「君は正しいであります」

 ずっと腕組みをして、一言も反論せずにタママの言葉を聞いていたケロロが、腕を解きながら言った。

 予想外の言葉に子供たちの目が驚きで見開かれる。「言ってはいけない」事を言ったタママを肯定する言葉にざわざわとざわついた。

「でも、あえて言うであります。我輩は君に歌って欲しい」

 そう言って、不信感でいっぱいのタママの黒い瞳をじっと見つめる。

「たしかに君の先輩の死は利用されようとしている。でも、純粋に死を悼んでいる人も大勢いるであります。その人たちのために歌って欲しい」

 タママの肩に手をかけ、ゆっくりとケロロがそう言う。

 まさかそんな事を言われるとは夢にも思っていなかったタママが、ケロロに見つめられ、戸惑う。

「君の気持ちはよく判るであります。でも、こんなやりきれない慰霊祭だからこそ、君の歌で我輩たちを慰めて欲しい」

「あなたを?」

「先の戦いでは、我輩の戦友も戦死したであります。我輩のために歌って欲しいであります」

 一呼吸置き、ケロロが口を開いた。

「そして、一番に、君の戦死した先輩のために」

「あなたも大事な人を亡くしたんですね?」

 ケロロをじっと見返しながら、タママが口を開いた。その口調は、先ほどとは異なり、穏やかで落ち着いている。

「そう。向こうの赤いのも、ここに集まったたくさんの人も」

 ケロロが少し離れた所で腕組みし見守るように立っているギロロを指差した。タママの目がギロロを見つめ、再びケロロを見つめた。

 何のために歌うのか。誰のために歌うのか。

 ボクは見失っていたですぅ……。


 怒りのあまり自分が忘れていたそれを、ケロロが思い出させた。


「君が我輩達を許せない気持ちは判るであります。許してくれとは言わない」

 黒い両肩に手をかけ、瞳を覗き込みながらケロロが言う。

「これは我輩からのお願いであります。友を亡くした一人の人間としてお願いするであります」

 誠実なケロロの瞳に、いつしかタママの中の敵対心が消えていた。


 この人だって悔しいのは同じだ。だけど、ボクの怒りを真正面から受け止めてくれたですぅ。


 軍人という立場にいながら、少しも偉ぶる所が無い。タママにも子供だからと馬鹿にせず誠実に接し、罰されてもおかしく無い事を言ったタママに頭を下げている。

ケロロのほうこそ、タママの言った事を肯定したと知れたらただじゃおかれないだろう。

 そのようなリスクを犯してまでタママに真剣に向き合ってくれたケロロが、タママの心に焼きつく。


「君に歌って欲しい」


 こんな人もいるのかと思った。


 この人なら、答えを教えてくれるですぅ?

 否応無く子供であることを終わらされ、急激に大人になる事を求められる。


 過酷な戦場にいきなり放り出され、一歩間違えれば死が待っている。

 生きる意味も、なぜ死ぬのかも判らない。

 誰も何も教えてくれない。


ただがむしゃらに戦えと言われ、死ぬのは嫌だ。


どうしたらいいんですぅ?

 

 変わる自分の世界に戸惑っていたタママがケロロをじっと見た。


 しばらくの沈黙の後、タママが口を開いた。

「お名前を教えて欲しいですぅ……」

「ケロロ軍曹……であります。あっちはギロロ伍長」


 えっ、ケロロ軍曹!?

 ギロロ伍長だって……。

 ケロン軍でも有名な二人の名を聞いて回りの子供たちがざわめく。


「軍曹さん、では、あなたのために歌います。そして、残された全ての人のため、亡くなったすべての人のためにも」

 タママが伏せていた目を上げ、じっとケロロの目を見ながらそう言った。


「ありがとう」

 タママの言葉ににこっとケロロが笑い、手をさし出した。タママが差し出された手とケロロをビックリしていたように見ていたが、やがておずおずとケロロの手を取り握手する。

「よかったぁ……」

二人の様子を緊張しながら見ていたタルルが心からホッとしたようにそう言い、周りの子を会場へ走らせる。

「師匠、早く行くっす。時間が」

 タルルのその言葉に立ち去りかけたタママを見て、ケロロが慌てて声をかける。

「あ、君の名前も教えて欲しいであります」

「タママ……です」


 答えたタママとケロロの視線が絡み合う。


「軍曹さん、あなたは戦う意味を教えてくれますか?」


 まっすぐな瞳が、射るようにケロロを見ている。

 タママの言葉に、ケロロがはっとした。

 何か言いたかったが、言葉が出ない。

 タママはそんなケロロの事をじっと見ている。


激しくて一途で純粋で、若いタママの瞳。

何か、言ってやりたい。


「師匠早く!」

 見つめあう二人の間に、タルルが割り込んだ。怒鳴るようにそう言って、タママの腕を引っ張る。

 タママは必死とも言えるほど一途にケロロを見ていたが、タルルに促され、軽く会釈してケロロに背を向けて走り出す。

 名残惜しそうにケロロのほうを振り返ったタママの瞳がケロロの胸にいつまでも残った。



「答えられなかったであります」

 近づいてきたギロロに、ケロロが呟いた。

「まっすぐな目だよ。見た? 凄く綺麗だった。いつか、我輩もギロロもあんな目をしてたよねぇ」

 ギロロの方を見て、そして曇った空を見上げた。少しだけ、昔の自分を思い出す。


 戦う意味が判らなくて、いつだって苦しみながら戦っていた。

 まっすぐだった、いまよりも若かったあの頃。


 今だって答えが出たわけではない。矛盾に慣れただけだ。自分に問いかけるのをやめてしまっただけだ。


 だけど、我輩はタママに何か言ってあげたかった。

 伝えられなかった何かがケロロの中でしこりのように残る。


 もう一度会えたら、言ってあげたいであります。


 答えを教えてあげることはできないけど、一緒に探す事はできるよ。

厚い雲が空を覆い、細い雨が空から降りてくるのを見る。ケロロの顔に優しく雨があたる。


「あの目が曇るのは嫌だなぁ……」

 独り言を呟いて、ケロロが再びギロロのほうを見た。


「あの子がずっと、あんなまっすぐな目でいられるようなそんな世界にするために、我輩たちが頑張らなきゃいけないんだよね、多分」

「そうだな」

「お、今我輩いい事言った?」

「そうだな」

「……もーちゃんと突っ込んでよ、チョーシ狂うなー」

「……そうだな」


 気分を変えるように、いつもの軽い口調でそう言ったケロロに、ギロロがゆっくりと答える。


 ケロロは、タママに怒るのを譲ったのだ。そうギロロは思った。自分も焼けるような激しい怒りに苛まれながら、タママの怒りから逃げず、それを正面から受け止めてあげた。


 だから、その気持ちがタママに通じたのだ。


「戻るであります」

 歩き出したケロロの言葉に、ギロロがおや? と思う。

 あそこには居たくない。そう言ったはずだ。


「あの子の歌を聴くために」

 ケロロの呟きに、ギロロが頷く。


 結果的に、ケロロのやりきれぬ怒りがなだめられた事にギロロはホッとした。


 庭園から寺院の入り口に入りかけたのと、タママが歌いだすのはほぼ同時だった。


 大きく息を吸った次の瞬間、タママの口から歌が生まれると、その場は一瞬にして静まり返った。

 力強く澄み切った声が空気を震わせ、聖歌隊の皆が、壇上のタママが歌いだした途端、辺りの空気が変わる。

 歌声がよどんだ空気を鮮やかに切り裂き、人々の心の中に、何かが身をもたげる。

 声は感情の生まれた場所からやってきて、歌としてあふれ出し、人々の心の奥からなにかをを呼び起こす。

 悲しみを土足で踏みにじる無遠慮で耳障りな演説に顔を伏せていた人々が、美しい歌声にそっと伏せていた顔を上げた。


 歌声が人々に染み入る。体を、心を振るわせる。ため息と嗚咽が漏れる。


小さい体から精一杯声を出し、死者への哀悼と残された者の悲しみを慰めようと歌うタママが、人々からよけいな感情を消し去り、悲しみを精製させる。


dona eis requiem sempiternum

 

 彼らに永久の安息をお与え下さい。


 透明な声が、親鳥の翼のように人々を包んだ。

 声が空気を震わせ、心を震わせる。心のノイズを押し流し、悲しみが溢れ出す。

 心を込めて歌うタママの目にも悲しみの涙が光った。

「綺麗な歌だな……」

 ふだんはあまりそういうことを口にしないギロロが思わず呟いた。

「うん、あの子は綺麗だから、きっと歌も綺麗だと思ったでありますよ」

 邪魔にならぬよう小声でそう返事をして、その場で再び歌に耳を傾ける。


 あちこちで嗚咽があがる。


「みんな泣いてる」

「うむ」

「悲しくて綺麗な歌であります……」

 ケロロがぽつりと呟いた。


 自分ではどうしようもなかった、やりきれぬ怒りが消えていく。

 怒りが歌に溶かされ、純粋な悲しみだけがケロロの中に残る。


「ぐ……、う……」

 我慢しきれずに、ケロロが嗚咽を漏らした。


「ケロロ?」

「親友だったんであります……」

 とんとギロロの肩の上にケロロが頭を乗せた。

 顔を伏せたまま嗚咽を漏らす。


「判るよ、いい奴だった」

 ケロロの肩を抱き、顔を寄せてギロロが囁く。

「俺にとっても、親友だった」

「悲しいでありますなぁ……」

 呟いたケロロの言葉に、ギロロが思わず目を閉じた。

 ギロロの閉じた目から、涙が一筋零れ落ちる。

 ケロロの涙が肩を濡らす。冷たい雨と悲しみの中、ケロロの涙の暖かさが、ギロロの中に沁みる。


「安らかに……、安らかに眠って欲しいであります」

「奴も泣いてる……。泣きながら歌ってる」


 遠くで歌うタママの瞳にも、涙が光っている。

 ギロロがそう囁くと、ケロロが軽く頷いた。


 タママの歌が、やりきれない悲しみを透明にさせる。透明になった悲しみが、空に上っていく魂を送る。


 全てが昇華してゆく。


dona eis requiem sempiternum


彼らに永久の安息をお与え下さい。


 ギロロが再び目を閉じ、溢れる涙をそのままに呟く。


「雨が、止まんな……」



Lacrimosa 涙の日。    







ENDE




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