「だけどな」


 次にクルルの口から出た聞いた事の無い真剣な声に、絶望していたトロロが思わず顔を上げた。

「うかつにソイツに手を出さないほうがいいぜぇ。ク〜ックックック」

 クルルをよく知っているトロロでさえ、ゾクッとさせる、クルルの怒りを込めた声。

 あの奇妙な笑い声さえ、いつもと全く別に聞こえる。

 クルル、怖いヨ。

 クルルのシステムにちょっかい出して、有頂天になってたボクをどん底に叩き落した時のクルル。

 あの時のクルル、ううん、あの時よりも、ずっと怖い。

 本気で怒ってるんだ。

 ぞく……とトロロの背筋に寒気が走った。怒りの対象は自分ではないが、それでも、恐怖を感じる。

 まだ、自分のときは、クルルは手加減してくれていたのだとトロロはその時初めて気がついた。本気でクルルを怒らせれば、あんなものでは済まない。

「そのガキは、ガルル中尉の秘蔵っ子オペレーターだぜぇ。アンタなら骨身にしみて知ってるだろ? ガルル中尉のやり口をよォ。身内に手出されたって知れたら、アンタ、命無いぜェ」

 目の前にいる訳ではない、機械越しのクルルにさえ、あたりの空気が怯えるような気がした。トロロを取り囲む雑魚どもは、クルルの迫力に押され、すっかり飲み込まれている。

 ガルルの名前を出してはいるが、今本当に危険なのは、目の前にいる黄色いケロン人なのだと、その場にいる全員が知っていた。

「ガルルだと!?」

 クルルに加えて、ガルルの名前まで出されて、あきらかにネズミ型宇宙人は動揺した。

「おいガキ、そのドブネズミに軍から貰った身分証見せてやれよ?」

 クルルの言葉に、トロロが軍から貰ったIDカードを差し出す。

 そのカードに書かれている、「ガルル小隊」の文字を見て、ネズミ型宇宙人が二、三歩後ずさった。

 ガルルの名前には、相当嫌な思い出があるのだろう。口をぱくぱくさせ、先ほどまでの傲慢な態度は消え、怯えていると言ってもいいほどだった。

「さんざ痛めつけられたろ、アンタ。アンタの組織を壊滅にまで追い込んだのは中尉だもんなぁ。なんならそのガキで恨み晴らすかい? 命が惜しく無いならやってみろよ? く〜っくっくっく」

「くっ……」

 クルルの挑発にも言い返せない。


 ガルルの殺意を思い出し、総毛立つ。

 ガルルに組織を壊滅させられ、アジトを徹底的に殲滅させられた。


 「抵抗しても構わんよ。私はお前を殺したくて、うずうずしているのだからな」

 命からがら逃げ出した先に、待ち伏せていたガルルが立ち塞がり、そう言った時の恐怖がまざまざと蘇る。

 その言葉と、殺意の篭った冷たい目線を思い出しただけで、吐き気がして、凍りついたように体が冷たくなる。

 ガルルのせいですべてを失ったが、裁判で上手く立ち回ったおかげで命だけは助かった。だが、ガルルに今回の事が知れれば、間違いなく今度こそガルルは自分を殺すだろう。これは、予想ではなく、確実に将来起こる「事実」だ。

 ガルルに叩き込まれた恐怖感に、ネズミ型宇宙人は怯え、銃を持つ手も震える。


 あまりに分が悪いと、ようやく悟ったようだった。クルルに手を出したのが間違いだったと思っているのが、その表情から如実に判る。からかうようなクルルの言葉にさえ、返事が出来なくなっていた。

 すでに後悔を顔に出しているネズミ型宇宙人と、クルルとの勝敗はあきらかだった。

「そいつに傷一つつけてみろ、宇宙中のどこに逃げても、三日以内にアンタの眉間には銃弾が食い込んでる。いや、そんな生易しい殺し方してくれねぇだろうなぁ……。きっと死んだ方がましだって言うぜ、アンタ。俺がお前をツブすか、中尉がお前を殺すか、どっちが早いか競争だぜぇ、く〜っくっくっく」

 心底、ぞっとするような言葉だった。

 ふざけた様子で言ってはいるが、その下に、クルルの本気と、危険さが透けて見える。

 お前が敵に回すのは、ガルルだけじゃない。クルルはそう言っている。

 クルルの言葉の中の「ガルル」は「クルル」に置き換えて考えるべきだ。ガルルがやるだろう。と言っていることは、全て、クルルがそれと同じくらいの報復をお前にしてやると遠まわしに言っているのだ。

 この男なら、やる。ためらい無く自分を消す。

 ガルルに感じたのと同じ恐怖を感じ、首の後ろの毛が逆立つ。逃げろと本能が命じている。

 ガルルの威を借りるような言い方をしているが、クルル本人も同じくらい危険だ。

 触れてはいけないものに触れてしまった。

 前門の虎、後門の狼。

 まさにその状況に陥っている愚かさを噛み締めている。

 怯えた負け犬に、クルルが完璧に引導を渡した。

「失せろ。二度とそのガキに手を出すんじゃねぇ」

 クルルにしては寛容な言葉だった。クルルをこれだけ怒らせて、無事でこの場を去れるはずがない。

 だが、窮鼠猫をかむ。と言う。あまり追い詰めて相手が暴走し、トロロの身に危険が降りかかっても困る。報復は後でいくらでも出来る。トロロの安全を第一に優先し。クルルは逃げ道を用意してやったのだ。


 クルルの与えてくれたきっかけに、ボスの命令を待たず、部下の一人が超空間の出入り口を開けた。ネズミ型宇宙人も、その勝手な行動を咎めずに、真っ先にその出入り口からその場を脱出する。

 クルルの言葉を受け、超空間から一目散に逃げていくネズミどもの背を、ク〜ックックック。という嫌な笑い声が追いかけて来たが、だれも捨て台詞を吐くどころか、振り向きもせずに超空間の出入り口は閉じた。


 まぁ、お前らが逃げたその先はクルル時空につながってるんだがねぇ……。

 少なくとも三日はそこを彷徨ってもらうぜぇ……。

 その後は……。ク〜ックックック。


 犯罪者達が逃げていった超空間の出口の座標を変えたクルルが、陰気に笑った。



「く〜っくっくっく。怒ってるのか? これに懲りたら、俺の手伝い辞めてもいいんだぜぇ?」

 舌先三寸で相手を追い払ったクルルの元へトロロが帰ってきた時、トロロの神妙な顔を見てどう思ったのか、クルルがそう声をかけた。

 トロロは、何か考え込むような浮かない顔をしており、しばらくの沈黙の後口を開く。

「クルル、言ったよネェ。ボクの代わりはいくらでもいるって」

「ああ?」

 トロロの突然の言葉の意図が判らなくて、クルルが顔をしかめた。

「なんでボクを使ってくれたんだヨ? ガルルにばれたら、クルルもやばいでショ?」


 「足手まといだ」と言ったクルルの言葉。

 あれ、多分、本当だよネェ。


 思い出すたび、胸が苦しくなる。

 今回の事で思い知った。多分、あの場にいたのが自分じゃ無くてクルルだったら、クルルはもっと簡単にあいつら追っ払ったし、逃がすようなマネはしなかった。

 クルルが自分のために、わざわざガルルの名前を出したりとかなり慎重になっているのを感じ、余計に自分が情け無い。

 普段のクルルなら、そんな事しない。

 それがよけい自分の力不足を感じさせ、涙ぐみそうになる。


 ボクは、何もできなかった。

 しかも、ガルルという地雷付き。

 考えれば考えるほど、自分がお荷物としか思えない。


「俺は中尉なんか怖くねえ。お前を選んだのは、単にいろいろ使えるからだぜぇ。まー、安くこき使えるしな、ククッ」

 ガルルが怖くないってのはウソだよネェ〜。と思ったが、トロロは賢明にも口には出さなかった。

 トロロが危険な目にあったとガルルが知れば、トロロがいくら自分で望んでやらせてもらってた事だと訴えても、クルルの頭にはゼロ距離で銃が突きつけられる事だろう。

「ばれたっていいじゃねぇか。中尉殿はお前に甘いからな。キツく説教食らって終わりだろ? ま、今回みたいな事があっても、お前の身の安全は俺の面子にかけて保障してやる。俺の側にいる限りは誰にも手出しさせねぇから安心しな」


 クルル、わざとボクの聞いてることからずれた返事してる。

 トロロは直感的にそう悟った。


 ばれてこまるのは、トロロじゃ無くてクルルだ。

 トロロは、自分の保身のため心配をしている訳ではない。クルルもそれは判っている。トロロに自分の心配をされたくなくて論点をずらしているのだ。

「でも、クルルは違うでショ?」

 改めて言うと、クルルが体を震わせて笑った。

「クックック〜。俺の心配してくれるのかよ? お優しい奴だな」

 からかうようなクルルの口調に、かぁっとトロロの頬が赤くなる。

「してないヨ! バカ! 勘違いするなヨ。ただちょっと……言ってみただけだヨ」

 クルルの挑発にのせられて、またもクルルの内心を聞き出す事は出来なかった。


 でも……。


 ねぇクルル、そう言ってくれるのは、ボクの事、ちょっとは必要だと思ってくれてるから?

 ほんのちょっとでも、ボクに辞めて欲しくないって思ってるから、ボクに負担をかけないような言い方してるの?


 聞きたいけれど、聞けない。


「いいのかヨ……ボクで」

「しつこいぜ、ガキ。辞めたきゃ出て行きな。やる気があるなら、そのカード拾え。次の金儲けのネタだ」

 もうこの話は終わりだ。と言わんばかりに、クルルがトロロに背を向けた。背を向ける瞬間に、言葉と共に一枚のカードをトロロの足元に放り投げる。


 これがクルルの返事。


 俺が差し伸べた手を取るのも取らないのも、お前しだい。


 そういう、クルルのサイン。


 クルル、ボクに選べって言ってるけど。

 でもネ、ボクにとっては、クルルが手を差し伸べてくれたって事で、もう返事は決まってる。

 クルルがいいって言ってくれるんだったら、ボクが、クルルと一緒にいない訳無いジャン!

 そこんとこ判って無いよネェ〜、クルル。でも、クルルが意地悪だから、ボクも言わないヨ。


 そう思いながら手を伸ばして、急いでカードを取る。


「やるヨ。一緒にやる」

 この黄色が、素直に側にいてくれって言う訳無いシ。あくまでも、「ボク」から一緒にいたいって言わせようとしてる。

 ずるいよネェ〜。

 だからボクは勝手に、カードを投げてくれたのは、クルルが遠まわしに一緒にいたいって言ってるんだと思っとくヨォ。

 

 ガルルの名前を出したのだって、「俺がお前を助けてやる」なんて照れて言えないからかヨ?

 素直に、「俺が守ってやる」って言えばいいのに「俺の面子に関わるからだ」な〜んて言っちゃってサァ。


 そんなこと口に出したら、おめでたい奴だって嫌な顔されるから、黙っとくけどネェ。勝手に思うのは自由だよネェ〜。


 そんな事を思っているトロロの声に、クルルが振り返った。

 カードを手にしたトロロを見て、にんまりと口に手を当て心底嬉しそうに笑う。


「メイク・マニー?」

「メイク・マニー! プププッ」


 二人だけの合言葉を交わし、ク〜ックックク。と、ププププ〜。という笑い声が同時に二人の口から漏れ、ラボは二人分の陰気陰湿陰険な雰囲気に包まれるのだった。



ENDE



おまけ


「……おい」

「ナ〜ニ〜?」

「怒ってるか、ククッ?」

「なんだヨ、気にしてるのかヨ?」

「根に持ってるヨォ。怖かったし、ちょっと泣いたしネェ」

「悪かったぜぇ」

「え? ナ〜ニ? 聞こえないシ! ププッ!」

「調子に乗るんじゃねぇよ」

「プッ! 痛っ!!」

「ね〜エ」

「何だよ」

「ちょっとはボクに悪いと思ってるゥ〜?」

「あーはいはい」

「ち、ちょっ、クル、クルル!そこまでしてくれって頼んで無いシ。ワァ〜」

「別に、キスしたのもその先すんのも、単に俺がしたいだけだぜぇ〜」

「クルル絶対反省とかして無いよネェ! ボクに悪いとか思ってないよネェ!」

「誰が反省してるって言ったよ? 別にお前に許して欲しくてキスしたわけじゃねぇよ」

「い、嫌な奴ぅ〜〜」





おまけ2


「ヤフ〜〜、やっぱガルル隊長超カッコいいっスねぇ〜〜!」

「ナ〜ニ? 何の話だヨ」

「トロロ聞いてないんスか? ガルル隊長が宇宙指名手配されてた悪党どもを捕まえたのを」

「ハァ? 何でガルル隊長が?」

「それが、なぜかガルル隊長がトイレで用足ししてる時に、超空間が開いて奴らがなだれ込んできたらしいっす」

「それを、慌てず騒がず、我らがガルル隊長は、ゆっくり用を足し終えて、しかも冷静に手を洗って超クールに奴らを捕まえたらしいっす。普通の人にゃまねできないっすよ。そこに痺れる憧れるぅっス! あ、ちなみに小の方だったらしいっす」

「それってサァ、ネズミ?」

「やっぱ知ってるんじゃないっすか。クハァ〜、隊長カッコイイっス!」

「ふ〜ん、よりにもよって、ガルルになんてクルルも酷い事するよネェ〜」

「超空間の座標が狂って沙漠を彷徨ったあげく、命からがら抜け出した先にガルル隊長がいたもんだから、首謀者がショックのあまり心臓発作おこしたそうっスよ」

「いい気味だシ」

「って、さっきから熱心に何やってるんすか?」

「火事場泥棒だヨ〜。宇宙警察に差し押さえられる前に口座からお金抜いとかなきゃ」

「しけた奴らだけどネェ、それでも、ボクとクルルで半分コしても、ガルルの乗ってた自家用彗星と同じの買えるヨォ〜。プププッ。証拠品はみ〜んな宇宙警察に送ってやったシ。ざま〜みろだよネ」





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