Heathcliff, it's me, Cathy, come home. I´m so cold,

let me in-a-your window.


 フンフンと機嫌よくトロロが鼻歌を歌いながらPCを立ち上げる。

 ママの好きな地球のお話、嵐が丘のキャサリンとヒースクリフの歌。

 さぁ、出てきてヨ、ヒースクリフ。

 トロロは心の中で呟くと、日課のように、ケロン軍コンピューターへのハッキングを始める。

 つまらなくて辛い一日が終わり、トロロの目が輝きを取り戻す。


 最初は、ケロン軍のコンピューターに侵入するのが目的だった。

 侵入してどうしたいって訳じゃない。ただ、侵入したかった。それだけ。単なる悪戯だ。

 でも今は、ハッキングを繰り返すトロロを撃退する、ケロン軍本部の「誰か」に挑む事が目的になっている。

 オマエが出てきた瞬間、すぐに空気が変わった。

 あの瞬間を、トロロは鮮明に覚えている。

 イける。そう確信していたのに、あっというまに形勢は逆転された。圧倒的なまでの早さで、気がつけばトロロははじき出されていた。

 初めてだヨ、あんなに悔しかったの。でも、わくわくした。

 ベッドの上で悔しさに暴れながら、ふつふつと湧いてくる闘志。そして、不思議な事に、心の奥底がじんわりと暖かくなった。

 ボクは一人じゃないって直感したヨ。きっとオマエはボクの事判ってくれる。

 ようやく会えたヨ。

 悔しさと嬉しさで爆発しそうになる。

 信用して心を許せば、また裏切られるかもしれないと自分を押しとどめようとするけれど、あんなまがい物じゃなくて、今度こそ本物だとはっきりわかる。

 嵐が丘で、キャサリンにはヒースクリフしかいなくて、ヒースクリフにはキャサリンしかいなかった。

 そのカンジ、良く判る。

 ここは荒野じゃないけれど、周りに人は沢山いるけれど、みんなバカばっかり。

 トロロは、これまでずっと、人とずれている事に傷ついていた。

 オマエはおかしいと罵られ、グズだと言われてきた。トロロの優れた部分は評価されず、できない事ばかり責められた。

 でも、今はチガウ。

 新聞もテレビもボクが凄いって言ってる。

 それはトロロを大層気分良くさせてくれたが、一人ぼっちの事実に代わりは無い。

 射撃が下手でもかまわない。匍匐全身ができなくても気にしない。それは、トロロにとってどうでも良いことだから。

 でも、ハッキングだけは誰にも負けたことが無かったのだ。誰も褒めてくれなかったけれど、ハッカーとしての腕だけは内心自身があった。事実、ケロン軍のコンピューターに進入寸前まで言ったのだ。初めて自分の腕試しをして、やはり自分は凄いんだって気がついて、楽しくてしょうがなかった。

 だが、ケロン軍へのハッキングは、その満足よりももっとトロロの心を震わせる機会をくれた。

 ボク、運命の人に出会っちゃったんだもんネェ〜。

 自分を負かした、憎むべき敵のはずなのに、激しくあこがれる。

 オマエのいない世界はつまらないヨ。暗くて、ボクは一人ぼっち。

 ボクはオマエに恋焦がれてる。

 ネットワークの向こうの誰かに、トロロは呼びかける。

 トロロを完膚なきまでに退け、こんなに熱くさせた相手を。


 キャサリンの幽霊がヒースクリフを呼ぶみたいに、ボクはお前を呼ぶヨ。

 窓を叩く代わりに、ディスプレイごしにオマエを呼ぶヨ。

 ハッキングをすれば、オマエに会える。

 サァ、ボクだヨ、出てきてヨ。

 構ってヨ、相手して。

 出てきてくれなきゃ、ボクはオマエの窓から勝手に侵入するもんネェ。

 ボクはオマエを嫌ってて、同時に僕はオマエを愛してる。

 だって、オマエは……。


 My only master.


 ボクのただ一人の征服者。

 ボクが求める、ただ一人の人。


 トロロからの、ハッキングという名のメッセージが放たれる。

 だが、完璧なまでのブロックという返事は無かった。







「少佐、クルル少佐!」

 出先から帰ってきたクルルが見たものは、情け無い顔で泣き付いてくる部下と、オフィスいっぱいに広げられたピザだった。

「こらまた派手にやられたもんだな、ク〜ックックック」

 自分のいない間に、とうとう侵入を許してしまったのだと報告はすぐに聞いていたが、目の前の惨状に楽しそうに笑う。

 「俺も忙しい身でねぇ〜」

 その言葉を残し、心配顔のオペレーターたちを残して本部を出たのだが、運悪くその間にハッキングが行われ、案の定防ぎきれなかった。

 コンピューターへの侵入を許す。という、とうとう起きてしまった最悪の事態は、データを破壊される、または改ざんされる。といった軍の予想の斜め上を行っていた。

 ケロン軍の名前で、お昼時間に大量のピザ注文。もれなく各家庭にもお届け。

「おかしいと思わなかったのか!?」

「でも料金も頂いてましたからぁ〜」

 誰かがアルバイトらしきピザ屋の店員に怒鳴りつける声をBGMに、皆もそもそとピザに手を伸ばしている。その表情はあまり明るくない。

 その理由は……。

「しかも注文されたピザがみんなハワイアンなんです。よりにもよってハワイアン。暖かいパイナップル……っ!?」

「ピザは嬉しい、でもハワイアンは嬉しくありません! ペパロニだったら皆大喜びだったものを……っ」

 缶詰パイナップルの甘ったるい匂いと、チーズの香り漂うオフィスで、クルルは部下に涙目で詰め寄られる。

「俺が悪いんじゃねぇよ、こんな時に俺に外へ行けって命令するヤツが悪いんだぜぇ?」

 クルルはそう言って肩をすくめた。

 ですが少佐がいればせめてハワイアンをペパロニに代えられたかもしれません。

 すっかり壊れてしまい、死んだ魚のような目でそんな返答を返す部下が、看護兵によって連れて行かれた後、別の部下がため息をつきながらクルルに問いかける。

「敵性宇宙人によるサイバーテロでしょうか?」

「子供だ」

 犯人の意図が判らず、すっかり途方に暮れている部下に向かって、クルルは即答した。

「子供の悪戯だぜぇ、これは。ピザ注文なんてな、ピンポンダッシュくらいメジャーだろ」

 え? と目を丸くする部下にそう言いながら、クルルがかすかに開いた箱の隙間からピザを引きずり出した。

 犯人が子供? まさか、ありえない。部下はそんな顔をしている。

「俺は好きだぜぇ、ハワイアン。ク〜ックックック」

 あたたかいパイナップルの乗ったピザを美味そうに食べるクルルを、部下が信じられないものを見る目で見ていたのは、クルルの味覚に対してなのか、その発言内容に対してなのか定かではなかった。


 皆がようやくピザをお腹に納め、ハワイアンもけっこう美味しいかもしれない。という派と絶対許さない派の意見が出つくした頃、一人の部下が足早にクルルに近づく。

「少佐に協力要請が来ています」

「ま〜だ捕まえてネェのかよ、ク〜ックックック」

「警察の力では、追跡不可能だったと……」

「やっとこっちに回してきたか……」

「ガルル中尉のお口利きだそうです」

「チッ……。あのおっさん、余計な事を。で、やってみたのか?」

 縄張り争いもひと段落付き、結局だれも解決できなかった。と判ったところで、ようやくクルルにお鉢が回ってきた。押し付けられた。というほうが正しいかもしれないが。

 クルルが部下に問いかけると、部下は申し訳なさそうに体を縮めた。

「それが……。攻撃に使われた大学までは追跡できたのですが……」

 芳しくない部下の言葉に、クルルが盛大にため息を付いた。

「代わりな……」

 クルルが追跡者となってから一時間もしないうちに、遠隔操作に使われたコンピューターのうちの一台が割り出される。

「ここだな。PC売り場にあるデモ機を使ったんだな……」

 セキュリティがいい加減な電気屋のネットに繋がったデモ機を使い、ハッカーの手足となって働くゾンビとなったコンピューターに攻撃の指示を出す。

 ハッキングツールや、ゾンビとなったコンピューターが大量の情報をケロン軍のコンピューターに送り込み、処理しきれなくなって溢れた隙をついて侵入に成功したのだ。

 ハッカー自身が自分でハッキング操作しているコンピューターの場所まではわからないが、重大な手がかりはつかめた。少なくとも、犯人はこの付近に住んでいる可能性が高い。

「今過去にコンピューター犯罪を犯したハッカー達を洗っている所です。あとはハッカー達がたむろっている掲示板やチャットルームを見張っています」

 大抵の、世間を騒がせるためにハッキングを行うハッカーは、黙っていれば良いものの、自分の手柄を語りたがる。自己顕示欲からやっているので当然といえば当然なのだが。

 掲示板等の、「あれは俺がやった!」という書き込みから犯人逮捕に繋がるケースは多かった。

「やれやれ、見当外れもいい所だぜぇ……」

 部下の言葉に、クルルは大げさに肩をすくめて見せた。

「ガキだって言ったろ」

 クルルの言葉に、部下は不満そうな顔をする。クルル以外の誰もが、これは熟練したハッカー達が集団で行っているのだと考えていた。でなければ、ここまでのことは出来ないと。

「見ろ。こいつの行動パターンを」

 クルルが差したディスプレイをにみなの視線が集まる。

「機密にゃ全く興味を示さない。データの破壊も行わない……。やった事といえば、カレンダーを全部日曜に書き換える。ピザを勝手に注文する。他はなんだ? 幼年訓練所の時間割改ざん。そんなくだらねぇ事だ……。平日の夜は遅くとも十二時には攻撃がぴったり止んでいる。シンデレラみたいに正確だぜぇ」

 クルルは一呼吸置き、きっぱりとした口調で断言する。

「攻撃に悪意は無い。俺に軽くあしらわれてムキになってるだけだ。駄々っ子と一緒だぜぇ」

 だが、クルルの部下達は、まだ信じられないと言った顔でクルルを見る。クルルが続けた言葉は、さらに部下の信じられないといった表情をさせるものだった。

「これは、どっかの『クソガキ』が、『一人で』やってる可能性が高いと思うぜぇ〜」

「お言葉ですが、それは現実的な考えではないのではありませんか?」

「俺は、やれたぜぇ」

 クルルのさりげない爆弾発言に、はっと一同が固まる。

 クルルは、暗に、自分が昔ケロン軍のコンピューターにハッキングを仕掛け、侵入した事があるとほのめかしているのだ。

「第二の少佐……。なるほど、そういうことなら納得できます。なぜ、少佐が犯人は子供だと言い切るのか判りました。あなたがそうだったから……ですね?」

「ふん、俺は捕まるようなヘマはしなかったがなぁ〜」

「このことは心にしまっときます」

「ガキの頃のハッキングなんてもう時効だろ? ク〜ックックック」

 愉快そうに笑ったクルルを、全くこのお方は。といった感じに部下がため息をついて見る。

「ここの地域の未成年で、最近コンピューター関係でトラブルを起こした奴がいないか洗え」

 クルルの指示に、「はっ!」と部下が敬礼して足早に立ち去る。

 犯人逮捕は近い。





「クルル少佐の仰る通りの条件が当てはまる人物が何人か」

 半日が過ぎた頃、クルルのオフィスに再度訪れた部下は、手に沢山の資料を抱えていた。

「どれ、見せてみな」

 クルルはファイルをぺらぺらとめくると、ためらいも無く一人の子供のケロン人を指差す。

「こいつだな」

 クルルは、オレンジ色の体色に、まんまるの瞳をして、口を三日月の形にして笑う一人の子供を指差した。

「ですがこいつは……」

 部下が言いよどむ。その子は、このリストの中でも一番幼くて、まだ幼年学校すら卒業していない。

「こいつだよ。間違いないぜぇ……」

 言い切るクルルに、どうしても部下は納得できない。

「ど、どうして判るのですか」

「見た目だねぇ……」

 見た目!?

 天才の思考は理解しがたい。

「く〜っくっくく。つまんねー男に引っかかっちまったんだな、かーわいそうにィ」

 クルルはからかうような口調で言って、どかっと足をデスクの上に乗せ、ファイルをじっくりとめくりだす。

 だからといって、今まともな男に引っかかっている訳ではない。



                             
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