そんなある日の給食時間。

 ケロロ君とギロロ君がプリンを食べ終える頃、ボクはまだシチューをもぐもぐしていた。コッペパンは硬くてぱさぱさで食べにくい。だけどそれを言うと、ケロロ君がすぐゼロロん家は金持ちだから。と言い出すので、ボクは黙ってパンを噛みしめた。

 今日は、給食が終わると、掃除してすぐ下校だ。だから、みな早々と給食を食べて、掃除して帰りたい。ボクはいつも食べるのが遅いのでこんな時とてもケロロやギロロ君に申し訳ないのだけど、今はボクよりも食べるのが遅い子がいる。

 もちろん、クルル君だ。

 クルル君は小さいから食べるのが遅くても仕方がない。でも今日は、クルル君はおかんむりで、お腹が減ってるくせに嫌だと給食に口を付けようとしなかった。

 ボクが食べなよ。と言っても、ぶんぶんと首を振るばかり。ケロロ君が、じゃー俺が食ってやろうか? と言うと、ギロロ君がケロロ君をギロリとにらみ付け、ケロロ君は残念そうな顔でクルル君のプリンから手を離した。

 どうやら、クルル君はボクたちのいない間に誰かに気に入らない事を言われたらしい。

 クルル君は低血糖になると危ないから、ご飯をちゃんと食べないといけないのに……。

 そんな事クルル君が一番良くわかっているだろう。

 クルル君は普段誰かに何か言われれば、その三倍はやり返す。いつものクルル君なら、落ち込むなんてばかばかしいとばくばく給食を食べる。

 でも今日はそうじゃない。

 みんな口には出さないけれど、クルル君に何かあったのだと心配している。


「食べろ」

 そう言って、ギロロ君がクルル君の手にスプーンを持たせた。

「いやだね」

 クルル君は反抗してスプーンを放り投げる。床にスプーンが転がり、金属的な音を立てた。

 やばい。

 ボクは、もぐもぐしながらそう思った。もうパンの味なんてしない。

 ギロロ君、切れるかも。

 ボクは、まだ給食が残ってて良かったと思った。とっくの昔に食べ終えたケロロ君は、何もする事がなくて居心地が悪そうだ。一触即発の二人をちらちらと見ている。

 ギロロ君は、ぎろりとクルル君を睨みつけた。クルル君はふてくされてそっぽを向いている。

 ギッ、ギロロ君怒ってる。

 ボクはどきどきした。

 その時不意に、がたんと音を立て、ギロロ君が立ち上がった。

 ボクは思わずびくっとする。ケロロ君もだ。ボクは給食を食べながら、ケロロ君は時計を見ながら、何気に二人を気にしていた事がばれてしまう。

 ギロロ君、クルル君を殴ったり……しないよね?

 ボクとケロロ君が見ている中、ギロロ君は立ち上がって、クルル君が投げ捨てたスプーンを拾い上げた。そのまま手洗い場に行き、水と洗剤で綺麗に洗って、クルル君の前に置いた。

「力づくでも食べさせるぞ」

 ギロ。とクルル君を睨むギロロ君の声は本気だ。


 あっ。

 ギロロ君、優しい……。


「……チッ。うるせえおっさん」

 クルル君は、ようやく目の前に置かれたスプーンを手に取った。

 クルル君は、脅しに屈するようなやわなタマじゃない。

 多分、クルル君もびっくりしたんだ。ギロロ君の優しさに。さすがのクルル君も、それには答えなきゃって思ったんだ。

「よし」

 ギロロ君は、そんなクルル君を見て満足そうにそう言った。


「ギロロ、クルルにはけっこう優しいよな」

 ケロロ君が、ボクの耳元でそっと囁く。

「嫉妬しちゃう」

 そう言って、ぷいとそっぽを向いた。


 何言ってるの。とボクは思った。

 ケロロ君てば、いつもギロロ君独り占めしてるくせに。

 たまには小さい子に貸してあげてもいいじゃない。


 ボクたちはこうして無事に給食を食べ終え、掃除と帰りの会を済ませ帰途へついた。




 ケロロ君とギロロ君は、二人でじゃれあいながらずいぶん先へ行ってしまった。

 ボクは、クルル君の歩く速度にあわせてゆっくり歩く。

 クルル君の小さな体にランドセルは大きくて、後ろから見るとランドセルが歩いているみたいだ。ぜぇぜぇハァハァ言いながら一歩一歩歩いていくクルル君がつらそうでボクは思わず声をかけた。

「持ってあげるよ。重いでしょ? あの二人歩くの早いからね……」

「大きなお世話だぜぇ……。メガネかけてもやるときゃやるんだよ、俺は」

 でもクルル君はボクの言葉に耳を貸さず、そう言ってうんしょうんしょと歩き続ける。

「先行けよ、先輩。俺はいいからさ」

 逆にそう言われてボクは戸惑った。クルル君を一人にしたくない。でも、クルル君はぜぇぜぇしてる所ボクに見られたくないのかもしれない。

「う、うん」

 ボクは頷いて、先に数歩歩いた。でもやっぱりクルル君が気になって後ろを振り返ると、クルル君が道端の何かに見入っているのが目に入った。

 つられてボクもクルル君の目線の先を追う。

 わ……あ。

 ボクは内心で感嘆の声を上げた。

 クルル君の目線の先にいたのは、一匹の綺麗な蝶。

 黒い地に青や赤の鮮やかな色を載せた蝶がさなぎから羽化したところだった。

 二、三度ゆらゆらと羽を上下させ、風に乗ってふわっと浮き上がり、ひらひらと飛んでいくのを、ボクとクルル君は目で追った。


 綺麗……。


「世界は不思議に満ちていて、美しいぜぇ……」


 クルル君が思わず楽しそうに呟いた言葉を、ボクは聴いた。

 ボクたちの中でも飛びぬけていろいろな知識を持っているクルル君が、世界は不思議に満ちている。と言った事がボクの印象に残った。

 クルル君の目からは、世界はどういう風に見えるんだろう?

 ボク達が気がつかない不思議がいっぱいあって、クルル君はそれを追いかけるのが楽しくて仕方が無いという感じなんだろうな。

 クルル君の豊かな感受性と、知識のバランス。クルル君の世界はとても豊かなのだろうとボクは思った。


「クルル君って、面白いよね」

 クルル君って、ただの電波じゃないよね。だとか、クルル君て、知識だけの頭でっかちじゃないよね。

 そんな意味を込めてボクは言った。妙に抽象的になったのは、言いたい事が上手く言えないと思ったからだ。電波とか言えないしね……。

「ク?」

 ボクの言葉にクルル君が怪訝な顔をした時、ギロロ君がボクたちの元へ駆けてきた。

「あ、ギロロ君」

「おい、よこせ」

 ギロロ君はそう言うと、さっとクルル君のランドセルを奪い取ってしまう。

「お、おい、よけいなお世話……」

 クルル君の抗議も聞かず、ギロロ君は一瞬のうちにクルル君のランドセルを奪い取ると、肩にかけてまた風のように駆けて行く。

 ボクたちがはっと気がついた時には、すでにギロロ君はランドセルを二つ持って、ずうーっと前をケロロ君とじゃれあってはしゃいでいる所だった。

「あはは、ギロロ君、持ってっちゃったね」

「チッ……」

 クルル君は舌打ちしたけど、多分絶対嬉しかったに決まってる。

 意地っ張りなクルル君には、多少強引な方がいいんだと判ったけど、クルル君の機嫌を損ねないようにそうするのはかなり大変だ。でも、ギロロ君はそれを呼吸でもするかのようにやすやすと行う。


 授業をまじめに受けろだとか、体育の時間にずる休みするな。とか、ギロロ君はクルル君に煩く言う。クルル君は、余計なお世話だと反発する。

 二人は喧嘩してばっかりだ。

 でも、ギロロ君の言葉は、すべてクルル君を心配したものだったし、クルル君は、本気で嫌いな奴には口をききもしない。でもギロロ君とは「またか」と思うほど同じ口論を繰り返している。


 この二人は、これでけっこういいコンビなのかも。


 クルル君が来てから一ヶ月、ボクはそう思いはじめていた。



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