませられるわけがない。しかも、相手は原田を嫌っている。もし連れてくる事ができなければ、この落ち度を使ってとことん原田を攻撃してくるだろう。

 原田は、自分のプライドと、勢力争いに関わる崖っぷちに立たされているのだ。


「それにな、場が立つ今週の金曜、何の日か知ってるか?」

「……なんでしたっけ? あっ!」

 天がにやにやと意味有りげに笑い、ひろゆきに謎をかけた。ひろゆきは暫し考え、すぐに答えに行き当たる。

「そうそう、赤木さんの誕生日なんだよね〜。でもよ、あの人が素直に誕生日祝われる訳が無いからさ、まず代打ちって事で呼んで、その後サプライズで誕生日祝ってやろうって腹よ」

 天が嬉しそうに言った。

 ああ、それで天さんが協力してるのか……とひろゆきが納得する。

 もちろん、赤木は誕生日を自分から言うような男ではない。和尚がなぜか持っていた赤木のパスポートを偶然見て、その記載事項を天が覚えていたのだ。

 天と一緒に赤木のパスポートを見たひろゆきも当然赤木マニアとしてチェックしていて、後日、天と二人で、赤木さん住民票ちゃんとあったんですねだの、現住所が岩手の清寛寺になっているだのでひとしきり盛り上がった。

 多分赤木に知られたら二、三発は殴られているに違いない。


 天さん人の生活にびしばし割り込むよなぁ……。

 ひろゆきは中ば呆れて天を見るが、天は全く意に介さずににこにこ笑っている。

 誕生祝なんかとは最も無縁の位置にいる男の誕生日まで無理やり祝おうと言うのだから、こいつもいろんな意味で凄い男だ。

「それで俺もけったくそ悪いやつらの鼻をあかして一石二鳥って事や」

 原田も浮かれたようにそう言い、ナイスアイデア! と天と珍しく意気投合している。

 普段いがみ合っているくせに、利害が一致すると仲良くなる現金な二人にひろゆきが呆れた。

「理由は判りましたけど、だったら天さんか原田さんが頼めばいいじゃないですか」

「そういうのは赤木キラーのお前の仕事だろ! 俺はファンシー担当じゃねえの!」

 ひろゆきの言葉に天はきっぱりとそう言いきった。

「はぁ〜〜〜〜??」

 理不尽な天の物言いに、またひろゆきが不満げな声を上げた。

 原田が頼んでもほぼ百パーセント聞き入れてもらえないだろうが、天ならまだ言う事を聞きそうな気がする。もっとも、天から言わせれば、ひろゆきにやらせた方が確実で手っ取り早いという事なのだが。

「だって赤木さんお前に甘いだろ」

 いまいち乗り気でないひろゆきを説得するように天がそう言った。

「そうですか……?」

「気付いてへんのか?」

 原田がそう聞くと、確かにお世話になってますけど……と的外れな事を言い、自覚が無いらしく首をかしげた。

「飲んでる時よくひろとつるんでるじゃねえか。仲良さそうに」

 皆で楽しく飲んでいるときも、赤木はふいと一人になるような所があった。どこか近寄りがたい雰囲気の赤木に誰も話しかける事が出来なかったが、ひろゆきだけは臆せず側に行き、赤木のほうも嫌がらずに相手をしている。それを思い出して天が言った。

「そうなんですよ、赤木さん酔ったらキス魔で」

 何気なく言ったひろゆきの一言に、原田と天が凍った。

 二人で顔を見合わせる。

「いや、俺された事ねえし」

 ようやく天がなんとかそう言うと、ひろゆきが能天気に笑った。

「いや〜、ファンシーからほど遠い天さんにはしようと思わないでしょ?」

 事の深刻さをあまり判ってないらしく、ひろゆきがそう言うと、天がひろゆきの顔をがっちり掴んでぐぐぐっと自分の顔に引き寄せた。

「俺のかわいさを知りたかったら、いつでも教えてやるぞ、ひろ」

「いやいやいやいや。十分判りましたからっ!」

 危うく天にまで唇を奪われる所だったひろゆきが、なんとか天から逃れてぜいぜい言っていると、天がひろゆきの肩に手をかけて顔をのぞきこんだ。

「前から疑問に思ってたんだけどさ、お前どうやってハワイで赤木さんを口説いたんだよ?」

 天がどれだけ探しても見つからなかった赤木を短期間で探し出したのも凄いが、赤木を口説き落したのもかなりの奇跡だ。簡単にやろうと思ってできることではないと天は思うのだが、ひろゆきにとっては、それは奇跡と言うほどの事ではないらしい。

「え? 普通にお願いしましたよ。そりゃすごく大変ではありましたけど……。赤木さん酔っていて、みんなで麻雀して、かなり機嫌が良かったみたいなのがラッキーでした」

 何を言っているんだ? とばかりにきょとんとした顔をしてひろゆきがそう言うと、天はかなわねえなぁ……と天上を見上げた。

 天を説得するより、赤木を味方につけるほうが簡単だという思考はひろゆきにしかできないだろう。普通は逆だ。赤木を知るものが聞いたら、何を無茶なと目をむくに違いない。

「ホンマにそれだけなん!?」

 赤木に最も冷たい仕打ちをされている男、原田克美に至っては、驚きのあまりそう言った後、ポカーンと口を開けて固まっている。

 原田は、今まで赤木にさんざん貢ぎ、我侭を聞き、腹に据えかねる態度を我慢してきたのに、いまだに冷たい拒絶しかもらえないのだ。

「アホかお前は。酔ってたからとかはあの男に限ってありえないね! 酔ってようがセックスの最中だろうが、ヤな事はヤって言う男だぞ、赤木は」

 天がそう言って、ええ〜〜? とまだ不満そうに言うひろゆきの尻をぺしぺしと叩き、早く行けと急かす。

「判ったら行け」

「天さん、僕を丸め込もうとしてませんか〜?」

 不満と不安を晴らせぬまま、離れの赤木の部屋へ行くひろゆきの後姿を、まだ信じられないという顔で原田が見送った。










 襖の向こうには、見事な日本庭園だった。


 秋の冷たい空気に紅葉が赤く染まり、見事に配置された木々と、池に浮かぶ黄色や赤の葉がなんとも趣がある。

 襖を全開にし、部屋の真中で二つ折りの座布団を枕に寝転がる赤木に、ひろゆきがおずおずと近づいた。

「赤木さん……、お願いがあるんですけど……」

「あん?」

 ひろゆきの言葉に、赤木が薄く目を開けた。どうやら機嫌は悪くなさそうだとひろゆきがホッとする。


 今京都に居る赤木が会いたいと言っている。

 その原田からの連絡で、天とひろゆきはわざわざ東京から呼び寄せられた。


 原田は一泊するだけで目が飛び出るほど金のかかる部屋を二人のためにとり、滞在中は一円も金を使わなくてもいいという破格の条件を二人に提示した。天とひろゆきが驚いていると、原田の後ろから赤木がゆっくりと姿を現す。

 すでに何日も原田の世話になっていた赤木は、自分の我が侭で呼び寄せた天とひろゆきに向かって、にやっと笑ってみせた。

 どうせあのヤー公がろくでもねえ事して稼いだろくでもねえ金だ、遠慮なく使え。

 さんざん世話になっているにもかかわらず冷たい返事しかしていない原田の目の前でそう言ったのだが、なんとか赤木を代打ちに立てたい原田は額に青筋を浮かべるだけで辛うじて耐えた。

 げっそりとしている原田に、今までさんざん赤木の我侭に振り回されてきたのだろうということが容易に伺え、滞在を断れなかった。まあもともと赤木に会いたかった二人としては断る理由も無いのだが。



「何度も聞いていると思うんですけど、今週の金曜日、原田さんが、どうしても赤木さんに組の代打ちとして勝負して欲しいと……」

「原田に自分一人でやれって言いな」

 今までさんざん言われてきているのだろう。赤木はひろゆきの言葉をさえぎり、煩そうにそう言うと、また目を閉じる。

「僕、赤木さんが麻雀打っているところ見たいです」

 それでもひろゆきがそう食い下がると、赤木が片目をあけた。

「へぇ」

 緊張しているひろゆきの顔をうかがい、体をおこしてあぐらをかく。

「企んでやがるのか……? 何か……」

 新しい煙草の封を切り、トントンと底を叩いて一本取り出すと、口に咥えて火をつける。

「いえ……。企んでなんか」

「お前は素直だからすぐ顔に出るんだよ、ひろ。原田の差し金じゃあねえな? それじゃ俺が動かねえってお前はよく知ってるはずだからな。言えよ、理由次第じゃ聞かねえでもない」

「…………」

 赤木にしては破格の条件だったが、ひろゆきは正座したまま無言で目を伏せている。

 それもそのはずだ。理由が、「赤木さんの誕生日をサプライズで祝おう」なのだから、ここで言ってしまうと全てが台無しになる。

 なんとか上手い嘘がつければいいのだが、赤木しげるを騙せるわけが無い。肌寒いというのにひろゆきのシャツの下に汗が流れた。

「お願いします」

 結局上手い言葉が浮かばず、ひろゆきはそう言って赤木に頭を下げた。

「……俺はお前の言う事を聞いて、どんなメリットがあるって言うんだ?」

「それは……」

 かたくななひろゆきの態度を見て、ますます怪しいと思ったのか、赤木が一歩踏み込んで聞いてきた。だが、ひろゆきはそれにも答えられない。

 これが赤木しげるでなかったら、金や地位、名誉とでも言えるのだが、そんなもの全く欲しいと思わない男には何を言っていいのか判らない。

 悲しそうな顔をして黙りこんだひろゆきに、赤木が口を開いた。


「お前の誠意次第だな」

 え? とひろゆきが赤木の顔を見ると、赤木はフーッと煙を吐き出して、煙草の灰を高価そうな陶器の灰皿に落とした。

「お前がどこまで犠牲を払えるかで決めようか?」

「犠牲って……?」

 おそるおそるひろゆきが問い掛けると、クククッと赤木が笑った。

「お前がどれだけ俺にそうして欲しいか示しな。俺が満足したら打ってやるさ」

「…………」

 赤木が言うことは、どれもこれも難しい。ひろゆきがまた口篭もった。

 やはり俺に赤木さんの説得なんて無理だ。こんな事引き受けなきゃ良かった。

 そう思うが、でも、なんとか赤木さんの誕生日を祝いたいという気持ちも強くある。上手い事言えない自分がなさけなく、自己嫌悪に陥る。

「なんだ? なんだ? 押し黙っちまって……」

 赤木の言葉に、また無言で額に汗を流す。

 赤木さんは打たないと決めてるはずだ。

 どう話せば翻る……? この人の決心を……!

 ひろゆきの中でぐるぐると焦燥感だけが募り、いい言葉が思い浮かばない。

「黙っているって事は、何してもいいって事か?」

 赤木の言葉に、ひろゆきがすがるように赤木の顔を見た。自分から何か言い出すより、赤木に言われた事をする方が楽だと一瞬逃げたのだ。

「ならここで俺に抱かれるか?」

 唇を吊り上げて笑いながらそう言った赤木に、ひろゆきの動きが止まった。赤木の声は冗談めかしているが、目が本気だ。


「嫌です」

 とっさにひろゆきはそう口走ってしまい、慌てて口を抑えた。せっかくのチャンスを何も考えずにフイにしてしまった事に気が付いたのだ。

「ほんと素直だよなぁ、お前は」

 赤木は、ひろゆきの言葉に気を悪くするでもなく楽しそうに笑っている。よっぽどおかしいのか、肩まで震わせている。

「し、失礼しますっ!」

 赤木が大笑いしているので、からかわれた事に気が付いたひろゆきが顔を真っ赤にして立ち上がった。逃げるようにばたばたと部屋を出ていったひろゆきに、ますます赤木が声を殺して笑い、追ってくる笑い声にひろゆきはますます赤面した。




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