真夜中の冒険




「いたっ!」

 ズキンという痛みが奥歯の奥に走り、僕は思わずそう叫んで頬を手で押さえた。

 僕がその痛みに気が付いたのは、もうすぐ夕食が始まろうとする時だった。

 奥歯の奥から、じんじんする不愉快な痛みが段々大きくなっていくのが判る。

 ど、どうしよう。

 僕はそう途方にくれて辺りを見回した。今から思えば、薬を飲むなりなんなりすればいいと思うけれど、まだ八歳やそこらだった僕にはそんな事露とも思い浮かばず、ただその痛みに顔を顰めるだけだった。

 その時、コンコンと軽いノックの音がして、僕は慌ててドアの方を振り返り、「どうぞ」と声をかけた。

「ガルマ、夕食よ」

 ドアの向こうから顔をのぞかせたのは、僕の四つ年上の姉だった。僕はキシリア姉さんが大好きで、少しでも顔を見えないと恐ろしく拗ねたものだった。

その日は、キシリア姉さんが数日家を空け、やっと帰ってきた日だった。

 キシリア姉さんのいない間、僕は拗ねに拗ねた。たった数日キシリア姉さんがいないだけなのに、「キシリア姉さんがいないと嫌だ」「キシリア姉さんがいたらする」を連発し、挙句の果てにはハンストをして屋敷の皆を困らせていたのだ。

 その大好きなキシリア姉さんの顔を見て、僕は喜ぶどころか、後ろめたさに飛び上がりそうになった。僕がわがままを言って散々皆を困らせた事は既に怒られている。この歯の痛みさえなければ、後は思う存分キシリア姉さんに甘える事が出来たのだ。

「ガルマ、どうしたの?」

 僕の様子がおかしいのに気が付いて、キシリア姉さんが部屋に入ってきた。

「ガルマ、私に顔を見せて」 

 いつもなら、キシリア姉さんが自分のことを気にかけてくれるのはとても嬉しい事だった。だが、その時の僕には、そうされるのはアルプスの山々にかけたロープで綱渡りするくらい危険な事だった。




 僕は、キシリア姉さんがいない間拗ねてご飯を食べなかった。

 感情が昂ぶったその時はいいが、当然の事ながら、夜中になると猛烈にお腹が減ってきたのだ。

 眠れずにベッドの上で寝返りを打ち、明日の朝ご飯をまだかまだかと思っていると、小さくノックの音がした。

 僕はお化けかと思って恐怖にじっと息を潜めていると、そっと開けられたドアの隙間から「ガルマ、ガルマ」と僕の名を呼ぶ声が聞こえたのだ。

 ドズル兄さん!?

 僕は聞きなれた声に安心したが、なぜこんな夜中にドズル兄さんが僕の部屋に来るのだろうといぶかしんでいた。

「ガルマ、腹減ったろ?」

 ドズル兄さんは、僕の顔を見るなり、にやりと笑ってそう言った。僕が頷くと、お腹がクゥ〜と音を立てた。

「今日はうるさいキシリアもいないからな、いい所へ連れて行ってやる」

 僕の返事にドズル兄さんは満足そうに頷き、そう言って僕についてこいと促し、部屋のドアを出ていった。僕は慌ててドズル兄さんの背中を追ってベッドを飛び出した。

暗い部屋の廊下を、窓から入る月明かりだけを頼りに通り抜けるのは、小さな僕にとってちょっとした冒険だった。しんと静かなキシリア姉さんの部屋の前を通る時、不意にキシリア姉さんはいないんだという事を思い出してしまい、ひどく心細くなってしまった。

「怖いよ、姉さん」

 ドズル兄さんに聞かれては恥ずかしいので、僕は自分にだけ聞こえるようにそう呟いた。

「なんだガルマ、怖いのか?」

 小さく呟いたと思った言葉は、ばっちり聞こえていたようで、僕はドズル兄さんからそう言われて顔を真っ赤にした。

「う、うん。お化けが出そう」

 僕は小さく頷き、正直にそう言った。

「ガルマ、お前は将来ジオンの大将軍になるんだぞぉ、この位で怖がるな!」

 ドズル兄さんは僕が弱虫なのが気に入らない様で、腕を振り上げ、歯を剥き出しにして不快感を表した。ドズル兄さんの声は小声だったけど、兄さんの顔があんまり迫力があったもので、僕は飛び上がるほど驚いた。いつもならここで「しっかりしろ!」と拳骨が一発が飛んでくるのだが、さすがに今僕を泣かすのはまずいとドズル兄さんは判断した様で、幸いな事にそれは無かった。あったら僕は確実に屋敷中の皆を起こしていて、ドズル兄さんの企みは水泡に帰しただろう。

「ごめんなさい」

 僕が急いで小声で謝ると、ドズル兄上はふんとでっかい鼻息をして、くるっと僕に背を向けた。

「まあいいや。こうすれば怖くないだろ、いくぞ。おっと兄貴の部屋だ。慎重に通るぞ」

 そう言って、ドズル兄さんは少々強引に僕の手を取った。大きなドズル兄さんの手が僕の手を安心させるようにぎゅっとにぎる。暖かい手が、驚くほど僕に安心感を与えた。ドズル兄さんと一緒ならお化けなんて平気だ。

 さっきは怒られたけど、ドズル兄さんはやっぱり優しい。

 その時の僕には、とても兄さんが頼もしく思えた。冒険を楽しむ余裕が出てきたほどだ。

 ドズル兄さんが、ギレン兄さんの部屋のドアの前を、これまでより一層慎重に通った。ギレン兄さんの部屋からは、夜もだいぶふけたにも関わらず、まだ明かりがついていた。

 僕は側の植木に身を潜め、万が一にでもギレン兄さんがドアから出てこないようにドズル兄さんが気配をうかがっている。

 大丈夫だと思ったのか、ドズル兄さんが僕にOKサインを出した。

 僕は、心臓をドキドキさせながら、可及的速やかに、かつ音を立てずにギレン兄さんの部屋の前を早足で通り過ぎた。

「よくやったな、ガルマ。最大の難関は越えたぞ」

 まだドキドキしている僕の頭を、ドズル兄さんの手がくしゃくしゃと撫でた。ドズル兄さんに誉められて、僕はとても誇らしかった。

 その後紆余曲折を経て、冒険の末にドズル兄さんが連れてきてくれたのは、この世の楽園、厨房だった。

「なんでも食えガルマ、食べ放題だぞ!」

 冷蔵庫を開け放ち、ドズル兄さんがにやりと笑ってそう言った。さっそく冷蔵庫から固まりのハムを取り出し、そのままかじりついている。僕が呆れていると、「俺は成長期だから食べ盛りなんだ」と判ったような判らないような返事が返ってきた。

 そこは本当にステキな場所だった。いつもは健康に悪いからとちょっとしか食べさせてもらえない甘いお菓子が山のようにあった。野菜を食べなくても、デザートは食べ放題なのだ。

「すごいすごい!」

 僕は歓声を上げ、ドズル兄さんに負けじと冷蔵庫の中の探索をして、大好物の生チョコを発見した。もちろん箱全部をしかも手で平らげる。こんな行儀悪い事、絶対キシリア姉さんは許してくれない。でも今は何をしてもいいのだ!

こんなにチョコレートを沢山食べたのは初めてだ。僕が満足しながら指についたココアをぺろぺろ舐めていると、兄さんが僕を呼んだ。

「ガルマ、見ろ!」

 冷凍庫を開け、その前で仁王立ちになったドズル兄さんがそう言った。まるで財宝を見つけた海賊のようだ。

 ストロベリー、バニラ、ラムレーズン、チョコチップ、キャラメル、マカダミア、ミルクティー……ありとあらゆるフレーバーのアイスクリームがそこにはあったのだ。

「ドズル兄さん、凄い!」

 僕が驚嘆の声を上げると、兄さんが誇らしげに笑い、スプーンを僕に放り投げた。



 狂乱の一夜は、それで終ったわけではなかった。

 好きなものをお腹いっぱい食べた僕は、その次の朝もあまり朝食を食べず、ドズル兄さんを除くみんなを心配させた。(ドズル兄さんは夜中あれだけ食べたにもかかわらず、いつもと変らない量の食事をとっていた)

 みなの心配をよそに、僕は今夜もアイスクリームの食べ放題だと浮かれていたのだ。

 真夜中の冒険は、姉さんが帰ってくるまで三夜続けられた。

 要するに、夜中から僕は甘い物を食べまくったのだ。


 そして僕は歯を磨かなかった。


 そして今、僕は歯が痛い。


 どうしよう……。

 心配そうに僕を覗き込む姉さんの顔が見られない。

 僕はキシリア姉さんが大好きだったが、キシリア姉さんは僕にとって一番怒らせたくない人でもあった。キシリア姉さんは僕に甘く、何かと面倒を見てくれたが、厳しい人でもあったのだ。

幼くして母を無くした僕の面倒を見るのが自分の勤めと思っていたらしく、時にキシリア姉さんはとても厳しかった。

 野菜を食べなければデザートは抜きだったし、もちろん好き嫌いは許されない。宿題をしないと遊びに行かせてくれない。

 四つしか上でなかったにもかかわらず、キシリア姉さんは恐ろしくしっかりしていた。 

でも、ギレン兄さんに食べなさいと言われたのにどうしても食べられない野菜を前に半泣きになった時は、キシリア姉さんは兄さんの目を盗んで内緒で食べてくれたし、

(ドズル兄さんは頼んでないのにデザートを食べたので結局僕は泣いた)

自分も遊びに行かずに僕の勉強を見てくれる。

(ドズル兄さんは自分のものと間違えて僕の宿題を隠したので、僕は宿題をしなくて済んだが次の日学校でとても困った)

だから僕はキシリア姉さんが大好きだったのだけれど。

(もちろんドズル兄さんも大好きだ)

 なんでもすぐに気が付いてしまうキシリア姉さんの目を誤魔化すために、僕は勢いよく立ち上がった。

「大丈夫だよ!」

 僕はわざと明るくそう言い、不審そうなキシリア姉さんの手を引っ張った。

「い、いこうよ。僕お腹ぺこぺこ」

 キシリア姉さんの不審そうな目が心底恐ろしかった。




「ガルマ、食べないの?」

 フォークとナイフを手にしながら、心配そうにキシリア姉さんがそう言った。今日はキシリア姉さんの好きな鴨のオレンジソースにもかかわらず、キシリア姉さんは僕の方ばかりを心配して、あまり食が進んでいなかった。

「あ、う、うん。お腹いっぱいで」

「あなた、私がいなかった間あまりご飯を食べていなかったのでしょう? 蜂蜜バターを塗ったパンなら食べる? 取ってあげようか?」

「だだだだ大丈夫だよ」

 そう言って手をのばした姉を僕は必死で止めた。本気で心配してくれるキシリア姉さんに、罪悪感で心がきりきり痛む。

 おまけに歯の痛みもますます酷くなってきた。つくり笑顔も限界にきている。

 僕は地獄の一時を過ごし、ようやく食事は終りかけ、最後のデザートを残すのみになった。

「ほら、ガルマ、あなたの好きなアイスクリームよ」

 目の前に置かれた皿を見て、キシリア姉さんが僕にニッコリと微笑む。僕は反対に青ざめた。

 よりにもよってアイスクリーム!

 大きな皿の上に、アイスクリームの盛り合わせ。熱いブルーベリーのソースがかかったそれは、普段なら大好物だった。

 だが今の僕は一口も食べる気になれなかった。何とか食べようと思ったが、スプーンでアイスクリームをぐちゃぐちゃとかき回すだけになってしまう。

「おう、なんだガルマ、いらないのなら俺が食べるぞ」

「うん、ドズル兄さんが食べてよ」

 何の気なしに僕がそう言った途端、カチャンと派手な音がした。

 慌てて音のしたほうを見ると、キシリア姉さんが無言で前をじーっと見ている。あの音は、キシリア姉さんのアイスクリームのスプーンと、皿がぶつかった音だったのだ。マナーにうるさいキシリア姉がそんな事をするのは珍しくて、僕は驚いてしまった。

 だが、すぐにキシリア姉さんは何事も無かったようにまた優雅にスプーンを口に運んだ。

 なんだったのだろう?

 僕は、キシリア姉さんのことをさほど気に留めず、皿をドズル兄さんの方へ押しやった。ごちそうさまと言い、そのまま食堂を後にする。

 僕は、僕のキシリア姉さんはなんでもわかってしまうという事をすっかり忘れていた。




「ガルマ」

 部屋に引きこもっていると、キシリア姉さんがまたやって来た。

「なあに、姉さん」

 現金な物で、歯の痛みが一時的に引いた僕は、早くもあのアイスクリームを食べればよかったと後悔している最中だった。

「ガルマが元気が無いから、元気付けようと思って」

 そう言ってキシリア姉さんが取り出したのは、僕の大好きな生チョコレートの箱だった。アイスクリームを食べそこなった僕は、チョコの登場に心底心を躍らせた。キシリア姉さんは箱の包みをとき、指でつまんで僕に差し出した。

「あーん」

「あーん」

 僕が喜んで口を開けると、キシリア姉さんは急に厳しい顔をした。

「あなた、私に隠している事ない?」

「え……。な、ないよ」

「そう、ならいいの」

 キシリア姉さんはニッコリと微笑み、指につまんだチョコレートをまた僕に差し出した。

「あーん」

「あーん」

 こんどこそと僕が口を開けると、姉が凄い形相で僕の上顎と下顎を掴んだ。

「あがががががが!!」

 僕が目を白黒させるのには全くかまわず、キシリア姉さんは僕の口をこじ開けて中を覗き込んだ。

「ほらやっぱり虫歯ができている!」

 キシリア姉さんの金切り声に、血の気が凍る思いだった。

 チョコレートの餌に引かれて、僕はまんまとキシリア姉さんの罠に引っかかったのだ。

「正直に仰い!」

 そう言った時のキシリア姉さんの顔は、ドズル兄さんよりも怖かった。

僕は泣きながらキシリア姉さんに盗み食いをした事を話した。キシリア姉さんは厳しい顔をしてそれを聞き、僕はこってりと怒られた。盗み食いもそうだが、嘘をついた事が一番許せないとキシリア姉さんは言い、その事が一番怒られた。「悪い事は悪い事を呼ぶの。だから最初からしてはいけないのよ」というキシリア姉さんの言葉を至極最もだと思って聞いていた。盗み食いをした事が嘘を付く事へと繋がり、こんなにもキシリア姉さんに怒られる事になってしまったのだ。

だけど、僕が全てを話し終わり、ごめんなさいと泣きながら言うと、キシリア姉さんはぎゅっと抱きしめてくれた。

「でも偉いわガルマ、正直に言ってくれたわね」

 優しいキシリア姉さんの言葉に、僕は、申し訳なさにまたわんわんと泣いた。キシリア姉さんの手が僕の背中を優しく撫でてくれるのが心地よかった。

「そうだぞガルマ、お前は正直に言ってよかったな」

 ドアの方から不機嫌そうにかけられた言葉に、僕は涙を拭いてキシリア姉さんの胸から顔を上げ、ドアを見た。

 そこには、顔に真っ赤な手形をつけたドズル兄さんがいた。

「こいつ、俺には問答無用でビンタしたぞ!」

 ドズル兄さんは怒ってキシリア姉さんを指差していた。「俺の歯形が付いたハムを持ってきて、証拠だと抜かしやがった」と忌々しそうに言い、「陰険だぞ、お前」とキシリア姉さんを非難した。

ドズル兄さんが言うには、キシリア姉さんは、僕が大好物のアイスクリームを食べなかったのをおかしいと思い、屋敷中の皆にその理由を聞き回っていたらしい。そしてコックから食材が減っている事を聞き、冷蔵庫から歯形のついたハムを、冷凍庫から食い散らかされたアイスクリームを見つけ、僕達が盗み食いをしたという推理を打ち立てた。そしてハムという物証を持って、ドズル兄上の部屋になだれ込んだらしい。

 ドズル兄さんの口に歯形が一緒だとぐりぐりハムを押し付けるのを想像したら笑えたが、もちろんその時はそれ所では無かった。

「ドズル兄様が悪いんじゃないの! ガルマを悪の道に引きずり込んで! 虫歯にまでして!」

 もちろんキシリア姉さんが黙って聞いているわけが無い。即座にそう言い返した。ドズル兄さんとキシリア姉さんの間に青白い火花が飛び散る。僕は絶対キシリア姉さんに逆らいたくないので、キシリア姉さんと喧嘩するドズル兄さんを心の中で少し凄いと思った。

「男には冒険も必要なんだよ! 女に判るか!」

「なんですって!?」

「姉さん、ドズル兄さんのせいじゃないよ」

 ドズル兄さんとキシリア姉さんがいまにも取っ組み合うのではないかと思って(ドズル兄さんはキシリア姉さんに絶対に手を上げなかったけど)僕は思わず二人の間にわって入った。もちろんすぐに後悔する事になったのだが。

「二人とも黙って頂戴。麗しい兄弟愛もいいけどね、明日あなた達には歯医者に行ってもらいますからね!」

 キシリア姉さんは、僕とドズル兄さんをじろりと睨み、そう宣言したのだ。

「え、ええ〜〜〜〜〜」

 僕とドズル兄さん、同時に不満の声があがった。キシリア姉さんにじろりと睨みつけられ、慌てて口を閉じる。

「ちょうどいいから、私も診てもらおうっと」

 キシリア姉さんがナイスアイデア! とばかりに手を叩いてそう言った。そんなキシリア姉さんを僕とドズル兄さんが珍獣でも見る目で見ている。

 僕とドズル兄さんには、好き好んで歯医者に診てもらおうなんて言うキシリア姉さんの事が信じられなかった。キシリア姉さんにしてみれば、早期に見つけたほうが痛くなくて済むからよい。との事だったが、痛い思いしかした事が無い(つまり重症になるまでほっておいている)僕達とは根本的に考え方が違うので、僕とドズル兄さんは色々行かなくて良い言い訳をキシリア姉さんに訴えたのだが、どれもキシリア姉さんの強権の前に敗れ去ったのだった。



「逃げたら承知しませんからね!」

 ……とキシリア姉さんは言って部屋を出ていったが、ドズル兄さんは明日逃げ出すそうだ。

「ガルマ、逃げよう」

 ……と囁いたドズル兄さんの声が頭に木霊する。


 僕はまだ、どうしようか迷っていた。




「でも姉さんは優しかったですよ」

 ドズル兄さんとキシリア姉さんと午後のお茶を楽しんでいたら、思いがけず思い出話に花が咲いた。ひとしきり幼い頃の思い出を話した後に僕がそう言うと、すぐにドズル兄さんが反対の声を上げる。

「お前、キシリアにあれだけ酷いことをされて良くそんな事が言えるな!」

 酷いことされたかなぁ? と僕が記憶を探っていると、ドズル兄さんが大げさに肩を竦めた。 

「キシリアには散々酷い目に合わされたが、不思議な事に、ガルマの奴、まだお前の事を優しかったと言い張っているぞ。お前が脅して刷り込んだか、あまりに酷い事をしすぎて、記憶が抜け落ちているんじゃないのか?」

 ドズル兄さんは今度はキシリア姉さんにそう言った。姉さんはドズル兄上の言葉など気にせずに、優雅に紅茶の香りを楽しんでいる。

「私は『ガルマには』優しかったですよ。あなたには優しくなんてする余裕なんてありませんでしたけど」

 顔色一つ変えずに、姉さんはそうドズル兄さんに言った。姉さんの言葉に、「う……」とドズル兄さんが言葉に詰まる。

「たしかになぁ、俺もやんちゃだった。だが当時から正義を傘にきたお前の強引なやり方には問題があったぞ!」

「あら、悪戯ばかりして私を悩ませ続けた貴方達の方がよっぽど悪いのではありませんか? ドズル兄さん」

 また喧嘩をはじめたキシリア姉さんとドズル兄さんに、二人は何も変っていないと可笑しくなってくすっと笑ってしまった。

 それが命取りだった。

「ガルマ、あなた他人事のように笑っているけれど、まさか私が貴方のおねしょの後始末をしたのを忘れたわけではないでしょうね?」

 僕の態度が気に入らなかったのか、姉さんが攻撃の矛先を僕に向けてきたのだ。

「い、一回だけじゃないですか!」

 僕は真っ赤になりながら姉さんに言い返した。子供の頃の過ちを今でもよく覚えている物だから、僕は姉さんには本当に頭が上がらない。

「そう言えば、俺がカマキリをお前の頭に載せたときお前大泣きしたっけなぁ!」

「そんな昔の事忘れてくださいよドズル兄さん!」

 僕はあたふたと二人の口を黙らせる事に必死になって、結局、キシリア姉さんとドズル兄さんからしこたま大笑いされてしまった。


 ……僕も、肝心な時にミスをしてしまう癖は今でも変っていないようだ。



ENDE


20040204 UP

 

 

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