◆LOVE ME,I LOVE YOU◆
「あなたは、生徒に甘いんですよ……」
カカシがそう言うと、イルカの表情がさっと緊張する。口元を引き締め、真剣な眼差しで自分を見るのを複雑な思いでカカシが言葉を続ける。
「そんな甘さは生徒のためにならない……」
本当に言いたい事はそんな事では無いのに。と苛立たしく思いながら冷たくそう言ってイルカの言葉を待った。
いつもそうだ。自分は必要以上にイルカを冷たくあしらう。生徒への教育方針に付いて衝突するなんてしょっちゅうだ。
「判ってます、でも……。彼らはまだ子供です。貴方は厳しすぎる。単に忍びを育成すると言うのならあなたのやり方は最適かもしれない、だが彼はまだ……」
「あの子達は忍びで、我々の目的は忍びを育てる事だ。イルカ先生、普通の子供としての扱いなんてあの子達も望みません」
言いかかったイルカの言葉をカカシが冷淡に遮り、切り捨てた。イルカの言いたい事は判る。この問題にどちらが正しいか答えなどない。だが、口下手なイルカがカカシにいつも言いくるめられてしまい、お互い納得しないまま火種を燻らせ、また同じ問題でぶつかるのが常だった。
いい加減に気がついて欲しい物を……。
カカシが内心ため息を付いた。教育方針が違うのは確かだが、何故に自分がこんなに突っかかるのか少しは考えて欲しい物だ。生徒たちの扱いを口論する時だけ、イルカは自分の方を見る。いつもは誰にでも優しい眼差しで声をかけるくせに、苦手なタイプなのか自分には態度が硬い。どうやら倦厭されてるなと感じるのだ。
だからいつもイルカに突っかかってしまう。その力強いまっすぐな瞳で自分を射抜いて欲しい。それがますますイルカに嫌われる事だと判っていても、止める事ができない。最近ではイルカの困った顔や怒った顔を見たいがためにわざとイルカが気に入らないような事を言ってからかう始末だ。
子供じゃあるまいし。とカカシが内心自分に呆れてため息を付いた。最初はもちろんこうではなかった。普通にアプローチしても鈍いイルカはちっとも気がつかない。鈍感で脳天気で屈託の無い笑顔を向けられるたび、やるせなさが募り、逆恨み的にむらむらといじめたい気持ちに駆られてしまう。
「ですが……」
言いたい事はたくさんあるんだろうが、それ以上言葉を続ける事ができないイルカが言葉を詰まらせた。言い返せない悔しさに眉をひそめ、睨み付けるようにカカシを見る。
「ああ、もう……」
それ以上我慢できなくなってカカシがわざとらしく大きなため息を付いた。
「私が言いたいのはそんな事じゃないんですけどねぇ」
「は?」
カカシが大げさに肩をすくめてそう言うと、突然の事にイルカが驚いて目を見開いた。自分がどんな気持ちでいるのか何も判ってないだろうそのきょとんとした表情が小憎らしい。そんな所が好きと言えばそうなのだが。
「あなたが悪いんですよ、イルカ先生。素直に気がつけばあなたにそんな顔もさせなかったのに」
「え、ええ? カカシさん……?」
とうとうキれたのか、いきなりそんな事を言い出すカカシに、イルカがついて行けずに戸惑った。
困惑の表情のイルカを余所に、決定的な一言を言ってやろうとカカシが息を吸いこむ。甘いのはイルカよりも自分の方だ。これだけ甘やかせて優しく言ってやったのに気がつかないとなれば、この鈍感男にはもうはっきり言ってやらなければなるまい。
「私ねぇ、イルカ先生にはもっと笑って欲しいんですけどねぇ」
「は、はぁ?」
そう言いながらカカシがイルカにずいと近づいた。半ば八つ当たりというか逆恨みのカカシのアップとただならぬ雰囲気にイルカが少し怯えた表情でカカシの眠そうな無表情を見上げた。今はその何を考えているかさっぱり判らない無表情がやたらと恐ろしい。
「ですから私は……」
「ち、ちょっと待ったカカシさん!」
止めの一撃を刺そうと言い掛けたカカシの口元を、突然悲鳴のような叫び声と共にイルカの手がぐっとふさいだ。
「…………」
イルカがカカシの口元を手でふさぎ、それ以上言わせないようにしたまま、大声を出して酸欠にでもなったのかぜいぜいと息を切らしている。突然そんな行動に出たイルカを見下ろし、カカシが「何か?」と意地悪く目で訴えた。
もしかして……とは思っていたが、自分の予想と言うか願望は上手い具合に当たっていたようだ。その事にほくそえんでしまいそうになりながら、表面上は何も気が付いていないかのように冷静にイルカを見る。
「そ、それ以上は言わないで下さい! お願いですから」
すがるように困った目で見るイルカが可哀想やら可愛いやらで益々からかいたくなってしまう。口をふさがれたイルカの手を外し、意味深に手首をつかんで離さないままイルカの瞳を覗きこむ。
「なんだ、やっぱり私の気持ちに気がついてたんですか?」
「は、はぁ……。でも、私の勘違いかもしれないしとか思いまして。そ、それに私は男だし教師だし。……というのは言い訳で、こんな事初めてで、まさかカカシ先生が私を……。その、なんと言うか……」
「私の気持ちを知ってたのに知らん振りしてた訳ですか? 酷い人だな〜〜」
「あのっ! ですからそれは謝ります!」
赤くなってしどろもどろにそう言うイルカに、カカシが生真面目なイルカの性格を見越してそう言うと、イルカがますます慌ててカカシの方をすがるように見て謝り倒す。心底悪いと思ってるらしく、勢い良く頭を下げ、平謝りに謝るその姿を見て、良い人だなぁ……と改めて思いなおす。だが、その良い人ぶりがまた自分の悪戯心を刺激するのだ。
「で? なんで返事してくれなかったんですか?」
答えを確信しているくせに、いけしゃぁしゃあとそう言うカカシの方を一瞬恨めしげにイルカが見た。だが、自分はカカシの気持ちに気がついていながら無視してしまったと言う負い目がある。このくらいの意地悪は甘んじて受けるべきだろう。
「そ、それは……」
自分から決定的な一言を言うのにまだためらう。カカシの口をふさいだのは、カカシの気持をはっきり知らされるのが怖くてとっさにしてしまったことだった。だが、カカシにはっきり言わせてしまうのも自分が卑怯だと思う理由もあって止めたのだ。
カカシにそこまで言わせる訳にはいかない。何故なら、自分も同じ気持ちだからだ。
逃げまわった挙句、そこまで言わせたとなれば、自分はカカシのそばにいる価値はないだろう。そう思ってはいるのだが、元来こういう事は苦手な性質なのだ。どうしても口篭もってしまう。
「言わないと怒りますよ、俺は」
いつものらりくらりとしているカカシの声が一瞬殺気さえ帯びた真剣な色を帯びて言った。イルカに悪気は無いと判っているが、これまで散々待たされて焦らされたきたのだ。
「深みにはまってしまいそうで、怖かったんです……」
その声からカカシの真剣さが痛いほど伝わってくる。自分の卑怯さをカカシは許してくれるだろうか? せめて自分から言わなくては。と決心する。
「と、言う事は?」
そんなイルカの決意を知ってか知らずか、先ほど一瞬見せた感情を即座に押し殺して、いつも通り、相変わらずの無表情でカカシが言葉を促した。
「ですからっ! 私も貴方の事が……」
「うんうん」
真っ赤になって口篭もっているイルカを、上機嫌ににこにこと笑ってさりげなく肩に手を回して引き寄せた。今にもキスしそうなくらい顔を近づける。
「……これで勘弁してくれませんか?」
「ダメ」
情けない顔でカカシの顔を見上げ、ただならぬ雰囲気に泣き言を言うイルカにキッとなってそう言う。ずっと追い掛けてきた獲物がもう手の届く所にいるのに、むざむざ逃がす訳にはいかない。
「あなたの事が、好きです……」
蚊の鳴くような声でやっとそう言ったイルカに、カカシが満面の笑顔を浮かべて言う、
「やっと言いましたね〜」
こういう事が苦手なイルカが必死になって自分に告白してくれた事が嬉しかった。判っていたくせに、どうしてもイルカの口から言わせたくて少し意地の悪い事をしてしまった
「怒ってませんか?」
イルカが恐る恐るカカシに尋ねた。自分がカカシの気持ちを知りながら返事をしなかった事がずっと心にひっかかっていた。鈍い自分は気が付くのが余りにも遅すぎたし、まさか…と言う思いが拭い去れ無かったのだ。何から何までカカシに言わせてしまうのも卑怯だと思って自分から言おうと決心したが、最後の一言を言わせてくれたのはやはりカカシだった。カカシにそこまでさせてしまった事が申し訳無く、自分が情けない。
「私が? いいえ。あなたがそう言ってくれただけで私は大満足ですよ。私こそあなたを追い詰めてすいませんでした」
イルカが生真面目に自分を責めているのを見て、カカシが少しだけ口元を緩めて好意的に微笑んだ。カカシが好きになった人は、真面目で、まっすぐで、嘘が付けない。
「あ、でもあなたがどうしても償いたいっていうのならキスで許しますよ」
カカシがからかうようにそう言うと、とたんにイルカの顔が真っ赤になる。
「い、嫌です……」
ウブなイルカにとって自分は「好き」と言うよりかは、まだ「気になる」の方が近いらしい。やれやれ……とカカシが楽しそうに心の中でため息を付いた。イルカを教育していくのはまだまだ時間がかかりそうだ。だが、それは教師として楽しい事である事は間違い無い。
「じゃぁイルカ先生が正直に言ったご褒美にキスでも」
真っ赤になったイルカの目を覗きこみながら、さらにからかってそう言う。
「それも嫌です」
さすがにからかわれているのに気が付いたのか、イルカが苦笑してそう言う。
その言葉が終わるか終わらないかの内に、す……とカカシが動いた。猫のように静かに滑らかに動き、イルカの笑ってる形の唇に素早く口付けた。
笑ってるイルカの表情が一瞬止まり、驚いて目を開いた。近すぎる距離に目を閉じた端正な顔がある。いつもとは違う表情にイルカも思わずカカシの導くままに目を閉じ、体と意識を委ねた。
数瞬の内、カカシの唇が離れていく。恐る恐る目をあけると、まるで何事も無かったかのようないつもの表情でカカシが自分を見ている。
動く気配さえ感じなかった。流れるような綺麗な動きに目を奪われて、気が付くともう唇に触れられていたのだ。優秀な忍びとしての一面を見せつけられ、呆然としていたイルカがはっと我に返る。
「カカシ先生!」
またしても真っ赤になりながらイルカが抗議するように叫ぶと、悪びれる様子も無くカカシがにっこり笑って言う。
「結局キスするんですけどね〜〜、ま、私なんかに好かれたのが運が悪かったと思って諦めて下さいよ。大事にしますから」
その言葉に、しばらく呆れたようにカカシを見ていたイルカが、しょうが無いなと言うように優しく笑った。
その笑顔に、カカシがなんでこんな良い人がひねくれて意地の悪い自分を選んでくれたのかとふと疑問に思う。
最初はその屈託の無い素直さが気に食わなかった。辛い目に会った事の無い奴だからこそ優しいのだと思っていた。だが、イルカが忍びとして死ぬほどの辛い目に遭って、それでも笑っていると言う事を知ってから興味が湧いた。始めは何故笑っていられるのかと言う興味だった。だが、今は違う。いつのまにか取り返しのつかないほどに魅かれてる。その目で俺を見て欲しいと願っている。
その優しさとと強さでイルカが自分を見る。たまらなく愛しくなって、ニ度目のキスをしようとカカシがイルカの隙をうかがって目を細めた。
ENDE
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