「ケロロ今日は来れないんだってさ。悪戯がばれて家にラチカンキンされてるらしい」

 秘密基地の中でギロロがそう言って、やって来たばかりのゼロロを振り返った。

「あ、そうなんだ……。残念だね。せっかくケロロ君の好きなお菓子と漫画持ってきたのに。これ、ギロロ君も好きでしょ? ボクお家で食べてきたから全部あげる」

「サンキュッ!」

 ゼロロがお菓子の入った袋を差し出すと、ギロロの顔に笑顔が浮かぶ。

 ゼロロがその笑顔に見惚れ、じぃんと幸福な気持ちを噛み締めていると、ギロロがお菓子を一つ手にしたまま、食べずにそれをじっと見つめているのに気が付いた。

「食べないの?」

「なあゼロロ。これ、半分明日ケロロにやってもいいか?」

 顔を上げてギロロがゼロロにそう聞く。

「え……。いいけど」

「ありがと。ケロロもきっと喜ぶ」

 にこっと笑ったギロロの笑顔に、ゼロロが感心する。

 ギロロ君、凄いなぁ。

 ケロロ君なら、絶対一人で食べちゃうのになぁ。

 それ知ってて、それでも言うんだもんなぁ。

「食べなよ。明日も持ってきてあげるから」

 ゼロロが言うと、ギロロが考え込んだ。

「う〜ん、じゃ、ガルルにやる。だってこれスッゲー美味しいだろ?」

 笑いながらそう言ったギロロに、胸がきゅんとする。

 小訓練所ではいつも仏頂面だが、ギロロは、ケロロやゼロロの前では以外とよく笑う。

 ギロロの笑顔を見るのが「友達」の証のようでゼロロは嬉しかった。

「あ、うん、ボクも大好き」

 頷くゼロロの口元に、ギロロの手にあるお菓子が突きつけられた。

「ホレ」

 ドキンとしながら、少し顔を赤らめてぱくんとお菓子を口にする。家ではこんな行儀悪い事させてくれない。ここにいるからできる事だ。

「美味いな」

「美味しいね」

 ギロロも口の中へお菓子を放り込み、二人でニコニコしながらお菓子を頬張る。

「いつもありがとな、ゼロロ。貰ってばかりでスマン。ちゃんとお礼、するから」

「いいよそんな事! 気にしないで。お家で余ったもの持ってきて悪いなって思ってるんだから、よけい持って来づらくなるよ!」

 ゼロロが慌てて手を振って、ギロロの気遣いを辞退する。

 ゼロロができる数少ない事を遠慮されては、自分が辛い。

「ギロロ君てさ、すっごく良い人だね」

「は?」

「ボク、弟のためにお菓子持って帰ろうとか思った事ない。八つ当たりした事あるけど」

「何言ってるんだよ。俺なんかよりゼロロのほうがずっと良い奴だろ?」

 怪訝な顔してギロロがそう言った。



 ケロロとギロロは、小訓練所ではちょっとした有名人だった。



 いつも誰も思いつかないようなはちゃめちゃな悪戯をしては怒られるケロロ。どれだけ怒られても懲りる事を知らない。

 ケロロが何かしでかすのをはた迷惑だと思いながらも、皆ケロロが次は何をやらかすのか期待している。



 ギロロは、目つきが悪いと因縁をつけられ、入学早々上級生と入院するほどの乱闘をし、厳重な注意を受けた。

一回り体格の違う複数の上級生に立ち向かっていくギロロ、殴られてみるみる顔が腫れていくギロロはそれはそれは凄まじかったと後にゼロロはケロロから聞いた。

ギロロはその一件で入院し、その代わり相手にもっとひどい怪我を負わせ、下級生のギロロのほうが注意を受けるというおかしな事になってしまった。

ギロロはなぜそんな事をしたのかという言い訳を一切しないものだから、噂だけが一人歩きし、乱暴ものだという怖いイメージばかり広がっている。



 ゼロロは、目立たなくて大人しい子。遠足を病気で休んでも、誰も気付かないような存在。

 掃除を一人で押し付けられても、文句を言わず黙々とこなすゼロロは、皆に「良い奴」だと思われている。



 でもそんなの本当のボクじゃない。



 嫌われるのが怖いから、逆らうのが面倒だから従っているだけだ。

 ゼロロはそう思って、重い口調で言った。

「違うよ。ボクはみんなに嫌われるのが怖くて、良い人のふりしてるだけだよ」

「ゼロロは良い奴だ」

 ギロロがむきになったように言うのが嬉しくて、ちらっと上目使いでゼロロがギロロを見た。

 ギロロ君がボクの事「良い奴」と言ってくれるのは、クラスのほかの皆が「良い奴」と言ってくれているのとは違うよね?

 そう思い、勇気付けられる。

 今まで怖くて聞けなかった事、聞いてみようかな?

「ボクが本当はやな奴でも友達でいてくれる?」

 ドキドキしながらそう言うと、ギロロが眉間に皺を寄せた。

「変な心配するな。ゼロロは良い奴だ。ゼロロ、俺が言う事信じられないのか?」

「あっ、ううん、ごめん、そんなんじゃないんだよ」

 ギロロの不機嫌そうな言葉に、ゼロロが慌ててぶんぶんと首を振った。

「それに、嫌な奴だろうが何だろうが友達だ、ゼロロは」

「ありがとう、ギロロ君……」

 じぃんと感動しながら、泣きそうな声でゼロロが言った。こみ上げて来る涙を必死で抑える。

「なぁゼロロ、キスしたことあるか?」

 なんの脈絡も無く不意に言ったギロロの言葉に、ゼロロの涙が引っ込んだ。

「えっ、何急に、無いよ……」

だってボク女の子にもてないし……。

そう言いかけたゼロロの言葉がギロロの言葉で喉につかえた。

「俺した」

「だ、誰と……?」

 ギロロの言葉に、ズキンと胸が痛んだ。

 さっきとは違う心臓のドキドキがする。心配と不安で嫌な汗をかく。

 ギロロ君の事じっと見つめている、隣のクラスの可愛い子。

 あの子は気付いてる。ギロロ君がとてもいい人だって。周りに惑わされず、ギロロ君のいいところに気がついてる。

 もしかして、あの子?

 嫌だ、ギロロ君取られるの、嫌だ……。

 先ほどまでの感動から、一変してドロロの心はどす黒い暗雲に覆われた。

 ギロロ君がいい人だって事、皆にもっと知って欲しいと先ほどまで思っていたはずなのに、急に、ギロロが誤解されたままでいて欲しいと思った。

 ギロロ君はいい人だから、皆が欲しがる。

 ボクなんか、勝ち目、ない。

 やっぱりボク、嫌な奴だ。

 ゼロロがドロドロと自己嫌悪に陥っていると、ギロロがあっさりと返事をする。

「ケロロ」

「ケロロ君と!? な、なんで……?」

 ギロロの口から出た意外すぎる人物に、自己嫌悪も吹き飛んだ。

思わず伏せていた顔を上げて大きな声を上げる。

 だってケロロ君、男の子だし!?

 どうしてギロロ君とキスするの!?

「だって、友達だろ」

「え、ええっ!?」

 ギロロの世間一般の常識とはややずれた返答に、ゼロロが仰天する。

「好きな人とするんだろ? 友達だから好きに決まってるって!」

 ケロロからそう教えられたギロロは自信有りげにそう言い、それを聞いたゼロロは一瞬黙り込んだ。

「……それ、ケロロ君が言ったの?」

「うん。ケロロがしてきたから、俺もしてやった」

 ケロロ君……。

 ケロロがギロロにした事の意味が判るゼロロが心の中で呆れ気味に呟いた。

 この時点では、ゼロロは確かにケロロのした事を非難していたのだ。

 だが。

「ギ、ギロロ君、ボクにもしてよ」

 次の瞬間反射的に出てきた言葉に、ゼロロは自分でも驚いた。

「友達じゃない、ボクたち」

 「友達」というゼロロにとっては大切な単語をこんな風に使うのはいやだったが、背に腹は変えられない。

「だから、ボクにもしてよ」

 これではケロロと同じではないか。と思うが、いつもの自分からすると信じられないくらいにスムーズに言葉が口に出る。

 怒涛のように言葉を言い一息ついた後、自分が何を言ったかにはっと気が付いた。

「あっ、さっき言ってたお礼、お礼は、えっと、キスで。キスで、いいよ……」

 先ほどまでの能弁さが嘘のように、急に口篭もり、ちらりと上目使いでギロロを見る。

 それでも、最初の決意は変わっていない。

「別にいいけど。でもそんなので本当にいいのか?」

 ビクビクしているゼロロを他所に、ギロロはのんびりとそう言った。

 判ってない、ギロロ君、判ってない!

 歓喜が体中を駆け抜ける。罪悪感は一瞬のうちに彼方へ消え去った。

「お願い、して」

 必死に懇願するゼロロを見て、なんでそんなにとギロロが少し呆れたように肩を竦めた。

「マスク外せよ」

「う、うん」

 慌てて返事をして、マスクに手をかける。

マスクを取る手が震える。慌てたせいで紐が絡まり、わたわたとしていると、すっとギロロの手が伸びて、マスクを取り上げた。

「あ……」

 遠ざかってゆくマスクと、近づいて来るギロロの顔に、ゼロロの顔が真っ赤になった。

ああ、凄く、ドキドキ……する。

恥ずかしくて思わず伏せた顔を、ギロロがゼロロの顎をくいと掴んで持ち上げた。

ギロロに促されて見上げると、ほんの近くにギロロの力強い瞳がある。

ゼロロが憧れるギロロの瞳が、じっとゼロロを見つめている。

この瞳は、ボクのものだ。今だけ、ボクのもの。

ボクの、ギロロ君。

そう思うと、泣きたくなるほど切なくて嬉しい気持ちに満たされた。

「ギロロ……くん」

 ゼロロのかすれた呟きごと、ギロロの唇が塞いだ。

 キモチイイ……。

夢うつつのまま、ゼロロがそう思った。

体がふわふわする。自分の体なのに自分の体じゃないように頼りなくて、何かに縋りつきたい。

恐る恐るギロロの首に手を回しても、ギロロはキスをやめなかった。

なので少し大胆になり、ギロロの首にぎゅっとしがみつく。

なんだろう?

ボク、凄く、幸せ……。

頼りない感じと、確かなものに支えられている感じ。幸せに裏打ちされた快感は、中毒になりそうなほど濃くて甘い。

ギロロが何度も軽く口付ける、そのたびにゼロロの中で快感が波のようにうねり、少しずつ高さを増していった。

あっ、ダメ。

溢れちゃうよ……っ!

「……んぁっ」

 我慢しきれずにゼロロが甘い声を上げてしまった。


 魔法が解ける。


「え、何だよゼロロ変な声だすなよ」

 ゼロロの声に、ギロロがびっくりして体を離した。

 さすがのギロロも、あまりにも艶めいたゼロロの声に尋常ならざる何かを感じたらしい。

 自分の不注意で魔法が解けてしまったことに後悔を覚えるが、もう遅い。

 きっとギロロ君に変に思われた。

 ぐるぐると頭が回り、よけい挙動不審になる。

「ごごごごご、ごめん」

 顔を真っ赤にして、ゼロロがぺこぺことギロロに何度も頭を下げた。




NEXT

20050512 UP

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送