K&T Hackers Lab
「メイク・マニー……。クック」
「メイク・マニ〜。プププッ」
モニター越しに、黄色いケロン人とオレンジのケロン人が言葉を交わす。どこか似ている二人が、言葉と共に陰気に笑うと、オレンジのケロン人のほうが早速口火を切る。
「それにしてもさぁ、分け前の配分が九対一は酷いヨ。ぼりすぎだヨ!」
まくし立てるオレンジ色のケロン人、トロロの言葉を、モニターの向こうの黄色いケロン人、クルルは、表情一つ変えずに聞き終わると、ふんと鼻で笑う。
「ガキの使いでそれだけ貰えるんだ。文句言うなよ。こっちはお前じゃなくても手伝いたいって奴はいくらでもいるんだぜぇ?」
クルルがふてぶてしい表情でそう返すと、トロロの顔がうぐっとゆがんだ。
クルルの副業を手伝う見返りに、利益の一割。
それでも、子供の小遣い稼ぎには十分なほどだったが、配分の低さが、自分の評価の低さのようでトロロは気に入らないのだ。
クルルは使う方、トロロは使われる方。力関係は歴然としている。まだ使い走り程度しかさせてもらえないトロロは、分け前の配分を上げろと主張できるほど力は強くない。
「プ! 嫌な奴!」
トロロが、俯いて、小さな声で呟いた。
クルルは当然聞こえているのだが、その声を聞き流す。
「それより前のはどうした?」
クルルの言葉に、気を取り直してトロロが顔を上げる。無駄な話をいつまでも引きずるのは得策ではない。クルルに馬鹿だと思われる。
頭を仕事モードに切り替え、にかっと口を三日月形にして笑った。
「ウン、上手く運んだヨ。ガルルと一緒だと、ノーチェックだからやりたい放題だよネェ〜。プププッ。貰ったお金で注文してた基板の払いも済ませといたから、もうすぐ来るはずだヨ」
なにやら不穏な言葉をクルルに向かって言うと、クルルが分かったと言うように軽く頷いた。だが、釘を刺すのも忘れない。
「検品はきちんとしたんだろうな? 使えねーもんだったら怒るぜぇ」
「だ、大丈夫だってば! ちゃんとクルルの言う通りにしたヨ! 信用しろよバカ!!」
「してねーから言ってんだろうが。粗悪品なんか掴まされてたら、俺は関知しないぜぇ。お前責任もってなんとかしろ。それと、分け前も無しだ」
「ちょ、酷いヨ、それって!!」
ムキになって言い張るトロロにクルルが突きつけた厳しい条件に、トロロが悲鳴を上げる。
「大丈夫なんだろ?」
抗議するトロロに畳み掛けるようにクルルが言うと、トロロがうぐっと言葉に詰まった。本来クルルは、トロロに運び屋だけさせておけばことは足りるのだ。「やりたい」と言い張ったトロロにわざわざさせてくれた。ということをトロロも良く判っている。
「う……。大丈夫だヨ」
多少不安そうな声になったが、トロロとしては多少無理してでもそう言わざるを得ない。
「ならイイじゃねぇか」
あっさりと言い放ったクルルを、トロロが悔しそうに睨みつける。
「さっき信用して無いとか言ったくせに!」
「俺を失望させるなよ。週末また来い」
トロロの言葉を無視してクルルが言うと、トロロの顔が嫌そうにゆがんだ。
「エエ〜! ポコペン遠いからヤダ!」
トロロはぐずったが、クルルはまったく相手にしない。
「命令だぜぇ。金が欲しかったら来いよ。じゃあな」
クルルは一方的に言うと、トロロの返事も聞かずに通信を切る。
「ムカつく!! 超ムカつくシ!! なんだよコイツ、嫌な奴! ごうつくばり! ケチ! イ〜〜っだ。バーカバーカ!! 黄色!」
モニターに向かって悪態をつくトロロに、腕立て伏せをしながら一部始終を見ていたタルルが肩をすくめた。
「本人に言えって感じっス」
「煩いヨ!!」
噛み付かんばかりの勢いでトロロがタルルにそう言うと、側で新聞を読んでいたガルルが、顔を上げる。
「トロロ、その、『メイク・マニー』というのはなにかね……」
「合言葉だヨ、プププッ」
「もうちょっとさわやかなものにした方がいいのではないか?」
「そんな事より、隊長、こいつの変な商売やめさせたほうが良くないっスか? なーんか、まずい事してそうッスけど」
どこかずれた事を気にするガルルに我慢できず、タルルが横から口を挟んだ。
「そうなのか? なにか法律に抵触するような事をしてるのかね?」
トロロの方を向き直り、ガルルがそう聞くと、トロロがにかっと笑った。
「ウウン。お小遣い稼ぎの簡単なアルバイトだヨ! ママの誕生日がもうすぐだからサ、バイト代でママにイ〜いもの買ってあげてビックリさせるんだヨ、ププッ」
「それは感心だ。軍務に差しさわりの無い程度にがんばりなさい」
怪しい求人広告のようなトロロの言葉をあっさりと信じ、ガルルはまた新聞を読み始めたが、終始胡散臭いという視線を送っていたタルルは納得できない。
「隊長はトロロに甘すぎっす。このままじゃろくな大人にならないのは目に見えてるっスよ」
タルルの言葉からするに、タルルなりにトロロの心配をしているようだ。
子供の教育方針で対立する父と母のようになってきた二人の会話を、当事者のトロロが顔をしかめて迷惑そうに見ている。
「私は、トロロがクルル曹長に教えてもらう事は多いと、トロロにとってプラスになると考えてるんだがね?」
「……オイラが親なら、コイツぶん殴って即効パソコンとりあげるっスけどね。トロロがあのクルル曹長とつるんでるって時点でろくでもない事に決まってるっす」
「ろくでもない」と固く確信しているタルルに、トロロが口を尖らせて抗議する。
「ナニ疑ってんのサァ? 変なことなんかして無いってば!」
「ムキになるところが余計あやしいっす。本当に誕生日プレゼント買うんすか〜?」
「買うヨ! 自家用彗星買ってあげるヨ。ププッ。隊長が乗ってるのカッコイイよね〜。あれにするヨ」
「バ〜ッカ、ガルル隊長の奴、新品でいくらすると思ってるんスか? トロロの給料とアルバイトくらいじゃ百年経ったって到底無理無理っす」
タルルがバカにしたように言うと、トロロが自家用彗星のサイトを見ながら通帳を取り出した。
「ふ〜ん、やっぱ隊長のは無理かァ。でも、一番グレードが低いのなら買えるヨ。ね〜エ、これ買いに行きたいんだけど、子供だとなめられると思う? 現金持ってった方がいいかなァ? プププ」
トロロが指差したのは、自家用彗星でもかなり高級なタイプで、一番グレードが低いと言っても、目が飛び出るような値段だった。
それ、買えるんスか!!
驚きのあまり、タルルの腕立て伏せをしていた動きが止まった。
「……まじっすか」
信じられないというように呟くタルルを他所に、当のトロロは、楽しそうに一緒に送る花束を注文している。
「お金チョ〜だい!」
クルルズ・ラボに入ってくるなり手を差し出したトロロに、クルルがそばに置いてあったまとまった札を無造作に掴む。
「ほらよ。ごくろーさん」
「何でいつも手渡しなんだヨ。めんどくさいシ!」
札を数えながらぶーぶー文句を垂れるトロロを一瞥し、クルルがコンソールに向き直って手を動かしながら答える。
「手渡される札束と、通帳の数字じゃ重みが違うんだよ。ガキにゃ金のありがたさわかんねーだろうからな、俺の親心ってやつだぜぇ」
「なんだヨ。えらそうにサァ」
クルルのメガネや、黄色い体にディスプレイの光が映るのを見上げ、トロロが言うと、クルルがちらりとトロロを見た。
「偉いんだよ、俺は。あとな、お前が品質チェックした基板、来てたぜぇ」
「プ……! ど、どうだった?」
クルルの言葉に、ドキン。とトロロの心拍数が跳ね上がる。
これが万一クルルのお眼鏡に適わないものだったら……。と思うと、怖いもの知らずのトロロも冷や汗が出る。
「ま、概ね問題はねぇな。あの値段でこれだけやってくれれば文句ねぇ」
合格点。
フゥ〜。とトロロが内心で大きく安堵のため息をついた。
「ププ〜。ボクの目利き間違ってなかったでショ?」
クルルの言葉に、ほっとしたトロロがすぐに軽口を叩く。
「バカ。調子に乗るなよ。お前が凄いんじゃねぇ、あの町工場はいつもいい仕事してくれるとこなんだぜぇ」
じゃあサ、あんなにボク驚かす必要ないジャン……。
明らかにそう言いたいのが伝わってくるようなしかめ顔をして、トロロはクルルを見たが、クルルはもちろんトロロを無駄に怯えさせるのが目的なのだ。逆に、トロロの恨みがましい目で見られながら、雑用を言いつける。
「さっさと金しまって、倉庫行って在庫チェックして来い」
「もー、クルルって人使い荒いよネェ!!」
ぷりぷり怒りながら、トロロはたたみにくいほどには厚みがある札をしまい、クルルが投げた倉庫のカードキーを空中でキャッチする。
クルルの商品が置かれている倉庫は、亜空間にあり、開けるには特定の人物の遺伝子情報と、カードキー、五分ごとに変わるパスワードが必要という、ケロン銀行の金庫なみのセキュリティを誇っている。
ちなみに、無理やり進入しようとすると、一兆度の火の玉が降り注ぐ仕組みだ。
「女子高生盗撮写真集とかばっかのくせに、無駄なセキュリティだよネェ」
亜空間の倉庫の前で、カードキーを手にし、クルルにパスワードを聞こうと携帯を取り出したトロロの周りを、ざっと黒い影が取り囲む。
驚きと警戒ではっと目を見張るトロロの腕を、突如現れた男達が掴み、その衝撃で手にした携帯が床に落ちる。
「プ……! だ、誰だヨ、お前たち、や、ヤダ、離せ、さわんなヨ!! ヤダァ、クルルゥ〜〜〜」
叫び声が亜空間にこだまするが、無常にもその叫びは誰にも届かない。
手足を押さえつけられ、口をふさがれたトロロの目から涙が落ちた。
クルルズ・ラボの外部通信専用ディスプレイに、通信許可を求めるサインが出る。
クルルが手を伸ばしてスイッチを押すと、そこに映ったのは、目に涙をいっぱい溜めたトロロのアップだった。
「どうした?」
眉間に皺を寄せ、クルルがそう話しかける。トロロの顔は怯えて引きつり、何か言いたそうに口を開いたが、何も言えずに唇を震わせている。
何か良くない事が起きた予感がする。
「クルル……。ゴメン、ネェ」
涙目になったトロロが、かすれた声でようやくそう言う。がちがちと歯を鳴らし、尋常じゃないほど怯え、かすかに左右に首を振る。
「おい?」
さらに不審に思ったクルルが思わずディスプレイに向かって身を乗り出すと、画面がすうっと後ろに引いた。
映ったのは、トロロの頭に銃を突きつける、地球のネズミに良く似た宇宙人。ただし、そのネズミは、地球のものに比べると十倍ほども大きい。きちんとしたブラックスーツを着込んでいるが、どこかすさんだ雰囲気を漂わせていた。
「やぁ、クルル『元』少佐殿、お久しぶりだね。『辺境』のポコペンなんかに『飛ばされる』ものだから、君に会うのも一苦労だよ。君の友達がたまたま亜空間に来てくれて助かった」
ねちっこく慇懃無礼な口調で、そのネズミ型宇宙人は口を開いた。相変わらず、手に持った銃をトロロの頭に突きつけながら。
「テメェか……。相変わらずネズミみたいにちょろちょろしてるんだな。早く下水の中に帰れよ。反吐が出るぜぇ」
クルルの反応は、喧嘩を売りながらも表面上は友好的な態度をとっているネズミ型宇宙人と違って、あからさまに嫌悪感を出したものだった。とげとげしい口調で応じるクルルから察するに、二人が昔からの知り合いである事は間違いなさそうだったが、その関係は良好とは言いがたいようだ。
「つれないね。せっかくの取引先を逃す事になってもいいのかい? こんなはした金をちまちま稼ぐなんて君らしくない」
クルルをバカにするように言った後、キ・キ・キ……と発泡スチロールを擦り合わせるような音がネズミ型宇宙人の口から漏れた。驚いた事にどうやらそれは笑い声らしい。どす黒い悪意の篭った、かなり人を不愉快にさせる笑い声だった。
張ってやがったな。
クルルが、内心で苦々しく呟いた。こいつは、クルル本人か、トロロのようなクルルの関係者を捕まえようと最初から画策していた。クルルの倉庫の場所を突き止め、待ち伏せていたのだ。
「大きなお世話だぜぇ」
クルルが吐き捨てるように言うのを無視して、ネズミ型宇宙人は演技じみたわざとらしさで両手を広げた。トロロの頭からようやく銃が離れたが、周りを取り囲む男達は相変わらずトロロにマシンガンの銃口を向けており、一つくらい突きつけられた銃が減ったところで気休めにもならなかった。
「私と取引しようじゃないか。君が設計したケロン軍の武器を、こちらへちょっと横流ししてくれるだけでいいんだ。君なら簡単だろう?」
手に持った銃をゆらゆらと揺らしながら、ネズミ型宇宙人が、ねちこくディスプレイ越しにクルルを見ている。直接対面している訳ではないのに、そのねちこい視線が絡みつくようで不愉快さが増した。
「何度も言ってるぜぇ。アンタと取引する気は無い。いいかげんその少ない脳みそにインプットしてくれよ。アンタは粗悪品を俺のラボの商品だと偽って売り出した。その罪は何度生まれ変わっても消えねぇよ」
金のためなら、薬にも、人身売買にも、キッズポルノにも手を出す下種な野郎ども。
何より許せないのは、この犯罪者達が、過去にクルルズラボの名前を勝手に使って粗悪品を流した事だ。それはその時きっちりと報復したのだが、こいつらは、クルルは金になるとみたのか、しつこくコンタクトをとってくる。特に最近は、ケロン軍に組織をつぶされ、なりふり構わなくなっているのだ。
交渉の余地はないとクルルがきっぱり言い切ると、ネズミ型宇宙人がすうっと目を細めた。
細めた目から、凶悪な光が漏れる。
「その事については謝るよ。だからこうして、紳士的に頼んでるんじゃないか?」
それでも、表面上の慇懃無礼な態度は崩さず、クルルに重ねて言った。
「ガキに銃突きつけてか? よく言うぜ、ク〜ックックック」
心底相手を軽蔑しているのを隠そうともしないクルルの笑い声が響き、ネズミ型宇宙人は、再びトロロの頭に銃を突きつけた。
「その趣味の悪いメガネは買い替えたほうがいいんじゃないかね? 状況が見えて無いらしいな? 君の相棒の安全は君の一言にかかっているよ」
まだ丁寧な口調は崩さないが、クルルの言葉は十分相手を挑発したらしく、その声はどす黒い怒りに満ちていた。トロロの頭に再び銃が突きつけられ、カチリと撃鉄を起こす危険な音に、トロロの顔が余計に青ざめる。
底の浅い小悪党が……。
再び、クルルは心の中でそう吐き捨てた。
「かわいそうに、君のせいでこんなに怯えて。かわいい子じゃないか、実に……。食べてしまいたいね」
ネズミ型宇宙人の手が、言葉と共にトロロの顎をくいと上に持ち上げた。キキキとサディスティックに笑い、生臭い息がかかるほどトロロの顔に自分の顔を近づける。性的な意味を含んだ嫌らしい目で嘗め回すように見られ、嫌悪感に必死になって顔を背けるトロロの頬を、汚らしいピンク色をした舌がべろりと舐めた。
「離せヨ!」
「おやおや、お転婆なコだ。泣かせてみたいね」
嫌悪感に、相手を突き飛ばしたトロロの嫌がる顔を見て、サディスティックな笑みを浮かべて舌なめずりする。
助けてヨ、クルル!!
トロロは涙目になって、必死にクルルを見るが、ディスプレイに映るクルルは、ふんと鼻で笑った。
「相棒なんかじゃねぇ。そいつは口ばっかりで足手まといのくそガキだ」
「プ……!」
トロロの動きが止まった。
クルルの言葉に、冷たい手で心臓を握りつぶされるような気がした。
いくら銃を突きつけられて怖くても、絶対にクルルがなんとかしてくれるって信じていたのに。
見捨てられた。
ボクが、役立たずだから……?
心の糸がぷつんと切れた音が聞こえた。
いままでずっと我慢していた涙がどっと溢れた。恐怖よりも、悔しさと悲しさの方が勝る涙 でたちまち前が見えなくなる。
クルルに見捨てられるなんて、そんなの、死んだ方がましだシ。
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