Little yellow stranger










「転入生を紹介します」


 先生が黒板の前で言うと、ざわざわと騒いでいた教室は静まり返った。

 好奇心に満ちた視線が、いっせいに、黒板の前に立つ先生と、その隣の小さな子に注がれる。

 

 先生の隣で、その子は物怖じもせずに、面白くもなさそうな顔で立っていた。

 先生は、その子をクルル君と紹介し、彼は飛び級でここのクラスに入ってきたのだと説明した。 


「要するに、スゲー頭いいって事なの? ゼロロよりも?」

 ボクの前に座っていたケロロ君がボクを振り返ってそう言った。

「ボクなんて普通だよ。あの子、あんなにちっちゃいのに、すごく頭良いんだよ」

「そーゆー顔してるもんなー」

 ケロロ君は、そう言うと納得した顔をして再び前を向いた。

 ケロロ君はあまりにもイメージでものを考えすぎだと思ったが、ケロロ君が納得するのも無理もないほど、クルル君は「そういう」顔をしていたのも事実だ。


 ボクは改めて先生の隣のクルル君をまじまじと見た。


 クルル君は本当に小さかった。ボクの弟よりもずっと小さかった。まだ幼児と言ってもいいと思う。

 誰かが後で年を聞くと、普通の子なら、字を書くなんてまだまだ先のことで、まだ教室でお遊戯やったりお歌を歌っている年だった。

 年のことを聞かれるのは嫌なのか、「小さいからって、馬鹿にするなよ」と吐き捨てるようにクルル君は言った。


 転入生として受け入れられるには致命的な愛想のなさ。

 ぐるぐると渦を巻いた、まるで牛乳瓶の底みたいな分厚いメガネ。

 耳元には、ふわふわのイヤーマッフル。

 頭が良いけど虚弱キャラだと一目で分かる見た目。

 人を馬鹿にしたようなニヤニヤ笑いを浮かべ(まるでボクたちをサル山のサルでも見るような目で見ていた)全身から嫌な奴だと一目で分かるオーラが出ている。


 しかも黄色。


 クルル君は、先生から挨拶することを促されると、チッと皆に聞こえるくらいに大きな舌打ちをして、露骨に面倒そうな顔をした。


「どうせ俺はまたすぐ上に行くから、二、三ヶ月の付き合いだけどよ、先輩たち俺の名前は覚えておいて損はないと思うぜぇ、ク〜ックックック。以上」


 クルル君の第一声を今か今かと待ち構えていたクラスの皆が、しーんとした。


 クラスのみんなの第一印象はこれ以上ないくらい最悪だっただろう。



 なんというか、本当に、あまりこんなことは言いたくないけど……。


 嫌な奴だった。

 


 

「じゃあ、クルルはギロロの隣」

 コトナカレ主義の先生はそう言ってすぐに教室を出て行った。

 

 クルル君、ボク達と同じ班だ。


 心臓がドキンと高鳴った。

 ケロロ君、ギロロ君、ボク。たしかにこの班は四人一組の班の中で一人足りなかったので、クルル君がボク達のところへ来るのは自然というか必然だったが、ボクは嫌な予感にかられた。

 後にクルル君がよく言った言葉を借りると、「トラブル&アクシデント」の予感というやつだ。

「よろしくな」

 自分の隣に来て椅子を引いたクルル君に向かってギロロ君が言った。

 ギロロ君はああ見えて面倒見がいい。クルル君と上手くやっていけるんじゃないかなぁ? というボクの思惑は、一秒後にもろくも崩れた。

 クルル君は、ふんと鼻を鳴らすと、ギロロ君を振り向きもせずに口を開く。

「うるせぇ。俺にかまうなよ、オッサン」

「オッサン!?」


 瞬間湯沸かし器のように頭から蒸気を出したギロロ君を見て、ボクは人ごとながら頭を抱えたくなった。


 いや、まあ、クルル君からしたら、ボク達はずーっと年上だけど……。

 でも、おっさんはないよね……。

 


 ケロロ君はニヤニヤしている。

 



 そしてクルル君が居る生活が始まった。

 クルル君は、授業中よく寝ていた。

 どうやら、体質らしい。

 活発すぎる脳に対し、クルル君の体力が持たなくて、頻繁に睡眠をとらないといけないんだそうだ。

 もっと小さい頃は、脳が栄養を取りすぎて、このままでは命の危険があるとまでいわれていたらしい。天才も大変だ。

「親には俺のことでさんざん迷惑かけたからなぁ……、うちの家、俺の医療費のせいで三番抵当まで入ってるからな、頭上がらないぜぇ……」

 そう言うクルル君の言葉はとても幼児のものと思えず、ボクは違う意味で親御さんも大変だぁ……と思った。 

 なのでクルル君の居眠りは公認だったが、クルル君のことを理解できずに、不愉快に思う先生も中にはいた。

 居眠りをしているクルル君は、メガネのせいで見た目はまったく分からないんだけど、さすがに微動だにしないのでしばらく観察していれば分かる。

 先生は、居眠りをしているクルル君にいきなり質問したりするんだ。

 でも、やっぱりクルル君は天才だった。

 隣の席のギロロ君が肘でつついて起こすと、そんな先生の意地悪な質問にもすらすらと答えてみせる。

 さっきまで寝てたのに!


 慣れっこなんだよ。と言ってあくびするクルル君は、クルル君に意地悪をする人たちのことを「独創性がない」「いつもワンパターンだ」と非難してみせたあと、またうとうとっと眠りに落ちた。

 ギロロ君は、「く〜っくっくっく」と軽い寝息(?)をたてるクルル君を呆れたように見た後、「こうしてれば可愛いのにな」とボクに言った。


 ケロロ君は驚愕している。








 

 クルル君は、本当に天才だった。接してればすぐ分かる。それくらい強烈に天才だった。

 クルル君は、ボクたちのクラスに来たときから、すでに学力はボクたちのレベルをはるかに超え、授業中は居眠りするか、授業そっちのけで難しそうな本を読んでいるかのどっちかだった。本を読んでいるときの集中力はものすごく、耳元で爆弾が爆発してもクルルは気付かないだろうとケロロ君は言った。意識が飛んだクルル君をこの世に呼び戻すことができるのは、隣の席のギロロ君だけだけ。

 なぜか、ギロロ君だけがそれができるんだ。

「栴檀は双葉より芳し」

 この言葉はクルル君のためにあるんじゃないかとボクは思った。

 頭の回転がおそろしく速い。一を教えられ、百を知る。

 しかも、ただ頭がいいだけじゃない。独創性に富んでて、誰もが思いつかないようなとっぴな、でも最高で最良の方法を考える。

 クルル君のジョークは、ちょっとブラックでウィットに飛んでて、大人びてて、ボクやケロロ君が理解できないこともしばしばだった。

 そんな時、呆れたような顔でボク達の顔をクルル君は見て、「ジョークを解説するほどだせぇことはねぇ」と呟き、不発に終わったジョークを次にはボクたちにも分かるようなものにしようと反省している様子だった。ちょっと芸人気質なところがあるのかもしれない。


「あいつ、できるな」

 そう言って腕組みをして、クルル君を見るケロロ君は、素直にクルル君に感心し、賞賛する。

 ケロロ君とクルル君は、不思議とウマが合うようだった。いつもひねくれてるクルル君も、ケロロ君の前では笑顔を見せる。

 多分それは、ケロロ君の気質によるものが大きかったに違いない。

 ケロロ君は、人の本質をつかむのに長けている。見た目とか、年とか、そんなものには惑わされない。だから、自分よりずーっと小さなクルル君に何かをお願いするとき、頭を下げるのも媚を売るのも、なけなしの小遣いをはたいて依頼するのも平気だ。

 まぁギロロ君に言わせれば「あいつは利用できる奴を探して使うのが上手いだけだ」ということになるんだけど。

 ケロロ君が切々と語るいたずらのアイデアに対し、クルル君が「興味ね」と言えば、訓練所の平和は保たれる。「そいつは面白そうだぜぇ……」とにやり笑いをすれば、訓練所は阿鼻叫喚の地獄絵図となった(誇張しずぎじゃないところが怖い)

 プールの水を全部スライムに変えたのも、廊下をトリモチにしたのも、すべてクルル君の協力がなければ実現しなかった悪戯だ。

 



 でも、ケロロ君のような人は少数派だった。


 たいていのクラスメイトは、クルル君を見ると嫌な顔をした。

 それはクルル君が嫌な奴だからというのもかなり大きいけど、クルル君が特別である。ということにも起因していた。


 クルル君は、人のできないことができる、人が思いつかないことを思いつく。人より多く眠ったり、集中しだすと、石のように動かなくなる。

 授業中居眠りしても怒られないし、本を読んでても怒られない。特別扱いが、生意気だとかえこひいきだと見られるのもしばしばだった。

 

 自分と違うというだけで、クルル君のことを変な奴だと思い、排除する。

 クルル君が来て数週間が過ぎても、クルル君の友達はボクたちだけだった。


 人とは違う。

 みんなそんなクルル君のことを理解できない。

 

 クルル君が愛想良く笑えば楽だろう。できることをできないと偽れとば楽だろう。

 

 でも、そのどちらもクルル君はしない。


 自分の才能に対する自信と自負がクルル君を支えている。

 自分を信じることのできるクルル君を、ボクはすごく強いと思った。




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