LADY NAVIGATION






「何を……していらっしゃるのですか?」

明らかに不審そうなマ・クベの声が、やや不機嫌そうな表情で発せられた。

急な決裁をもらいたくてキシリアを探していたのだが、執務室にはその姿は無かった。「キシリア様なら武道場です」という下士官の言葉に、首をひねりながら書類を抱えて行ったマ・クベが見たのは、練習剣とマスクを小脇に抱えたキシリアと、足元に転がっている黒い三連星の無様な姿だったのだ。マ・クベの疑問ももっともなのものだろう。

「こやつら、すぐにばておって口ほどにも無い」

 マ・クベの声に、体にぴったりとした純白のユニフォームを身に纏ったキシリアが、ちらりと一瞬だけマ・クベを見て、直接は答えずに呆れ顔でガイアを手にした剣でつついた。

邪険に扱われても抗議も出来ず、不満げにガイアがうめき声をあげた、三人とも息を切らして足はふらふら、とても起き上がれないありさまだ。

「ええい! なさけない。貴方達はそれでもジオンの兵士ですか!」

 あまりのみっともなさにキシリアがそう言い、三人を次々と蹴飛ばすが、三人ともやはり首をしめられた象のような変なうめき声を上げるのが精一杯で、半ば無意識のうちに降参だと弱々しく手を振る。

「三人とも全くキシリア様には歯が立たなかった……」

 三連星を冷たく見下ろすマ・クベの耳元で、トワニングが小さく囁いた。トワニングもいつキシリアに剣の稽古の相手をしろと言われるかとびくびくして隅の方で小さくなっている。

「ちきしょう……、まったく、敵わねぇ……」

 ぜいぜい息を切らしながら、ガイアがそう言うと、オルテガとマッシュがうんうんと激しく頷いた。

「私を女と侮るからだ。私は強いと言っただろう」

 からかうようにそう言うと、キシリアがその場を離れ、トワニングにマスクと剣を渡し、代わりにタオルとドリンクを受け取る。

「ほら、大丈夫か?」

 封を切り、笑ってそう言いながら屈んで三人に渡すと、自分も冷たく冷えたドリンクで火照った体を冷やし、受け取ったタオルで汗を拭く。マ・クベには少し頬を上気させたキシリアの笑顔が眩しい。紅を差していない健康的な赤い唇から覗く真珠のような歯の白さに、一瞬ドキッとさせられる。

「失敗だぜ、ガイア……」

「そうだな……」

 キシリアから手渡されたそれをやっと一口飲み、転がったままのオルテガが小声でガイアに言った。言われたガイアもまだ息を切らしながら、ようやく体を起こし、床にどっかと座り込んで返事を返した。

「何の話ですか?」

 話が見えず、マ・クベがトワニングに説明を求めた。なんとなく不機嫌なオーラを発しているマ・クベに、これ以上刺激をしては不味いとトワニングが慎重に説明する。

「キシリア様が、自分から一本とれば三連星に新しいモビルスーツをやると仰ったので、彼ら大喜びでキシリア様に勝負を挑んだのだが、……結果は見ての通り」

 それだけでマ・ベには何があったのか大体判った。どういう話の流れでそうなったのかは知らないし興味も無いが、キシリアから一本取るだけであわよくば最新MSがもらえるというので、この馬鹿どもは何も知らずに喜び勇んで勝負を挑んだのだろう。

「フン……。敵を知らずに戦いを挑むからこうなる」

 三連星の無謀さにマ・クベが馬鹿にしたようにそう言った。三連星は知らなかったのだが、キシリアは剣術に関してはかなりの腕前であり、今でも暇を見つけては稽古をしているキシリアに三人がかりとはいえずぶの素人が勝負を挑むなど愚の骨頂でしかない。

「……偉そうな事言いやがって」

 聞こえよがしなマ・クベの言葉に当然不快感を催し、ガイアが吐き捨てるように言った。これ以上マ・クベの言葉に不愉快になるのも癪なので、すぐに気持ちを切り替え、少し離れた窓際で涼んでいるキシリアに向かって叫んだ。

「キシリア様ぁ、今度はモビルスーツ戦で勝負しましょうや!」

「馬鹿者! モビルスーツ戦で私がお前達に勝てるか!」

 キシリアが間髪いれず言い返した。MS戦のスペシャリストの三連星に対し、キシリアはMSで歩くのさえ困難なのだ。もちろんそれを知ってのガイアの言葉にキシリアが大げさに返事すると、ガイアが豪快に笑っている。

 キシリアも笑い返し、視線を窓の外へ移した。

グラナダの娯楽スペースであるこのエリアには、武道場の他にも色々な施設があり、その近くにはちょっとしたパブなどもある。キシリアがその様子を見てみると、非番の兵士達でかなりにぎわっている。勤務交代の時間になれば、もっと大勢の人で賑わう事だろう。ビールを片手に楽しそうにしている兵士達を何となく眺めていたが、少し考え、ガイアの方を振り返って、きゅっと唇の端を上げて笑ってみせた。

「そうだな……、艦隊指揮のシミュレーション戦ならいいぞ」

 からかわれたお返しにそう言うと、大げさにガイアが肩をすくめた。

「ごめんですな。むざむざ負けたくねぇや」

 そう言うとまたげらげらと豪快に笑う。つられてキシリアにも笑みがこぼれた。

 だが、いい気分に浸っていたガイアに、冷水を浴びせるような冷たい声が後ろから浴びせられる。

「賢明な判断だな」

 振り返ると、仏頂面のマ・クベが冷たい目でガイアを見ている。

「さっきからうるせぇな。お前はどうなんだよ。しけた面して偉そうな事ばかり言いやがって」

 ガイアの堪忍袋の緒は短い。度々挑発するマ・クベの言葉に、不穏な空気が流れる。どうする事も出来ずに、トワニングがはらはらとマ・クベを見たりガイアを見たりおろおろしている。今日のマ・クベは何が気に入らないのかやたらと三連星に突っかかる。三連星のほうも上官のマ・クベに遠慮などしないものだから、唯一の常識人であるトワニングの心労は増すばかりだった。

「負ける戦いはしない、兵法の初歩だ。戦場では一瞬の判断ミスと驕りが命を落とすのだぞ。それが判らない奴は馬鹿にされて当然だ」

 言っている事は正しいのだが、身のほど知らずにキシリアに挑んだ事を含めた皮肉げな口調で言われると、素直に聞き入れるどころか、反発しか覚えない。

「チッ、胸糞悪い奴め!」

 マ・クベの嫌味に、ガイアが吐き捨てた。普段遠慮や気配りと言う言葉とは無縁の男だが、ちゃっかりとキシリアには聞こえないよう音量を計算している。

「マ・クベ、言いすぎだ。三連星はよくやった。私に叩きのめされても叩きのめされてもこうなるまで向かって来たのだからな」

 マ・クベの言葉に、キシリアが振り向いてそう言った。マ・クベの額がぴくりと動く。また危険水準が上がったのを見てトワニングの心臓に負担がかかる。

「……申し訳ございません。キシリア様」

 「キシリア様」を強調してマ・クベが言った。三連星達に、謝るのはお前達にではない、あくまでもキシリア様にだとはっきり言外に匂わせている。

「ケケ、キシリア様に怒られてやがる」

 マッシュが小さな声でそう言って笑った。ざまあみろとオルテガも言い、マッシュと顔を見合わせていい気味だと笑った。もちろんマ・クベには聞こえている。

「だが、少し物足りないな」

 水面下の戦いを知らず、のんきに言ったキシリアの言葉に、トワニングが身を竦ませた。次の犠牲者を探すキシリアの目がマ・クベに止まる。

「マ・クベ! 相手をしろ」

「御意」

 恐怖の指名も何時ものポーカーフェイスでマ・クベが応じた。



「や、止めた方がいい、マ・クベ大佐」

 防具をつけ、練習剣を選ぶマ・クベの隣で、そっと側にやってきたトワニングが親切に忠告する。

「心配無用です」

トワニングの心配にも振り向きもせず短く返し、練習剣を取ると、すでに準備万端で待っているキシリアの方へ歩いて行った。

 練習剣を持って待っているキシリアの前で、すっと構える。それを見てトワニングが目を見張った。マ・クベの構えはかなり美しく様になっている。

「馬鹿が、自分で言った事忘れてやがるのか? 舌の根も乾かねぇうちによ。ま、やつがやられるのを見るのは爽快だがな」

 ガイアが不快感を表しながら、ふんと鼻で笑った。ガイアの様子など全く眼中に無い様子でマ・クベがキシリアに言う。

「Pretes?」

 余裕の表情のマ・クベに、負けず嫌いのキシリアの眉が少し動いた。先ほどのお遊びとは違って、真剣な色が瞳に浮かぶ。

「なんだぁ?」

 マ・クベの発した意味不明な言葉に、ガイアが全く判らないというように顔をしかめた。

「準備は良いか? と聞いている」

 少しはルールと用語を知っているトワニングが、二人の邪魔にならないようにガイアにそっと囁く。

「気取りやがって。キシリア様ぁ、叩きのめしてやってくださいよ!」

 マ・クベの気障ぶりに、さらに顔をしかめ、鼻にしわを寄せる。キシリアに叩きのめされて地面に這いつくばるマ・クベを期待し、黒い三連星を代表して大声でガイアが声援を送った。

糞の役にも立たない策略を机の上でこねくり回すか、地面を掘るしか能の無い奴のみっともない姿を見るのは、それはそれは爽快だろう。どんな罵声を贈ってやろうかと三人がてぐすね引いて待っている。

だが、残念ながらガイア、マッシュ、オルテガが想像したようなキシリアの一方的な展開は最初の一合で早くも間違いである事が判った。

ガイアに言われるまでも無く、キシリアがガイアが叫び終わる前に素早く動いた。先に攻撃したキシリアの鋭いアタックに対して、マ・クベが見事に防御してみせる、コンマ何秒という単位の速い突きが繰り出され、見切られた剣が素早く払いのけられる。次に来るカウンターをまた払いのけ、突き、なぎ払う。くるくるとめまぐるしく攻守が入れ替わり、見ているほうが目を回しそうだ。

「野郎……、速い」

 ガイアが思わず呟いた。思ってもみない展開だった。最初は互角に見えた勝負も、じりじりとキシリアが押されている。息を乱し、動きが乱れるキシリアに対し、マ・クベは余裕そのもので、キシリアの動きを翻弄している。キシリアの技量を確かめるようにわざと隙を突かせ、楽に払いのけるとカウンターに対する反応をまた見ている。自分から積極的に攻める事はしなかったが、攻撃の後少しでも防御が甘ければ容赦なくカウンターが襲ってきた。もし本気で戦えば、一方的に勝つのはマ・クベの方だということが素人目にもはっきり判る。

「あ、またマ・クベ大佐のトゥッシュ、ああ、また……」

 トワニングも意外だったらしく、あっけに取られたように二人を見ながら独り言のように淡々と実況している。きちんとしたルールなどないお遊びだが、キシリアが本気になって攻撃しても、マ・クベの方は余裕のポーカーフェイスを崩さない。

「てめえ、キシリア様が負けて悔しくないのか!」

 用語の意味は良く判らないが、とにかくキシリアに不利という事だけはなんとなく伝わった。全く面白くなくてトワニングに怒鳴りつける。ガイアの苛々した怒鳴り声に、トワニングがくるっと振り返って言い返した。

「正確でない判定を下せば、その方がキシリア様はお怒りになる!」

「……そうだな」

 言い返せなくて、大人しく仏頂面で腕を組んだまま二人を眺める。

アタック、アタック・オフェール……、パレ、リポスト。

攻撃と防御、技と技との応酬が繰りかえされ、キシリアの劣勢が覆せないまま時間は刻々と過ぎていく。

一か罰か、最後にフレッシュしたキシリアの攻撃も、マ・クベからトゥッシュを取る事は出来なかった。

時間になり、「Halte」の合図と共に息を乱したキシリアが礼をし、側の椅子に座り込む。

「以外だな……」

 マッシュが、そう呟いた。不本意な驚きだったが、事実は事実、認めないわけにはいかない。

「地面をほじくり返してる以外とりえの無い奴だと思ってたがな」

 やはり悔しそうにオルテガもそう返す。

「最後のフレッシュはとてもお美しかった」

 当のマ・クベは椅子に座り込んだキシリアに余裕の表情で近付き、そう声をかけた。

「悔しい! 何度やってもお前には歯が立たぬ!」

 心底悔しそうに、座った太股の上に拳を叩きつけてそう言った。キシリアの言葉に、トワニングがおや? と思う。以前にも二人は何度か対戦した事があるようだ。マ・クベの余裕もそこから来ていたのかと納得した。

「恐縮です」

 少し会釈してそう返した。「いつでもお相手させていただきます」と付け加える。マ・クベの余裕の言葉に、キシリアが苦笑した。

「この間の約束通り、お前用にモビルスーツを開発させています」

 そう言うと、立ち上がり、親しげにマ・クベの肩に手をかけた。キシリアの言葉に、マ・クベの顔に喜色が浮かぶ。

「希望通り接近戦用のモビルスーツだ。使い方にくせがあるらしいが、お前なら使いこなせよう」

 「自分の為」に「特別」にキシリアが直々にMSの開発をさせたという嬉しさに、珍しくマ・クベの表情が変わる。

「あ、ありがとうございますキシリア様!」

 感激のあまり上ずった声でそう言うと、キシリアが満足そうに頷いた。

「通称は、『ギャン』です。後でデザインと仕様を見せよう。きっと気に入ります」

「もちろんです。キシリア様が私のために開発してくださったのですから!」

 キシリアの言葉に素早くそう言う。後ろで三連星が面白くなさそうな顔で二人を見ている。

「希望があれば遠慮なく言うといい。お前のMSです、お前の好きにしてよろしい」

 そう言うと、キシリアがマ・クベに微笑んだ。その笑顔に、マ・クベの表情は今にもキシリアの足元に縋り付かんばかりだ。

「好きにしていい……か、俺もキシリア様にそう言われてみたいぜ」

 オルテガが肩をすくめてそう言うと、他の二人が深く頷く。キシリアの麗しい笑顔が見られるのは嬉しいが、マ・クベが羨ましいやら憎たらしいやらで複雑な気分だ。

「キシリア様から頂いたモビルスーツで必ずや私自ら木馬を倒してみせます」

 まだ気分が高揚しているらしく、張り切ってマ・クベがそう言った。マ・クベの言葉に冗談じゃないと三連星が抗議する。

「……その役目はお前にゃ回っては来ん。木馬とガンダムを倒すのは俺達だ」

 憎々しげにガイアがそう言うと、マッシュが頷き、オルテガが口を開いた。

「大人しく引っ込んでて欲しいもんだな」

 どすの聞いた声でガイアを援護する。三人が素人は引っ込んでろとマ・クベを睨みつけると、マ・クベもまた見下した表情で三人を見返した。マ・クベと三連星の間に見えない火花が飛び散る。

「期待しているが、無理はしないように」

 緊迫した雰囲気を破るように張り上げたキシリアの声が、両者を引き離した。

「お前を失いたくはありません」

 マ・クベの側を通り過ぎざまに、そう囁く。マ・クベにだけ聞こえるように言ったその囁き声に、思わずぴくりと反応し、嬉しさに直立不動で立ちすくむ。

「三連星、お前達もです。調子に乗って無理な戦いをしないように」

 三連星の前で腰に手を当て、まるで女教師のようにそう言うと、構ってもらえて三人の表情がぱっと嬉しそうに変わった。とても判りやすい。

「判ってます、キシリア様。マ・クベ大佐の出番は回ってこないと断言しますよ」

 今度はガイアが張り切ってそう言った。「俺たちにかかればガンダムも木馬も敵じゃないぜ!」と残りの二人も気炎を上げる。

「ほほう、それは頼もしい」

 三連星の張り切りぶりに、キシリアの顔から笑みがこぼれた。「頼りにしています」と言うと、さらに三人が嬉しそうに大言壮語を吐く。

「キシリア様、申し訳ありませんが急ぎ決裁を頂けますか?」

 絶好調の三人の言葉を遮るように、マ・クベが間に割って入った。そういえば、このためにここまで来たのだった。

余計な事するんじゃねぇという三連星の抗議の視線など歯牙にもかけない。

「……シャワーを浴びる時間くらいはあるだろうな?」

 マ・クベが差し出した書類の束を見て、キシリアがそう言った。

「は……」

 それぐらいなら……。とマ・クベが妥協した。確かに急ぎだが、もともとキシリアに会いに行く為にこじつけた用事なので、実はそれほど重要でもない。

「三連星、MSはやれぬが、お前達の努力に免じてビール位は奢ってやろう。シャワーを浴びて下で待つといい。マ・クベ、お前にも。書類は下で見ます」

 キシリアの言葉に、マ・クベに邪魔されて不満顔だった三連星の顔が再びぱっと輝いた。にやりと笑って、さすが俺たちのキシリア様だ! 話が判る。と三人が顔を見合わせて目配せした。

「やった!」

 マッシュが真っ先に反応し、よっしゃ! とガッツポーズを作った。

「ありがとうございます、キシリア様!」

 オルテガがマ・クベの邪魔が入る前に素早く礼を言う。素早い連携プレイに、さすがのマ・クベも口を挟む事が出来なかった。

「では、後で」と言い残し、キシリアがシャワー室へと去ってゆく。後姿を五人が敬礼で見送り、キシリアの姿が見えなくなった後、今日の総評をガイアが満足そうに述べた。

「偉い酷い目にはあったが、キシリア様の尻は拝めたし、成果としては上々だな」

 体のラインがくっきりと見えるユニフォームは、嬉しい事に、細い腰やきゅっと上がったヒップの綺麗なラインを隠す事は無かった。キシリアの後姿を熱心に眺めていたのはこのせいだ。

「……下品な!」

「てめえだって見てただろうが!」

 吐き捨てるようにそう言ったマ・クベに、見て無かったとは言わさんぞと噛み付くように言い返したが、マ・クベは不快そうに顔をしかめ、いけしゃあしゃあと言ってのける。

「貴様と一緒にするな。私はそんな邪な気持ちでキシリア様を見てはいない」

 嘘付くんじゃねぇ! とガイアの頭に血が上る。しれっとした顔で平気で嘘をつくこの男を心底ぶん殴ってやりたい気持ちに駆られる。

「お前の化けの皮もすぐに剥がれるだろうさ」

 さすがにぶん殴るのは止めたが、そう言うと、憤慨してどすどすと足音を立ててマ・クベから離れた。全く近くには居たくないいけ好かない奴だ。不愉快が募る。キシリアの事は盲信しているが、マ・クベを近くに置く事だけは信じられなかった。酒が飲めるぞ〜〜と無邪気に浮かれているマッシュとオルテガの輪の中に入る。

「……貴様ら、さっさと持ち場へ戻れ」

 浮かれている三連星の後ろから、さらに三人を不愉快にさせるマ・クベの声がかけられた。

「へ? 俺たちゃキシリア様と……」

 マ・クベの言っている事が一瞬理解できなくて、オルテガが素っ頓狂な声を上げる。

「……忘れるな、貴様らは勤務中だ。勤務が終わるまでにはまだ時間があるだろう」

 「勤務中」と言う言葉に、マ・クベが何を言おうとしているのか判った。

「てめえ、何の権利があってキシリア様のご命令を無視する?」

 この野郎、キシリア様と俺たちの仲を邪魔するつもりだ。俺たちを追い返してキシリア様の所へ行かせないようにし、あわよくば二人になるつもりだ。と獣のカンで素早く理解し、今にも胸倉を掴み上げそうな勢いでガイアがマ・クベに迫った。

「上官の間違いを正すのは、間違った事ではない」

 まるで筋肉の塊のような太い腕、凶暴な熊のようなごつい顔に凄まれると、大抵の奴はびびるのだが、マ・クベは可愛げなく表情一つ動かさない。

「貴様らはまだ勤務中だ。キシリア様には私からご説明しておく」

 表情一つ動かさないどころか、更にそう言い、早く行けと顎をしゃくって出口を指した。

「野郎……、一人だけいい思いしようたってそうは行かねぇぞ。汚えやり方しやがって!」

 熊のように唸ると、とうとう我慢できなくなってガイアがマ・クベの胸倉を掴み上げた。

「手を離したまえ、ガイア大尉。私は君に命令する権利がある。そうだな?」

 掴み上げられながら、それでもマ・クベは慌てる事無くそう言った。マ・クベの神経の太さと度胸も大したものだ。

「くそったれ。俺はキシリア様には何があろうと付いて行くが、お前の命令を聞くとしたら、それはお前じゃない、お前の階級証に従うんだ。……気をつけな、お前からその分不相応な階級証が無くなった時、俺たちがその日をお前の人生最悪の日にしてやる」

 ぐっと顔を近づけ、どすの効いた低音でそう唸る。

軍隊という組織においては、大佐と大尉の階級差は絶対のはずだ。本来ならマ・クベの言う事がもっともなのだが、たとえ正論を言っても反発されるような事をするあたりがマ・クベの人徳の無さと言うか三連星に嫌われるゆえんであろう。

マ・クベにしてみれば、ガイアの無礼も、馬鹿に関わりたくないから「見逃してやっている」と言う所なのだが、自分がボスと認めたものにしか従わないガイアがもちろん感謝するはずも無い。

「止めなさい、二人とも」

 あまりの事に、トワニングが二人の間に割って入ろうとした。これがもし暴力沙汰にでもなったら一大事だ。責任問題として上官であるキシリアにまで迷惑が及びかねない。

「准将は黙っていていただきたい! 第一これは貴方が言うべき事なのだぞ、それを私が代わりに言ってやっているのだ!」

「あんたは黙ってな! このいけ好かない野郎をキシリア様に近づけるあんたも悪いんだぜ!」

 親切心でやったトワニングの行為は、こんな時だけ息がぴったりな二人の罵声で報われた。思わずのけぞって乱れた髪の毛を手で直し、気を落ち着かせる。

 階級が云々というマ・クベの理論に従えば、実はこの中で一番階級が高いのは准将であるトワニングなのだが、その事実はそう言ったマ・クベにさえもすっかり無視されている。

トワニングが数回大きく呼吸して、意を決したように再び睨みあう二人に挑む。

「あー、本日のキシリア様のお召し物だが……」

「何だ?」

 わざとらしくトワニングがそう言うと。機嫌が悪いせいか、歯を剥き出しにして不愉快をあらわにするガイアの顔の怖さと、凍りつきそうに冷たいマ・クベの視線にもめげず、健気にもトワニングは言葉を続けた。

「まこと見目麗しいチャイナドレスであったな、たしか」

 コンマ何秒かの一瞬の沈黙。

「ほんとか?」

「スリットの入ってるヤツ?」

 途端にマ・クベへの興味を無くし、ガイアがぺっと手を離した。三連星がわらわらとトワニングの周りに集まり、質問攻めにする。

「キシリア様への忠誠心厚いお二方が、些細な事でキシリア様のご機嫌を損ねて折角頂いたご好意を無駄にする事もない……と推測するが?」

 キシリアを怒らせると為にならないと匂わせながら、なんとか平和的に誘導する。彼の敬愛する上司のこんなネタで釣るような事はしたくなかったが、力不足の自分にはこれしか方法がない。

キシリアの効果は絶大で、睨み合いは続いているが、先ほどまでの一触即発の状況は避けられた。今はお互いの事よりもキシリアの方が気になっているだろう。

 ……これ以上難癖を付けられないように、慎重に扱わなくてはいけない。

「さ、お二人とも急がれよ、キシリア様をお待たせするおつもりか?」

「ふん、キシリア様をお待たせするわけにゃいかんからな。今回は見逃してやる」

「……キシリア様のご希望だからな、不本意だが今回は認めよう」

このような扱い困難な二人を従わせるとは、やはりキシリア様は只者ではない……とキシリアへの尊敬を深めながら、トワニングはきりきりする胃をなだめ、キシリア閣下の「忠実な部下」達を追いやった。

早く来て下さい、キシリア様……と強く願いながら。


ああだこうだと口の減らない三連星と、なんだかんだとその相手をしてやっているマ・クベ、とにかく早く行けとせかすトワニングの後ろ姿が曲がり角に消え、しばらくあたりに響いていたガイアのだみ声も段々と小さくなりやがて聞こえなくなった。


 我侭で手におえない優秀なパイロット。

ひねくれ者でやたら頭のいい軍師。

平平凡凡が一番の副官。


導けるのは、彼の女性ただ一人。


ENDE


20040616 UP



補足


ファンデヴ(攻撃)

パレ(防御)

アルト(止め)

コントルアタック(攻撃阻止)

コントラアタック(カウンターアタック)

トゥッシュ(有効)

ディタージュ(背中)

コントル・タン(カウンター返し)

…らしいです。(いいかげん)

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送