九蓮宝燈0.5










 気の乗らない麻雀だった。

 今年が終わるまであと数時間という時にかかってきた一本の電話。

 麻雀で負けた金、取り戻してくれ。といういつものやつ。

 いくら取られたの? と聞くと、だれだれが何十万と、呆れるほどの数字を並べてみせる。

 有り金どころか、みんな、家の金にまで手をつけちまったらしい。

 困ったときに頼ってこられるのはうれしい。

 だが、後で俺に任せれば何とかなると思って、みんな無茶な勝負をしだすようになった。

 今回の事だってそうだ。気心の知れた身内ならともかく、他所から来たヤツなんて危ないに決まってるじゃないか。遊び程度で済ませればよかったのに、ムキになって払いきれない金を出すハメになっちまった。

 スジ者じゃないって話もどうだか。話半分に聞いたほうがいいだろう。

 俺が助けるからみんな無茶をする。

 諸悪の根源は俺なんだよな。人助けのつもりが、結局はみんなを良くない方へ導いている。

 判っているけれど、頼られると断れない。俺の悪いところだ。

 暖かい家から外に出ると、十二月の夜の寒さがよけい身にしみた。

 シャッターの下りた人気の無い商店街をしばらく歩くと、電話で教えられた店の看板がぼーっと寂しく光っていた。俺も何度か通った事が有る「ミナミ」というちんけな店だ。

 入り口の前で少しだけ立ち止まった。足が重い。

 気が乗らない。

 やけに重く感じられるドアを開けると、むっと熱気が押し寄せてきた。

 タバコくせえ、埃っぽい空気。牌が触れ合うカチャカチャという音、牌を雀卓へ置く時の、あの独特の音がアチコチで響く。

 店にいるのはほぼ男。スーツ姿のサラリーマンから留年を重ねる大学生まで、あるヤツは笑ったり、脂汗かいたりしている。

 俺のよく知っている雀荘の雰囲気。卓の一つ一つにドラマがある。

「ちわー」

「天〜〜っ」

 軽く挨拶しながら入っていくと、すぐに電話をくれた魚屋の平井が俺にすがり付いてきた。

 平井だけじゃない。俺の周りを顔見知りが四〜五人も取り囲む。あらら。そんなに皆そいつに取られたのかよ。

「いやー、まってた、まってた、天ちゃん」

 安心しきった嬉しそうな顔に、俺はあいまいな笑顔を見せる。

 気が乗らない。

「で……、どこなの? そのお強い人」

 さっさと用件を済ませてしまおうと俺が言うと、平井が、立てた親指で近くの卓をくいっと指した。

「あそこ」

「…………」

 指差されたほうへ目線を向ける。

 そこの卓には四人座っていたが、一目で誰の事だか判った。

 なんというか、その、あまりにも場違いというか、そいつは特別だった。

 目に飛び込んできたのは、若い、若すぎると言っても良いくらいの少年の綺麗な横顔だった。

 切れ長の目を伏せ、物憂げに麻雀牌を見つめている。ヤツには勝負の行方がとっくに判っていて、今やってる事なんか消化ゲームにすぎないんだ。

 横から見た輪郭や顎の線が綺麗で、唇なんか初々しいピンク色をしている。紅顔の美少年ってやつ?

 子供から大人になる時期独特の伸びやかさと、まともな両親に育てられたのだろうと思わせる健やかさ。こんな場末の雀荘にいるには綺麗すぎる。というのが最初の印象。

 雀荘なんて、どこかしょうもねぇ奴ばっか集まってきてそれが良いんだが、それだけに目の前のヤツのまじめさやまともさが異様に目立つ。事実、こいつはこの雀荘の中で一番「真面目に」麻雀をしていた。こんなヤツがなんでこんな所にいる訳? 雀荘よりも図書館の方が似合うんじゃないの? そう思った瞬間、俺は懐かしい思い出に囚われて、一瞬自分を見失った。

 俺が生涯でたった一度だけ、学校の図書館に行った時に、クラスで一番勉強が出来る、優等生の女の子が本を読んでいるのを見かけた。卓に座るあいつみたいに、切れ長の目をした、色が白くて綺麗な娘だった。その子は何度も同じ本を読んでいて、その時もやっぱり、同じ本を読んでいた。何でそんな事を俺が知っているかというとたまに学校に来るたびその娘の事を見ていたからだ。

 彼女は静に本を読んでいたが、ふと顔を上げ、窓の外を見てふっと微笑んだ。

 その瞬間、稲妻が走ったかと思ったね。

 でも、まともでない俺はまともな彼女と関わっちゃいけない気がして、黙って見つめた後声をかけずに帰った。

 多分俺はああいうタイプに弱い。好きすぎて声をかけられなかったという、今言えば誰にも信じてもらえないような昔の話。

 今の俺なら即声かけるけどね。

 雀卓の前にいるあいつは、どんな顔して笑うのかな? とヘンな事を思った。

 浮世に飽きた。と言わんばかりの、どこか冷めたその表情が妙に気になる。笑わせてみたいような、泣かせてみたいような……。

 線が細い。俺からすれば、華奢と言ってもいいほどだ。

 おまけに女みたいに色が白い。

 スーツこそ着ているが、まだ高校生といったところだろう。まだ十分子供のくせに、落ち着いた表情は妙に大人びて見え、そのアンバランスさと小生意気さが危うくて、弄りたいというか守ってやりたいというかそんな感じだったのだが、俺はいまからあの子に酷い事をせにゃならない。現実って上手くいかないもんだ。ますますついてない感じがする。気が乗らない。

 俺は顔をしかめて口を開いた。

「子供じゃない……」

 目の前にあるのが教科書じゃなくて麻雀牌なのが不思議なくらいだ。

「そうなんだけどさ」

「これがまたバカみたいに強くって」

 二人の言葉に無念さが滲む。あんな線の細い子供にかっぱがれたのがよほど悔しいのだろう。

「俺もうしろで見てたことあるけど、スキが無い……ていうかコンピューターっていうか」

 なるほど、真面目で理詰め。そういうタイプそうだ。

「なめちゃだめだよ」

 平井が心配そうな顔で俺に忠告する。自分がなめてかかって痛い目にあったんだろう。

「まぁ、天ちゃんならまちがいないと思うけど」

「ふ、ふーん」

 肩に手をかけられ、気安く言われて困る。

 そりゃあんたは他人事だからいいよ……。

 今から俺はあいつに嫌われなきゃいけないんだから。

 しばらく見てるとちょうど半荘が終わり、結果は聞かなくても判った。

 卓を囲んでいたサラリーマン達が、財布から取り出した結構な数の一万円札を雀卓に投げる。

「くそ……」

「やめだやめ! かたいなこいつ……」

 あんまり可愛げなく勝つので、サラリーマン達にも愛想付かされたらしい。誰も、もう半荘! とは言わずに、愚痴を言いながら席を立つ。

 ちょうど良い。

 投げられた一万円を、さも当然。といった表情で財布にしまっているそいつの肩に、ぽんと手を置いた。

 何事かという顔で俺の顔を見上げるそいつ。近くで見るとやっぱり綺麗な顔をしている。

「ちょっと……大きなギャンブル受けてくれないかな」

 俺がそう言うと、そいつが俺の目をまっすぐ見ながら笑った。

 可愛い顔してるくせに、気の強そうな目をして、小生意気に。

「……あなたと、サシ馬ですか?」

 突然現れてそんな事を言った俺に臆する事無く、笑いながらそいつは言った。

 へぇぇぇ。

 ……そんな風に笑う訳ね。

 こんな場末の小汚い雀荘でさ「あなた」なんて綺麗な言葉使われて、ドキッとしちまった。予想通りのヤツで嬉しい。

 気が乗らなかった今年最後の仕事。ついてねぇとばっかり思ってた。

 でも、そうじゃなかったみてえ。今年最後で最大のバカづきだったのかも。

 だって稲妻が走ったんだよ。






ENDE



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