夏とヤクザと遠距離恋愛







「おう、ここだ」

 大阪の原田の家を訪ねたひろゆきが通されたのは、見事な日本庭園に面した縁側だった。先にひろゆきが来たことを知らされていたのだろう、まだ少し距離があったが、原田は待ちきれないようにひろゆきに声をかけて手招きする。

「よく来たな、ひろ」

 少し足を速め、ひろゆきが会釈をして原田の隣に座ると、嬉しそうに笑いながら原田がひろゆきにそう言った。職業柄、ニヒルな表情や仏頂面が多い原田には珍しい顔に、原田がいかに上機嫌なのかわかる。

「お久しぶりです、原田さん」

 並んで縁側に腰掛け、まだスーツ姿のひろゆきがそう言った。仕事帰りなのだ。

「待ってたぜ、ひろがくるの。首長くしてな」

 うきうきとしながら、おいビール! と原田が黒服に大声で叫んだ。ちなみにまだ日は高い。

「原田さん、何ですかこれは?」

 そう言ったひろゆきの目線の先に有るのは、たらいに水と氷を張ったものだ。その中に原田は足を突っ込んでいる。

 原田は、大島の紬の着流しに、角帯をちょっと斜に構えて粋に締めている。着物の裾を左右に割って足を剥き出しにし、盥に足を突っ込んでいるという、暴力団の親分とは思えぬ壮絶な姿だった。

「いや暑くてな、冷房は体に悪いと言うから。暑い時は暑いの楽しんでやろうと思ってな」

「へぇ〜」

 返事をしながら、原田さん、変ったよね。とひろゆきが内心でだけ呟く。靴下で庭に出ることも躊躇した男が、今じゃ着流しで氷水張った盥に足をつけている。

「ひろもどうだ?」

「じゃ、失礼します」

 原田の誘いに、笑ってひろゆきも靴下を脱ぎ、ズボンの裾をまくった。

 東京にいる時なら、こんなことする気になれなかっただろう。原田の豪快さに、ひろゆきの気分が釣られてしまったのだ。ひろゆきも、原田に会って少し浮かれているのかもしれない。

「風流ですよ、これも。冷たくって気持ちいいです」

 原田と並んで盥に足つっこみながら、こういうのも悪くないよなあ。とひろゆきは思う。はたから見たら相当変だろうが。

原田の強引さは、嫌じゃなかった。むしろ、ぐずぐずとしている自分を引っ張りまわしてくれて感謝したいくらいの時もある。

「はぁ〜〜、それにしても暑いなぁ〜〜」

 手にした扇子でばたばた仰ぎ、もっと暑いであろう後ろの黒服にも仰がせながら、原田はそう言った。扇子に焚き染めた涼しい香りがふっとひろゆきに届き、夏の暑さを一瞬忘れる。

「でも、生きてるって感じしません? 冷房の中に居るよりはずっと」

「そうだな。暑いのも、まるで悪くねえ」

 相槌を打ちながら、原田が運ばれてきたキンキンに冷えたビールを自分とひろゆきのグラスに溢れるほどついで、軽く乾杯した後二人で同時にぐいっと飲んだ。

 かぁ〜〜〜〜っと至福の叫びが二人の口から漏れる。

「それに、ビールも美味い」

「ほんと、生き返ります」

 ひろゆきは心からそう言った。

 額や脇の下を流れる汗も、むんむんする熱気も不快だ。だが縁側から見える空は真っ青で、入道雲の白さが目に染みる。蝉はみんみんとうるさいほど鳴いていて、これ以上無いほどの夏を演出している。

上半身の暑さとは真逆の足元の冷たさがなんとも言えず気持ちよくて、ビールの苦味も冷たさも思わず呻き声が出るほど美味い。

流れる汗が生きている、ビールの喉越しと苦味に生きている、素足に感じる冷たさが生きている。

五感の全てで夏を実感している。

 不快感が快感をより一層強くする。可もなく不可もない世界に比べたら、汗も不快も快楽も苦味も気持ちも蝉のうるささも、なんと色々なものがごっちゃになっているだろうか。

「あーすまん、今男ばかりで、ろくなモンがない」

 塩を振った冷やしトマト、丸々とした茹でたての枝豆、大きく切られたスイカ。

 縁側に運ばれてきたものを見て、原田が済まなそうにそう言った。

「十分ですよ、これで」

 謝られるどころか、最高です。そうひろゆきが言って、真っ赤なトマトを頬張る。

青い空に入道雲、屋敷の縁側で飲むビールに、どんな高級な食材を出されても、いまのこのトマトに勝るものは無いだろう。そんな気持ちにさせられる。

そんなひろゆきを原田が嬉しそうに見ている。しばらく、互いの近況などを伝えながら楽しい雑談が続いた。

「原田さん、楽しそうですね」

 会話が一段楽し、ひろゆきがそう言った。触れれば切れそうな鋭さは、今ひろゆきの目の前にいる男からは感じられない。今の原田からは余裕が感じられる。それはけして原田が鈍くなったと言うわけではない。余計に張っていた力が抜け、ずっと自然になっているのだ。以前よりも今のほうがもっと重量感と存在感を感じさせる。

「まあな」

 ひろゆきに言われ、原田は少し照れくさそうに笑った。

「赤木に言われた事、考えれば考えるほど耳に痛くてな。少しは人目を気にせず素直に生きてみる事にした」 

「はい」

 夏の空に浮かぶ大きな入道雲を眺めながら、原田がそう言った。原田の言葉に、嬉しそうにひろゆきが返事をする。

「そうだ、あとではも食わせてやるから、楽しみにしとけよ、ひろ」

 ひろゆきを振り返って、原田がそう言った。原田は、大阪にくるひろゆきのために実にいろんなものを準備してくれていたのだ。原田の心遣いが嬉しい反面、不義理をしていた自分が申し訳ない。今日だって、さんざん大阪に遊びに来いと言われてたのを延ばし延ばしにした挙句、出張で大阪に来たついでに原田の屋敷に寄ったのだ。

「すいません。前から誘って戴いていたのに。出張のついでなんかで寄ったりして」

「せっかくこっち来たってのに俺の所へ寄らなかったら、拉致ってでも連れてくる所だったぞ」

 申し訳なさそうにひろゆきがそう言うと、原田が冗談とも本気ともつかない口調でそう言った。

「あ、アハハハハ……」

 原田の言葉に、ひろゆきの口から乾いた声が漏れる。

 原田さんが言ったら、洒落にならないよ……。

 ひろゆきの内心の呟きを知ってか知らずか、原田は恐ろしい事を言っても表情一つ変えない。

「で、仕事の方はもう済んだのか?」

「ええ、すみました。あとは時間を自由にできるので」

「そうか」

 瓶ビールをひろゆきのグラスに注ぎながら、原田はひろゆきを見てにやりと笑った。

「どうだ? 大阪は。うるさいだろ?」

「もう当たり前なんですけど、みんな関西弁で、関西弁に溺れそうでしたよ」

 意味ありげな原田に、思わずうんざりした声でひろゆきが言った。ひろゆきの言葉に、くくくっと原田が笑う。ひろゆきの性格から判断するに、大阪はかなりショッキングだろうと予想していたのだ。

 御堂筋線で、阪急梅田駅で、阪神百貨店で、天神橋筋六丁目で、関西人は大きな声で喋り、誰も見ていなくてもボケと突っ込みをし、親切心からあやふやな記憶で道を教えてくれる。青になるまでの時間がカウントされる信号では赤のうちから歩き出し、エスカレーターの並びは逆で、巨大なカニやフグが並ぶ道には食い倒れ人形が理解できない格好をし、それをグリコが上空から見下ろしている。

TVをつければ漫才と円ひろしにおののき、阪急東通でパチンコ屋のどぎつさに度肝を抜かれる。

東京人In大阪〜と変な歌が頭を回る。大学生の時に来た事があるにもかかわらず、大阪はいつ来ても自分がエイリアンになった気分だった。

「だから車出してやるって言ったのに」

 憮然として語るひろゆきのぐちに楽しそうに肩を震わせて笑い、原田がそう言った。運転手付きのそれは非常に魅力的だったが、さすがにそこまでしてもらう訳にはいかないとひろゆきは断っていたのだ。

「いえ、そこまで甘える訳にはいきませんよ。仕事で来たんですし」

 仕事……と言ったひろゆきの言葉を聞いて、原田が改めてひろゆきのスーツ姿をじろじろと遠慮なく見た。

「ひろのスーツ姿を見るのは久しぶりだな。立派にサラリーマンしてるみたいじゃないか」

「……ええまあ」

 原田の言葉に、目を伏せてひろゆきは短く答えた。どぶねずみ色のスーツを着た自分が急に恥ずかしくなった。原田に言われるほど立派にサラリーマンをしていないのだ。

「きついのか? 仕事」

 さっきまで明るかったひろゆきの表情が暗くなったのを見て、ぐいとビールをあおり、さりげなく原田がそう言った。

「きつくはないんですけど……」

 ひろゆきは語尾を濁し、原田にはっきりと答えなかった。追求されたくないのだ。

「原田さんの着流し、初めて見ました。カッコいいですね」

 急に話題を変えてひろゆきが原田にそう言った。

「そうか? それならひろにもあとで俺が着せてやるから、その暑苦しいスーツは脱げ」

 ひろゆきが強引に変えた話題に乗って、原田がそう言った。追及を免れたと思って、ひろゆきが内心でほっと安堵する。

「そのまま月曜になっても帰らなければいい。このまま居ろ」

 だが、原田はひろゆきの追及をやめた代わりにそう言ったのだ。

「アハハ、そういう訳には……」

 原田の言葉を、冗談めかした口調で軽くひろゆきは流した。実はこれまでに何度もこの類の言葉を原田から貰ってはいるのだ。だが、ずっと今のようにはぐらかしてきた。

「なんや、やっと決心したんと違うんかいな?」

 がっかりした声で急に関西弁になった原田を、驚いてひろゆきが見た。

「ち、地が出てもうたわ」

 原田さん……!? といった感じで、明らかに引いているひろゆきを見て、原田はしまったというような表情をした。

「俺のものになるん決めたからここに来たんと違うんか?」

 標準語で「作る」のをやめ、改めてそう言った原田に、ひろゆきがしどろもどろになる。

 原田は、いままでこんなにひろゆきを追い詰めた事は無かった。冗談めかしてひろゆきに迫る事は有ったが、ひろゆきが返事を渋るとすぐに引いたのだ。だが、今日の原田はひろゆきの返事を聞くまで返さないつもりらしい。

「いえ、それは……」

「なんであかんのや」

 いつものように口篭もったひろゆきに、原田が畳み掛けるようにそう言った。

「…………」

「赤木か?」

 黙りこんだひろゆきに、原田がそう聞く。亡き赤木への思いをひろゆきが引き摺っているのではないかと思ったのだ。

「いえ、赤木さんは……」

 誤解を与えるのは嫌だったので、赤木さんは違いますとひろゆきははっきり言った。確かに赤木はひろゆきの憧れだが、原田が考えているような事とは全く違う。

「お前のな」

 ひろゆきの返事を聞いて、原田は急にそう言った。

「はい」

「目が好きやったんや」

 意外な原田の言葉に、え? とひろゆきの目が大きくなる。

「麻雀しよるとき、お前、上目使いになってるの知ってるか?」

「いえ……」

「こう、上目遣いでな、じっとりと俺のこと見よるんや、お前が」

 自分のことを語る原田の言葉がなぜか恥ずかしくて、ひろゆきは小さく返事を返した。自分では全く意識してないのだ。

 俯いているひろゆきの顔に、原田の手が伸びた。くいと顎を捕らえ、自分のほうを向かせる。

「なんやそれがえらい色っぽくてな、気がついたらお前ばかり見てたわ。東西戦の時、あん時は苛めて済まんかったな。好きな子は苛めてしまうんや」

 息がかかりそうになるほど近くでそう囁かれ、サングラスの下の目が、原田が本気なのを痛いほど伝えてくる。

「冗談言わないで下さいよ……」

 黒服のいる前でそう言われ、戸惑いを隠せず、もごもごとひろゆきがそう言った。居心地が悪そうに目線を原田からそらす。

「まあ、それは冗談やけどな」

 ぱっと怯えているひろゆきの顎を離し、からからと豪快に原田は笑った。原田の手が離され、ひろゆきがほっとする。安堵の表情を浮かべたひろゆきを、原田がひろゆきに悟られないようにサングラスの下から横目で見る。

 飴と鞭、脅しと弛緩で相手を懐柔するのはヤクザの得意とする所だ。

「俺はお前から目が離されへんかった! これは本当や。お前の目線に絡めとられたような気がしたわ。それからはもう、俺はお前の事ばかり考えとる」

 飲むか? とビール瓶を差し出した原田に逆らえず、ひろゆきはコップを出す。すっかり原田のペースに飲み込まれている。

「お前は赤木赤木で、赤木のケツばかり追い掛け回しよってからに、正直えらい嫉妬したわ」

「僕、あの時全然判らなくて……」

 気まずそうにひろゆきが小さく呟いた。

東西戦が終わるまで、ひろゆきは原田の気持ちに全く気がつかなかった。東西戦が終って、原田に連絡先を聞かれ、食事に誘われるまでは全く意識していなかったのだ。気がつくどころか、業を煮やした原田がかなりはっきり言うまで、いかに赤木が素晴らしいか、語り倒していた有様だ。

「あたりまえや! この俺が、倒さなならん敵のやな、しかも二十歳そこそこの若僧にいかれてるなんて勝負の最中に気付かせてたまるかいな!」

 煮え切らないひろゆきに、耐え切れん! とばかりに原田が声を上げた。

東西戦が終った後も、最も忙しいはずの原田だけはひろゆきにまめに連絡をくれていた。その本意が判っていたくせに、ひろゆきはずるずると引き延ばしていたのだ。

「九年や、九年! 待ちすぎるほど俺は待った。サラリーマンやって腐るお前もな、なんもかんも見てきた。今日お前に断られたら、すっぱりあきらめようと思ってたんや。でもな、無理や。俺はやっぱりお前が好きや」

 原田はひろゆきの前できっぱりとそう言った。

「この俺がな、いい年してお前の事考えるたび夜も眠れへん」

「原田さん……」

 自嘲気味にそう呟いた原田の横顔を、ひろゆきが呆然と見つめる。

 確かに、九年は原田が欲しいものを我慢するには長すぎる時間だ。

 自分に、原田に想ってもらう価値は無い。ずっとそう考えていた。原田の隣にいるには、自分は役不足だと感じ、かといって、サラリーマンさえ十分に勤まらない、つまらない自分が関西一の暴力団の組長を立派に果たしている原田を振るなんてできない。原田の方から諦めてくれるのをずっと待っていたのだ。

 生きている世界、持っている金や権力に、ひろゆきも縛られていた。

 赤木の葬式の時の原田と同じように、いろんなものに縛られて一歩を踏み出す事が出来なかった。

赤木さんにこの事がばれてたら、きっと叱られただろうなと思う。いや、赤木の事だからとっくにお見通しだったかもしれないが。

「僕、仕事をやめるんです」

 唐突にそう言ったひろゆきに、苦しげな顔をやめて原田が思わずひろゆきを見た。

「麻雀で生活していく事に決めました。天さんと」

 晴れ晴れとした声で、はっきり原田の目を見ながらひろゆきがそう言った。

 飾りを捨てて、自分の気持ちに正直になれば、どうすれば良いのかがわかる。それは、自分の飾りを捨てると言うだけではない、相手の飾りも捨てて、ただお互いだけを見ればいいのだ。

 もっといいかげんに、柔軟に。

 飾りなどに惑わされないで、やりたいと思うことをやればいい。相手がそう望むなら、自分の気持ちを確かめて踏み出せばいい。

 ひろゆきは、赤木の言葉を一つ一つ噛み締めながら、自分の生きる道を決めてここへやって来た。

「天と?」

 ひろゆきの口から天の名前を聞いた途端に、原田の声が不機嫌になる。

「何で天と? 麻雀で生活するんやったら、俺とこ来ればええやないか。俺かて優秀な代打ちは欲しい。お前が好きや言うのとは別にしてな。俺はアホやない。ビジネスはビジネスと割りきっとる。お前に溺れてヘタ打つような真似はせえへんで」

 まだ不満げにそう言う原田に、ひろゆきが苦笑した。

「違うんです。原田さんの問題じゃなくて、俺が……」

 一旦言葉を切り、原田の目をじっと見つめる。

「俺が、原田さんに甘えてしまいそうだから……」

 そう言って、弱くてすいませんと小さく呟いてまた少し笑った。

「甘えたらええんじゃ」

 憮然とした口調で言う原田が可愛くて、思わずひろゆきが噴出す。

「原田さん、それ、さっきの発言と矛盾してます。我侭言う所、だんだん赤木さんに似てきましたね」

「小憎らしい事言う口やな、塞いだろか?」

「フフ、だから遠恋ですよ」

 そう言って、原田がひろゆきの言葉の意味を理解するまで顔をじっと見る。

「なんやて?」

「東京と大阪、遠距離恋愛ですよ、原田さん」

 突然そんな事を言われ、よく飲み込めない原田にひろゆきがもう一度ゆっくりと言った。

「ひろ、それは……」

 ようやくひろゆきの言いたい事を理解した原田が、目を見開いた。握力で割れそうなくらいグラスを握り締めている。

「それはつまり」

「あ、僕から言わせて下さい。それを言いに来たんですから」

 何か言いかけた原田の唇に指を当て、ひろゆきが制止した。

「好きです、原田さん」

 はにかみながら、でもはっきりとそう言って、ひろゆきは照れくさそうにふふっと笑った。

「……そ」

 原田の手の中にある空のグラスが、ますます強く握られた。

だん! と大きな音を立て、縁側にたたきつけるようにグラスを置く。

「そか!」

 押さえているらしいが、喜びを隠し切れない声で原田がそう言い、グラスにビールをなみなみと注ぐ。ひろゆきのグラスにもなみなみと注ぐ。溢れても気になどしない。

 乾杯! と派手に音を立てて一方的にグラスを合わせ、原田はグラスのビールを一気に飲み干した。それに習い、ひろゆきも笑いながらグラスを一気に空ける。

「ひろ、俺もや。俺もお前の事が好きや」

 嬉しそうにまた次のビールをグラスに注ぎながら、原田が浮かれた口調でそう言った。人がいるのに、そんな事言って大丈夫かなぁ? と思ったひろゆきが何気なく原田の部下の黒服たちを見ると、なんと、彼らは九年越しの組長の恋の成就にもらい泣きをしている所だった。

ひろゆきがぎょっとしていると、一人の黒服が感極まって流した涙を袖で涙を拭い、ひろゆきに向かって、コングラッチュレイション! と小さく呟いた。

あ、ありがとう……と小さく会釈を返す。

「なんや昨日から麻雀も馬鹿ツキでなんやええ事有りそうな予感がしとったが……。ほんまこんな嬉し事ないわ」

 黒服がいることなど気にもかけず、原田は心から嬉しそうにそう言った。黒服たちの表情も、応援してきた恋の成就に喜びに満ち溢れている。

こんなんでいいのかなあ……? と、原田の変り様に、ややひろゆきは不安を覚える。だが、ひろゆきの不安とは他所に当の原田は嬉しくて地に足がつかないと言った様子だ。

以前より多少かっこ悪くなったとしても、今の原田の喜びに水をさせるものは誰もいないだろう。

少なくとも、感情を押し殺してやりたいことも出来ず、成功と言う棺の中で窮々としているよりはずっとましなはずだ。

 黒服に気を取られていたひろゆきが、ネクタイを掴まれて急にぐいっと引き寄せられた。目の前に原田の男らしい顔のアップがある。

「今夜は寝かさへんで、ひろ」

 かすれるような低音でそう囁かれ、期待しとれとひろゆきの耳元に口付けながら言った。熱い息と耳元に押し付けられた唇に、思わずぞくっと体が震える。もうそれだけで、原田がいかにこのことに手馴れているか嫌でも判る。

「焦らされた九年分、たっぷり可愛がったるわ」

「は、原田さん……」

「泣いても叫んでも許さへん」

「ちょっ……、今はダメです……っ!?」

 人が大勢いるこの真昼の縁側で、今にもひろゆきの服を脱がしかねない原田に、焦ってひろゆきがそう言った。ひろゆきの焦った顔が可笑しかったのか、原田が、からかいがいがあるわ! と言って笑った。

「ほなら、後ならええんやな?」

 あきらかにひろゆきをからかっている口調で原田はそう言った。言葉は意地悪だが、表情はとても優しい。

「うっ……、それは……、まあ」

「そないに顔真っ赤にして、可愛いやっちゃ。今から楽しみやな、ひろが九年分どう俺に償ってくれるのか」

「え、ええ!?」

 百戦錬磨の原田を楽しませるようなテクニックなどあるはずもないひろゆきが、原田の言葉をまともに受けてさあっと青ざめる。

「冗談や」

 期待通りのひろゆきの反応に、原田が嬉しそうに笑って言った。

「俺は、ひろが側に居てくれるだけでええ」

 先ほどのからかっている口調から、真面目な口調へと変わる。その緩急のつけ方の上手さにひろゆきが翻弄される。自分の気持ちに枷をつけるのをやめてから、ぐいぐいと原田に引き込まれていくのが判る。

「ほんまやで」

 そう言って、唇を片方吊り上げてにやっと笑った原田の表情に、ひろゆきがくらっとした。

 原田さん、カッコいい……っ!

 端正な原田の横顔をちらちらと盗み見ながら、ひろゆきがビールに口だけつけた。もう飲むどころではない。ビールよりも、原田の表情や言葉のほうがよっぽど頭をぐるぐるさせられる。

 期待しとれって、そんな……。

 先ほど感じた、原田の熱い息と甘い感触を思い出して、またぞくっと体が震えた。

夜になれば原田さんにイロイロ生きてるってこと実感させられちゃうんだろうなぁと思い、ひろゆきは自分の想像に赤面した。



ENDE


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