おばけやしない






 おばけを育てているんだよと青江くんが囁いた。
 みんなには内緒でね。
 そう言ってくすくすと小声で笑う青江くんの目が、月の光を受けて金色に光る。
 お互いの体温がすっかりなじんでしまった夜具の中で、足を絡ませ寝物語に聞く話。
「それがずいぶん大きくなってしまって、もう僕一人じゃ支えきれない。無責任だと怒られてしまいそうだけど、君の力を借りたいんだ」
 ほかならぬ青江君の頼みだ。すぐに頷いたけれど、その言い方に、なにか良くない事かと少し心配になる。
「石切丸と僕との秘密にしておいて欲しい。約束だよ」
 不安がっている私の内心を見透かすように、青江くんは私の目を見て念を押してくる。
「気になるかい?」
 頷くと、青江くんは猫のように目を細めて笑った。
「君が僕でいっぱいになるのは気分がいいねぇ」
 意地悪を言う青江くんに、気になって眠れないよと文句を言うと、青江くんが体を起こした。私を組み伏せ、見下ろす青江くんの金色の目がだんだん近づいてくる。
「じゃあ、眠らないでおこうよ」
 息が触れるほど近くでそう言うと、青江くんは私の唇をふさぐ。
 青江くんの手がするりと私の夜着へ潜り込み、胸元に触れた手が腹をすべり、下腹へ触れるとやわやわと揉みしだく。
 またそうやって私を煙に巻く! と文句を言いたくても、声が漏れるのを堪えるのが精一杯。ごまかされないぞとせめて睨みつけると、青江くんが笑った。
 明日、内番のあとに見せてあげる。
 優しく言って、私をなだめるように唇で柔らかく触れる。返事をしないのは抵抗のつもりだ。
 だからそんな目で煽らないでよ。もっと欲しくなってしまうだろう。
 絡ませた指を痛いほど握る青江くんの力の強さに、私の一切が抵抗になっていないと思い知った。
 
 翌日、青江くんの言葉が気になって黙々と内番の仕事をこなしているうちに、あっというまに本日分が済んでしまった。畑仕事はまめができてしまうと文句を言いながら一緒に励んだ青江くんもてきぱきと作業をこなし、二人してずいぶん早く畑仕事が終わる。
「ねぇ、昨日の約束覚えているかい?」
 はしゃぐ気持ちを隠そうとしているのか、自然な感じを装っている風で青江くんが話しかけてくる。落ち着いたふりをしようとしているようだけれど、子供のように目を輝かせていてとても可愛らしい。
 もちろん覚えているよと返事をすると、青江くんは私の手を引いてまだ整地していない茂みをどんどん進んでいった。道などないのに、その歩みは一瞬たりとも迷わない。
 青江くんは、しばらく行くととつぜん立ち止まった。
 茂みの中にぽっかりと空いた場所に小さな畑と、青江くんが嬉しそうな顔で指差す先には、巨大な、いや巨大すぎるかぼちゃ。
「うわぁ、見事だねぇ!」
 思わず声を上げる。
 なんという圧倒的な大きさか。緑の葉の間にごろんと転がっているおばけかぼちゃは、粟田口の短刀なら一人入れそうなくらい大きい。あまりの大きさと存在感に笑いがこみ上げてくるほどだ。
「これを使った祈祷を?」
 あまりの興奮に、かぼちゃに触れながら青江くんに向かってつい口走ってしまうと、青江くんがそれやってくれると思ったよと大喜びする。
「これ、すごいよ青江くん!!」
「すごいだろう? すごく大きいよねぇ」
 大きい。もうそうれだけで圧倒的に面白い。無意識のうちに巨大なかぼちゃを撫で続けている私に、大きいのが好きなのかいと青江くんが笑った。
「食べられもしない置物のかぼちゃがよくもまあこんなに大きくなったものだよ」
 かぼちゃを抱きかかえて興奮する私を見て、生産者である青江くんもうきうきしている。
「君みたいに大きくなって欲しいと思って石切丸と名づけたんだけれど、御利益があったようだね」
 おや? 青江くん、今このかぼちゃのこと置物と言っていなかったかな?
 ちょっと引っかかるものがあったけれど、見事なかぼちゃに免じて流してさしあげる事にした。
「十月に、西洋の節分おばけみたいなハロウィンというお祭りをするから、その余興にね。おばけかぼちゃの重さ当てゲームをしようと思って」
 青江くんは外国のこともよく知っていて、物知りだなぁと感心する。
「それは楽しそうだね!」
「そうだよ、君にも仮装してもらうから。弥生時代の人と和風メイドさんとどっちがいいかな?」
 青江くんは冗談めかして自分の長い髪の毛をまとめて掴み、顔の横へ添える。
「角髪はちょっと遠慮するよ……」
 御祭紳さまと一緒とは神社の小狐丸に何を言われるか判らないので丁重に辞退した。
「粟田口のみんなにハロウィンの話をしたら、すっかり期待してしまってね。ずっと前から楽しみにしてるから、期待を裏切らないようにしないと」
 そう呟いた青江くんの手をとると、そこには大きなマメができている。
「君は、自分の畑仕事を済ませた後に、みんなのためにこの大きなかぼちゃを育てていたんだね」
 小さいとはいえ、こっそり畑を作って、こんなに立派なかぼちゃを育てるとは、どれほど前から頑張っていたのだろう。
「畑仕事は手にマメができると文句を言っていたのに、長い間、一人で」
 私がそう言うと、目を伏せて黙り込んでしまった。
 青江くんは、自分が頑張ったと言いたがらない困った癖がある。いつでも、誰かに褒めてもらうどころか、そういう努力を隠してしまう。戦場でも、今ここでも。
 人を煙にまくような態度で自分の本心を他人に気づかせず、誤解もおそれない青江くんは、誰にも気づかれぬように、黙々と他人のために犠牲を払う。
「青江くんは優しいね」
「別にみんなのためって訳じゃないよ」
 青江くんはふいと向こうを向いてそう言った。
「大きくするのが好きだからだよねぇ。かぼちゃのことだよ?」
 青江くんが私に背を向けてかぼちゃに水をやりはじめたのは、顔を見せないようにしているのだと今なら判る。私にだけ、本心という秘密を教えてくれたのは、青江君の心の奥に少しだけ入ることを許されたようで嬉しい。
「さぁ、たくさん栄養をあげるから、どんどん肥えるといい」
 青江くんの言い方に笑っていると、私が笑っているのに気がついた青江くんがポケットを探って何かを私に差し出した、
「そっちの石切丸も大福あるけど食べるかい?」
 またちょっと思うところがあったけれど、大人しく頂くことにしよう。青江くんの体温でちょっとぬくいけれど、大福は美味しかったしね。
「それで君にお願いなんだけど、このかぼちゃは僕一人では持てないから、一緒に運んで欲しいんだ」
「うん、任せてほしい」
 ためしにかぼちゃを持ってみると、私を見ていた青江くんが固まった。
「……それ、たぶん歌仙くんくらいはあると思うんだけどな」
「もうちょっとありそうだよ?」
 手に乗せて重さを確かめる私に、ますます青江くんが呆れた顔をした。
 分かった。せっかくだから、このかぼちゃには「私が作りました」と書いた青江くんの顔写真をこっそり張ってさしあげよう。
「片手とはね……。いや、まあいいよ。君には逆らわないでおこうと改めて思ったよねぇ」
 石切丸には和風メイドさんをしてもらおう。そして、抱きしめきゅんぐるみとかいう腹が立つほどかわいい石切丸の顔を描いた歌仙くんより重いかぼちゃを片手で持ってもらおう。
 青江くんがぶつぶつ言っていたので、いいよ。と言うと、和風メイドさんでいいのかい! と突っ込まれた。いいとも。青江くんの頼みなら。和風メイドさんが何なのかは知らないけれど。




こんさんに和風メイドな石切丸さんを描いて頂きました! かわいいです!!

2015.12.20 UP
発出 2015.10.01 1週間石切丸と青江チャレンジ @kuma122_s

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