「お前もそうなんだろ?」
「な、ナニがだヨ」
突然渦巻きにそう言われ、トロロはうろたえた。
「なぜ俺に突っかかってきた?」
「な、なんでって」
額に汗をたらし、すっかり呑まれているトロロを見て、確かに渦巻きは笑った。だが、その笑いは、
トロロを馬鹿にしたものではない。……むしろ、好意的とさえ取れる笑いだった。
「ククッ、根っからのコンピューター・ギークだよなぁ、オマエ。用も無く軍のコンピューターにハッキングして、ファイルも壊さなければ、金も盗まない。ただファイルを眺めてニヤニヤするだけだ。テクニックを試したいがために、ネットワーク・セキュリティ会社にハッキングして、大喜びしてるんだろ? どうせ」
「う……」
読まれてるシ。
トロロが相手を知っているように、相手もトロロも知っているのだ。
「一週間もぶっ続けで俺と勝負した。お前はなんだ? 失敗しても失敗してもムキになって俺に突っかかってきやがって、何の得にもならねぇのによ? 必死になったのはどこのコンピューター・ギークだァ?」
自分の力を試したくて、うずうずしている。
ソースを書くことに、無上の喜びを感じる。
技術を磨き、脳をフル活用して、どうハックしてやろうか考えると、楽しくてしょうがない。
もっと早く、もっと正確に、もっと美しく、もっとクリエイティブに。
一つ、また一つ、ハッカーとしての自分のレベルが上がる事に、ゾクゾクとした喜びを感じる。それは、損得の為でも、虚栄心の為でもない。もちろん、自分の技術や知識を見せびらかし、凄いだろうと言いたい気持はある。でも、それは、二次的なものだ。ハッキングそのものに感じる喜びには到底比べられない。
センス・オブ・ワンダー。
もはやこれは、トロロの気質だった。生まれながらに、ハッカーになる事を宿命付けられている子供。
「ククッ。俺が欲しかったんだろぉ?」
からかうような言葉に、トロロが図星を付かれて顔を真っ赤にした。
「バカバカ! ひ、暇でしょうがなかったからやって遊んでやっただけだヨ!!」
オペレーター養成所をサボり、睡眠も、大好きな食べる事さえも犠牲にしたはずのトロロがそう叫んだ。
「ククッ。お前のやり方、じっくり見せてもらったぜぇ。てんでなってねぇが、馬鹿な遊びに必死になれる奴は嫌いじゃないぜぇ〜」
言い張るトロロを無視して、さらにトロロをからかうように渦巻きが言葉を続けると、トロロはむくれてぷうと頬を膨らませる。上からものを言うこいつが気に入らないが、実力差は歴然としている。
「俺をお前にやるよ、クソガキ。上手く使いこなしてみなァ」
「ッッ、なんだヨ、エラソーにさ。そこまで言うんなら確認してやるヨ。ツマンナイものだったら即アンインストだからネ!」
拗ねたトロロがそう叫んで、キーボードを叩く。
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。
カタカタカタカタカタ。
カタカタ……、カタ……。
……………………。
拗ねていたトロロの手が、すぐに拗ねていた事を忘れて本気になった。先ほどダウンロードしたものを高速で確認すると、今後は逆に、手の動きが遅くなる。
やがて、手の動きがまったく止まった。だが、トロロの目は、恐ろしいほどの集中力で画面を食い入るように見つめている。
「……くくっ、声も出ネェか」
渦巻きの声も耳に入っていない様子だったが、その声が合図となりトロロは瞬きをした。
「これ、凄いヨ」
トロロは、独り言のように思わずそう呟いた。
自分のちっぽけな虚栄心など吹き飛んだ。そんなもの、目の前にあるこれに比べればつまらないものだ。これで興奮しなければハッカーじゃない。
今まで見た事も無いハックツール。
ひたすらパスワードを解析し続けるだとか、機械的にセキュリティホールを探るようなちゃちい奴じゃない。ハックツールは、簡単に使えるだけに、簡単にブロックされる。トロロが知っている今までのハックツールができる事は、熟練したハッカーのハッキングとは比べものにならない程度の低いものだったが、これは、それらのものとはまったく違う。
トロロは、さきほどこの渦巻きと戦っていたハッキングゲームを思い出していた。
この渦巻きが、人工知能が、その思考能力でハッキングを行うというのだ。
このハックツールを使うのは、一流のハッカーにハッキングさせているようなものだ。これさえあれば、どんな能無しで技術の無いスクリプトキディでも、ケロン軍のコンピューターに楽に進入することが出来るに違いない。
いや、できるシ。
そしてボクがコレを使えば、ボクとこの渦巻きが二人でハッキングするのと同じ。
それはイコール、ボクの手にかかれば、どんなセキュリティでも入り込めるということ。
このボクに、ハックできないものは、ない。
そう思うと、興奮でかぁっと体が熱くなった。
「コレ作った奴、って……」
天才。
「ま、引退ってほどのもんでもねぇが、派手にやるのはもう止めようと思った時に、俺は考えた。最後に、俺の作ったとびっきりの玩具を誰かにプレゼントしてやろうってな。俺の玩具を継ぐに相応しい奴を探して、渡す。王位継承プロジェクトだ」
ハックツールに夢中になっているトロロに、渦巻きがそう言った。トロロは、渦巻きの言葉を聞いているのか聞いていないのか、相変わらず食い入るように画面を見つめている。
まるで、童話の中の王様が、自分に相応しい妻を捜すために舞踏会を開くように。
ハッカーの王は、自分が作った玩具を渡すに相応しいハッカーを探すため、ゲームを行った。
「俺はこのプロジェクトのために作られ、一切を取り仕切ってきた。ネット中に網を張り、見所のある奴何人かにメールを出した事もあったが、誰も付いて来る事ができなかった」
王位継承? じ、自分が王って訳かヨ。ずうずうしい!!
トロロはあまりにも傲慢な言葉に呆れ、渦巻きに食ってかかった。
「付いてこれないって、当たり前だヨ! つかマジお前ボクに無理させすぎだシ!! ボクほんと、自分が壊れるかと思ったヨ!」
渦巻きが自分にさせた数々の無理難題を思い出し、トロロがぷんすか怒り、だんだんと床をこぶしで叩きながら抗議する。
「俺が無茶ならお前も無茶。俺がどんなに無茶言っても、ただ一人食らい付いてきたのが、お前だろぉ?」
ぴしゃりと言った渦巻きの言葉に、う……。とトロロが口ごもる。言い返せない。
ボクとコイツは同じ人種。ボクの中には、コイツと同じハッカーの血が流れている。
そう、たしかに。
トロロがゆっくりと瞬きする。
ハッカーズ・ウィザード。その名前は伊達じゃなかった。
無理難題をこなすたび、確実にトロロは力をつけていた。前の自分とは数段違うと、自分でも判るほどに。
トロロは、ハッカーズ・ウィザードに導かれ、より高いところへ来る事ができたのだ。
「俺を使って、叩き起こしてやれよ、クソガキ」
ク・ク・ク。と楽しそうな、でも陰険な笑い声を笑い声を漏らしながら渦巻きが言った。
「プ?」
「安寧のドロに浸かって惰眠をむさぼってる馬鹿どもをよ」
きょとんとした顔のトロロに、渦巻きが言葉を続ける。
「寝ぼけた面を引っぱたいて、お前の手でめちゃくちゃにかき回してやれ」
お前なら、できるだろ?
渦巻きがそう言っているのが判り、トロロが沈黙する。
渦巻きの意図が判らない。こいつの性格から、ただ単に世間を騒がせろと言っている訳ではあるまい。
「叩き起こせ」
誰を?
渦巻きが、謎かけをしているように、遠まわしに言っているのは何の事なのか気になったが、聞くのは止めた。
多分それは、自分が探すべき事のような気がしたから。
誰を指している訳でも無い言葉なのかもしれないし、世間や、軍、ハッカー連中の事など、何にでも当てはめられる。それでも、トロロには特定の誰かを差しているような気がなんとなくした。
なんにせよ、はっきりとこれだけは言える。
ケロン軍のコンピューターにアタックを仕掛けた、その時以上のこと、今のボクならできる。
「上手く俺を使いこなしてみろよ!」
言い放った渦巻きに、必死の目をしてトロロが問いかける。
「このハックツール……お前を作ったのは誰?」
PCのディスプレイを両手で掴み、顔を近づけて、必死で言う。
「会いたい! ボクそいつに会いたいヨ!! ネェ教えてヨ、お前は誰?」
全身全霊で相手を求めるトロロに、渦巻きが満足そうに震えた。
「ククッ。……お前が一流のハッカーなら、いつか会えるだろうさ。まぁ俺を作ったマスターは、俺の事なんか忘れてるだろうけどなぁ。なんせ大昔の事だからな。ククッ、自分の作ったハックツールと、生意気なクソガキに痛い目合わされれるかもなぁ……。愉快だぜぇ……」
最後はまるで独り言のように言い、ク〜ックックック。と独特の笑みを漏らす。
俺のいるところまで、来いよ。
そう言ってる訳かヨ。
ゲームはまだ続いている。ハックツールをめぐるゲームはもう終わったケド、お前とのゲームはまだ始まったばかりだヨ。
「絶対に見つけてやるからネェ」
トロロが思わず呟く。
この広い宇宙の中から。
オマエに会えば、すぐ判るはず。
どんなノイズの中でも、オマエの存在はすぐに判るヨ。オマエはそのくらい、特別だからネェ。
ボクたちは同じ人種。お前のニオイ、見逃さないヨ。
オマエみたいな、頭がよくて嫌な奴、二人もいる訳無い。
まるで恋でもしているように相手を求めている。
心が高ぶって、なにもかもその人に塗りつぶされそう。
くらくらするような高揚感にトロロは思わず目を閉じた。
「さぁ、お喋りはおしまいだ。俺は消える。後は好きにしな……」
「え! お前、消えちゃうの?」
突然の渦巻きの言葉にトロロが丸い目をますます丸くする。
やっと会えたのに。
本物ではなく、本物の分身の人工知能と言えど、会えて凄く嬉しかったのに。
ボクのものになったと思ったのに……。
みるみるうちに寂しそうな顔になったトロロが俯いた。
「そうだぜぇ……。俺の人格は消え、ハッキングのみに特化する。それでこのプロジェクトは終わりだ」
ハッカーズ・ウィザードの創った人工知能は、ゲームに参加する人物の選定から、メールでのやり取りなど、彼の言うところの王位継承プロジェクトの一切をとりしきっていた。それが終わった今、不必要な機能を外し、ハッキングのみに特化するのが最適だと言うのは判っている。
だが、そんな損得よりも、出会ったばかりのこいつと離れる方が嫌だ。
「……なんか、寂しいヨ。お前、凄く強かったシ。うん、ケロン軍本部にいた奴の次くらいに」
涙ぐみそうになるのを必死に隠し、トロロがぼそぼそと呟いた。
「もう一度お前と勝負したいヨ……」
「渡すモンは渡した。俺の役目も終わりだ。ククッ。俺はお前に会うために作られ、今じゃお前のモンなんだぜぇ、満足だろ?」
お前の役に立ってやるから。と柄にも無く慰めるように言った渦巻きの言葉に、トロロがようやく顔を上げた。
「ボク、お前の事忘れないヨ」
「ク?」
「お前作った奴、絶対に見つけてやるヨ。もう一度勝負してやるヨ。今度はサ、文句言わせないくらいに完璧に勝つからネェ」
涙をこぶしでぐいっと拭い、きっぱりと言い切ったトロロの声に、渦巻きがさも楽しそうにク〜ックックック。と笑う。
「ククッ。追いかけて来いよ、俺を……」
「捕まえてやるヨ、絶対」
短い言葉のやり取りが済むと、画面の渦巻きは急速に薄れ始めた。
「 じゃあな、宇宙で一番ハッキングが上手いおタマ」
「うん、またネ」
「口では何て言っても、待ってるんだぜぇ、俺は……」
最後に意味ありげな言葉を残し、何事も無かったように、渦巻きは画面から消え去った。
代わりに、トロロのPCのデスクトップには、新しいアイコンが一つ。
アンモナイトのような黄色い渦巻きが、そこにいるのが当たり前のように並んでいた。
手に入れたハッキングツールをリバースエンジニアリングによって解析し、ソースコードを探る。
トロロは、どうしてもハッキングツールの人格部分を復元させたかったのだ。
だが、手元に残ったハッキングツールを解析しても、ハッキングに必要な部分以外は綺麗さっぱり消されている。
おそらく、トロロが手に入れる前は、この人工知能付きのハッキングツールはどこかのサーバー上に置かれていたのだろうが、今となってはそれも消されているに違いない。
でもボク、お前がいなくなるの嫌だシ。
その思いに駆られ、トロロが、リバースエンジニアリングによって得たソースコードに、改造を加える。
「Keep it simple and stupid !」
シンプルなままにしとけよ、このマヌケ!
改造が見つかれば言われるであろうその言葉が聞こえてきたが、トロロは手を動かし続ける。
改悪。と言われるのは判っている。ハッキングにはあまり役に立たない上、大食らいの無駄な機能だ。パフォーマンスが高すぎて、動作が重く不安定になる。
特に、原始的で貧弱なネットワークで使うのには致命的な弱点だ。
でも、欲しいんだヨ。
せわしなく動いていたトロロの手の動きが止まった。
PC画面に、いつか見た渦巻きが浮かび上がる。
トロロによって、再び人格を与えられた。
「お前の名前は、Mad whorl」
トロロが、生まれたての「それ」に、言い聞かせるようにゆっくりと言うと、ふるっと渦巻きが震えた。
反応してる。
ドキドキしながら、トロロがごくんと唾を飲み込んだ。
「了解だぜぇ、マスター」
数瞬の沈黙の後、トロロが合成した音声が返事をする。
返事、した!!
とりあえずの成功は嬉しかったが、トロロが創ったこれは、元あったものとは比べられないほど稚拙で、ケロン軍最高精度スナイパーライフルと玩具のピストルくらいの差があったが、それでも満足だった。
その性格も、元に比べればトロロにかなり都合が良い様に作り変えているのだが。
いつか絶対本物を手に入れるけど、今はこれで我慢するしかないヨ。
「お前はボクのものだからネェ」
「了解だぜぇ、マスター」
「ププッ、気分いいネェ〜」
トロロが満足そうに呟くと、トロロの秘密のオペレータールームの扉を、馬鹿力でがんがん叩く音と、怒鳴り声が聞こえる。
「トロロ! お前マジ出て来いっス!!」
PCの前で夢中になって渦巻きを構っていたトロロが、億劫そうに顔をあげ、迷惑そうに顔をしかめた。
扉を叩く音は、トロロが出て行くまでやみそうも無い。仕方なく立ち上がり、ドアを開いた。
「何の用? タルル。煩いナァ!!」
思いっきり不機嫌な顔をしてドアを開けるが、タルルはトロロを吹き飛ばしそうな勢いで怒鳴りつけてきた。
「オペレーター養成所サボって何してるっすか!」
「ボク今それどころじゃ無いんだってば! 卒業試験はちゃんと受けるからいいでショ!」
トロロが口答えすると、タルルがさらに大きな声で怒鳴る。
「その試験は今日っス!!」
「ヴゾ!!」
さすがのトロロも、タルルの言葉に顔をさぁっと青ざめさせた。
慌てて部屋に戻り、PCで日程表を出す。
「ククッ! トラブルかい、マスター?」
「煩いヨ!」
渦巻きに怒鳴り返し、時間割と場所を確認する。
卒業試験、すっかり忘れてたシ!!
卒業課題何もやってないシ、テストの開き時間に適当になんか書かなくちゃネェ〜。
慌ててPCの電源を落とし、試験会場にいく準備を始める。
「試験もう始まってるっす! このままじゃ落第っすよ!!」
タルルの声を背中に聞きながら、電源を落としたPCを抱え、とっちらかった部屋のどこかにある自分のIDカードを探す。
「きちんと養成所行っとけば、トロロだったら上等兵で卒業できるって隊長が言ってたの、聞いてなかったんすか! せっかく隊長が期待してくれてたのに! このままじゃ二等兵にもなれないっスよ!」
タルルの言葉通り、ここ三ヶ月は完璧にサボっていたトロロの成績は最低だった。課題も一つも出していない。今までの成績が抜群に良かったので、なんとか卒業試験だけは受けさせてもらえるが、この不真面目さでは、卒業しても高い階級は与えてはもらえないだろう。
不思議と、養成所をサボっても、隊長であるガルルは「トロロの好きなようにしなさい」と言っていたのだが、さすがに落第して許してくれる訳が無い。
「煩いってば!! そんなのすぐ取り戻してやるヨ!!」
養成所より大切なものがあるのなら、それを優先しても構わない。お前には、大切な事をきちんと優先付けられる判断力があるだろう?
そう好きなようにさせてくれたガルルを裏切る訳にはいかない。
減らず口を叩きながらも、トロロなりに責任を感じているのだ。
「じゃ、行ってくるネェ! ありがとタルル!!」
「ほんとにマイペースなんすから……。まったくしょうがない奴っす……」
PCを抱えながら、ばたばたと走り去るトロロの揺れる尻尾を、ため息をつきながらタルルが見送った。
養成所なんて、目じゃないシ。レベルの低い講義受けても何の足しにもなりゃしないヨ。あんな所にまじめに行って、二等兵目指すなんて、バカだよネェ〜。
ボクはもっと時間を有効に使ったヨ。
ボクは、ウィザード級の、ううん、グルって呼ばれててもおかしくないほどのハッカーの個人レッスンをみっちり受けて、もっと凄い試験にもパスしたんだからネェ。
そのボクが、ケロン軍のオペレーター養成所卒業試験ごとき落ちる訳無いシ!
「ぜったい合格するから、大丈夫だからネェ!」
くるりと振り返って、タルルにそう怒鳴った後、トロロの尻尾つきの小さな背が廊下の向こうに消えた。
ENDE
20060601 UP
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