容疑者ファイル 1066
名前:トロロ
体色:オレンジ
性別:男
所属:ケロン軍幼年訓練所
一部抜粋
フリーウェアを製作、配布する小規模なオープンソースコミュニティに二週間ほど所属していたが、トラブルを起こし追放。
コミュニティでは主にバグ取りなどを行っており、特に目だった存在ではなかった。
コミュニティ主催者は、彼はあまりにも年齢的にも精神的にも幼く、また問題のある発言が多かったので除名したのだと説明している。
容疑者は主催者をよく慕っており、突然の除名は不自然と感じたと別のコミュニティ参加者の証言がある。
また、容疑者が、(おそらく無邪気に)主催者に、技術的に高度な話題を振り、答えられなかった主催者が彼に対し恥をかかされたと激怒していたのを目撃したものが複数いる。
コミュニティ主催者は、最近新しいソフトウェアを大手ソフト会社に売却しているが、周りの証言によると、彼がそんなソフトウェアを書いていたという話は聞いた事が無く、また彼はそのソフトウェアを書くに当たって使用しているプログラミング言語は使えないはずだとのこと。
肝心のフリーウェアは、大幅な遅れの末完成したが、実用に耐えるレベルではなかったため、現在配布は中止、コミュニティも解散している。
フリーウェアの出来を鑑みるに、主催者が売却したソフトウェアは、別人が製作したと考えられる。本件と関係があるのかは調査中。
また、容疑者は、主催者が売却したソフトウェアで使用されている言語を習得済みであるとの証言あり。
資料2 ×月×日 21:30 通話記録
モシモシ? うん、ボクだヨ、トロロ。
この前はゴメンなさい。知識ひけらかそうとか、そんなふうに思ったんじゃないヨ。ボク、プログラムとかそんな話が出来るヒト初めてだったから、嬉しくてはしゃぎすぎちゃったんだよネェ。ボクが悪い。ゴメンなさい。うん、みんなの為にレベル落としてたんだよネェ。
ボクが子供だと不都合なの? お願い、ボクを追い出さないで。ボクちゃんとお仕事してる。ボク、役に立つヨ。
あれ、う、うん、ちょっとだけ書き直したヨ。あ、ゴメン、違うヨ、そんなつもりじゃなくて、でも、あれ、最初のアルゴリズム間違ってたり、バグが多すぎて、デバックするより、新しく書いたほうが効率的だと思ったから……。バカにしてるんじゃないよ。ゴメン、気を悪くしたんなら謝る。だよね、ゴメン。ボクの書いたの捨てる。ちゃんと、元のヤツをデバックして使えるようにするから。
あ、うん、ソース、あるていどは書けるよ。ウン、よかったら、ボクの書いたソース見てくれる? 前渡したやつ。あ、もう見てくれたんだネェ。
なかなかいい? ホント? あ、あの、よかったら、それ、あげるヨ……。だから、ボク追い出さないで。
え……?
何言ってるの?
他人のソース盗むようなヤツとは一緒にやれないっ……て、どういうことだヨ?
どうしてそんな事言うんだヨ? 盗んでなんか無いヨ、ボクが書いたんだヨ!
違う、違うってば! なんでボクに出来るはずが無いって言うの?
スクリプトキディを相手にしてやっただけでもありがたいと思え……って、そんな風に思ってたんだネェ?
ボクは、ボクは……。初めてできた仲間だと思ってたヨ。
もういいヨ、もういい……。もう、仲間に入れてくれなんて言わない。
ボク、抜ける。渡したそれも返してよネェ。
何言ってるの? 返してヨ、返せってば!!
……まだ言うのかヨ? ボクの事スクリプトキディって。
二度とオマエなんかにそんな事言わせないヨ。
いや、オマエだけじゃない。誰にもそんな事言わせない……。
絶対に! 絶対に、誰にも言わせない!!
ボクがスクリプトキディなんかじゃないこと、ハッカーなんだって事証明してやるヨ!
みんなに、ボクが凄いって事思い知らせてやるヨ!!
資料に目を通したクルルが、乱暴にファイルを机の上に放り投げた。
何か思うことでもあるのか、じっと動かず、天井を見つめる。
あと二時間もしないうちに、このファイルの少年は軍によって拘束されることだろう。
「馬鹿言うなヨ。ボクがやったって証拠がどこにあるんだヨ? ププププ」
学校帰りに見知らぬ男たちに取り囲まれた瞬間、トロロは全てを悟った。
だが、軍の取調室に連れてこられても、トロロは強気な態度を崩さない。
ニヤニヤと笑いながら、周りの軍人達をぐるっと見回す。
「電気屋好きなんだヨ。特にPC売り場。そんな奴沢山いるだろ?」
「さぁ? 知らないヨ。いい気味じゃない。ププププッ!」
「だからサ、ボクがやったって証拠は? あるの? 無いんでショ?」
尋問にものらりくらりと答え、最後には癇癪を起こした。
「もーっ、お腹減った! ピザチョーダイ! ハワイアンはヤダよ! アンチョビもやだ。ペパロニ!」
ばんばんと机を叩いて催促するトロロに、一人の尋問官が口を開く。
「君が話してくれないのなら、君のママを呼ぶ事になるね。実はもう来てもらっているよ」
その言葉を聴いて、初めてトロロの顔色が変わる。
「な、なんでママ呼ぶんだヨ! ママは関係ないだろ! 止めろよ、ママを帰せ」
「話してくれるかい?」
重ねて言われた言葉に、トロロが動揺して叫び声を上げる。
「バカ、バカバカバカバカ、お前ら絶対許さないからな、ぜったい、絶対ッ! 死んじゃえ!!」
「仕方が無い……」
連れてきてくれ。という言葉に、トロロの顔色が真っ青になる。
「止めろってば、ママには何も言わないでヨ!」
「君が正直に言わない以上、君のママに聞く事になる」
「聞くってママに何聞くんだヨ? ママは何も知らないヨ」
「そうかな? あれだけの事をしたんだ。知らないはずが無いんじゃないか? 例えば……君がハッキングを仕掛けていた夜は夜更かししていたとかね」
トロロの母を連れてくる。という作戦は、見事に当たった。
先ほどまでふてぶてしい態度を崩さなかったトロロが慌てふためき、乱れている。すっかり悪戯を母に知られるのを恐れる年相応の子供に戻ってしまう。
これでは、犯人は自分だと言っているに等しい。
「ママに手を出すなぁッ!」
トロロが怒りを込めて叫んだ。大好きな母親に危害を加えられるかもしれない。という怒りに掴みかかるが、あっさりと組み伏せられる。
「やれやれ、早く自分のした事認めて話してくれないかな? パケットモンキー君」
尋問官はさらにトロロを挑発する。
「パケットモンキーだって?」
「そう、皆君の事を嫌われ者で最低のスクリプトキディだって言っている」
「嫌われ者で最低のスクリプトキディ?」
トロロの顔が見る見る真っ赤になる。ペースを崩され、トロロは簡単に挑発に乗った。
「それってボクの事かヨ!」
「違うのかな?」
「フザケナイでよ! ボクとあんな奴らをいっしょにするなんてサ、バカじゃないの!」
「では、君とはどう違うのかな?」
誘導されているとも知らず、かっとなったトロロが口を開く。
「ボクがやったのはDoS攻撃だけじゃないヨ! そのスキに軍のコンピューターをハックしたのもボクだシ」
「ほう……」
「そりゃ最初は人の書いたハックツールを使ったヨ。でもあんなのゼンゼン役に立たなかった! だからボクが自分で書いたんだヨ! 軍に侵入する時に使ったのはボクの自作だ! ボクはハッカーだ、スクリプトキディといっしょにしないでヨ」
ついに自分がやったと認めたトロロに、尋問官が続ける。
「どうしてハッキングを?」
「あいつが、ボクの書いたソフト盗んだあいつが、ボクの事、『お前なんて何もできないスクリプトキディ』って言ったからだヨ。あいつこそあんなコードしかかけないクズのくせに!! だからボクは、自分がハッカーだと証明するためにハッキングを仕掛けたんだヨ。あいつ、あのソフトをだれもボクが書いたって信じないって言ったんだ。だからボクは、皆にボクの実力を知らしめるためにやったんだヨ!」
トロロの目から、涙が落ちた。
悔しさと悲しさに、涙がぽたぽたと落ちる。
「初めて出来た仲間だと思ったのに……」
搾り出すようなトロロの言葉。
「ボクの居場所、どこにもない」
深い深い孤独。
「一人ぼっちだヨ……」
熱い涙を拭いもせず、トロロはしゃくりあげた。
「あなたがいなければ犯人は捕まらなかった」
紫色のケロン人が、マジックミラー越しに尋問を見ながら、傍らのクルルに話しかけた。
「く〜っくっくっく。中尉殿が余計な口利かなきゃ、もっと面白い事になってたかも知れねぇのによぉ〜」
クルルを捜査に加えるように上層部に働きかけたのは、この紫のケロン人、ガルル中尉だった。おかげで事件は解決となったのだが、クルルは、他のものが聞けば眉をひそめるような発言を平然とする。
クルルは、この堅物のガルル中尉の性格をよく知っていて、わざと言っているのだ。
だが、ガルル中尉は、上司であるクルルの発言を咎めも、追従もせず、相変わらずの無表情を貫き通した。
「余計な事してくれたぜ。で、あのガキの処分はどうなったんすか、ガルル中尉?」
「未成年という事を考慮し、厳重注意と、アカデミックな用途以外でPCに触れるのは一切禁止。使用する場合も教師の監視付き……という処分を下されたようです。私の周りでは、この処分は軽すぎると声が上がってましたが」
「本人にとっちゃそうでもないだろうよ。奴にとっちゃコンピューターに触るななんてのは死刑を宣告されたのと同じだ」
クルルは、ガルルが予想していたよりも真面目にそう言った。本人は否定するだろうが、かすかに相手を心配するような響きがあったのをガルルは感じた。
モニター越しの攻防で、情がわいたのかもしれない。または、自分に似たあの子供に、シンパシーを感じたのかもしれない。それにしても珍しい事だった。
「私はコンピューター犯罪には詳しくないのですが、ネット上で、コンピューターアンダーグラウンドの住民が五千人いても、セキュリティ破りが出来る、真のハッカーと呼べるのは百人くらいだと聞いた事があります」
一呼吸置き、ガルルはクルルに向き直った。
「あの子が職員からIDやパスワードを盗んだやり方は面白い。人の心理を上手くついている」
歯の治療をしたからと、フガフガの口調で電話をかけ、業を煮やしたオペレーターに暗証番号を口にさせるなど、うまく隙を突いて、トロロはいくつか不正にIDとパスワードを入手していた。その手口は、ガルルが感心するほど巧みなものだったのだ。
「よくある手だぜ?」
「あの子はそれを自分で考え、実行したのです」
ガルルが言うと、ふんとクルルは鼻で笑った。でも、否定はしない。
「技術もさることながら、私は彼の独創性や創造性に着目しているのです。私は、彼に第二のあなたになりうる才能を見たのですが、いかが思われますか? 彼は、ハッカーになりうるか、ただのスクリプトキディか?」
ガルルの鋭い瞳が、クルルを見る。
もしやコイツ、俺が昔ケロン軍のコンピューターに侵入した事、知ってるんじゃネェだろうなァ……?
ふとそんな不安がよぎった。
「セキュリティ破りが出来ても、ハッカーにはなれねぇよ。スクリプトキディどもとハッカーは違うぜぇ、創造性のある、美的感覚に優れて、かつ技術のある奴こそがハッカーと呼ばれるに相応しい」
ガルルの質問に答えてやりながら、マジックミラーの向こうで、じたばたしているオレンジの子供を見つめる。
こいつがハッカーか、そうでないのか、俺も見極める必要があるかもな。とクルルは思った。
「ふん、でもまあな、ここの役立たずよりか見込みあると思うぜぇ……。俺様にゃ到底及ばないすけどね。ク〜ックックック」
クルルの後を継ぐもの。
そんな期待かかけられているとも知らず、オレンジの子供は、ヒステリーを起こしている。
「どうやら彼は性格が危険な所もあなたに似ているようです。誰かが手元において導いてやらなければならない」
「く〜くっくっく。ハッカーは規則に従わない。ハッキングの本質はそれだ。なんて言う奴もいるがネェ」
ガルルをからかうように言うと、クルルはにやっと笑った。
「中尉殿の好みに育てるって訳っすか? 上手く行くといいですがネェ」
表情一つ変えないガルルの横顔からは、何を考えているのかは伺えない。
「奴が俺に似てるってんなら、一筋縄では行かないぜぇ。ク〜ックックック」
まるで自分がガルルを困らせるかのような言い方をして、クルルは笑った。
ケロン軍を大混乱に陥れたハッキング騒ぎは、こうして幕を閉じる。
この事件の幕引きが、新たなる始まりだと知る者はまだごく少数だった。
ENDE
20070101 UP
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