7、Full throttle








「マ・クベ! やったぞ!」

 執務室に入ってくるなり、キシリアがマ・クベに抱きついた。自分でマ・クベの手を腰に回させ、強引にワルツを踊る。

ワルツと言うにはあまりにもでたらめなダンスで部屋を一周すると、何事かと言う顔をしているマ・クベにキシリアが満面の笑みを浮かべて言った。

「教導機動大隊が編成されるのは知ってるな?」

「ええ」

「私も、そこで部隊を任せてもらえるのだ!」

 キシリアの報告に、さすがのマ・クベも驚いた顔をした。

教導機動大隊編成の話を聞いたときから、キシリアは明に暗に自らのMSに対する考えを述べ、自分を加えてくれるように働きかけていた。できるだけの事はしてきたが、やはり、負ける可能性のほうが圧倒的に大きかった。

だが、キシリアと、そしてマ・クベは勝ったのだ。

 もちろん、タイミングや、様々な状況があって、運がよかったという事の方が大きいだろう。だが、一縷の望みを捨てずに努力し、そのラッキーを引き寄せたのは、やはりキシリアの力なのだ。

普段の冷静な姿が嘘のような、嬉しくて仕方が無い。というはしゃぎぶりだった。このために耐えがたきを耐え、忍び難きをしのいだのだ。その喜びが爆発して、少しくらいはしゃいでも罰は当たらない。

「おめでとうございます」

 マ・クベも穏やかな笑みを浮かべながら、キシリアを祝福した。

「まだ内定だが、打診があったのだ。誰が私を推薦してくれたと思う? キリング中将と……」

「どなたですか?」

 秘密めかして語尾をぼかすキシリアに、マ・クベがあっさりと聞き返すと、一瞬不満そうに口を尖らせたが、マ・クベが乗ってくれない些細な不満も、この喜びの前ではどうでもいいらしく、すぐに嬉しそうな調子を取り戻した。

「ギレン兄上だ! 兄上が私を推して下さったのだ」

 兄がキシリアを推してくれたのがよほど嬉しかったらしく、感激のあまり目にはうっすらと涙が滲んでいる。

「嬉しい、兄上に認めてもらえた」

「よかったですね」

 キシリアに祝いの言葉を述べながら、マ・クベは内心、どうしても素直にキシリアの栄転を喜べなかった。

 キリング中将が言っていた、キシリアの味方になってくれそうな男とは、ギレンの事だったのだ。

 だが、ギレンはキリング中将と違い、キシリアの味方ではない。恐らく、キシリアを利用したいだけだ。

 ギレンはたしかに、キシリアを認めたのかもしれない。

 だが、ギレンが決断した大きな理由は、キシリアが自分の良いように動かせる駒だと思ったからだろう。

血族支配で権力の分散を防ぐためキシリアを置いたと考えた方が正しいだろう。いずれキシリアもそれに気が付く。だが、今はキシリアの喜びに水を差さないように、マ・クベは微笑を浮かべた。

キシリア様は、ギレン総帥の言いなりになる駒ではない。

二人の思惑がすれ違った時に起きるであろうカタストロフが、やがて来る。

その時は絶対にキシリア様をお守りしなければいけない。

そうキシリアの無邪気な笑顔を見てマ・クベが思った。一つ戦いが終れば、また一つ戦いが始まる。キシリアの為に勝ち続けなければならない。

「さっそく兄上にお礼を言いに行こう」

「キ、キシリア様、お待ちください!!」 

キシリアが唐突に言い出し、執務室を飛び出していった。マ・クベが慌てて後を追う。

冷静沈着を自認する自分が、振り回されるのを苦々しく思う気持ちはとうに無い。 

 

「もうすぐ来るぞ、兄上が。いいか?」

 囁くようにキシリアがマ・クベに言った。会議室からの通路に陣取り、会議が終って出てくるはずの兄を待ち伏せているのだ。

「……何もこんな手段でお伝えしなくても」

 しごく真っ当な意見をマ・クベが言ったが、キシリアに流される。

「兄上はお忙しいのだ。まともに会って頂こうと思ったら、馬鹿みたいに時間がかかる」

 確かにギレンは忙しく、お礼を言いたいという些細な用件だけでも、なんやかんやでやたらと待たされたりするのだ。それを考えると、確実に通る場所に待ち伏せというのは、効率の良い方法ではある。

 但し、キシリアがするのに相応しい行為かと言えば疑問が残るが。

 目的のためなら手段を選ばない。名より効率の良い実を取る。そう教えたのはマ・クベだったが、教育を間違ったか……。とマ・クベが思った瞬間、キシリアがマ・クベを振り返った。

「来た! 行くぞマ・クベ」

 声と共に、軽やかに駆け出す。美しい若い体が力強く動き、足はしっかりと地を蹴る。何でもできそうなほど心は軽い。

 キシリアの後姿を追って、マ・クベも駆け出した。

 この破天荒な年若い上司に呆れつつ、また、これからもずっと、こうしてこの人の後ろを駆けてゆきたいと思いながら。





20050224 UP

ENDE

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