「ケロロ君、ギロロ君とキスしたでしょ……」

「ゲロッ! ゼロロ、なんで知ってんの?」



 ギロロ君はまだ来ない。チャンスは今しかない。

 秘密基地で二人並んで膝を抱えて座り、何となく会話が途切れたのを見計らって、ゼロロは思い切ってケロロにそう言った。

「ギロロ君から聞いたから……」

「聞いちゃったの……」

 ケロロがとっさの事に言葉が出なくて鸚鵡返しし、何となく気まずい雰囲気が二人の間に漂った。

「あの、あんまり、ギロロ君騙さない方がいいよ」

 気まずい雰囲気を押して、勇気を出してゼロロがそうケロロに向き直りながら言った。

「ゲロ〜〜」

 反省したのかしてないのか、ケロロはふざけたようなふて腐れた態度を取ってゼロロの方を見ない。

「なんで、したの?」

 ゼロロのその問いに、無視しようとしているケロロの体がピクンとほんの少しだけ動いた。

「何であんな事したの?」

 重ねて問うが、答えたくないらしくケロロはゼロロを無視し続けている。

「ギロロ君の事、好きなの?」

 三度目にそう聞くと、やっとケロロはゼロロの顔を見た。

「だって、むかつくじゃん」

 ケロロはぷうと頬を膨らませ、ゼロロの言葉には答えずに駄々っ子のようにそう言った。

「隣のクラスの可愛い子がさ、ギロロの事好きなんだって」

 やっぱりケロロ君も知ってるんだ。とゼロロは思った。それもそうだろう。自分が気付いたぐらいだから、自分よりギロロと仲がよく、友達も多いケロロが知らないはずがない。

「告白するかもって女子が言ってた。女子達が俺に協力してとかアホな事言うからさ、チョーむかついてブス! って言った」

 数日前、クラスの女子集団とケロロが壮絶な争いをした事をゼロロは思い出し、あれはそういう意味だったのかと納得する。

「二人が付き合ったりしちゃったらさぁ、三人で遊べなくなっちゃうじゃん」

 そう言うケロロの声がどこか寂しげで、勝手な事を言っているにもかかわらず、ゼロロはケロロにかなり同情した。


 いつまでも三人でいられると思っていた。

 だがそれが、胸が痛くなるほど純粋だが頼りないものだということに二人は気が付いてしまったのだ。

 ほんの些細なきっかけで崩れる、砂でできた秘密基地。

 いつまでもこのままではいられない。いずれ大きくなってそれぞれの道を歩み出せば、いつかはバラバラになってしまう。うすうすとそれを感じている。

 それが、まだ子供の二人には受け入れがたかった。


 こんなにいつも一緒にいるのに、いつかは離れるの?


 いつかは離れ離れになるという予感に怯えて、

でもどうしようもない。


「そう思ったらなんかむかついてさぁ」

 ゼロロも、ケロロの気持ちはよく判る。ギロロがキスをした相手があの女の子だったら。そう考えるだけで焼けるような嫉妬と焦りをゼロロも感じたから。

 ケロロもきっと同じ思いをしたのだろう。

もしかしたら、仲が良い分自分よりもっと強くそう思ったのかもしれない。

そう考えると、ケロロのした事を咎めるより、かわいそうに思う気持ちのほうが勝った。

「女なんかにギロロ取られんのやだなって思ってキスした」

 ケロロが言い終わると、ケロロの話を黙って聞いていたドロロが口を開いた。

「嫉妬したんだ、ケロロ君」

「ゲロ?」

 ゼロロの言葉に、ケロロが怪訝そうに眉をひそめる。

「それ、好きなんだよ。ケロロ君、ギロロ君の事が好きなんだよ」

 ゼロロがそう言うと、ケロロがぱちぱちと二回大きく瞬きした。

「そうかなぁ〜〜?」

「そうだよ」

 首をひねって言ったケロロに、間髪いれずゼロロが答える。

「やけにはっきり言い切るじゃん、ゼロロ」

 いつもは自信が無くはっきりした物言いを避けるドロロが珍しくはっきりものを言ったので、意外に思いケロロがそう問いかけた。

「だってボクもギロロ君のこと好きだもの。判るよ」

 ゼロロがそう言うと、明らかにケロロはむっとした顔をした。

「ほら、不機嫌になった。やっぱり好きなんだ、ギロロ君のこと。取られたくないんだ」

 ゼロロに突っ込まれると、ぷいとケロロがそっぽを向いた。

「だってギロロは俺んだもん」

「ギロロ君は物じゃないし、誰のものでもないよ」

「俺んだもん! 一番仲いいし」

「違うよ」

 ふて腐れたようにケロロがそう言っても、ゼロロは首を振った。聞き分けの無いケロロを諭すようにゆっくりと。

「だったらいいのかよ、ゼロロは! ギロロ女子に取られても」

「……やだよ」

 小さい声だが、それだけははっきりとゼロロが呟く。

「だろ? これは三人がこれからも仲良くしていく為に必要な行為なんだよ!」

「だからってケロロ君のものでもないよ……」

 強引に自己を正当化するケロロに、ドロロが鋭いツッコミを入れた。

「んも〜、何なの? 俺とケンカしたいわけ、ゼロロは。言っとくけどゼロロも俺のもんだからね!」

 ケロロは自分の言う事に同意しないゼロロに怒ってそう言い、ゼロロを押し倒した。

「わっ、ケロロ君」

 押し倒されたゼロロが、目の前にあるケロロの顔にとまどうう。

 ケロロはゼロロのとまどいを無視してマスクを下ろし、すっと唇にキスをした。

 軽く唇が触れる。柔らかなその感触は、普段のケロロからすると信じられないくらい優しくて心地よかった。

「…………ゲロゲロ〜」

 恥ずかしいのか、強引にキスしたことを少しは悪いと思ったのか、ケロロが唇を離した後そう照れ隠しのように言って笑い、くるっと背を向けた。

「それ、誤魔化してるつもり?」

 呆れたように言うゼロロを無視して、「やっぱグフはカッコいいよな〜」とぜんぜん脈絡の無いことを言って手にしたガンプラを見ている。ケロロの見え見えでしかも誤魔化しきれてない態度に、ますますゼロロが呆れた。

 ケロロの背をじっとゼロロが見つめる。

「……きなんだ」

「ん? なに、なんか言った?」

 手にしたコアファイターをぎゅーんと飛ばしていたケロロが、小さく呟いたゼロロの声を聞きとがめて振り向いた。

「ボク、ケロロ君のことも好きなんだ。ボク、ケロロ君もギロロ君も両方好きなんだ」

 涙を拭いもせずぽたぽた落としながら急にそう言ったゼロロに、ケロロがぎょっとする。

 自分のした事が、ゼロロの触れてはいけない部分に触れてしまった事を悟った。

「ゲロッ! な、泣く事ないでしょー。びっくりしたなぁ〜、もう」

 ゼロロの発言に驚くよりも、ゼロロを泣かせた事に戸惑い、ケロロがあたふたする。

「だ、だって、二人とも好きなんだよ?」

 それに気がつき、涙を拭いながらゼロロが慌ててそう言った。もしかして、ケロロは自分が言った事の意味を判っていないのではないのではないかと疑ったのだ。

「そ〜れ〜がぁ〜?」

 片手にコアファイター、片手でお尻をぼりぼりと掻きながら、ケロロが間延びした声で返事をする。まるでそんな事は大した事じゃない。まだククルス・ドアンのザクのプロポーションが悪い方が重大だといわんばかりに。

「だめじゃない……?」

「何で?」

 けろっとした顔で聞き返すケロロに、ゼロロが戸惑った。

 普通世間はそれを二股と呼び、やってはいけない事として分類する。

「俺も好きだし。ギロロとゼロロの事」

「じゃ、じゃぁ」

 どうやらそれはケロロにとってはいけない事ではないらしい。ということを悟ると、先ほどまで罪悪感に駆られていたくせに、がぜん欲が出てくる。

「ギロロ君は、ボクとケロロ君のものだね?」

 上目使いで、恐る恐る聞いてみる。

「うん? そゆことになるかな。いいよ、ゼロロにならギロロちょっとだけゆずっても」

 ちょっとだけという前置きが気に入らなかったが、ゼロロは嬉しかった。

 ケロロにおんぶに抱っこだが、ギロロは自分(達)のものに(勝手に)なったのだから。

「ゲロォ〜。さっきまでギロロは物じゃないとか良い子ちゃんぶってたくせにぃ〜、も〜、自分の事となると現金なんだからゼロロ!」

 人の悪そうな顔で、肘でうりうりとゼロロをつつくと、痛い所を付かれたゼロロがかぁっと顔を赤くして俯いた。

「その代わり、ゼロロも俺のもんだからね?」

 顔を覗きこんでそう聞くケロロに、顔を赤くしたままゼロロが頷いた。

 何がその代わりなのかさっぱり判らないが、ゼロロの方に異存はない。

「あ〜、あの赤ダルマ本当の事知ったら怒るだろうなー」

「ば、ばれたらどうするの?」

「その時はその時、二人で男らしく謝ろうぜ!」

 キラリと歯を輝かせ、ケロロが爽やかに言ったが、内容は爽やかとは程遠い。

「ばれるまでは……?」

 恐る恐るそう聞いたゼロロの声に、かすかに期待が混じっている。

「キスしまくり。ギロロ馬鹿だから滅多な事では気付かないぜきっと」

 ゼロロの期待通りケロロはそう言って、ゼロロの肩に手を置いた。

「ゼロロもやりまくっとけ。今だけだぞギロロがキスさせてくれんの」

「ケロロ君……」

 自分も期待していたこととはいえ、あまりにも極悪非道なケロロに、思わず非難めいた口調で呟く。

「キスって気持ちいいよなー。俺さぁ、ギロロとキスしたとき気持ちよくてちょっと泣いちゃってさぁ、なんかムカツクからギロロ泣かしてやりたいんだよね。ぎ……、ギブアンドテイク……ってやつ?」

「意味は違うけど言いたいことは判るよ……」

 どちらかというと、目には目を、歯には歯を。のほうが正しい気がする。と思ってゼロロは呟いた。

 しかし、ゼロロのそんな呟きなど蚊に刺されたより気にしていないケロロは、枕代わりに腕を頭の下で組み、ごろっと床に寝転びながら言った。

「一緒にどう?」

 ちらっとゼロロに目線を向けたケロロは、高揚してほんのり頬が赤くなっているゼロロを見た。

「付いていくよ、ケロロ君!」

 珍しく力強くそう言ったゼロロに、ケロロがにやりと微笑む。

 手下が欲しいケロロと、一人ではちょっと……と思っていたゼロロの思惑が合致して、強固なギロロ包囲網が出来上がった。

 ケロロにとっては、色々と煩いゼロロを取り込めば、もはや作戦は八割方成功したも同然だ。

「イヒヒヒヒ」

 ケロロが口に手を当てて、意味有りげに笑う。

「俺、凄い知識を手に入れちゃった」

 性悪な悪戯っ子の顔で、ワクワクした声でケロロが言った。

 ケロロがこの顔とこの声で何かを言う時は、必ず何かが起きる。ろくでもない何かが。

「川原で拾ったちょっとエッチな本に書いてあったんだ〜」

 もったいぶって自慢げな態度を取れば取るほど、ゼロロの不安が大きくなる。

「大人は、キスん時舌入れるんだぜ〜」

「舌!?」

 ケロロが告げた衝撃の事実に、ゼロロが丸い目を見開いた。

 舌を口の中に入れるなんて、気持ち悪いに決まっている。

 でも、キスはとっても気持ち良かったしなぁ……。

 いつもの通り、ゼロロがケロロに振り回されていると、ケロロはさっそくゼロロの前で実演して見せた。

「こうかな〜?」

 舌を突き出し、レロレロ〜と動かすケロロを見て、ゼロロの額から汗が一筋落ちる。

「ケロロ君、それちょっとやばいよ。ボクも良く知らないけど、うんそれなんかやばい気がする」

「そうお〜?」

 激しく嫌な予感に苛まれるゼロロだが、肝心のケロロは何も感じていないらしく、ゼロロの忠告を全く本気にしていない。

「ちょっとゼロロで試してみよう」

 それどころか、そう言ってゼロロの体を押さえ込む。

「やっ、やだよ」

「さっき協力するっていーいーまーしーたー!」

「んっ」

 ゼロロは嫌がって身をよじったが、ケロロはゼロロのマスクを取り、強引に口付けて舌を入れた。

 しばらく唇を合わせたまま、表面上二人は動かなくなる。口の中ではけっこう凄い事が起きているのだが。

 唇を離すと、二人の唇の間に透明な糸が引いた。

「どう?」

 ケロロが期待に満ちた瞳で聞く。

「……気持ち悪いよ」

 ケロロの期待に反し、ハンカチで口を抑え、ゼロロが嫌そうに顔をしかめながら正直な感想を述べた。

「それ、ギロロ君にはやらない方が……」

 ゼロロが言いかけた時、外から聞きなれた声が耳に飛び込んできた。

「お〜い」

「あ、ギロロだ」

 声に気付き、ケロロが基地の入り口から外を見ると、遅れてやって来たギロロが息を切らしながら樹を登って来る。

「さっきの事、ギロロには内緒な」

「うん」

 ケロロが素早くゼロロに釘をさす。ゼロロも慌てて頷いた。

 ゼロロが頷いたのを確認すると、ケロロがまだ外のギロロに向かって怒鳴った。


「ギロロお前おっせーぞ! 罰として大人のキスな!」


 そのケロロの声を聞きながら、もう取り返しのつかないところまで足を踏み入れてしまった事にゼロロは気が付いた。


 でも、いつまでも三人でいるためには必要だよね!


 夏の日差しの暑さも、三人で見た夕焼けも、踏みしだく薄氷の乾いた感触も。

 秘密基地で共有した三人の秘密と思い出は、基地がなくなってもずっと残っている。


 いつまでも、三人で仲良くできると疑いも無く信じていたあの頃。







「貴様、地球侵略、やる気はあるのか!」

 だん! と机を拳で叩き、ギロロがケロロを睨みつけながら言った。

「あるから会議してるんでしょ!」

 バン! と机を平手で叩き、ケロロがギロロに負けない大声で言い返す。

「あの」

 少し離れた席に座ったドロロが言いかけるが、二人は全く気が付いていない。

「この馴れ合いの何が会議だ!」

「あ、あの、拙者の意見を」

「毎度毎度毎度……うるせーぞこの赤ダルマ、お前は地球侵略マシーンか! 侵略侵略侵略って、お前は壊れたレコードか!? 人生には地球侵略より優先しなけりゃいけない何かが山ほどあるだろ? 判っかんねぇのかこのバカ!」

「バカは貴様だケロロォ!!」

 ついにつかみ合い取っ組み合いをはじめ、床をゴロゴロと転がった二人が何かにぶつかって止まった。

「ゲロ?」

「ギロ?」

 目の前にある水色の足から視線をずーっと上げていくと、涙ぐんだドロロの顔。

「ケロロ君、ギロロ君、ボクの話、聞いて……」


そして、いつまでも三人で仲良くしている現在。



ENDE



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