「あ、クルル」

 ケロロ君がそう言ったとき、ボクの脳裏を嫌な予感が駆け抜けた。
 ボクは、昨日弟から聞いた話をケロロ君にしているところだった。クルル君、本当は射撃が苦手じゃないのに、なぜ下手なフリをしているのだろうって。

 ケロロ君、まさか……。いやそんなバカじゃないよね。

 言うわけない。これは、クルル君が秘密にしておきたい事に決まってるんだから、まさか面と向かって言うわけない。

「今ゼロロから聞いたんだけどさー、クルル、実は射撃できるんじゃんー。ギロロに教えてもらうなんてなにやってんのー?」

 わっ、言った!!! バカだ!

「だ、だめッ、ケ、ケロロ君!?」

 ボクが止めた時には、もう遅かった。

 ケロロ君は、何も考えていないのんきな声で、クルル君の秘密に触れてしまったのだ。

 ばつが悪くて、ボクはうつむいた。

「ずいぶんとよけいな事言ってくれたなぁ、ゼロロ先輩」

 やはりこれはクルル君の触れて欲しくない部分だったらしく、クルル君は怖い顔をしてボクにそう言った。声に憎しみがこもっている。

 ボクは、罪悪感とまずいなーという思いでいたたまれなかった。

「気をつけたほうがいいぜぇ……。世の中には、余計な事しなきゃ丸く収まったってことが多くあるんだぜぇ。いままで上手くいっていたのに、アンタのよけいな詮索で台無しにするつもりかい? だから空気読めないって言われるんだよ、アンタは」


 ……その通りです。


「初めてだったんだよ、あんな奴」

 ぽつりとクルル君は呟いた。

「クルル君、ごめん……」

「よけいなおしゃべりは身を滅ぼすぜぇ……。覚えときな」

 クルル君はそう言って、きびすを返して行ってしまった。ボクはクルル君の触れてはいけないところに興味本位で触れてしまった事に罪悪感を感じ、苦い思いをかみ締めた。

「ゲロ? 何怒ってんのアイツ?」

 ケロロ君だけが、わからないという顔をしている。

 ボクはなんだかケロロ君のそういうところにすごく救われた。



「クルル君は、なんでわざわざギロロ君に射撃を習ってるんだろう?」

 ボクがつぶやくと、ケロロ君がぶちぶちと草を抜きながら答えた。

「さぁ? ギロロに構って欲しかったんじゃない」


 あんなクルル君、初めて見た。


 ボクとケロロ君は、いつもクールなクルル君が初めて見せた荒れた態度に、やや毒気を抜かれていた。

 なんとなく無言で、学校の近くの川原で二人膝を抱える。


「あいつら仲悪いけどさー。時々クルルは俺よりもギロロのほうが好きだなって思うもん」


 多分、ボクやケロロ君の事だったら、クルル君はあんなに必死にならない。

 ギロロ君の事だからこそ、クルル君の鉄壁のガードが崩れたのだ。


 ケロロ君もそう感じていたのだろう。


「えー、そうかなぁ? それはないよ。だっていつも喧嘩してるじゃない」

 でも、好きというには抵抗があって、ボクはそう言った。

「クルルの事一番かまってやってたのなんだかんだ言ってギロロじゃん? ケンカするほど仲が良いって言うしさ、クルル、けっこうギロロに構われたくて手出してるようなとこあったよ」


「初めてだったんだよ、あんな奴」

 クルル君の言葉がよみがえる。


 クルル君のことを腫れ物に触るような扱いをする先生たち。

 クルル君のことを理解できなくて、排除しようとするクラスメイト。

 

 クルル君は頭がいい。分からなくて良いことまで分かる。

 大人の思惑、嫉妬、無理解。

 どれだけ理不尽な思いをしてきたんだろう? 

 違うって叫びたかったこと、どれだけあるだろう?


 あの過剰なまでの攻撃的な態度も、今なら少し理解できる。


 いつも喧嘩していたけれど、クルル君に歩み寄ろうとしていたギロロ君。

 特別扱いなどせずに、ギロロ君は唯一良い意味で普通にクルル君と接していた。

 たとえクルル君が天才じゃなくても、ギロロ君はクルル君に対する態度は変わらない。ギロロ君はそんな人だ。ギロロ君はいつだってクルル君に誠実だった。


 ギロロ君は、本気でクルル君と向かい合っていた。

 嫌なことがあっても、怒っても、ギロロ君はクルル君を見捨てなかった。


 クルル君は、裏表のないギロロ君の態度が嬉しかったのかもしれない……。


 ボクは、クルル君がただの嫌な奴じゃないことを知っている。

 ギロロ君の誠実な気持ちが、クルル君に伝わらないはずがない。クルル君が、ギロロ君の気持ちを嬉しく思わないはずがない。そう確信している。



「う……ん。確かにそうだね。そういう意味では、クルル君はギロロ君と一番深く関わってるかもね」

「あいつ、何でもできる奴だと思ってたけど、やっぱ子供だよなー」

 ケロロ君が言うな。とボクは思ったけど、もちろん口には出さなかった。

「あ、クルル戻ってきた」

 手に袋を提げ、小さな歩幅でゆるゆると近づいてきたクルル君をいち早く見つけ、ケロロ君が言った。


「おい」

 ボクとケロロ君にぶっきらぼうに声をかけ、クルル君は袋を差し出す。

「とっとけ」

 ケロロ君が不思議そうな顔で声とともに差し出された袋を受け取り、中を覗き込むと、ぱぁっと笑みを浮かべた。

「おおっ、ピノ! いいの!?」

 好物のアイスを見つけ、顔を輝かせながらケロロ君が言うと、クルル君が頷いた。

「口止め料だぜぇ……。おっさんにはあの事言うなよ」

「言わない言わない! あんがとねクルルー! なんかあったら協力するから、俺」

 すっかりクルル君に買収され、喜ぶケロロ君は、さらなる協力まで約束している。調子よすぎるよ、ケロロ君……。

「でかい山んときは、ピノなんてけちくさい事言わず、ビエネッタで礼させてもらうからよ、頼むぜぇ……」

 クルル君は、幼児とは思えぬ内容を口にした後、ぽんとケロロ君の肩を叩いた。


 ボク、こんなシーン見たことある。映画とかで……。

 マフィアの取引のシーンだ……。


「ビ、ビエネッタですと!? よ、よろしくお願いします!!」

 憧れのアイスを目の前にちらつかされ、ケロロ君は直立不動で四十五度、クルル君に向かってお辞儀した。最敬礼。

「いえーい、ピノ貰ったー!」

「ケロロ君……」

 ボクが呆れているのも気にせずに、ケロロ君ははしゃいでいる。

 クルル君は袋の中からもう一つピノを取り出し、ボクに差し出す。

「あ、ボ、ボクは……」

 受け取りたくなくて、ボクが躊躇していると、クルル君がピノをぐいとボクの手に押し付けた。

「いいからとっときなって、センパイ」

 ケロロ君に聞こえないように小声でクルル君はそう言った。

「これでアンタも共犯者だぜぇ……。ちくったの悪いと思ったら受け取れよ」

「えっ……!」

 その一言で、ボクはピノをクルル君に返すことができなくなった。

 恐ろしく頭の切れる奴だと、ボクは空恐ろしくなった。

 クルル君は、口止め料と称して、ボク達を巻き込んだのだ。もらってしまった以上、ボクたちもギロロ君に嘘をついたクルル君と同罪となる。ますます言えなくなる。

 おまけに、ボクの後ろめたさまで利用した。


 なんて奴……。


 ボクは、そんなクルル君に見込まれたギロロ君にちょっとだけ同情した。

「じゃあな……」

 クルル君はボクたちにピノを渡すと、背を向けて手をひらひらさせた。長居は無用とばかりにそのままさっさと行ってしまう。

 クルル君の小さな背を尊敬のまなざしで見ながら、ケロロ君が口を開いた。

「クルルっていい奴ー」

「いや、逆だよケロロ君……」

「ピノ超美味いしー」

 今のケロロ君に、ギロロ君を裏切っている罪悪感は全くない。ボク達は買収されたんだよ? ケロロ君。

 ピノを頬張りながら無邪気に言うケロロ君にボクはあきれた。


「クルル君、ボクたちより年下だけど……」

 ふと思いついて、ピノを口にしながらボクは独り言のようにつぶやいた。

「ゲロ? うん、超年下だけど、それがどうかした?」

 ケロロ君がすかさず突っ込む。ボクは言おうか言わないでおこうか迷った。

「いや……」

 ボクは口ごもったけれど、ケロロ君の視線がボクに先を促している。

「もしだけどさ、クルル君の方が年上だったらギロロ君とどうなったかな? と思って」

「ウヒャー、それオモシロそー。アイツ確実にすごいことギロロに無理やりさせるぞ。ギロロ絶対かわいそうな目にあうから。ゼロロけっこう酷い想像するねぇ、ひょっとしてS?」

 言いだしっぺのボクよりずっとケロロ君ははしゃいでいる。

「年上は無理だけどさ、ケロン軍に入ってアイツが上官になったらどうするぅ? クルル嫌な奴だけど天才だから、ありえるかも」

「やだなぁ……。それほんとやだなぁ……」

 ボクは思わず心からそう言った。

「俺もヤダー」

 ケロロ君も軽いノリで言うと、口に手を当ててゲロゲロゲロ〜と笑う。

「でもクルルがギロロの上官とかになるの、見てぇよなぁ〜〜」

 ニシシシ……と人の悪い笑みを浮かべるケロロ君は、心底嬉しそうだ。

「う、うん。正直すごくかわいそうな事になると思うね、ギロロ君」

 ボクも思わずそう言った。

 ギロロ君、あの時は面白がって本当にごめんなさい。



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