The succession to the throne of Hacker
「親愛なるコンピューター・ギークへ。一流のハッカーの世界へようこそ」
そうタイトルが付けられたメールがトロロのメールボックスに届いたのは、トロロがケロン軍のオペレーター養成所に入所してしばらくの事だった。
ケロン軍のコンピューター(もちろん入ってはいけないところまで)を散々探検しつくし、飽き飽きしていた頃に、そのメールはやってきたのだ。
トロロは、その文句を、以前、ハッカーコミュニティのBBSで見た事があった。
「親愛なるコンピューター・ギークへ。一流のハッカーの世界へようこそ」
そうタイトルが付けられたメールが、選ばれたハッカーの下へやってくるのだという噂。
俺の兄貴の友達の友達の親戚のところに昔届いたんだ。
その書き込みに、他にもそのメールを見たという反応が一件だけあった。
メールの指示に従うと、また次の指示がメールが届くのだという。
だが。
「最初は面白そうだと思ったが、とんでもない無茶な要求をしてきてね、出来もしないことをやれと言ってくるもんだから馬鹿馬鹿しくてやめたよ。手の込んだ悪戯だ」
その書き込みを見て、皆よくあるスパムか与太話だろうと結論付け、話題は、「伝説のハッカー」に移っていた。
大規模で、しかも使えるソフトを短期間で大量に書き、惜しげもなくプログラムのソースをあげてしまう。今俺達が使っているのは、そいつのばら撒いたソフトばかりだ。
彼らの俗語で、ずば抜けたハッカーのことを尊敬をこめてウィザードと呼ぶが、そのハッカーはさらに伝説級である事を示す「グル」と呼ばれていた。ハッカーコミュニティでの最上級の尊称だ。
そのハッカーが一番派手にやってたのはだいぶ昔だったが、数年前までは、まだネット上で姿を見かけたのだという。
気まぐれに現れては、その神業を披露し、賞賛と羨望の眼差しを浴びる伝説のハッカー。
奴は、ケロン軍が敵性種族の住む星に無差別毒ガス攻撃を仕掛ける計画をリークし、それきり姿を消してしまった。
それがきっかけで、ケロン軍の非人道的行為が世界中から非難され、その計画が頓挫したのは、トロロも知っていた。
新参者のハッカーのために古参がそう書き込んでいたが、やがてその話も次の話題に移り、トロロもすぐにそのことを忘れてしまった。
実際に自分のメールボックスに届いたそのメールを、いつものスパムと同じように読まずに削除しなかったのは、なにか感じるものがあったのかもしれないと、後になって思う。
クリックして開いたメールの文面は、ふざけたタイトルと同じく偉く挑発的で、メールの送り主は自分の事を「ハッカーズ・ウィザード」と称していた。
新しいソフトウェアをインストールしようとすると、大抵出てくるコンピュータ・ウィザード。あれをもじったハンドルらしい。
ユーザーに対し対話式で必要な情報を与え、操作させるあれ……のように、メールの受け取り主に向けて、三流のお前を、俺が一流のハッカーにしてやる。と綴られていたのだ。
このメールを受け取ったオマエ、魔法使いに出会ったシンデレラくらいラッキーだぜぇ。
その言葉で終わったメールを読み終えて、トロロの中で怒りがふつふつと高まる。
ボクもう一流のハッカーだシ!!
魔法使い気取りかヨ。そう憤るトロロの気持を見越すように、そのメールには、トロロを挑発するような謎が書かれていた。ムキになったトロロは、メールの送り主からの挑戦を受ける事にしたのだ。
謎を一つ解けば、またメールが来た。そして今度は二つ謎が増える。
いちいち人を挑発する文面に、難解な問題。高度な技術を必要とする無茶な要求。
「もう、最悪だしコイツ!!」
何度そう叫んだのか判らない。だが、投げ出そうとは思わなかった。
ハッカーズ・ウィザードとかいう奴の意地の悪さにイライラさせられながら、それでもトロロはその謎解きに夢中になる。
要するに、とても難解で腹立たしいが、そいつの出す謎は最高に面白かったのだ。
暗号、自然科学、歴史、文学、地質学、経済学、そしてもちろんハッカーとしての技術と知識。
答えを得るために、軍のコンピューターをハッキングし、敵対している星のコンピューターもハックして機密を盗み見る。ばれたら、星同士の戦争になる事は間違いない。
ハッキングだけでなく、さんざんコードも書いた。ソフトウェアをリバースエンジニアリングし、入手したソースコードを改造する、または一から新しく書かせる。
かと思いきや、木の下からカプセルを掘り出させるというアナログな作業もあり、たけしの挑戦状とかいう地球製ゲームをクリアする。という嫌がらせとしか思えない指示もあった。
このメールの送り主は、確かに、少なくともウィザード級の「一流のハッカー」で、しかも、ハッカーとしてだけでなく、他の分野でも一流の知識を持っている。自分を「天才」と豪語するに相応しい奴だ。悔しいがそう認めざるを得ない。
コイツ、ボクを試してる。
ハッカーズ・ウィザードの最終的な目的はわからないが、試されているという事だけは強烈に意識した。
トロロの知識、技術、果ては趣味や性格、考え方まで。自分のすべてを見られている気がする。
一文の得にもなりはしないのに、途中で切り捨てる事をしなかったのは、単に面白かっただけでなく、メールの送り主が、「本気」なような気がしたからだ。
会った事など無い奴のことをなぜそう思ったのかわからないが、こいつはつまらない結末なんか用意していない。必ず何かしてくれる。という確信があった。
だんだんと、メールの送り主が主がどんな奴かにじみ出てくる。
とてつもない天才で、とんでもなく嫌な奴。だという事は最初から判っている。
頭は嫌味なほどに切れる。だけどくだらないおふざけを真剣にやる馬鹿。
俺についてこられるか? そう言われているような気がして、トロロは意地になって食らいつく。必死になって追いかける。
追いかけてれば、オマエに会える?
やがて、メールの内容よりも、メールを送ってきた謎の人物の方に興味がわく。
ハッカーズ・ウィザード、会ってみたいヨ、凄く。
オマエはだあれ?
ボクまるで、コイツに恋してるみたいだよネェ。
……恋なんてした事無いけどサ。
そう思いながら、トロロはママの縫ってくれた自分のマーク付の愛用のバッグから、銀色に光るものを取り出した。
焦らしに焦らされた後の、最後の試練。
まるでRPGの主人公のように、困難を乗り越えて、今、ラスボスの待つ城の前まで来ている。
トロロの手には、銀色に輝くCDロム。
PCにセットすると、低い唸りを上げて画面が立ち上がる。
「このゲームは、あなたの人生を壊す恐れがあります」
ふざけた注意書きのされたゲームのスタートボタンを、マウスカーソルを当てクリックした。
最終試験の内容は、トロロがアタッカーとなったハッキングゲーム。
ハッキングできれば、トロロの勝ち。
すぐに終わらせてやるヨ!!
カタカタカタっとキーボードが音を立て、高速でトロロの手が動く。
トロロが意気込んでから数時間後。
「アアアア〜〜、また負けたァ〜〜!!!」
たまたまトロロの秘密のオペレータールームの前(先輩のタルルはそれをトロロの巣と呼ぶ)を通りかかったガルルは、不意に中から聞こえてきた声に、びくっと体を振るわせた。
「大丈夫か……?」
恐る恐るトロロの様子を伺って、オペレータールームを覗き込んだガルルにトロロが噛み付く。
「大丈夫じゃないヨォ!!」
よほど悔しかったのだろう、床の上をじたばたとしてるうちに全身ケーブルに絡まったトロロを、ガルルが呆れたように見ていた。
Congratulations!!
ようやくその画面を見たときに、PCの前のトロロが前のめりに倒れこみそうになる。
「や……っと、終わった……ヨ」
目の下にはクマ、疲れ果てた体。あたりには散らかったファーストフードの紙袋、チョコバーの包み紙。
「ク、クールなボクが、こ、こんな必死になったの、ケロン軍中枢にアタックした時以来だシ……。」
トロロが億劫そうに顔を上げると、PC画面の上ではカウントダウンが始まっていた。
「プッ!」
なんだヨ急に! とトロロが慌てる。
ダウンロードしますか?
YES NO
そう書かれた下には、十、九……と刻々と時間がカウントされている。
「プ? ちょっとコレ、なんだヨ。つかそんなもんダウンロードする訳無いシ」
トロロが独り言を呟く。
たった一つの、アイツへ繋がる細い糸。
このボクをここまで必死にさせて、振り回した。
ここで終わる?
飽き飽きした日常に戻る?
本当に、最後に最後、コイツはボクを試している。
鬼が出るか、蛇が出るか。
コイツなら、ボクの個人情報を宇宙中へばら撒く事も、宇宙の重犯罪者リストにボクを加える事も、
銀行をハッキングして金を盗み、それをボクのせいにする事も朝飯前だ。
ホントに、冗談抜きで、ボクの人生を壊す事ができる。
本気で、何もかも捨てるリスクを犯してでも俺を追いかけてくるかと試している。
時間は進む。
五、四……。
「こんな怪しいモノ。誰がドウ見てもキケンでやばいシ」
もう一度呟く。意図的に手からマウスを離す。
三、二。
おそらく、時間切れになればすべては消える。それだけは間違いない。
う……と小さくうめき、トロロの額に冷や汗が落ちる。
「ダウンロードする訳、する訳……。ププッ。ってダウンロードしちゃうシ」
アア〜〜。と自分でも良く判らぬ衝動に押されて、YESをクリックすると、トロロの愛機に得体の知れないものが流れ込んできた。
「ダウンロード完了!」の表示が出ると同時に、不意にトロロのPCが低いうなりを上げる。
やっぱヤバイもんだヨ!!
トロロが激しい後悔に襲われると、PC画面に謎の黄色い渦巻きが現れた。
なんだヨ、これ!!
トロロが戸惑っていると、画面の渦巻きがくるりと回った。
「ククッ、これだけ待って俺を目覚めさせたのがこんなクソガキだなんてなぁ……。この世界もヌルくなったもんだぜ」
黄色い渦巻きが、まるで意思を持った生き物のようにもう一度くるりと一回転すると、ふいにそう聞こえた。
「うわっ! な、なんだヨおまえ!!」
PCに内蔵されたスピーカーから発せられた声に、トロロが飛び上がる。
そんなはずはないのだが、目の前の渦巻きが喋ったような錯覚に襲われたのだ。
「俺か? 今お前がダウンロードしたものさ。く〜っくっくっく」
「ウワァ〜、ウワァ〜。超ヒクシ!!」
トロロが思わず座ったままPCから離れようと後退り、ファーストフードのドリンクにぶつかって中身がこぼれた。
氷が溶けて水になったものが、床を侵食する。
「びびるなよ。お前が今まで相手してたのも俺だぜぇ」
渦巻きの言葉に、トロロが、ごくりと唾を呑み込む。
コイツがメールの送り主?
魔法使いは渦巻きでした。ってなんだヨ。
これがボクが会いたかったアイツ?
ずっとボクが追いかけてきた、アイツ?
「お前、結構手ごわかったヨ。このボクをここまでてこずらせるなんてネェ」
恐る恐るPCに近づき、そう渦巻きに話しかけると、画面中央の渦巻きがバカにしたようにくるっと一回した。
「ククッ、馬鹿が調子に乗るなよ? 俺は、オリジナルに作られた人工知能でしかねぇ。ま、それでも、俺を倒したのはたいしたもんだ。誉めてやるぜぇ、く〜っくっくっく」
違う。
コイツじゃないんだ。
がっくりと全身の力が抜けた。
一方で、やっぱりと安心する自分がいたのも確かだ。
アイツは、この程度でヤられる奴じゃない。
矛盾するが、心の底でそう期待していた。
それでも、ずいぶんと近くに来たはずだ。おそらく、これまで誰も来た事の無いところまで。
ハッカーズ・ウィザードの分身の所まではやってこれたのだ。
「褒められた気しないシ……。なんかムカツクよネェ、お前……」
トロロがぼそりと呟くと、く〜っくっく。と嫌な笑い声がした。
「お前こそ、こんなひねくれたところにあった俺を良く見つけたな。さてはお前、嫌な奴だろ? く〜っくっくっく」
「い、嫌な奴はお前だシ!!」
渦巻きの挑発にムキになって言い返すと、渦巻きはまるで笑うようにふるふると震えた。
「まぁそう言うなよ、俺は、財宝を守るドラゴンでもあるんだぜぇ。多少意地悪くねぇと勤まらないだろ」
「ていうかオマエの性格設定は絶対ハッカーズ・ウィザード本人でショ? 想像通りの嫌な奴だシ!!」
言わなくたってすぐ判る。
ボクは、オマエとずーっと、戦ってきたんだから。会った事も喋った事も無いけど、ネットワーク越しにオマエとずっと戦りあってきたんだヨ。オマエがどんな奴かは、十分判ってる。
ハッカーズ・ウィザードのやり口と、目の前のこの渦巻きのイメージは、トロロの中で完全に一致している。
ハッカーズ・ウィザード本人も、きっとボクに会ったらこう言うヨ。
「く〜っくっくっく。正解。お前の言う「ハッカーズ・ウィザード」が俺のマスターで、マスターが自分の分身として人工知能の俺を作ったのは××年前の事だ。俺の言葉は、マスターの言葉と思えよ」
「やっぱりネェ。ハッカーとしての実力もおんなじ位?」
「ハッカーとしてはな。てことは、俺を負かしたお前は、少なくとも、ハッキング技術に関してはその頃のマスターに追いつける程度の腕はあるってことだぜぇ。ま、最低それぐらいはないと、ご褒美は渡せねぇってな」
トロロの予想通りのことを渦巻きは言う。予想通りのことはまだいい、トロロは、渦巻きの言った別の言葉にショックを受けていた。
××年前……。そんなに大昔でこれかヨ……!
今は、どんな凄腕になっているのか想像もつかない。
勝った。と言っても、トロロの現在の腕では、何十回と挑んで、やっと一回勝てた。という程度なのだ。それは、トロロ自身が一番良く判っている。
もっと早く、全速力で追いかけないとオマエに追いつけない!!
あまりにもあるレベルの差に頭がくらくらしたが、弱音を吐きそうになるのをぐっと堪えた。
「財宝とかご褒美とかそんなのなンも無いジャン? ププッ。ヘンな喋る渦巻きが目の前にいるだけだシ」
絶対負けないシ!
精一杯の虚勢を張ってトロロはそう軽口を叩いた。
「クヒッ……。ヘンじゃねぇだろ、イカす渦巻きだろ……」
トロロの言葉に、ピキキッと渦巻きにひびが入ったが、渦巻きはすぐに自分を取り戻した。
「お宝は、今お前がダウンロードしたそいつだぜぇ……。売っぱらうもよし、ソイツで世界をめちゃくちゃにするのもよし……。ソイツを使えば、どんな悪事でも思いのままだぜぇ」
「はぁ〜? コレかヨ? あんだけ苦労したのに、こんな訳ワカンナイもののダウンロードじゃ割にあわなすぎだヨ。ププッ。んじゃ暇で暇でしょうがない時にでも、コレが何か確認しておくヨ、ププ」
本当は興味津々で、いますぐにでもこれが何か確かめたいのを我慢して、トロロは演技をする。こいつのプレゼントに嬉々として飛びつくのは、なんだが凄く悔しい。
「ク〜ックックック」
「な、なんだヨ!」
トロロの内心を見透かすように、渦巻きは意地が悪そうな笑い声を上げた。
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