Orange Moon







イライラするわ……。

ナミが水面を見ながらぼんやりそう考えた。夜の甲板に立つナミの髪を心地よい夜風が通り抜けて行き、その視線の先には、月の光がきらきらと反射する海が何処までも続いている。

空を見上げれば、大きな満月。

海を見れば、水面に移る満月がもう一つ。

月から海へ伸びる光の道はまっすぐナミのほうへ向かっており、海に出来た光の道をたどれば、二つの月まで行けそうだ。

ナミの心がざわざわと波立つ。海に映る月のように、心に浮かぶ面影がナミを捕らえて離さない。

何処から本気で、何処から嘘なのかしら?

そう思うナミの目には、キラキラ輝く水面も、夜空の月も目に入らない。甲板の柵に頬杖を付いて遠くを見るナミの瞳には、ここには居ない誰かが映っている。

咥えタバコで何時でも笑みを絶やさない。美女と見れば誰彼構わず口説き、軽口を叩く。ナミを好きだと言ったその口で、今度は別の女の子を誉める。

そんな態度で何を信じろって言うのよ?

ナミが唇をかんだ。サンジが他の女の子に声をかけるたび、心の中のもやもやが大きくなる。最初は何も感じないはずだったのに。

求めてくるのはサンジ君の方で、主導権を握るのは私。

その筈だったのに。

蓋を開けてみれば、余裕綽々なのはサンジの方で、イライラしているのはナミの方。

サンジ君が他の女の子に声をかけると何故こんなにイライラするの?

自問自答するが、答えはもうとっくに判っている。そのままサンジに答えてやればいい。だが、ナミの心の中で素直にそうできないわだかまりがあって、素直にそうできない。

私がサンジ君を信じられないのはサンジ君のせいじゃない。私が……。

私が、人を信じる事が出来ないからだわ。

ぽつりとそう心の中で呟くと、またどうしようもない苛立ちが募った。

ナミに人を信じる勇気が無いわけではない。だが、魚人に付けられた心の傷は、ナミがどんなに否定しても心の奥底でまだ血を流している。

大切な人を作るのが、怖い。もし大切な人がまた奪われるような事があったら、怖い。

それに、ナミは今の自分が好きだ。もし、大切な人に身も心も変えられて、私が私で無くなったらどうしよう?

そんな事がぐるぐる頭を回る。だけど、本当はもう心は決まっている。ただ、意地っ張りな性格のせいか、どうしてももう一歩踏み出せないのだ。その歯がゆさがナミを苛立たせた。

ああっ、もう。

ナミが手にもっていたみかんをぎゅっと握り締めた。

サンジの態度にも腹が立つが、自分にも腹が立つ。

自分はこんなにうじうじした性格ではないと思っていたのに。言いたい事はなんでもきっぱりハッキリ言うと思ったのに。

こんなの私らしくない!

なんで私がこんな思いをしなけりゃならないのよ!?

こんなはずじゃなかったのに! こんなはずじゃ……。

ナミが目を伏せた。いらいらした気持ちと、身を切るような切なさ、そして、ほんの少しの甘さが胸を締め付けて目を伏せた。

ムカツク!!

だが次の瞬間、そう思うや否や弾かれたようにナミが勢いよく腕を振り上げ、思いっきりみかんを海へ放り投げた。

ナミの渾身の力と思いを込め投げられたみかんは、夜空に綺麗な放物線を描き、ぱしゃんという軽い水音を立てて遠くの水面へ落ちる。

みかんは丁度海へ出来た光の道へ落ち、光の道は水面を乱されて一瞬ばらばらに砕け散った。

ナミが少し息を乱してみかんの行方を見ると、八つ当たりされた可愛そうなみかんは「ナミの苛立ちなど知りませんよ」と言う感じにぷかぷかと浮いている。

バカじゃないの。

また目を伏せて、今度は自分に向かって呟いた。

物に当たったって、仕方が無いのに。自分が惨めになるだけだわ。

ナミが投げたみかんのせいで月に行く道は砕けてしまった。ナミが自分で壊してしまったのだ。

もう月へは行けない。

みかんに八つ当たりした事を後悔して、ナミが伏せていた目を上げた。

「あーあっ、もったいねぇ!」

その瞬間、ナミの背後から聞きなれた陽気な声。振り向くと、目に飛び込んできたのは咥えタバコの満面の笑顔。

「食べ物を粗末にしちゃ駄目ですよ、ナミさん。こりゃ見逃せねぇな」

ナミが今まさにサンジの事を思っていたのを察知したのか、そこにいたのはサンジだった。

サンジはそうナミに明るく話し掛けると、ナミに笑いかけながら上着を脱ぎ捨てた。

「あ、ち、ちょっと、サンジ君!?」

サンジのしようとする事が理解できなくて、ナミが慌ててサンジを止める。

「ナミさん、すいませんが縄梯子用意しといてください」

ナミの静止などまるで聞こえぬようにサンジはそう言うと、ひょいとゴーイングメリー号の柵の上に立ち上がった。

サンジの鞭のような細く引きしまった全身が月に照らされる。

サンジの斜め後ろに立っているナミがサンジを見上げると、月の光がまぶしくて少し目を細めた。サンジの体が月の光を切り取り、まるで一枚の影絵のようだ。

とん、とサンジの足が柵を蹴り上げ、ナミの目に映る縞シャツを来た背中がふわっと宙に浮いた。かと思うと、次の瞬間にはもう視界から消えている。

「サンジ君、止めて!」

慌てたナミの静止が後を追うが、もうサンジには届かない。ナミが急いでサンジの飛び込んだ海を覗き込むと、そこには揺れる水に砕かれた光の破片がキラキラしているだけで、サンジの姿は何処にも見当たらなかった。

五秒、六秒……。ナミは祈るような気持ちでサンジの姿を探すが、海は何事も無かったかのように静かに波打っている。

ナミがはらはらしながら見守っていると。飛び込んだ地点よりだいぶ遠くで、ぷかり……と人影がようやく海の上へ出てきた。

そのままゆっくりとしたクロールでみかんへ泳いでいく。

とても綺麗な泳ぎで、一瞬ナミが事情を忘れて見惚れた。

あっという間にサンジはみかんの所まで泳ぎ着き、みかんを手にすると船の方を振り向き、ナミに向かって二、三回振って今度は船の方へ流麗な泳ぎで近づいて来る。

「よ……っと」

ナミのおろした縄梯子をひょいひょいと上り、再び甲板の上へサンジが戻ってきた。

「はい、ナミさん」

何事も無かったかのようにナミにまた微笑みかけると、ぽたぽたと水の滴る手で手にもったみかんをナミに手渡した。

ほんの一瞬触れた手がびっくりするほど冷たい。

ここの海域は、水泳できるほど暖かくないのだ。それでも、サンジの笑顔はそんな事は微塵も感じさせない。

「何やってるのよサンジ君! ここの水がとても冷たいって知ってるはずでしょ!? それにここは海王類だって出るのよ」

そのみかんは受け取らずに、ナミはそう叫んだ。サンジの笑顔が信じられない。下手したら死んでいるのだ。ナミにしてみれば、サンジの行為はあまりにも無謀でバカな事に思える。

「でも、ナミさん……」

弁解しようと言いかけたサンジの言葉を途中でナミが遮った。

「でもじゃないわ! たかがみかんぐらいでバカな事しないで」

自分でもびっくりするほど大声が出た。サンジがしたバカな事に怒っただけでなく、なんだか怖かったのだ。サンジが自分にそこまでしてくれた事が。

自分がサンジの特別な女の子だと錯覚してしまいそうになるから。だからわざと声を荒げた。

「たかがみかんじゃないだろ? ナミさんの大事なみかんだ。だから俺は取ってきたのに」

サンジがナミの心など知らず、さらりとそう言い、先ほど脱ぎ捨てた上着のポケットからタバコを取り出した。

ナミが一瞬何もいえなくて黙っていると、シュッと言う摩擦音がし、サンジの手のマッチが小さい炎を上げた。その炎を手でかばいながら、サンジが咥えたタバコに火を移し、煙を吸い込んで美味そうに吐き出す。

「ナミさん、後悔したような顔してた」

そう言ってナミににっこりと微笑みかける。

「何があったのか知らないけどさ、元気出しなよ。俺のお姫様にはいつも笑っててもらわないと」

そう冗談めかして言い、再度みかんをナミに差し出した。今度はナミも何も言わず、サンジからみかんを受け取る。

元気が無いのはあんたのせいよ、バカ。

心の中でそう言ってはみても、サンジがしてくれた事の嬉しさはじわじわとナミの心に染み渡っていく。だけど、それは今のナミにとっては諸刃の剣だった。

「……ありがとう」

ナミがお礼を言い、複雑な気持ちでみかんを受け取ると、サンジが心の底から嬉しそうににっこり微笑んだ。

「どういたしまして」

その笑みには、恩着せがましさも、押し付けがましさも何も無い。

「俺でよければ慰めて差し上げますよ、ナミさん?」

そう軽口を叩き、にやっと笑ってナミの顔を覗き込む。何時ものように軽くあしらわれる事を予想していたサンジの目に映ったのは、サンジと目をあわそうとしないナミの暗い表情だった。

「止めてよ……」

何時ものナミらしくない、小さくて暗い声。

「??」

ナミの急変の理由がわからなくて、サンジが眉をひそめた。タバコを咥えるために持ち上げかけた手を一瞬止める。

「他の女の子にも言うような安っぽい事、私に言うの止めて」

ナミはサンジと目を合わせようとはせず、そう言った。

サンジの軽口でまた思ったのだ。

サンジなら、たぶん他の女の子にも同じ事をするだろうと。

勘違いしてはいけないと。

だけど、心のどこかでもしかして自分は特別なんじゃないか? という気持ちが頭をもたげる。

期待している自分がなんだか無性に嫌に思えた。本当に嫌なのは自分なのに、サンジに八つ当たりしてしまおうとしている。判っているけど、止められない。

「ナミさん?」

そんな事は知る由も無いサンジが、ナミの声に驚いて思わずナミの名前を呼んだ。

「私にそういうこと言うつもりなら、言うのは私一人にしてくれない?」

ナミが、なるべく心の中を悟られないように無表情を装って言った。本当は、本心も弱さも醜い心も知られたくない。だが、言わずにいられない。ナミにとっては、重大な意味をこめた告白だった。

サンジ君が、本当に私のことが好きなら、私は……。

「う〜〜ん。いくらナミさんの頼みでもそれは難しいなー」

祈るようにそう思ったナミの耳に聞こえたのは、サンジの能天気な声。その言葉を聞いて、ナミの心がすぅっと冷たくなっていき、凍り付いて粉々に砕けてしまうような気がした。

やっぱり、やっぱり私はサンジ君にとって特別な女の子でもなんでもない。

「どうしてよ?」

表現は稚拙でも、ナミなりの必死の告白だった。でも、拒否されたのだ。

問い掛けるナミの声がほんの少しだけかすれた。心が千切れそうだったが、絶対に泣くものかと決心している。

やっぱり、サンジの事を信じなくて良かったのだ。危うくバカを見るところだった。

「だって、綺麗なものは綺麗だと思のも、綺麗なものに近づきたいと思うのも、俺の自然な感情なんだ。それを思うのを止めろと言われてもできないよ」

悪びれもせずサンジはそう言った。

やめて、もうそれ以上言わないで。とナミが心の中で叫んだ。

サンジの言葉がナミの心に突き刺さり、血が流れて行く。

「じゃあ、いらないわ。結局、サンジ君は『私』が好きじゃないのよ。私もサンジ君にとっては『その他大勢の女の子』と同じなのね。私一人のものじゃないのなら、こんなもの要らない」

瞳には軽蔑さえ浮かべてナミが言い放った。

裏切られた。とまで思った。

サンジから目をそらそうとせず、しっかりと睨みつけたまま、ゆっくりとみかんを持った手を目の高さまで上げた。そのまま、先ほどサンジが命がけで取ってきたみかんを再び軽く勢いをつけて海へ投げ捨てる。

みかんの行方を見で追おうともせず、ナミはじっとサンジを睨みつける。

「……ナミさんは、どうして俺が君の事好きだと言う事を信じてくれないのかな?」

サンジが、あっけに取られたように、そのみかんを目で追った。

海に落ちてしまったみかんを見つめながら、まるで独り言のようにナミにそう問いかける。

その声は、怒ってもいない。ナミを責めてもいなかった。ただ淡々としている。

「当たり前じゃない。どう信じろと言うの? 私を選んでくれないのはサンジ君の方よ」

「ちがう。俺はいつだってナミさんのことが好きだと言ってたはずだよ。俺は君がYesと言ってくれるのをずっと待ってるのに」

ナミは何も言わない。サンジがタバコを咥えた。

サンジが煙を吸うと、ジジッと音を立ててタバコの先が赤くなった。

ナミはサンジから目をそらし、薄闇にともるタバコの赤い火をじっと見ている。

ナミの視線に気が付いているのかいないのか、サンジが月を見ながらゆっくりと煙を吐き、ナミに続けた。

「あのみかんだって……。ナミさんのみかんだから俺は取ってきたんだ。ナミさんのものなら、たとえ何だろうと俺にとっては大事なものだから。そのくらい大事なものなんだよ、俺にとってナミさんは」

そう言うと、冗談めかしてサンジがナミにウインクする。ナミのこわばった表情はまだタバコの先を睨みつけたままだ。それを見たサンジが、少し寂しそうに視線を下に向けた。

「俺は綺麗な女の子が好きだ。綺麗な女の子を見のは大好きだし、見ればお近づきになりたくなる。でもさ、それはそれだけなんだよ。君とは違うんだ。俺が一緒に夢を追えるのはナミさんだけ。俺が一緒に生きていきたいと思うのはナミさんだけなんだよ」

サンジが言い終わると、ちらりとナミのほうを見た。何時ものような冗談めかした声でなく、いつに無く真剣な声。

押し付けがましい言い方は嫌いで、いつも茶化したような事しか言えない。

でも、サンジはサンジなりにその気持ちに嘘は無いし、ただ正直にナミへの気持ちを表現しているだけだったのだ。

それがナミに誤解されてるかと思うと、酷く悲しい。

「判らないわ」

硬い声でナミがそう言った。判らないというより、判りたくないと言った方が正しかったのかもしれない。ナミにもそれがどうしてか良く判らなかった。

「俺は、君のその美貌やナイスバディだけでなく、生き方や考え方もとても好きだ。きれいだと思う女の子は沢山居ても、一緒に生きていきたいと思う女の子はナミさんだけだよ。だからさ、ナミさんていう美人がいながら確かに他の女の子に目移りするのは悪いんだけど、それが俺だから。俺のそんなとこまでまとめて愛してくれないかな?」

サンジがもたれていた柵から離れ、ナミの目を見つめ、何時ものように冗談めかして笑った。先ほどのまじめさはないが、笑った目の奥に、隠し切れない真剣な光があるのが見える。

「……勝手な言い草ね」

ナミの声はまだ冷たいけれど、先ほどとは明らかに違う変化があった。

「でも、俺はめげないぜ。信じてくれるまで繰り返すだけさ」

ナミの様子に残念そうにサンジが肩をすくめた。簡単にいくとは思ってないが、玉砕するたび辛い事には変わらない。それきり何も言わないナミから目線をはずし、空を見上げた。

満月は、真南。

丁度二人の頭上にこうこうと輝いている。一日のうちで地球から月が一番遠く見える時間だ。

俺、月を捕まえられるかな?

ふとサンジがそんな事を思った。欲しくて欲しくてたまらないのに、空の月は遠くて手に入らない。

海の月はほんの近くに見えるのに、手ですくうと跡形も無く崩れ、指先からこぼれていってしまう。

「ナミさん、怖いのかい?」

空を見上げ、月を見上げながらサンジがそう呟いた。月が遠くに居て手が届かないのなら、手の届く所まで引き寄せたい。

「何がよ!」

ナミがサンジにキツイ様子で答えた。

怖い? 私が? 馬鹿言わないで!

生来の気の強さで瞬間的にそう思ったのだ。だが、サンジはひるむ事もなく、淡々と言葉を続ける。

「俺が君を好きだと言う事と、俺を好きだとナミさんが認める事がさ」

ナミが何も言わずにサンジの瞳を見つめた。その瞳には自分が映っている。ナミの表情からは、先ほどの怒りも消え、今は何の表情も浮かべていない。

「さっきさ、たとえ俺が何を言ってもナミさんは信じなかったと思うよ」

ゆっくり、語りかけるようにそうサンジが言った。あの時、サンジがナミ以外の女の子を見ないと言えば、ナミは安心したかもしれない。

でも、それはたぶん上辺だけだ。本当の理解には繋がらない。本当に一緒にいたいから、安易にごまかしたりはしたくなかった。

怖いのか? と聞いたサンジにはナミの気持ちが少しだけわかる気がした。相手が大切であればあるほど、大切な人を作るのが怖い。大切な人をもし傷つけてしまったら? 大切な人を万が一無くしてしまったら……と思うと、全身の血が凍りついてしまいそうだ。

クソジジィの片足が無くなっているのを見たときのように……。

そう思った瞬間、サンジの心臓に鈍い痛みが走る。

あの時の事を思い出すたび、目の前が真っ暗になって悲鳴をあげてしまいそうだ。だから、無意識のうちにそれを避けようとする。

「俺は、ナミさんが望むような答えを言ってあげる事も出来た。でも、それは一時凌ぎにはなっても、ナミさんの心の問題がなくならない限り、ずっと解決しない。だから俺は言わなかった」

魚人たちにナミが何年にもわたって傷つけられた心は、表面上は何も無かったかのように見えても、奥底ではまだ血を流している。

サンジはそれを知っている。

だから、待つよ。

「俺は何時でもナミさんの側にいるからさ、急がないぜ。俺にとってナミさんはとっても大事なものだからさ、うやむやにはしたくないんだ」

サンジがそう言い、ナミを安心させるように笑いかけた。

ナミさんには何時も笑って欲しいから、俺もナミさんに笑いかける。ほんの少しでいい。ナミさんの心の傷が少しでも癒されるように……と。

「私……」

ナミが口を開きかけた。こぶしをぎゅっと握り締め、なにか、心に支えた何かを吐き出そうとするように、数回何か言いかけて口を開いては躊躇った。

そんなナミの様子には気がついていたが、サンジは気がつかないふりをした。

プレッシャーを与えるつもりは無いし、無理に口を開かせる気も無い。ナミがその気になるまでずっと待ってようと決心していたのだ。

「おっと……。俺の大事なナミさんのみかんが食われちまう」

サンジが何かに気が付いて海の方を見た。ぷかぷか平和に浮いているとばかり思ったみかんに、その珍しい匂いに引かれたのだろう、小型の海王類が近づいている。

「だから、ちょっと!! サンジ君止めてったら」

ナミの静止をまた無視して、サンジが楽しそうなそぶりさえ見せて再び海へ飛び込んだ。

小型とはいえ、海王類は海王類だ、しかも、それは獰猛な種族で、食事を邪魔されると殊のほか凶暴になる危険な種だった。

だが、サンジの泳ぎには恐怖もおびえも無い。すーっとそこまで泳いでいくと、襲い掛かってくる海王類に蹴りをかました。

月に照らされて戦う二つの影は、まるで人形劇のようにコミカルだったけど、現実にはとても危険な事には変わりない。

その様子を見守っていたナミがふと気づいた。ナミが壊した月への道。その光の道がまた元のようにナミに向かってまっすぐ伸びている。

今度こそ、あの道を行けるかしら? 月へ行けるかしら?

その道を丁度辿って、海王類を決着をつけたサンジがこちらへ泳いでくるのが見えた。

サンジ君があの道を辿って私のところへ来るわ……。

何故だか、サンジが近づいてくるたびに、自分とサンジの心の距離までもが近くなっていく気がする。だが、甲板に戻ってきたサンジを迎えたのはまたナミの怒声だった。

「どうしてこんな事するのよ! 頼んだ訳でもないのに」

さすがに、二度もこんなバカな事をするなんて理解できない。

再びみかんを手にして戻ってきたサンジに、ナミの雷が落ちる。あまりのバカさ加減に、人事ながらナミが怒らずにはいられない。だが、先ほどとは違ってナミらしくなく暗かった表情がいきいきと生気を取り戻している。

「俺がやりたいからやってるんだよ、はいどうぞ」

だが、当のサンジは何処吹く風でにっこり微笑んで取り返したみかんを差し出す。

わざとなのか、そうでないのか、先ほどまでの重苦しい雰囲気は、サンジのした馬鹿なことですっかり和やかな何時もの雰囲気に戻っている。

「あれっ! ナミさんどうしたの? これ大丈夫だよ、ちゃんと食えるから!」

急にサンジが困った声を出した。目の錯覚だったかもしれないが、ナミの目元が月に照らされて少し光った。今にも涙が零れ落ちそうに見えたのだ。いきなりの事でとっさにみかんの事かと思い、必死に手に持ったみかんに傷も何もついてないことをアピールする。

「そういう事じゃないわ、バカ!」

ナミが目じりの涙を、白い指で拭いながら怒鳴りつけた。

「頑張ったのに酷いなぁ〜〜。でも、そんな冷たいナミさんも素敵だ!」

何時もの調子でサンジがナミの目を覗き込む。サンジの目に映るナミも笑っている。

「はぁ〜、ナミさんが早く俺の愛に答えてくれる日が来ると良いな〜」

わざとらしくため息をつきながら、ナミのほうをちらりと見る。本気なのか、本気でないのか。以前のナミだったら判らなかったかもしれない。

「Yesよ」

ナミの唇か動いた。

「YES」

サンジがずっと待っていた言葉。

「え?」

サンジの目が驚きで見開かれた。思わずぽかんと口を開いてしまい、咥えたタバコが落ちそうになるのを慌ててキャッチする。 

「Yesだって言ってんの」

つんと済ましてナミがそう言った。

「ナ、ナミさん!? マジですか? 本当? あ、イテテテテ、本当だ」

サンジがナミに詰め寄った。信じられなくて、自分の頬をつねってみるが、痛い!

間違いなく現実だ。

「もう一回言ってください、ナミさん! もう一回、もう一回」

「あたしの言ってる事を聞かなかったって言うの!? 一回言うごとに金取るわよ」

喜びで飛んでいってしまいそうなサンジを置いて、すたすたとナミが船室へ歩き始める。

この寒い海に飛び込んだバカは何時までたっても着替えようとしないから、自分が用意してやらねばなるまい。

「あ、ち、違いますちゃんと聞いてます、ナミさん、ナミさんたら〜」

ハートマークいっぱいのだらしない顔でサンジがナミの後を追う。濡れた体も、恋の熱のおかげで冷える事はないらしい。

ナミがふざけてじゃれて来るサンジを上手くあしらい、濡れたシャツを脱がしながら心の中で問いかける。


お互いがお互いの夢を追いながら、それでも一緒に居られるってとても素晴らしいことじゃないかしら?


だから、貴方に賭けてみるわ。貴方を信じてみる。



ENDE

20041021 UP
初出 20020310 「373:2」より

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