◆果たされなかった約束の行方◆
「済まない、黒須淳がどこにいるか知ってたら教えてくれないか?」
そう言った達哉の制服姿を、カス校の生徒が珍しそうにじろじろと見て言った。
「黒須? あいつなら今日は音楽室の掃除に行ってると思うけど? あんたセブンス? もしかして周防達哉?」
「判った、有難う」
カス校生の好奇心の入り混じったその問いには答えずに、足早に淳の教室から出る。ここはカス校だ。セブンスの制服を着ている達哉が目立つのは仕方が無い。だが、「校門の前で待ってて」と携帯で連絡があったっきり淳からは何も連絡が無いのだ。カス校にセブンスの制服のまま入るのは気が引けたが、焦れて淳の教室まで迎えに行ってしまった。
しかし、淳はいない。携帯も通じない。とりあえず淳を探して音楽室まで行く事にするが、肝心の音楽室がどこか判らない。困ったなと思ってとりあえず歩き出す。好都合な事に、土曜の昼下がりにはもうほとんどの生徒が下校してしまって、あたりには全くと言って良いほど人気が無い。
淳と出会ったのは最近の事だ。行くと決心したもののちっとも楽しくもない予備校にしぶしぶ通っていると、授業が終わった教室で不意に声をかけられた。
「やぁ、この間は助けてくれて有難う。君もこの予備校に通ってたんだ? なんか変な感じだね。君も予備校に通ったりするんだ」
にっこり笑ってそう言う彼に達哉は全く心当たりが無かった。いぶかしげに眉をひそめると、それに気が付いた淳が慌てて自己紹介をする。
「あ、ごめん。僕、橿原淳。君に空の科学館で助けてもらったんだけど、覚えてるよね?」
「…………いいや、全く」
小首をかしげて確認するようにそう言われたが、達哉には全く心当たりがない。素直にその通りの事を伝えると、こっちがビックリするくらいに目を大きく見開かれて驚かれた。
「ええ! ……君、双子のお兄さんか弟さんいるかい?」
「年が離れてる小姑みたいな兄ならいる」
「僕の事、覚えてない……? 僕は君の方こそ僕を知ってると思ってたんだ。初めて会ったのに、君はあの時僕の名前を呼んだから…」
上目使いで最後にはすがるようにそう言われたが、無いものはない。あの時と言われてもどの時なのか見当もつかない。目の前にいる妙にほっそりとした綺麗な顔のカス高生が勘違いしているとしか思えなかった。
達哉が「覚えてない」と言った時、淳の顔色がさっと変わった。はっきりと判るほど顔を青ざめさせて、今にも泣きそうに長いまつげを伏せ、形の良い唇をきゅっと結んだ。良く見ると少し肩も震えている。その顔があまりにも悲しそうで、なんだか無性に胸が痛くなった。なんでそこまで…。と慌てて淳の顔を見て記憶を探るが、やはり心当たりはない。
「すまない、覚えてない……」
なぜか人違いだとはっきり断言したくなくてしょうがなくそう答えると、不意に、「忘れたの……?」と達哉の心の中で誰かが囁いた。「忘れてない」とそう反射的に思ったが、その声がなんなのか判らない。ただ、今目の前にいる淳の声に似ている気がした。あとで良く考えてみると不思議だが、あまりにもあいまいなその声は夢か現実かおぼろげだった。
「そうか…、ごめんなさい。変な事言って。人違い……だったみたいです。でももし、思い出したら……声をかけてくれると嬉しいな」
そう言って微笑む少し青ざめた顔。悲しくて今にも泣きだしそうなのを無理している様子がありありと伝わってきて達哉は益々慌てた。なぜだろう、初対面なのに淳に悲しい顔をさせると心がきゅうっと痛む。もうこれ以上悲しい思いをさせたくない。もう二度と悲しい顔をさせないと誓ったのに……。 そう思って、自分まで無性に悲しくなって焦ってしまう。
「……覚えて無い。けど、今会ったから」
しどろもどろにそう言って淳の目を見た。胸の中で何かをはっきりと決意して、まっすぐ淳の目を見て言う。
「今会ったから、それでいいだろ?」
淳が自分と誰を間違ったのかは知らないが、このまま人違いだと言うと、千載一遇のチャンスを逃してしまうような気がした。このまま縁が切れてしまうのはイヤだ。なぜかそう思ってとっさにそう言った。もしかして淳が求めているのは他の誰かで自分で無いかもしれない。でも、それが勘違いだろうと、淳が捜している誰かが自分であると思ってるのなら、その本当の誰かが名乗り出てこないのなら……。
俺がこいつをもらう。
混乱した頭で一瞬の内にそう考え、本能のままにうろたえながらもそう言うと、淳は一瞬びっくりした顔をして、その後、ほんとうに嬉しそうにまるで花が開くようにふわっと微笑った。その笑顔が何時までも胸に焼き付いて離れない。
今思えば、なんで最初からあんなに気になってたんだろうと思う。はじめに声をかけられた瞬間からもう魅かれてる。夢の続きを見ているような変な気分だ。ずっと前から淳の事を知ってるような気がする。いや、知ってるのだ。小首をかしげるくせ、照れたように笑って目を伏せるくせ、キスしたら満足したように一瞬だけきゅっと目を閉じるくせ。
なんだ? なんでそんな事知ってる? そう思って赤面した。これ以上記憶を手繰れば、もっと淳の他の誰にも見せない姿まで思い出してしまいそうな気がしたのだ。たとえば…、ベットで切なそうに声を上げている姿とか、しどけなく横たわって達哉を誘う姿とか…。
うわっ、なに考えてるんだよ、俺。
慌てて頭を振って思考を追い払う。知ってもない事を思い出すなんて明かに変だ。そんな事がすらすらと出てくるあたり、自分は相当重傷だと思う。でも、感覚としては、「思い出す」と言った方がしっくり来るのだ。ばらばらにした記憶がかけらだけ残っているようなそんな感じ。ココロの深遠から感覚や記憶の断片が不完全なままでふと浮かんでは消えていく。何故だかイライラする。記憶の断片を全部繋げればどこへ繋がっていくのか知りたい。今は自分の体と記憶が誰かによって操作されてるようなイヤな気分だ。誰かに弄ばれてるみたいで気分が悪い。自分以外の誰かが自分の世界に干渉している。そして自分は何も知らされずに蚊帳の外にいる。そんな苛立ちがある。
この気持ちだって。と少し苦々しく思う。淳が好きだというこの気持ちだって、もしかして誰かに与えられた気持ちなんだろうか?
「淳は男だ」と思ってみる。でも、達哉の心には抵抗も葛藤も無い。あるとしたら、ちょっと都合悪いよなぁ。とか、どうやって口説いていいか判らない。というようなそういうレベルの葛藤でしかないのだ。淳に出会った瞬間だってそうだ。夢の続きの恋愛話みたいに、既にもう俺は淳の事好きだったんじゃないか? と思うほどに魅かれてる。恋に落ちた瞬間ならはっきり覚えている。「今会ったからいい」と達哉が言うと、淳がすごく綺麗に微笑った瞬間だ。ドキッとして一瞬時が止まったかと思った。上も下も無い無重力の空間に放り込まれたかと思った。帰る人でごった返した予備校の教室なのに、世界は俺と淳と二人しかいなくなってあとは真っ暗で何も見えない。
そうだ、
淳しか見えない。
その瞬間からそうなった。恋に落ちた瞬間の感覚は鮮烈に鮮明に覚えている。だが、もしやこれも誰かに与えられた感覚だったら?
嘘だ。これが与えられた感覚のはずが無い。この気持ちは俺自身のものだ。
そう達哉は思うが、この気持ちが単に向こう側の達哉の思いを引きずった物なのか、こちら側の達哉自身の気持ちなのか、それは誰にも判らない。
イライラして唇を噛んだ。こういう得体の知れない不安はたまらない。
本当は空の科学館で淳が出会ったのが「向こう側」の達哉であり、向こう側で何があったのかはこちら側の達哉も淳も知らない。
最初に出会ったのは確かに偶然などでは無かった。だが、そのまま再び出会わない運命もあったはずだ。しかし、二人はなにかに導かれるように再び出会った。「向こう側」の達哉によって始められたものでも、そのあとどう未来を選択するのかは「こちら側」の達哉と淳が決めることだ。
俺達は再び出会った。それからどうする? 他人? 友達? 親友?
それとも?
違う世界で再びお互いを探し出し、再び魅かれあうと言ったら、この世界を普遍的無意識から見る二人の光と影はどう思うだろうか?
それは向こう側の世界の単なるリプレイになるのか否か?。
「…………?」
達哉の耳がふと何かの音を聞いた。もっとよく聞こうと耳を済ますと、遠くからかすかにピアノの音が聞こえてくる。放課後の運動場からは、サッカー部やら、野球部やらが妙な奇声を上げて部活に励んでいるのが聞こえる。その声に混ざって、かすかに、ほんのかすかにピアノの音が聞こえてくる。人気の無い校舎の中で聞くその音は不思議だった。部活生の声も、ピアノの音も、どこか遠い別の世界の出来事のように聞こえる。
慎重に音を見失わないように。ピアノの音に誘われるように、達哉はピアノの音がする方向へゆっくりと足を進めた。
かぼそいピアノの音は、はじめは途切れがちだったが、達哉が足を進めていくごとにはっきりした旋律に変わる。近づいていくにつれ、それがなにかの曲を演奏しているのだという事に気が付いた。胸を締めつけるようなピアノの音。ピアノの音を頼りに、誰もいない校舎の中を歩くのは奇妙な感じがした。しばらく音を手繰っていくと、「音楽教室」という古びたプレートがかかった扉の前まで来て、ふと足を止める。
ピアノの音はここから聞こえる。この部屋の中から聞こえる。そう思うと、なにか厳粛な気になった。小さい頃フェザーマンになりきって宝箱を開けるようなドキドキした感じが蘇る。
す……っと。ゆっくりと手で扉を少しだけ開いた。中に入る誰かの邪魔にならないように。そして、乱暴に開けたら、すべてがあっという間に逃げていくのではないかと思って。
扉の隙間からはっきりとしたピアノの音が流れてきた。そっと中をのぞくと、黒光りする大きなグランドピアノが見えた。そして、そのピアノの鍵盤に向かって一心不乱に指を動かす誰かの横顔が見える。
淳だ。
達哉が扉を開けても気がつかないほどにピアノを弾くのに夢中になっている。まるで魔法のように黒と白の鍵盤の上で淳の細い指が踊る。そのたびにとても綺麗で、少し物悲しいメロディがピアノから紡ぎ出されて来るのだ。こんなに綺麗で悲しい音がこの世にあるのか。と思った。
ピアノに向かう淳の白い横顔も、とても綺麗でやはり少し悲しい表情だった。悲しかったことを思い出しでもしているのか、時折切なそうにきゅっと眉をひそめ、目を閉じる。
淳が綺麗で悲しい音を出す事が、淳が綺麗で悲しい顔をしている事が、達哉の心をどうしようもなく締め付けた。
何故淳がそんな顔をするのかを俺は知らない。何故そんな音が出せるのか俺は知りたい。
そう思うと、ずっと淳に感じてる奇妙なデジャ・ヴなんてどうでもいいと思った。そんな迷いは些細な事だ。あんな記憶の断片の淳などでは足りない。やはり俺は淳の事を何も知らないし知りたいと思う。この気持ちは誰の物でもない俺自身の物だと思う。この気持ちが誰かに操作された物だったり、ウソだったりしたら、この世は全部偽物だ。そう言い切れる。いや、たとえそうだとしても、誰かに操られた思いだとしても、自分にとってこれは本物だとはっきり言える。原因はどうあれ、きっかけは何であれ。
俺は淳が好きだ。
はっきりとそう自覚すると、すべてが鮮明に見えた。心を覆っていた薄ぼんやりしたベールを剥ぎ取ったようなそんな感じを覚える。もう迷わない。もうデジャ・ヴなどに惑わされない。もし淳が見ているのが俺じゃなくて他の誰かだったとしても、俺の方を振り向かせてみせる。
もう少し淳のピアノが聞きたくて、気がつかれないようにそっと音楽教室に入る。そのまま淳から少し離れた所の壁に腕組したままもたれかかった。ピアノを弾く淳のことをなんだか壊したくない宝物のような気分になったのだ。この空間に自分と淳しかいない事が満足だった。淳を独り占めしているような気がして。一心不乱にピアノに向かう淳の真剣な横顔を見ながら、このまま時が止まっても良いな。などと馬鹿な事を思う。
ふと淳の指の動きが止った。ピアノも音を出すのを止めた。
「あ、達哉……」
邪魔にならないようにじっと淳を見つめる達哉にようやく淳が気が付いた。魔法が解けたようで少し残念だったが、今度は淳が自分に気がついてくれたことを嬉しく思う。単純だな、俺。と思って心の中で少し苦笑した。
「ご、ごめん。少しだけピアノを弾こうと思ってたら約束をうっかり忘れてたよ……」
済まなそうに細い肩をすくめてそう言う淳に達哉が鷹揚に頷きながらピアノに歩み寄った。
「良い」
「探しに来てくれたんだ? 本当にごめん。埋め合わせはするから……」
達哉が立ったまま小さい体を更に小さくして上目使いで謝る淳を見下ろし、ピアノの鍵盤に視線を移した。不器用な自分が鍵盤を叩いても嫌な雑音が出るだけだが、淳が弾くと綺麗な音が出るのがなんだか不思議だった。
「ん、気にするな。それより淳」
「なに?」
「その曲、なんていう曲なんだ?」
淳が引いていた綺麗な曲の名前が知りたくて、達哉がそう尋ねると、淳が嬉しそうに笑って答える。バイク以外にはなにも興味無さそうな達哉が、自分の弾いていた曲に関心を持ってくれたのが嬉しかったのだ。僕のことも少しは気にかけてくれてるのかな? という気になる。
「うん、『果たされない約束の予感』って言う曲なんだ。ほら、『ピアノ・レッスン』という映画に使われていたんだけど、知らない?」
「知らない」
達哉が興味を持ってくれたのが嬉しくて、思わず声がはしゃいでしまいそうになるのをぐっとこらえる。そんな淳の気を知ってか知らずか、ある意味予想はしていたが首をふってそう答える身もふたも無い達哉の言葉に苦笑する。
「でも……、綺麗な曲だな」
別に無愛想なのをフォローするつもりでもないらしいが、達哉がそう付け加えた。
「うん……。この曲が好きで、弾けるようになりたくてずっと練習してたんだ」
少し照れくさそうに下を向いてそう答える。特別な思い入れのある曲を弾いてるのを特別な思い入れのある人に見られた事が少し恥ずかしいようなくすぐったい気持ちになった。
「『果たされない約束の予感』……か。何か悲しいな」
ぽつりとそう呟く達哉に淳が内心驚いて反射的に顔を上げまじまじと達哉の顔を見る。まさか達哉がそういう事を言うとは思わなかったのだ。達哉には「寂しい」とか「悲しい」という単語には無縁のように思っていたから。
慌てて自分の勝手な思いこみを反省する。寂しかったり悲しかったりしない人間などいるはずがないのだ。達哉が一見そう見えるのは、それを見せまいと隠しているからなのかもしれない。
それに……、自分もこの曲のことを少し悲しいと思っていたから。
達哉も僕と同じ思いをこの曲を聞いて感じるのかな? とそう思って口を開く。こんな事を他人に言うと笑われそうで黙っていたが、達哉になら言っても良いと思った。
「そう、なんだか悲しいよね。果たされない約束の予感がしながら、それでも約束するのってどういう気持ちなんだろうね? そんな時って、どういう時なんだろうね?」
少し悲しそうな瞳で達哉を見ながら淳がそう言った。「約束」という言葉を聞くとなぜか悲しくなる。胸が閉めつけられてどうしようもない。何か大切な事を忘れているような気になって、悲しくて寂しくて子供のように泣き出してしまいそうだ。
誰か大切な人と交わした大事な約束。果たせないかもしれないと思いながら、それでも交わした大切な約束をどこかに忘れてきてしまった罪悪感が、なにも知らないであろうこちら側の淳の心を閉めつける。何も知らぬまま、向こう側での「忘れない」という約束を果たせなかった罪悪感にかられる淳の瞳があまりにも痛々しくて、たまらなくなって達哉が口を開く。
「約束を破りたくて破ったやつなんて誰もいない……。最初から破ろうと思って約束する奴なんていない」
果たされない約束の予感がしながらも、「忘れない」ということを固く誓ってやはり果たせなかった淳と、その約束を最初から破ってしまった達哉。お互いが思ってる事がすれ違い、記憶が無いままに罪悪感だけを感じて胸がきりきりと痛む。
約束を果たせなかった淳を慰めようと思わず言った達哉の言葉を聞いて、同意の意をこめて淳がかすかに頷いた。
「誰だって約束を守りたい……、でも、なによりも大切で守りたいと思った約束のはずなのに、どうしても果たせない約束もある。言い訳がましいけど、それって僕はしょうがないと思うんだ」
言葉を選ぶようにゆっくりと淳がそう言う。なにか大切な事を達哉に伝えたくて、きちんと伝えられるか不安だった。
「しょうがない?」
そう聞き返して達哉も淳の言葉を聞きのがすまいと淳の瞳を覗きこむ。「約束」についての一見無意味な話に何故ここまでお互い真剣になるのかは判らないが、二人にとってなにか大切な事だと言う気だけがひしひしとする。何か大事な事だという事だけが判る。フィレモンによって世界の再構築と引き換えに封じられた向こう側の記憶が無意識の下でひそひそと囁く。その記憶は無意識下に閉じ込められたにも関わらず、「忘れない」と言う強い思念に引きずられて意識と無意識の狭間を破ろうと暴れ、境界線を軋ませる。時折意識下へと出てきた断片的な記憶が、達哉と淳を悩ますデジャ・ヴとなっているのだが、二人がそんな事を知る由も無い。
「うん、誰だって大切な約束を守りたい。でも、ダメなんだ。何を犠牲にしても約束を守りたいと思ってたのに、守れるはずだったのに、心が弱かったり、いろんな事があってどうしてもダメだったり……。とても努力したのに果たせなかった約束は……しょうがないんだ。どんなに頑張っても果たせない約束ってあるんだと思う。頑張っても報われないなんてなんだかやり切れなくて悲しいけど」
どんなに頑張っても果たせない約束……。その言葉を達哉と淳が心の中で呟く。しょうがないと言う一言に込められた色々な思いが二人の心をさらに閉めつけた。切なさと、寂しさと、罪悪感と、約束を守る力の無いちっぽけな自分の存在を思い知らされる。
「約束が守れないのなら最初から約束しない方が良いんだ。約束した方も、された方も傷付く。約束を破りたくて破る人間はいないだろう、でも、もし自分が約束を守れなかったら、しょうがなくても俺はきっと自分が許せなくなると思う」
少しきつい口調で達哉がそう言った。先ほどはああ言ったが、もし自分が大切な約束を破った大罪人だったら自分が許せないだろうと思う。心に妙な重しがかかっているようだ。淳を慰めようと言った自分の言葉に無性に苛立った。もし自分が約束を破ったのなら、そんな綺麗事が言えるだろうか? 自分はどうなのだ? 自分が約束を破った時、そんな言い訳がましい事を偉そうに言うのなら最低だ。そう約束を破った自分が許せないという向こう側の達哉の思いがふと蘇りこちら側の達哉を支配する。
目をふせた達哉が唇を噛んだ。淳の言ってる事も判るし、淳が約束を破った時の言い訳としてそんな事を言ったのでは無い事も判る。だが、もし自分だったらと思うと駄目なのだ。その苛立ちが淳にも伝わってくる。達哉があまりにも苦しそうで、それを見た淳が自分の気持ちを達哉に伝えたいと口を開く。
「僕は、たとえ守れなくても約束をしてくれた事が嬉しい。約束を果たせなかったら傷つくと判っていても、それでも約束してくれる心を僕は大事に思う。もし君が僕との大切な約束を破ったとしても許すよ。だって、君が簡単に約束を破る人じゃないと知ってるから。多分、君が苦しんで苦しんで、本当にどうしようも無くてしょうがなかった時だと思うから。破られた僕よりも、破った君の方が傷つくと思うから」
今度は淳が必死になって達哉の瞳を覗き込んだ。自分の心の中でも罪悪感がしこりのようになって引っかかったが、自分以上に得体の知れない罪悪感に苦しむ達哉を解放してあげたいという気が先に立つ。
「約束を破ったのが君じゃなくて僕だったら、そんな事言えないのかもしれないけど……。そう思ったのは本当だよ」
偉そうに大口叩いた事が達哉の気に触るかと思い、申し訳なさそうに首をすくめて上目使いで達哉の様子をうかがった。そのしぐさが可愛くて、思わずぎゅっと噛み締めていた達哉の唇が緩んで笑みが浮かぶ。
よかった。少しは元気が出たみたいだ。そう淳が思い、嬉しくて微笑み返した。
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