「クルル君は?」
掃除の後には、四十五分の休み時間がある。ボクたち三人は、いつも一緒に遊ぶのが日課だった。なのにボクはクルル君がいないことに気がついてケロロ君にそう聞いた。
「アイツ清掃用具片付けに行ったけど?」
ケロロ君は答えた後、少し間を空けた。多分、それにしちゃ戻ってくるのが遅すぎると思ったのだろう。
「ギロロ、お前クルル知らない?」
「いや……」
ケロロ君は今度はギロロ君にそう聞いたけど、ギロロ君も首を横に振った。
三人の間に、嫌な雰囲気が立ち込める。
先生に呼び出された。だとかそういう理由だったらいいんだけど、給食を食べなかったあの時以来、クルル君の教科書が隠されたり、水に濡らされたりしていたのを思い出して、ボクは不安になった。
「休み時間になって、だいぶ経つよ?」
ボクが心配してそう言うと、ケロロ君があせった顔をして回りを見回した。
「おーい、クルル知らね?」
ケロロ君の呼びかけにも、クラスの皆は首を振った。
ボクたちの嫌な予感がもっと大きくなる。
「探しに行く」
ギロロ君ががたんと音を立てて椅子から立ち上がり、すたすたと歩き出した。
「あ、ギロロ君」
「ゼロロ、俺たちも行こう」
「うん」
ケロロ君がボクに言って、慌てて後を追う。
教室を出て行く時、ふと入って来たクラスメイト数人とすれ違った。チラッと視界に入った、隠すように手に持っていたものを見て、ボクは少し考え込んだ。
白いぬいぐるみ。なんであんなもの持っているのだろう?
それを持っていた子は、体が大きくてクラスでも乱暴者で、ボクも苛められた事がある。
その子とぬいぐるみが結びつかず、ボクは違和感を感じた。
あ、ケロロ君達行っちゃう。
ボクは考えるのをやめ、慌てて歩き出した。
何か大事な事、思い出せそうな気がするのに思い出せない。
「いないよ、どこにも居ない」
クルル君のお気に入りの屋上と理科室も、かび臭い体育館の倉庫も、トイレも、掃除用具入れも。
どこを探してもクルル君はいない。
「マジかよー。アイツどこいったんだよー」
ケロロ君が、途方にくれた声を出した。
その時、はっとボクの脳裏にあるものがひらめいた。
そうだ。
教室を出る時すれ違ったクラスメイトが手にしていた白いもの。隠すように持って見えにくかったから気がつかなかった。あれ、ぬいぐるみを持っていたのかと思ったけど、違う。あれはきっとクルル君の耳あてだ。あの、ふわふわしたやつだ。
「あのボク、違うかもしれないんだけど、クラスの人たちが、クルル君の耳あてみたいなの持ってるの、見たよ」
ボクが慌てて言うと、ケロロ君が目をむいた。
「ゼロロお前それ早く言えよ!」
「ご、ごめん、今思い出した」
ボクが謝っているのに目もくれず、ギロロ君が教室へと早足で歩き出した。
「あ、おいギロロ」
慌ててケロロ君がギロロ君に追いつきそう言うと、ギロロ君は前を睨みつけるようにして歩きながら言う。
「あいつらに、クルルの居所吐かせる」
ギロロ君怒ってる。
ボクは青ざめた。
ギロロ君は短気だから、ケロロ君やクルル君にもよく怒ってるんだけど、それとはぜんぜん違う表情。
本気で怒っている。
「ぼ、暴力はやばいって、ギロロ」
ギロロ君のただ事ではない姿に、ケロロ君がなだめようとして言ったが、それは少しもギロロ君の怒りを和らげる事はできなかった。
「誰が暴力でと言った」
ギロロ君の声に、ボクとケロロ君はたじろいだ。
「だって」
ギロロ君の迫力に押され、ぼそぼそとケロロ君が喋る。
「ギロロ切れてんじゃん……」
誰もギロロ君を止められない。
「よー、待ちくたびれたぜぇ……」
運動場の隅にある倉庫の鍵をケロロ君が急いであけると、ギロロ君が力任せに引き戸を引いた。
引き戸から入ってくる太陽の光をまぶしそうにしながら、中にいたクルル君がそう言って軽く手を上げる。
石灰とか、一輪車とか、そんなものに混じって小さな黄色い体があった。
クルル君は、そこに閉じ込められていたのだ。しかも、びしょぬれで。
「クルルっ!」
ケロロ君が叫び、ボクたちは慌ててクルル君の元に駆け寄った。
クルル君は、青ざめて歯の根をがちがち言わせている。強気で生意気な態度は崩さない。でも、声は弱々しかった。
「酷い……」
ボクが思わず呟き、ギロロ君がクルル君の濡れて埃で汚れた肩を掴んだ。
「お前、びしょぬれじゃないかっ!?」
「あー、さすがに蛙でも風邪引きそうだぜぇ……」
肌寒い季節だ。濡れたままのクルル君の体は冷え切っている。
ひどい。本当に風邪引いちゃう。
皆ひどくクルル君を心配したけれど、何をされたのか、ボクたちは聞かなかった。
こんなにされても、クルル君はいじめっ子に負けなかった。とボク達は確信している。
どれだけ殴られても蹴られても、水をかけられても、クルル君は相手をバカにした顔で傲然と胸を張っていたに違いない。あの嫌なク〜ックックックという笑い声で、逆に相手を嫌な気持ちにさせてたに違いないんだ。
クルル君に何があったのかはとても心配で知りたかったけど、それを話すのはプライドの高いクルル君には屈辱に違いない。
ボクたちはクルル君に敬意を表した。
「俺様の才能を妬む奴らのささやかな嫌がらせには慣れてるからよ……。まぁ静かで良い瞑想ができたぜぇ」
クルル君はそう言って、笑った。その無理に作った笑顔を見て、ボクの目に涙が浮かぶ。
嘘だ。こんな所に濡れたまま閉じ込められてボクだったら泣いてる。大声で助けてって叫んでる。
ボクはそういう惨めな思いをよく知っているから判る。
クルル君だって泣きたかったはずだ。寂しくて辛くて悲しかったはずだ。
クルル君、君は何でそんなに強いの?
でも、いいんだよ。
意地張らなくって、いいんだよ?
泣きたい時に泣けなくなっちゃうよ? ダメだよ、そんなの。
ボクが鼻をすすると、ギロロ君がいきなりクルル君を抱きしめた。クルル君の体は濡れて、石灰や埃だらけの床を転がされてかなり汚れていたけれど、ギロロ君はそんなことには構わなかった。
「もういいから強がるな!」
ギロロ君が怒ったようにそう言うと、一瞬クルル君の顔がゆがんだ。
「クルル、聞け」
ギロロ君は、一度抱きしめていた腕を解き、クルル君に言い聞かせるように、クルル君の目を見ながらゆっくりと言う。
「今に、みんなお前の事を欲しがる。誰もお前に手出しできなくなる」
クルル君が、ギロロ君の顔をじっと見つめてる。いつも口答えばかりしているクルル君が、今だけおとなしくギロロ君に肩をつかまれ、クルル君をじっと見つめるギロロ君を見返しながらその言葉を聴いている。
ギロロ君の姿を目に焼き付けるように。ギロロ君の言葉を一言でも聞き漏らさぬように。
「だからほんの少し、今だけ耐えろ」
ギロロ君の言葉にクルル君がかすかに頷いた。
「あんな馬鹿どものせいで、お前が自分の事を少しでも嫌いになるような事があれば、俺はあいつらを許さない」
ぎらりと殺気を目に宿し、ギロロ君がそう言った。ギロロ君は本当にいい奴だ。そしてクルル君も、ギロロ君にそう言ってもらえるに相応しい奴だと思う。
「お前がお前であるというだけで、嫌な思いする事はきっとなくなるから……っ」
「分かってるぜぇ……」
クルル君は、涙を堪えた声でやっと返事をした。甘えるようにギロロ君にぎゅっとしがみつく。
クルル君がギロロ君の胸に顔をうずめ、かすかに震えた。
クルル君が泣いているのかどうかはギロロ君しか知らない。でも、ギロロ君はクルル君が泣いてたって、その事は一生口外しないだろう。
しばらく二人はぎゅっと強く抱きしめあい、やがてクルル君が照れたようにギロロ君の胸から顔を上げた。
ケロロ君が無言でクルル君のイヤーマッフルを差し出す。それを見て、クルル君の顔に笑顔が戻る。
「ありがとよ。こいつが無いとおちつかないぜぇ……」
ようやく見慣れたいつものクルル君に戻り、ボクたちの顔にも笑みが漏れた。
「よく耐えたな……。偉いぞ」
ギロロ君がそう言ってクルル君の頭を乱暴に撫でた。クルル君はギロロ君の乱暴なしぐさに迷惑そうな顔をしたけれど、本当は嬉しいんだってそこにいた全員が知っていた。
「命拾いしたぜ、あいつら」
ギロロ君によってぼっこぼこに殴られた、クルル君を苛めた奴らを軽蔑するように見て、クルル君が呟いた。
いじめっ子達は、元の倍くらいに顔を腫らしたままボクたちとクルル君を見ると、ばつが悪そうに足早に立ち去った。
「おっさんが馬鹿は相手にするなと言ってたからな。おっさんに免じて、抹殺するのはやめといてやるぜぇ」
「えっ、抹殺……!」
ボクは、あどけないクルル君の口から出た恐ろしい言葉に仰天した。
あー、うーん、言葉のあやとは思うけど、クルル君が言うとしゃれにならない。というか本気かもしれない。むしろ本気……かなぁ。
「俺もやっと目が覚めたしな。甘ちゃんな自分とはおさらばだ。自分の居場所が気に入らなきゃ、壊して作り直せば良いんだ」
夕暮れの空を眺めながら、さばさばしたようにクルル君はそう言った。苛められてひどい目にあったことも、さほどクルル君のダメージにはならなかったようだ。逆に、クルル君は彼なりの真理を見つけたらしい。さすが転んでもただでは起きないクルル君だ。なんだかボクは嬉しくなった。
「クルル、お前ほんとなんなの……?」
「クル? 軍部のモルモットだぜぇ」
く〜っくっくっく。と口元に手を当てて笑いながらクルル君は言った。それの何がおかしいんだよ……とボクとケロロ君の顔が青ざめる。
「まー今は子供だから仕方がない。親に迷惑もかけられねぇし、軍のモルモットに甘んじてるがよ、俺が好きに生きられるようにがんばらねぇと。俺の居場所を確保しなきゃなぁ」
クルル君は、陰気で陰険な笑いを浮かべ、「俺のワンダーウォール、見つけたぜぇ」と言ったけど、ボクたちは訳がわからずきょとんとした顔で、何か悟ってしまったクルル君をますます青ざめながら見た。
クルル君の、危険度が、増した……。
今まで、クルル君は降りかかる火の粉を払うだけだったんだけど、これからはもっと積極的に自分の力を使おうと考え方を変えたらしい。
それは……正直とっても危険だ。
「まぁ、見ててくれよ。そのうち誰もが俺の前に跪くからなぁ……。ク〜ックックック」
本気っぽい。うん、これは絶対本気だ。
ケロロ君がそんな事言っても、何をバカな。って感じだけど、クルル君はやる。そういう子だもの。
ギロロ君、クルル君変えちゃった。
「ギロロ、お前けっこう罪な事したよ……」
ケロロ君の呟きに、ボクはこくこくと頷いて同意の意を示した。
ギロロ君がクルル君を本気にさせちゃった。
ギロロ君、罪な事、したよ……。
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