Requiem












「Lacrimosa」


 ケロロが独り言のように呟いた。


「なんだ……?」

 ケロロの隣に座るギロロが小声でそう問いかける。

「涙の日という意味であります」

 ギロロの方は振り向かず、まっすぐ前を見ながらケロロがやはり独り言のようにそう呟いた。

 ケロロの視線の先には、先の戦いで戦死した兵士達の写真が壁一面に並べられている。


 中央には白い花で埋め尽くされた祭壇。

 その花の数だけ悲しみがある。


献花の列は途絶える事無く続く。親友や恋人、兄や弟、父と最後のお別れをしようと並んでいる人々の顔は俯き、深い悲しみに満ちている。

演壇の上からは、人々の表情とは裏腹に軍関係者による勇ましげな演説が行われており、けして交わる事の無い二つの思いが慰霊祭の会場ですれ違った。

ケロロとギロロの胸には、軍人である事を示すリボンがつけられている。ときおり、ギロロとケロロのほうを見て会釈する人達に軽く会釈を返しながら、言葉少なに軍関係者の為に用意された席に座っている。

二人の友も戦死した。


軍の主催した合同慰霊祭に出席した二人は、軍人としての自分と、大切な人を亡くした一人の人間としての狭間で戸惑う。


「雨が止まんな」

 ため息をつきながらギロロが言った。

 開け放った入り口から見える外はけぶるような霧雨のせいで霞みがかっていた。


 大勢の仲間たちが死んだ。

 まだ訓練所を出たばかりの新兵が大勢戦死し、その新兵達を守ろうとした古参の兵もたくさん死んだ。


 国家の為の死、名誉ある戦死、崇高な死。


 壇上の人物はこの戦いの正統性をとうとうと述べ、死は無駄ではなかった、彼らは英雄だとのたまっている。


 あそこからでは、残された者の嘆き悲しむ顔もよく見えないであります。

 ケロロはそう思い、やるせない思いをじっと噛み締めた。


「気が滅入るね」

 ようやくケロロがギロロの方を見て、小さな声で囁いた。

「あんな若い子まで……」

 そう言ってケロロの目線が向けられた先には、まだあどけない顔の新兵たちの写真が並べられている。

 軍人になった以上、こうなるのも覚悟していただろう。

 だが……。

 大勢の兵が戦死したのは、上層部の明らかな作戦ミスによるものだった。


 彼らの描いた未来はけしてこんなものじゃなかったはずであります。


「やりきれん……」

 ギロロが息を吐き出しながら言い、首を振った。

 自分の写真があそこに飾られるのも紙一重だった。現に戦場に送られたものはほとんど死んだ。送られなかったから生き延びているだけだ。


 友を亡くした。

 壇上を指差して思いきり非難し貶し、友を返せと怒鳴り散らしたい。

 だが、自分は軍人だ。

 この戦いに何の意味があったのかと問われれば、壇上のお偉方が壊れたレコードのように何度も叫ぶ薄っぺらいお題目を繰り返すしかない。

顔を伏せ、献花の列にいる人々にどんな非難されても仕方が無い。


 矛盾。


 気持ちの整理がつかない。付くはずが無い。


「夢も希望もたくさんあったろうに、戦死してしまって、あげく戦争賛美の美辞麗句で送られるなんて、浮かばれないよ、これじゃ」

 ギロロだけに聞こえるようなケロロのささやき声も、危険すぎる。現役の軍曹がそんな事を言ったと知れれば、この国では厳重に処罰される。軍を批判する様な事は許されない。

「おいケロロ」

 言い残してその場を離れようとしたケロロに、ギロロが慌てて声をかけた。

「ごめん。我輩ここに居たくない」

 声だけ残し、その場を立ち去るケロロの背をギロロがじっと見つめていたが、やがてギロロも参列者の中からそっと抜け出してケロロを追った。


 今のこいつは、何を言うか判らん。


 ケロロは、普段は事なかれ主義と軽いノリで生きているが、時々ドキッとするような上層部批判をする事があった。

そういう事を言う時は、ケロロは怒っているのだ。

ギロロとゼロロにしかこんな事言わないからさぁ〜と笑って言うケロロの心の奥底にある深い怒りは、ギロロといえどもうかつには触れられない。


こんな時、何をするか判らないんだ、ケロロは。

ケロロの怒りを静めることは俺にはできない。


ケロロが自分の身を危うくする様な事をしようとしたら止める。


今の俺にはそれしかできん。


ギロロがそう思って、霧雨に濡れながらゆっくり歩くケロロに早で追いついた。

本来ならば、そこはひっそりと静かに死者を悼む場所なのだろう。

慰霊祭の会場となった寺院は、花と緑に覆われ、死者の魂を慰め、生者の悲しみを癒すための場所として、そこの人たちの心遣いで美しく手入れされていた。

ケロロとギロロは、霧雨のけぶる遊歩道をゆっくりと歩き、緑の葉から滴り落ちる雨の雫を見ながら、気持ちの整理をつけようとしている。


 ふと、先を行くケロロの足が止まったのにギロロが気付く。


「嫌だ、歌わない。絶対に歌わない」

「師匠、師匠が歌わなかったら誰が歌うんすか! 師匠のパートはオイラ達じゃ歌えないんすよ!」


 子供の声が聞こえる。


「何だ?」

「聖歌隊の子かな?」

 ギロロがケロロの背ごしに声のする方を覗き込むと、中庭でまだ尻尾のあるあどけない子供たちが十数人、なにやら言い争いをしている。


「いやだ」

 中央の黒い子供が、きっぱりとそう言った。水色をした子がその言葉に困ったように口を尖らせ、周りの子達は、そんな二人を取り囲んで心配そうに見守っている。


「なにか揉めているようだな」

 ギロロがそう言うと、ケロロが不意に歩き出した。

「あ、おい」

 戸惑うギロロを他所に、ケロロは子供たちの輪の中に割って入る。


「どうして歌いたくないんでありますか?」

 先ほど頑なに拒絶の言葉を口にした黒い子供の前に出て、ケロロがそう問いかけた。

「あ……」

 子供たちが、突然に現われたケロロに驚き、あわててぺこりと頭を下げる。ケロロが胸につけているリボンは軍関係者を表しており、この星では軍関係者は絶対であった。

「いいから」

 ケロロは子供たちにそう言って軽く手をふり、落ち着かせようとする。子供たちの顔は緊張に満ちて、今にも泣き出しそうだ。

 だが、ケロロの前にいる黒い子供だけは別だった。


「歌いたくないんです」

 ケロロを見ても頭を下げず、きっとケロロを睨みつけながら先ほどから繰り返している言葉を口にする。


 それ以外に言う事など無い。

 そう思っているようだった。


「だから、どうして?」

 重ねてケロロが問うと、黒い子供の瞳の険しさが増す。


 激情が黒い瞳の中で渦巻き、キラキラと輝いている。

 その目がとても美しいと思った。

「ボクの先輩が先の戦いで戦死しました」

 硬い声は、明らかにケロロを、軍人を非難していた。


「先ほどの演説を聞きましたか? 先輩は英雄になってくるとボク達に笑って言って戦場に出ました。死ぬのは覚悟していたでしょう。だけど、先輩を殺した軍の上層部の奴らが先輩の死を賛美するような事を言うのは許せません。先輩はあんな事を言われるために戦場に出て死んだんじゃない!」

 言葉使いこそ敬語だったが、内容と口調は穏やかとは言いがたい。相手によっては、それだけで反逆の意思ありとして憲兵隊に連れていかれただろう。

「師匠、ダメっすよ。歌わないと懲罰房行きかもしれないっす」

 先ほどから説得を試みている水色の子供が、黒い子供の手を取り、懇願する口調で言った。

「いいよ、その方がずっとマシだ」

 黒い子供は水色の子供の方へ向き直り、そう言いきると、ケロロの方へ挑戦的な瞳を向けた。


 潤んだような大きな目が印象的な可愛い顔をしている。微笑まれれば、相手は蕩けそうな気持ちになるだろう。

だが、今の彼の表情は微笑とは程遠い、睨みつけられているといった方が正しい。


それでも、凛とした表情は美しかった。


 言うなら言うといい。罰したいなら罰するといい。


 けして屈しないという、自分の正しさを信じているものの強い瞳。

 単なる容姿だけでなく、内面の強さや激しさがあるからこそ、この子はこんなにも美しいのだろうとケロロは思った。


「俺は歌いたくない。歌うなら、先輩のお墓の前で一人で歌う。ここで歌うのは絶対に嫌だ。先輩の死を利用する奴らに荷担するのは嫌だ」


 ダメだよ、タママ師匠、この人たちの前でそんな事言っちゃダメ。


 一番小さな子が目に涙をいっぱい溜めながらそう小さく言ってタママと呼ばれた黒い子の手を引っ張る。


 こんな小さな子でさえ、軍に逆らうとどうなるか知っている。

そして、自分たちは加害者なのだと否応なく思い知らされた。

どんなに言い訳しても、この子達にとって我輩は加害者側の人間。

 ケロロは、その事実に自分の気持ちがずしりと重くなるのを感じた。


「次は俺だ。俺は死にたくない。死んであんなこと言われるのは嫌だ」

 黒い子供、タママが震える声でそう言い、ぎゅっと瞼を硬く閉じる。

 先ほどまでの強気な表情がうって変わって、目を閉じかすかに震えているようにも見えた。


 ケロン軍にスカウトされるなんてエリートだとはしゃいでいた。

 こんな事になるなんて知らなかった。誰も教えてくれなかった。

 栄光の陰に隠されたたくさんの死と悲劇。

笑顔で出征した人が残したのは、ドック・タグと、僅かなお金、二階級特進。そして深い悲しみ。


これが全てだなんて、酷すぎるですぅ。


「タルルも、お前達も歌うな。歌っちゃダメだ。利用されちゃダメだ」

 タママが子供たちの方へ向き直り、激しい口調で言うと、タルルと呼ばれた水色の子が慌ててタママの口を塞いだ。

「す、すいません。歌いますから、必ず説得させて歌わせますからこの事は誰にも言わないで下さいっす。軍に入隊する事が決まった矢先に先輩があんな事になっちゃったものだから、ナーバスになってるんす」

 タルルは、タママの口を塞ぎながら慌ててケロロに向かってそう言い、ぺこぺこと頭を下げた。

「師匠、今の言葉取り消して下さい、早く! じゃないとオイラこの手離さないっす」

 泣きそうな必死な声でタルルが言ったにも関わらず、タママは首を縦に振らなかった。

 黒い手が、ぐぐっと自分の口を塞ぐ手を引き剥がす。タルルの顔が痛みでゆがみ、それでも押さえつけようとするが、力負けしてがくっと下へ下がった。

「タルル、無駄だから止めろ。俺は歌わない」

「師匠!」

 悲鳴のような声があがる。気の弱い子達は泣き出していた。子供たちの心配そうな目がいっせいにケロロに注がれる。

 タママの運命は、ケロロの思惑一つでどうにでも変わる。ここでタママが軍に睨まれれば、この星での将来は無い。


 ケロロは、その心の中を伺えぬ無表情をしていた。




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