肋骨
赤木しげるは死んだ。
赤木しげるが死んだ。ではなく、赤木しげるは死んだ。と言ったほうが俺にはしっくり来る逝きかただった。
最後まで赤木しげるである事に誇りを持ち、赤木しげるとして死ぬ事を選んだあの男は、俺のために生きてくれという懇願を振り切った。それこそ赤木しげるらしく。
勝手だ。と俺の中の子供みたいな感情が叫ぶ。あんたがそんなに勝手なら、俺だって勝手にあんたを生かしておけばよかった。
いや、そんな事できねえ。俺なんかが赤木しげるという作品の最後の仕上げをぶち壊しにする事なんて出来ねえ。
そんな両極端の思いがぐるぐると俺の中をエンドレスに回る。
どんなに悩んだって、答えの出るような代物じゃない。やっかいだ。まるで恋でもしているみたいに、俺は赤木の事をよく考えている。
生きている時より、ずっと。
苦しいような、甘いような、暖けえような、切ないような。
そんな思いが募ると、男が居ても立ってもいられずに好きな女に会いに行くように、赤木の眠る墓へ行ってしまうのだ。
その日もそうしていろんなものをぐるぐるさせながら俺は赤木の墓前に来た。
いつ来ても赤木の墓は花が絶える事無く、酒や煙草の他にパチンコのドル箱だの馬券だのが供えられている。普通、お供えってもんは、墓の中の人間が喜ぶものを……となるはずだが、赤木の墓に限っては、パチンコが強くなりますようにだの馬券が当たりますようにだの、赤木にあやかりたいという供えた奴の勝手な願いが込められている。
遂には絵馬(墓だぞここは)まで供えられているのを見て、俺は心底呆れながら屈んでその絵馬を手にとった。神社じゃねえんだから……。と思いながら、絵馬に書かれた願い事を読もうとひっくり返す。人の願いをのぞき見るなんていい趣味じゃねえが、どんな事が書いてあるのかふと興味がわいたのだ。
『麻雀が強くなりたい
金が儲かりますように
あと女にもてますように』
馬の絵の裏に書かれていたのは、きったねえ字で書かれた頭の悪い文章。マジックで殴り書きだ、赤木もさぞかし読みにくかろう。まあ読まずに捨てるかもしれねえが。
「アホかっ! 自分で何とかしろ!」
俺は文面を読むなり、反射的に物言わぬ絵馬に向かって叫んでしまった。最初の一行はともかく、金が儲かりますように……は、赤木に頼んでも無駄だろう。たしかに大金を得る事のできる男だったが、赤木自身は普段僅かな金しか持ってなかった。あれほど金やモノに執着が無い人間も珍しい、そんな男に願って得た金が身につくもんかよ。すぐに羽が生えて飛んでいってしまうのがオチだ。
最後の一行なんかもっと酷く、赤木に願う事ですらない。
だが、馬鹿の熱い思いが込められたこんなものを供えられて憮然としている赤木を想像したら笑えた。
「赤木大明神様ってか、ハハハ」
笑いながら絵馬を墓前に返す。目線をお供えからふと墓へ移した時、俺はある変化に気が付いた。
「欠けてやがる……」
思わずそう呟いて手をのばした。
墓のはしっこが、ほんの僅かだが欠けているのだ。指で触れてみると、石の断面のざらざらした感触が伝わった。
「???」
まさか、こんな所に誰かが何かぶつけて欠けた……って訳でもないだろうが。
俺は目線を下へ落とし、落ちているはずの墓石の欠片を探した。
だが、無い。
よく見ると、かけているのはそこだけではない。二三箇所、どうも不自然に欠けているのだ。そして、どの欠片も見つからない。
「まさか……」
俺は赤木の墓を改めて見て、ある考えにたどり着いた。
盗ってったんだ、誰かが!
ちきしょう、誰がこんな事を!
俺は瞬間的にかっとした。何しろ絵馬が供えてあるほどだ。ご利益がありそうだと削られても不思議ではない。
絶対ゆるさねえぞ。と、俺はカッカして、赤木の墓を削りに来る馬鹿野郎どもをとっちめる事を考えたが、ふと疑問に思った。
あれ?
俺、何でこんなにカッカしてるの?
…………。
ああ、そうか……。
自分の中のある感情に突き当たり、俺は苦笑した。
俺も、赤木の墓の欠片が欲しいんだ。
ダメなのに欲しいと思っている自分を誤魔化して怒っていた。俺より先に誰かが赤木の墓の欠片を持って行っちまったのが気に入らなくて怒っていた。
その自分の気持ちに気がつき、俺は正直迷った。もちろん、俺も赤木の墓を削ろうか、止めようか……とだ。
普通に考えれば、墓石を削るなんて罰当たりな事できる訳ねえ。
だけど、俺は……。
赤木しげるの墓の欠片が欲しいっ……!
何だろうか、この欲求は?
墓は墓だ、石は石だ。これを持っていたからってどうという事ではない。
いや、それでも俺は欲しいんだ。赤木しげるの欠片を。
ほんの僅かでも赤木の面影が残るものに俺の側に居て欲しいんだ。
そう思うや否や、俺は赤木の墓の前から踵を返した。道具を取りに戻ったのだ。
……数時間後、俺は手に小さな石の欠片を握っていた。
拳の中にすっぽりと収まる赤木の墓の欠片。その硬い感触を感じながら、後ろめたい思いで俺はそそくさと墓を後にした。
やっちまった……!!
墓を削ってしまったという罪悪感と、赤木しげるの欠片を手に入れたという高揚感で、俺は興奮していた。珍しく一人で酒をがぶ飲みする俺に、スナックのママは目を丸くしたが、なんだか飲まなきゃやってられない気分だった。
石を盗った罪悪感だけじゃない。赤木しげるの欠片を手に入れた興奮だけじゃない。
俺は、赤木しげるはもういないんだという事実に打ちのめされていたのだ。
赤木しげるの代わりに、こんな墓石しかない。
あんなに凄かった男が、手のひらに収まるような、ちっぽけな石になっちまった。
だがそのちっぽけな石でも持ってないと、もう赤木しげるは俺のそばにはいてくれない。
こんな石ころしか残ってねえなんて!
俺は酔いで回らぬ頭で誰にとも無く毒づいた。
皮肉にも、欠片を手に入れた事が、逆に赤木はもう居ないのだと俺によけい思い知らせる事になったのだ。
酔って店を出た後はどう家に帰ったのかも覚えていない。家に帰ると、着替えもせずに敷いてあった布団に突っ伏した。
急激な睡魔に意識が落ちていく中、俺は手の中の赤木の墓石をぐっと握り締めた。
ちくしょう。赤木が死んでもう何ヶ月経ったと思ってる?
会いてえ。もう一度会いたいよ、あんたに。
夢でもいい。
あんたに会いたい。
寝る直前、涙が出てくるのが判った。情けねえ……。
そして俺は酔いのもたらす睡魔に溺れ、泥のように眠った。
「よう……」
一瞬、頭の中から声がしたのかと思った。
聞き覚えがある声にうっすら目を開ける。頭がボーッとする。
「よう……」
声がもう一度した。その声が誰のものかに気が付いた俺は、慌ててがばっと起き上がり、声をかけた人物を見た。
「えっ、あっ、ああっ!? 赤木ッ!?」
俺は思いっきり素っ頓狂な声を上げて、ぽかーんとその男を見た。
嘘だろ……?
「ククッ……、何びびってんだよ? 天。せっかく出てきてやったのにしけた面しやがって」
そう言って煙草をふかしたのは、まぎれもなく赤木しげるだった。
ど派手なシャツも、上等なスーツをだらしなく着ている所も、記憶と寸分互いの無い赤木だった。
「だって、あんたッ」
あまりのことに、俺は驚いて何も言えなかった。だって、ありえないだろう、赤木しげるがここに居るのは。
ここ? ここって、どこだ……?
ふいにそう気がついて周りを見回すが、そこは俺がいたはずの部屋ではない。何もなく、ただぼんやりと薄暗い空間に俺はいた。どこからかオレンジ色の柔らかい光が入ってくる。
いや、今はそんな事どうでもいい、問題は赤木だ。赤木はなぜ俺のところに……。
そこまで考えて、思い当たる事にはっと気がつき、おれは勢い良く赤木に頭を下げた。
「いや……、ああっ、そうかッ! いやほんとごめんなさい!!」
した、俺、赤木に十分化けて出られるような事した。
「あ……?」
赤木が、いきなり謝りだした俺を見て、煙草をくわえながら眉を少しだけ顰めた。
「墓石削ってすんませんっ!! 横んとこ、ちょこ……っとだけ貰いました」
うおおおおおお。赤木って怒らすと怖えぇよなぁ〜〜〜〜。ここは一つ先に大げさに謝っておこう。
俺はこすっからくそう考えて頭を下げ続けた。
「ク、ククク……。何だお前そんな事したのか、クククッ……」
だが、赤木は頭を下げる俺を見て笑ったのだ。
「え……?」
予想外のリアクションに、俺の目は点になった。
「いいよ、そんなこと。欲しけりゃどんどん持ってけよ。俺は退屈だったからちょっと来ただけだよ」
そう言って赤木は煙草と愛用のジッポを取り出す。俺は半ば無意識に赤木の手からジッポを取った。赤木は俺がそうするのを止めようとはせず、当たり前のように煙草を咥える。
カチッと石が触れる音がし、薄暗がりにぽっと火が点いた。俺の手にあるジッポの火に赤木が顔を近づける。
俯きかげんの赤木の顔が炎に照らされて、一瞬泣きたくなるほど懐かしくなった。
伏せた目線、煙草をもつ長くて綺麗な指、煙草を咥えた薄い唇。オレンジ色の小さな炎に照らされて陰影がはっきりしたその顔は、あんたと最初に飲みに行ったスナックで見たのと同じだったから。
あ。
そうだ、ここ。
あのスナックじゃねえか……。
俺が記憶から場所を思い浮かべた瞬間、あたりはいつのまにかあの懐かしい、何年も前に店じまいしたスナックに変っていた。
二人で、あの時のように並んでカウンターに座っている。但し、店員は誰もいない。俺たち二人だけだ。
夢かな、これ。
多分夢なんだろうな。
でもまあ、いいや。赤木が来てくれたんだからな。
俺はそう思って、妙に満足した気になった。
……よりにもよって、ここかよ。
すっかり忘れていた大切な思い出を見つけ出し、俺は嬉しくて少し笑った。
あの時、奢りの高い酒を水のように飲みながら、俺はあんたといろんな話をした。捉えどころの無いあんたを、初めて俺の側に居ると感じた瞬間だった。
俺はあんたに憧れたもんだ。その天才的な麻雀の打ち方にも、煙草に火をつけるときの些細な仕草にも。
あの青臭いガキだった頃の自分までまざまざと思い出して、俺は本当に泣きたくなるほど懐かしくなった。
しんみりしている俺の隣に座っている赤木の表情は柔らかい。二人で何も言わなくてもなぜか居心地がいい。
くつろいだ表情で赤木は美味そうに煙を吐き出した。
そういえば、この男、いつも他人に煙草の火をつけさせる男だった。そういう男だった。
そんな小さな事も思い出した。
「ちぇ、脅かさないで下さいよ。でもその方があんたらしいや」
涙ぐみそうになるのを堪えて、俺はわざと明るくそう言った。
なんだよ、ふらっと来たって、そんな事できるのか……?
赤木の気まぐれに振り回されて、俺は心の中でツッコミを入れた。まぁ、本当は嬉しいわけなんだが。
生前も、ふらっとどこかに行ってしまう男だったが、死んでまでもそうなのか。さすが赤木だ。
「馬鹿、俺がそんな事気にするとでも思ったのかよ?」
「いや、でも……」
赤木があの皮肉めいた笑いを唇に浮かべ、俺をからかうようにそう言った。
たしかに、赤木はそんな事気にする男じゃない。でも、俺は墓石削った時ほんの少しだけ期待してたんだ。あんたが化けて出てくれるのを。
「最初あんたが怒って出てきたと勘違いした時、墓石削ればあんたが出てくるんなら、俺はあんたの墓を跡形なくなるまで削っちまおう……と一瞬思った。それでもあんたは許してくれるかな?」
俺がそう言うと、赤木はククッとまた笑った。
「許すさ……」
そう言って、煙を吐き出す。派手なシャツといい、ふらっとどこかへ行ってしまう癖といい、ヘビースモーカーなところといい、赤木は全く変っていない。
「ダメだろ、許しちまったら」
俺は、なんだか急に胸が痛くなったのをぐっと堪えながらそう言った。
「あんたそんなんだから、墓石みんなに削られちまうんだ。今はちょこっとだけだが、そのうち本当に全部削られちまうぜ」
少し強く俺はそう言ったが、赤木は全く意に介していない。
「欲しけりゃどんどん持ってけって言ったろ?」
「いやだってそんな、そんな事したらあんたどんどん居なくなっちまう!」
胸の痛みはどんどん大きくなって、俺はそれを誤魔化すために少し大きな声を上げた。
「いいよ……」
「良くねえ、俺が良くねえっ!」
ついには駄々っ子のようにそう言った。これ以上赤木が減るのはがまんできない。墓石が削られたからって、どうなるわけでもねぇ。だが、俺は赤木がほんの少しでも減っていくような気がして嫌だった。ただでさえこの世に居ないのに、これ以上居なくなるのは嫌だ。この世に赤木が居た証みたいなのがなくなると、赤木までもが居なくなるような気がした。
「馬鹿、お前も持ってるんじゃねぇか」
「う……、そりゃそうだけど、とにかくダメなんだ。俺以外はダメ」
「わがままだなぁ、お前も」
俺の矛盾を赤木が付いたが、俺はむちゃくちゃな理論で赤木の追求を封じた。赤木の呆れた声に、遂に俺も赤木しげるにそう言われてしまったかとショックだったがまあそれは仕方が無い。
「じゃ、お前には特別なのやるからそれで色々我慢しろや」
赤木はそう言って、真っ赤なシャツの裾から手を入れた。シャツの裾から入った手が胸元で止まり、また下りてくる。
何だ? と思う間もなく赤木の手がシャツから出てきた時、その手には白いものが握られていた。
その手をそのまま俺に差し出すので、俺は反射的にその手の中のものを受け取った。
「え、これ?」
俺の手の上にある、軽くて細長いものを見て、俺は驚愕の声を上げた。
本物を見たことは無いが、これがそうだとはっきり判る。
「ほ、骨じゃねえか! あんたの肋骨!?」
赤木が俺にくれたのは、肋骨だった。
取ったのか、今、これ!?
「こ、こんなの貰ったらあんた本当にばらばらになっちまう」
俺は慌ててそれを赤木に返そうとしたが、赤木は軽く手を振ってそれを断った。
本当に無頓着な男だ。自分自身さえこんなに簡単にバラバラにしちまうとは。しかも、それを俺なんかにくれちまうとは……。
「いいから、貰っとけよ」
それなら特別だろう? と赤木は付け加え、俺はまた呆然とした。確かに、これは特別だ。特別すぎるほど特別な赤木の一部だ。墓石なんかとは比べ物にならねぇ。
「俺、大事にするよ、あんたを……」
ありがたくてかすかに涙ぐみながら俺はそう言った。
「ああ、大事にしてくれ。でも何のご利益もねえぞ」
本人が言うから間違いないぜ……と赤木は笑ったが、俺は赤木の冗談に付き合う余裕が残っていなかった。
「いいんだよ。あんたが側に居る。それだけでいいんだよ……」
俺は、柄にも無く感動していた。
そうだ、それだけでいい。
赤木がいない事にこだわっていた俺は唐突に悟った。
石とか、肋骨とか、そんなんじゃなく。
墓を削らなくったって、赤木は俺に会いに来てくれたじゃねぇか。
そんなもんにこだわらなくても、とにかく赤木は居るんだ。
もしかして、赤木はそう言いたくて俺の前に姿を現したんじゃねえかな? いや、本人の言う通り、ほんの気まぐれの線のほうが確率は高いけど。
石を削られると、俺は赤木がいなくなっちまうような気がしていた。でも、きっと違うな。
そんなもん無くても俺の赤木は今ここにいる。こうして会いに来てくれる。
赤木はきっと、俺の心の奥から俺に会いに来てくれたんじゃねえかな? 俺の中から俺に会いに来るってのも変な話だが、そう感じる。
墓石の欠片一つ一つに、赤木が居る。持ってる奴ら一人一人に赤木が居る。
俺には俺の、ひろにはひろの赤木がいる。
墓石は、赤木を大好きだった奴の、言うなれば、ファンクラブの会員証だ。墓石だけど。
そう思えば、墓削っちまう奴も許せる。
俺たちはそんな奴等と赤木について話す時、俺の知ってる赤木と、俺の知らない赤木が交差して、
赤木は確かにそこに居るのだ。
ひろに会えばひろの赤木にも会える。金光に会えば金光の赤木に会える。赤木を知る人、一人一人の中に赤木はいる。そこで会える。
「ククク……」
俺のみっともねえ顔を見てか、赤木は笑った。そういえば、最後に見た赤木も笑顔だった気がする。笑顔といっても、いつもの癖のある赤木の笑顔。目を閉じ、唇の端だけを上げてくぐもった笑い声を上げる、あの笑顔。いつもの皮肉めいたやつじゃなく、ほんの時折見せた、無邪気な、楽しくて仕方が無いというような、悪戯っ子みたいな笑顔だ。
くそっ、なんて顔しやがる。未練が残るだろうが。
何か文句を言おうとした時、俺はまた急に睡魔に襲われた。ぐにゃあと視界が歪む。
ダメだ、まだ、ダメだっ……!
俺、もっとあんたに言いたい事がある、聞きたいことがある。
もし行けるのなら、ひろやみんなの所にも……、皆あんたに会いたがっている。例え幽霊でもって。ひろなんかあんたみたらきっと号泣しちまう、金光や銀次さんの所に行ったら、遂にお迎えが来たかってびびってきっと面白いぜ。だから、ああ、ちきしょう、眠い……。
ああ、でもまたきっと会えるよな?
目を閉じれば、あんたの笑顔が浮かぶ。
手の中の墓石を弄びながらあんたと過ごした記憶を探って、
ひろと懐かしい思い出話をして……。
また会いに行くよ、あんたに。
薄れていく意識の中で、俺はさっき見た赤木の笑顔を忘れないように強く思い浮かべながら眠りに落ちた。
痛たたた……。痛てえ。
他人事のようにぼんやりとしていた痛みが、だんだんはっきり感じるようになってきた。
なんだかわからねえが、とにかく痛い。
……痛てえっ!!
ち、ちくしょう、痛てえ。
アバラの辺りが、凄く……!
俺はうめきながら、必死に思い当たる事を探した。
も、あれだ、あれしかねえ。
赤木がくれたアレはきっと俺の肋骨だっ……!
赤木の野郎、自分の骨じゃなくって、俺の骨取りやがったんだ。
クソッ、騙された!
何度俺は赤木に騙されりゃ気が済むんだっ……!
いや、もしかして赤木は自分の肋骨くれる代わりに俺の肋骨を盗っていったのかもっ!?
しそうだぜ……っ、赤木の事だからそれくらい。
意識が眠りから急速に浮上してきた。痛みのせいだ。俺は猛烈な痛みに襲われ、眠りから目覚めようとしていた。右の肋骨の辺りが酷く痛む。俺は夢と現実の狭間で、痛みでただひたすら悶えていた。
「天、てーん、起きてッ!」
その俺を現世に引きずり戻したのは、甲高い女の声だった。その声で俺ははっきりと目を覚ましたのだが、でも痛みはまだ続いている。ゆ、夢じゃねえのか……っ!?
「痛てえ……」
うめくようにそう言って、うつ伏せの状態から仰向けに寝返りを打つ。うっすら目を開けると、嫁さんの心配そうな顔が眼に飛び込んできた。
「えっ! 天どこか悪いの!?」
「いや、肋骨を……」
肋骨を盗られたんだ。
そう言いかけた時に、もう一人の嫁さんの声が俺の耳に届いた。
「何これ、何の石?」
不思議そうに手に持っている石に目をやる。嫁さんの手の平に乗っているのは、俺が昨日赤木の墓から盗って来た石だ。
あれ、俺が盗って来たのは墓石で、赤木に貰ったのは肋骨で、でもそれは本当は俺の肋骨で……。いや、俺の肋骨は赤木が持ってったんだったかな?
「んー……? あれ?」
俺は寝ぼけた頭でぼんやり考えながら、いつのまにか痛みが治まっていることに気がついた。
「こんな、石の上で眠ってたら痛いに決まってるよ。ほらぁ、赤くなってる」
俺のシャツを捲り上げ、嫁さんがそう言った。見てみると、丁度右の肋骨の辺りが石の形に赤くなっている。
いつのまにか石は俺の手から転がり落ち、俺は石を下にしてうつ伏せで寝ていたらしい。そりゃ痛いだろう。
安堵感と、やっぱり夢かというほんの少しのがっかりが俺の心にわいた。
「天ったら酔っ払ってこんなものまで拾ってきたの? 捨てるよ」
「あ、捨てるな捨てるな」
俺は慌てて石がゴミ箱に行きかけるのを止めた。
「それ、骨なんだ。特別な」
つい勢いでそう思わず言ってしまったのだ。案の定嫁さんは目を丸くしている。
ち、俺、赤木の言った事信じてやがる。「特別」って言葉。あの野郎、ひろにも言ってるに違いないのにな「特別」って。
「え? 何言ってるの〜?? これ、石だよ」
俺の言葉に、嫁さんが不思議そうな声を上げた。
「……そうだな、ただの石だ。それでも、これは俺の大切な石なんだ」
これは石だ、だが骨でもある。
これは赤木の骨だ。
巷に悪鬼浮遊せり
悪鬼は骨に集まる
……悪鬼は骨に集まる。
骨に、……赤木の骨に。
共に死線をくぐり抜け、打つ事で分かり合える親愛なる悪鬼どもが、赤木の骨に集まる。
俺の言葉を聞いて、嫁さんはにこっと笑った。
「じゃこっちに飾っとくね」
古いTVの上に置かれた石は、本当にただの石だった。実際ただの石なんだが。
だが、俺にとっちゃぁただの石じゃねえ。俺の他に盗った奴もそうじゃないだろう。
それが、赤木がそばに居るってことじゃないかと思った。
石は石だ、だが、俺が特別だと思えば特別だ。そう言うこった。
おまえに側に居て欲しいと俺は思う。
好きなんだ、お前が。
俺は赤木に会えたことを早速ひろに自慢しようと思ったが、さすがに素面になった今では夢で赤木に会って特別に肋骨を貰った、この石がそうだ。なんて訳のわからない事言えなかった。
いや、どうせ夢の中の話なんだから言おうと思ったら言えたんだが、怖かったのだ。
ひろに、明るい声で、俺も「特別」貰いましたよ。なんて言われるのが。それが俺のより凄いのだったら……。
俺も、結構独占欲強いのな……。
ENDE
20040713
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