ぴかぴか







 一人で立てぬくらい弱り、迷惑をかけるぼくの従軍を許して頂けて、本当によかった。
 
 ぼくは、馬車の荷台で揺られながらぼんやりとそう思った。

 勝手に上苗を覗いていたぼくを大隊長殿はお叱りになった。命令違反をした罰に、西への迎撃には一緒に連れて行ってくださらぬかも。と思っていた不安はなくなったけれど、きっと大隊長殿は命令違反をしたぼくを怒っていらっしゃるだろうなぁ。と思うと心が重い。

 頭が割れるように痛い。体中が火の様に熱い。でも寒くて悪寒がする。息をするのさえも苦痛だ。



 でもぼくは大丈夫だから。まだお役に立てるから。

 他の皆のような、強い兵隊のような真似はぼくには出来ないけれど。

 導術。

 これができるのは、ぼくしか、ぼくしかいないのだ。


 ぼくが一番上手くやれるんだ。ぼくが一番お役に立てるんだ。

 そう何度も繰り返すと、力が湧いてくる。

 さぁもう一度、覗くんだ。頑張って。大丈夫、できる。

 だってぼくは大隊長殿のお役に立ちたい。みんなを守りたい。



 真新しい銀盤をはめ込まれた時の、誇らしい気持ち、昨日のことのように覚えている。

 ぼくたち導術兵は秘密を守るため、外界との接触を極端に制限されている。

 いつも同じ場所、いつも同じ顔。それが不満という訳じゃないけれど、外の世界はどんな風なんだろう。といつも思っていた。

 導術兵はよく思われていない。誰も使いたがらない。

 外から導術兵について聞こえてくる話は、みんなそんな話ばかりで、ぼくは悲しかった。あんなに誇らしく思えたぴかぴかの銀盤が急にくすんで見えた。

 ここからずっと出られないのかな。と仲間が言う。そんな事無いよ。とぼくは気休めを言った。

 誰にも必要とされないぼくたち。新しい銀盤。



 誰にも必要とされないぼくたちは、同じく新しい兵隊さんたちと一緒に行動することになった。

 剣牙虎を操る兵隊さんたちだ。

 ぼくは凄くかっこいいなと思ったけれど、胡散臭い実験部隊が、誰にも必要とされずに掃き溜めにまとめられたのだ。と年長の仲間は言った。でもかっこいいよ。とぼくは心の中で反論した。

 仲間の導術兵のみんなと初めて北領の地を踏んだ時、あまり寒いので驚いた。

 あたり一面、雪、雪、雪。真っ白な雪景色。

 ぼくの知らない世界、ぼくの知らない人。兵隊の皆さんはちょっと怖かったけれど、とても頼もしくてカッコよかった。

 見るもの全てが新しくて、巣立ったばかりの鳥のように、ぼくは何もかもが自由に感じられた。

 

 浮かれた気分はさほど長く続かなかった。

 やがて誰もが予期せぬ戦争が起こり、みなの表情から笑顔が消えた。

 俺たちは運が悪い。と誰かが呻くように呟いた。ぼくはその本当の意味を理解していなかった。自分の身に何が起こったのか、よく判っていなかったから。

 ぼく達は命令のままに移動を繰り返し、ぼくは自分がどんな目にあうのか不安で仕方が無かった。

 戦いは日ごとに激しさを増し、死ぬかもしれない。と毎晩眠る時に漠然と思い、怖くて涙を流した。



 おかえりなさい。と何度口にしたか。

 ぼくは緊張して、分隊の皆の後ろに隠れていたので、導術分隊以外の人と話すことはほとんど無かった。それに誰もぼくのような新米の下っ端に大事な仕事を任せてはくれなかったので、ずっと待機ばかり。

 呼び出され、疲れきりふらつく足取りで出て行く。戻って来る時には、歩く事すら出来ず、両脇を抱えられ、寝床というにはあまりにもお粗末な床に崩れ落ちる。

 みんなの額の銀盤が、みるみるうちにくすんでゆく。十分な休息を得られないまま、それでも出て行く分隊のみなの背を見送るぼく。

 誰も文句は言わない。ただ、黙々と任務をこなす。

「このままでは、皆、術力が擦り切れてしまいます」

 ぼくは我慢しきれなくなって、呼び出され、戻って来るなり倒れこんだ先輩に言った。導術兵にとって、それがどんなに恐ろしい事かぼくよりも皆のほうがよく知っているだろうに。

 批判めいた事を言うのはいけないと判ってはいるけれど、言わずにはいられなかった。

「金森……」

 言葉を口にするのも億劫そうに、先輩は言った。その口調はとても穏やかで、体力の限界に達しているにもかかわらず、とても満足そうだった。

「俺たちが今までいたところ、暗かったなぁ」

「えっ」

 突然の言葉に、ぼくは面食らった。

「自分の力を、こんな風に誰かのためにめいいっぱい使う事が出来るなんて、凄いじゃないか、なぁ」

 先輩はそう言ったきり、じっと動かなくなった。苦しそうに浅い呼吸を繰り返している。

 ぼくは自分を恥じた。

 実を言うと、ぼくは自分が年若いせいで戦場に出されない事に安心を覚えていた。自分の命が危険にさらされない事に安堵を感じていた。



 ぼくは命を惜しむ自分を恥じて泣いた。役に立てぬ自分の未熟さを呪った。そして、みなの役に立っている仲間を羨ましいと思った。



 一人、また一人と、皆術力を使い果たしていった。額の銀盤は真っ黒く変色し、じっと動かない。

 ぼくは不安な目で、みんなを見ていた。見ることと祈ることしか出来なかった。

 とても辛い。



 自分も、戦場に出してください。

 勇気を出してぼくは分隊長殿に言った。

 分隊長殿は首を振る。理由は判っている。

 ぼくは未熟だ。導術による索敵が失敗すれば、部隊の全滅に繋がる。

 そして、ぼくのような未熟な導術兵が無理して導術を使えば、体力を消耗しすぎて、やがて死に至るからだ。

 毎日お願いした。分隊長殿は首を振る。それ以上言おうとするぼくの言葉をさえぎり、自分の背嚢を枕にぼくに背を向ける。

 だけど、激しい戦闘が幾日か過ぎ、分隊長殿はぼくを呼んで言った。

「金森、いけるか?」

「はい」

 ぼくは頷いた。怖くて不安だったけれど、役に立てぬよりはずっと良いと思った。興奮に顔が熱くなる。きっとぼくの顔は真っ赤だろう。分隊長殿はぼくをじっと見て、すまないと一言呟いた。ぼくはいいえと首を振った。不安だった。でも嬉しかった。

「自分はみなのお役に立ちます」

 ぼくが言うと、分隊長殿は頷いた。ぼくが、倒れたみなの代わりに重大な任務を果たさなければならない。そう思うと重圧に胃の辺りが重くなった。ぼくは、上手く出来るだろうか。

 失敗したらどうしよう。

 敵を見逃したりしたらどうしよう。

 怖い。怖い。

 不安がぐるぐると回り、連れてこられた橇の上でぼくは俯いた。

 手が、震えている。

 こちらへやってくる大隊長殿(この時はまだ中尉であられた)お姿を見つけて、ぼくは慌てて立ち上がろうとした。大隊長殿は、「そのままでいい」とぼくを押し留める。

 ぼくを見るなり、大隊長殿のお顔が一瞬厳しくなったのをぼくは見逃さなかった。

 ぼくが頼りないから、きっと心配されたのだ。

 さぁっと血の気が引いた。どうしよう。どうしよう。

 落ち着かなければ。と思えば思うほど、手が震える。

「我々の任務は敵情収集。加えて今は面倒事なしに大隊と合流しなければいけない。了解したな?」

「はい! なにも見逃しません」

 ぼくは、大隊長殿のお言葉に必死に頷いた。

「……苦労だろうが、君にやって貰うほかない」

 「君に」という言葉に胸が高まった。大隊長殿の目は、じっとぼくを見つめている。こんな未熟者のぼくを、大隊長殿が見てくださっているのだ。

 突然、にゅっと目の前に出された大隊長殿の手にぼくはびっくりして思わずぶしつけに大隊長殿を見た。

「臆病で困ったものだ」

 えっ!?

 冗談めかした口調で仰い、苦笑を浮かべる大隊長殿。

 差し出された大隊長殿の手も震えていた。

 あっ!

 ぼくも大隊長殿も、「二人とも」臆病だ。と冗談を仰って、ぼくは思わずほっとして笑った。怖いのに毅然としておられる大隊長殿を見て、ぼくも頑張ろうと思った。

「はい。自分も頑張ります。勇気を出して……!」

 大隊長殿のお言葉が、ぼくに勇気を与えてくれる。ぼくの緊張を解くためにあんな事をしてくださった大隊長殿のお気持ちが凄く嬉しい。

 大隊長殿がぽんとぼくの腕を励ますように軽く叩いた。ぼくみたいな下っ端に親しげに。とても嬉しくて誇らしかった。やっと必要とされたぼく、ぴかぴかの銀盤。



 「頼む」と言われる事が、どれほど嬉しい事か。

 仲間の役に立てるという事を、どんなにぼくらが誇りに思っているか。

 暗い場所で、何も出来ずに生を終える事に比べれば、たった一瞬でも、命を燃やしつくし、生きている意味を残す事の出来る今の自分は幸せだ。

 仲間のために自分の持てる力を尽くし迎える死のなんと幸福な事か。

 ぼくの命がぴかぴかと輝く。



 勇ましくかっこいい兵隊さんと、尊敬する大隊長殿、そして優しい猫はぼくたちが守る。

 ぼくにはそれが出来る。

 ぼくたちが守るんだ。



 術力が擦り切れようと。

 動けなくなろうと。

 導術兵なら、本望だ……!



 死ぬ事はもちろん怖い。ものすごく怖い。

 でも、死ぬ事よりも怖いのは、役に立てぬ事。誰にも必要とされずに朽ちる事。

 あなたに失望される事。

 大隊長殿は、自分たちを必要としてくださった。自分達に道を示してくださった。



 大隊長殿、大隊長殿。

 ぼくらはあなたのお役に立てましたか?



 ほんの少し休ませていただければ、ぼくはまたお役に立ちますから。

 どこまでもずっと、自分も一緒に連れていって下さいね。






初出:200703発行 同人誌 「一期は夢よ、ただ狂え」
20130127 細部修正再録UP

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