Baroque






 狭いモーテルの一室にアルコールの匂いが充満した。

自分の手から床に落ちたウィスキーのボトルから琥珀色の液体がとめどなく流れ、床に大きなしみを作る。

それを、シャア・アズナブルはまるで他人事のように眺めていた。

ルームライトの淡い光と、ウィスキーの芳香が交じり合い、とろりとした空間の中でシャアの意識が急速に薄れていく。

 何故、殺したのだろう。

 何百回目かの呟きがシャアの中で繰り返された。

あの時はそうなっても良いと思ったのだ。それも悪くない……とシャアの中で何かが囁いた。

 悪くない、だと?

 最悪だ。

 自嘲の笑いをシャアが浮かべた。

 どこか心の底で思っていたのだ。

 ガルマが自分を置いて死ぬはずが無い。

 なぜそんな事を信じていたのか判らないが、ガルマのドップの帰投を邪魔したのも、心のどこかそう確信していたからだ。

シャアにとっては、「楽しい遊び」だった。子供が蝶の羽をもぎ取ってしまうような無邪気な残酷さで、シャアはガルマが自分の思い通りになるのを楽しんだ。

ザビ家があるかぎり、自分がどんなに能力があってもガルマを越える事は出来ない。

 ガルマが居る位置は、本来ならば自分が居るべき場所なのだ。

 その嫉妬が、常にシャアの中でどす黒く渦巻いていた。

 黒い感情はガルマへの愛情と交じり合い、いびつな感情は屈折した行動を取らせる。

裏切られているとも知らずに、ガルマが自分に向ける絶対の信頼と愛情を確認するたびに、満足感と、どこか倒錯した優越感と喜びを覚えた。

猫が捕らえた鼠を弄ぶように、絶対的な優位に立ち、自分がいかにガルマを支配できるか試したかっただけだったのに、まさか。

私を裏切ったな……ガルマ。

これは、君の復讐か?

ガルマがシャアの前から永遠に姿を消したとき、想像していた満足感も、高揚感もそこには無く、なんだこんなものかという空虚とガルマを失った現実だけが残った。ガルマの最後の声を聞き、ガウが木馬に突っ込んだのもこの目で見たはずなのに、ガルマがもういないという事をシャアの感情の部分はうまく理解できなかった。

ドズルにガルマを失った失態を激しく叱責されても上の空で、悲しみの言葉も、自分を責める言葉も、シャアの心の表面を滑っていくばかりだった。ドズルは何故こんなにも激高しているのか理解できなかったのだ。

今にガルマが自分に文句を言いながら出てくるのではないかと心のどこかで待っている。それをどうなだめようかとほくそ笑み、ガルマはいないのだと気がついてはっとした。

そんな事を考えている自分に狼狽する。ドズルが感じていた悲しみが、今になってやっとシャアをじわりじわりと蝕み始めた。

ガルマはもっとも手ひどいやり方で私に復讐した。

自分のした事を棚に上げ、ガルマを責めた。

乱暴に扱いすぎた大切な玩具は、壊れてしまったのだ。もう元には戻らない。いつまで待ってもガルマは帰って来ない。その事がようやく理解りはじめた。

ガルマなど居なくなっても平気だ。

そう思っていた。 

だが、自分が無意識のうちにガルマの死を認めたがらない事に気がついた。自分がどれだけガルマに甘え、彼を必要としているかに気がついたのだ。

ガルマを支配しているつもりが、ガルマが居なくなってしまった今、自分は今にも崩れ落ちそうだ。ガルマに依存していたのは、自分の方だったのだ。

そのために生きているはずだった復讐の後、シャアに与えられたのは、取り返しのつかないことをしてしまった焦りと、どうしようもない空虚さだけ。

こんなはずではなかった。

シャアがアルコールに犯された頭でぼんやりとそう考えた。

ザビ家への復讐はシャアの生きる目的だった。その手段としてガルマを殺す事は当然だと思っていた。なのに、ガルマを失うということがどういうことなのかシャアには判っていなかったのだ。どうなるかなど考えもしなかったのだ。ただチャンスだと思い、単純に、長年思っていた復讐の幕を開けた。

嫉妬と愛情。相反するそれがシャアの中に巣食っている。愛情より嫉妬の方が勝った時、ほんの少し想像力を働かせることもせず、機械がプログラムを実行するかのように、そうするべきだとガルマを死へ追いやった。

ガルマが死んでも、死ななくてもどっちでもいい。死ねば敵討ちは成就され、死ななければまた次の機会を狙うだけだ。どちらに転んでも悪くない。

浅はかに、傲慢に、そう考え、得意の絶頂でガウが木馬に突っ込むのを眺めていた。

呪うべき存在であるガルマに好意を寄せる矛盾。自分が、まさかガルマに迷うなどと、シャアは認めたくなかった。そんなはずは無いという証明にも、シャアはガルマを消さなくてはいけなかった。

ザビ家への復讐が生きる目的。

それを捨てるか、

ガルマを殺すか。

二つに一つ、選ばなければならない。

そこからシャアは逃げた。ガルマを貶めることで自分の心の平安を保とうとした。

そんな硬直した考えなど捨ててしまえばいいものを、安っぽいヒロイズムに凝り固まったシャアの心はそれ以外の選択肢を拒否した。

まだガルマが生きていた頃、ガルマに溺れ、自らの弱さを認める事が出来ずに時折ガルマを傷付けた。

シャアの浅はかな言い訳を聞くそのたびに青ざめた顔でガルマは微笑み、それでもシャアを許した。

その微笑を見るたび、シャアの中で何かが麻痺していく。矛盾から目を背け、考える事をやめ、ザビ家への復讐と、ガルマを失う事の関連はシャアの中で無意識のうちにたち切られた。愛情と嫉妬は、そのとき完璧に二つに分かれ、ジキルとハイドのように交互に現れてはシャアを支配する。

だから、嘘ではないのだ。ガルマを恨んだ事も、ガルマを愛した事も。

異様な二重性を抱え、生来の彼の有能さで今までは上手くやってくる事が出来た。だが、シャアはやりすぎたのだ。現実から逃げたシャアに、罰は突然与えられる。

兵としての優秀さや、戦術家としての有能さの影で、彼の精神は驚くほど幼く、傲慢で、考えなしだった。

彼を育てた老人は、陰鬱な家の中で彼に繰り返し呪詛の言葉を吐いた。老人の恨み言はキャスバルに染み付き、キャスバルの精神に巣食い、ザビ家への恨みを晴らす人形を作り上げる。もともとあったキャスバルの光り輝く精神は、老人の手によって、黒く陰鬱な殻に閉じ込められた。

幼い妹を置いて家を出て、シャア・アズナブルという新しい名前を手に入れたのは、本当にザビ家への復讐のためか、それとも老人の支配に耐えられなかったからか?

ただ一つ言えるのは、どうあっても、シャアの体から老人のにおいは染み付いて消えなかったという事だ。

老人によって作られ、修正される事なく育ったその精神は、報いを受けてなおなぜそうなったかを考えもせずに、自分の前から居なくなってしまったガルマをただ責めた。あの時のように微笑んで許してくれる事を求めた。それは彼の純粋さの裏返しであったが、もうガルマは二度と彼の前に姿を表すことはないのだ。

永遠に。

絶望の深遠にシャアは引き込まれていく。そこから救い上げてくれる手はもう無い。

 

 

アルコールの靄のかかったシャアの思考に、不意に軽快な音楽が割り込んできた。いつのまにかアルコールのもたらす不快な眠りに引き込まれていたシャアがのろのろと目を開けると、音楽は更にはっきりと流れてきた。

暗闇の中で、消えていたはずのTVから、極彩色の光がちらちらと目を刺激し、眩しさに目を細めた。恐る恐る目を開き、焦点を合わせると、TVのプログラムには見覚えがあった。間抜けな猫と、それに追いかけられるねずみが猫をからかうカートゥーンだ。

不意に懐かしさがシャアを襲った。小さい頃よく見たカートゥーン、そういえば、ガルマもこのカートゥーンが大好きだったっけ……。

不意に思い出の中に意識をさ迷わせかけたシャアの目に、小さな人影が映った。モーテルに備え付けの椅子に座り込み、熱心にTVを見ている小さな子供。

ガルマ!?

シャアが自分の目を疑った。その子供は、間違いなくガルマだった。ただし、シャアがまだキャスバルだった頃、一緒に遊んだガルマだ。

ベッドから飛び起き、アルコールでふらつく足に舌打ちして慌ててシャアがガルマの座っている椅子に駆け寄った。

「ガルマ!」

「キャスバル? 君も見る?」

シャアの声に、幼いガルマが無邪気に聞き返した。「キャスバル」という捨てたはずの懐かしい名前で呼ばれ、忘れていた幼い頃の思い出がどっと蘇ってきた。

二人でTVを見すぎて叱られた事、かくれんぼをして一緒に隠れた事、淡い思い出は、自分を弱くさせると切り捨てたシャアの過去が、今引きずり出される。

「ガルマ、何故ここに? これは……、夢か?」

 目の前にいるのは、確かに記憶の底にいる幼馴染のガルマだ。だが、なぜここに幼いガルマがいるのか判らない。夢を見ているのかと疑ったが、部屋に漂うアルコールの匂いも、手に触れる椅子の固い感触も、これが夢である事を否定していた。だがこれが現実であるはずが無い。シャアが混乱して間の抜けた表情で呟くと、ガルマの目が冷たくシャアを見返した。

「さァね」

シャアが気がつくと、ガルマの姿は変わっていた。

先ほどの幼い姿から、シャアと再開した頃の士官学校の制服を着た生意気そうなガルマが、軽蔑するような表情でシャアを見ている。

成長しきっていない細い体や、まだ幼さを残した表情が生々しくシャアの記憶を刺激した。

「教えてやらない」

焦らすようにそう言うと、すみれ色の前髪を細い人差し指に絡ませた。くるんと髪の房がガルマの指先を離れるのを見ながら、シャアは息を呑んだ。暖かい懐かしさは影をひそめ、シャアの中に押さえきれない情欲が湧き始めた。

幾度あの制服を脱がして、白い肌に口づけただろう。隣の部屋に聞こえるからと、シーツを噛んで声を堪えるガルマに何度も我を忘れさせた。

先に潜む破滅の予感に、ただひたすら刹那的にお互いを求めあった。立場やしがらみを捨て、ただのガルマ・ザビとシャア・アズナブルとして生きることが出来たほんの数年間。

ガルマを求める事に対する矛盾に苦しんだあの時のシャアが目を覚ます。自分がどれほどガルマを求めていたか思い出す。士官学校時代のシャアが、今の自分を軽蔑したように見ている。ガルマがいることに慣れきり、甘え、増長し、愚かな行動で何故手放したのかと睨みつけている。

「ガルマ、頼む、教えてくれ……。君は生きているのか」

思わずすがり付こうとするシャアをガルマの鋭い視線が拒否した。ガルマの冷たい拒絶を感じ、びくっとシャアの体が震えた。シャアの孤独と絶望が一層深まった。

ガルマの瞳に自分が映っている。王者のように堂々と椅子に座り、足を組むガルマの前に、みっともなく跪いている自分。鍛えられた体に羽織っただけのしわくちゃのシャツ、乱れた金髪の髪、狂った光を浮かべる瞳。堕ちた赤い彗星をガルマが冷ややかな瞳で見下ろしている。

「よく、そんな事が言えるものだ。私を裏切っておきながら」

そう言ったガルマの声が先ほどより少し低くなった。

また、ガルマの姿が変わった。

ジオン軍大佐の制服を纏い、一人前の男として勇んで戦場に赴いたガルマの姿だ。シャアが永遠に止めてしまったガルマだ。よそよそしいその口調に、シャアの精神が耐え切れずにきしみを上げた。

「ならば私も殺してくれ。君のいる所へ連れて行ってくれ」

唸るようにシャアがそう呟き、懇願した。奪ってしまったガルマの時にシャアが戦慄する。ガルマはもう変わることがないのだ。いつまでもジオン軍大佐のままで人々の記憶に残り、やがては歴史書の一ページになってしまう。ガルマがいつか着る筈だった大将の制服はもう必要ない。自分がその未来とともに葬った。

それをしたのは、自分。その罪深さに今更ながらおののいた。

ガルマのいない世界で、自分は変わっていかなければならない。ガルマを一人、過去に置いて。

これは愚かな自分に与えられた罰。

「君が、ここにいるのは……。まだ、見捨てられてないと、信じて、いいのか……。憎しみでも、軽蔑でも、まだ私は君の中にいると信じて良いのか……」

ガルマの拒絶を受け、すすり泣くようなシャアの声にも、ガルマの表情はぴくりとも動かない。野心と自信に満ちた赤い彗星はここには居らず、代わりに、自らの取った取り返しのつかない愚かな行為に自滅し、みっともないほどガルマを求める哀れな一人の男がいる。

シャアにとっては、ガルマがここにいる事だけがほんの一筋の希望だった。

ガルマはまだ自分を忘れてはいない。

軽蔑されてもいい、恨んでもいい。

その瞳が自分を映さなくなる事、その心に自分が居なくなる事の方が恐ろしい。ガルマがいなくなった事を悲しみながら、同時にガルマが他の誰かを見て自分を忘れるくらいなら、ガルマが自分ひとりのものになった今の方がいいと喜ぶ子供じみた感情もあったのだ。

「頼む、君に触れさせてくれ、狂いそうだ」

ガルマが欲しい。禁断症状が出たように呼吸さえも苦しい。目の前にガルマがいるのに触れる事ができない苦しみはシャアの精神を苛み、少しずつ壊していった。狂人の顔をしたシャアに一瞥をくれ、裁きを言い渡す神のようにガルマが口を開いた。

「ならば、懺悔したまえ。這いつくばって、私の許しを請うがいい」

ガルマの声にシャアの瞳が暗い喜びで輝いた。その瞳はもう無邪気な喜びを宿す事は無いだろう。ガルマの捌きによってシャアの歪んだ精神は壊された。

「私はお前のものだ、ガルマ。愚かな私を許してくれ」

熱を帯びた瞳でそううわごとのように言うと、跪き、かつての赤い彗星はガルマのブーツに口づけた。

 

シャア・アズナブルは粉々に砕かれる。

 

 

「もう、止めてくれ」 

奴隷のキスをするシャアの頭上から、苦しそうなガルマの声が降ってきた。先ほどまでの他人行儀なガルマとは違う。シャアが知っているガルマの声。

シャアが顔を上げ、ガルマの表情を伺う。シャアの目に映ったのは、苦しそうに眉根を寄せ、顔を背けるガルマだった。

「私の友だったシャアはそんな事はしない」

 ガルマの言葉に、かつての親友の堕ちた姿を見たくないと言う感情がにじみ出る。

「お前が知っていたシャア・アズナブルはここにはいない。いるのは、お前に許しを請う哀れな男さ」

 シャアが自嘲の笑みをうかべてそう言った。シャアの言葉に、ガルマの苦悶の表情が一層深くなる。

「命乞いをすれば素直に殺してやったものを!」

 堪え切れず、吐き捨てるようにそう言った。シャアを恨みきれないガルマの甘い内心が吐露された。ガルマはシャアを見捨てる事がやはり出来なかったのだ。

「お前に殺されるのなら、本望だ」

 静かにシャアがそう言い、ガルマの裁きを待ち、口を閉ざした。

「何故私を裏切った?」

 その問いを発すると負けだと判っていても、ガルマの口から言葉が転がり落ちた。シャアに裏切られた今でも、まだどこかでガルマはシャアを信じている。信じられないという気持ちをまだ引きずっている。

「復讐など口実だ。私が愚かだったのだ。お前が私にとってどれだけ必要か判っていなかった。神にでもなったつもりで自分の力を試してみたいだけだった。私は傲慢で、無知な人間だった」

 プライドも何もかも全て壊された。シャア・アズナブルだろうと、キャスバル・レム・ダイクンだろうともうどちらでもいい。見えも虚勢も全部捨てて、心からガルマの前に許しを請いたかった。何をしてでもガルマが欲しい。もう一度その肌に触れられるのなら、神に背いても、悪魔に魂を売っても構わない。

「それに……、笑ってくれ、ガルマ。お前に捨てられるのが怖かったのだよ。だから、その前に壊した」

 自分を笑う笑みを浮かべるシャアの瞳の中に、踏みにじられたプライドから新しい光が宿るのをガルマは見た。

愚かなシャア・アズナブルはガルマによって粉々に砕かれた。

だが、彼の精神はそこで朽ちる事無く、どん底からシャアが再び立ち上がろうとしている。

自らの醜い部分を全てをさらけ出し、更に新しく生まれ変わろうとしているシャアのしたたかで強靭な精神にガルマが戸惑った。

「自分を卑下するのはやめてくれ 私を責めているのか?」

 開き直りとも取れるシャアの気迫に思わず一歩退いた言葉を言った後、しまったと後悔した。だから私はシャアに馬鹿にされるのだと唇をかんだ。シャアにはガルマにはないしたたかな強さと言うものがある。それに比べ、シャアを憎みきれない自分の甘さを悔しく思ったが、それこそがシャアに絶対的に欠けた、ガルマの天性の素質であった。ただ、今は青さだけが目立つのだが。

「まさか! 気がついたのさ、自分という人間に」

 殊更シャアが大げさに声を大きくした。先ほど精神の息の根を止められたにもかかわらず、今はもう立ち上がっている。

ガルマを再び手に入れられるかの瀬戸際に、自分でも驚くほど力が出てくるのが判る。

気分はどこまでもハイになり、じわりと四肢に力が戻った。

「こんな事を言えた義理ではないのは十分承知している。お願いだ、ガルマ。もう一度私の元へ戻ってきてくれ。私にやり直すチャンスをくれ。もう一度だけ私を信じてくれ」

 ガルマが揺れているのを見て、シャアが一歩踏み出した。ガルマの両肩を掴み、瞳を覗き込んで熱っぽく訴える。シャアの瞳に戸惑うガルマが映った。

「でなければ、私は何度でも狂う、間違いを犯す」

「私を脅すつもりか?」

 ガルマが不満そうに口調を強めると、強く首を振った。

「違う。頼んでいる」

 シャアの言葉に嘘は無いように思えた。

思い知ったのだ。自分は弱い人間だと。誰かがいてくれなければ、自分は本当に何をするか判らない。導いてくれる光がないと、真っ直ぐに歩けない。それを嫌と言うほど思い知らされた。

「私は、お前がいないと駄目なのだ。それがやっと判った」

 搾り出すようにシャアがそう言った。どうしても認めることが出来なかった自分の弱さを認め、ザビ家への復讐も、ガルマに感じていた見当違いの優越感も、赤い彗星のプライドも何もかも、もうとっくに投げ捨てた。本当に身一つのシャア・アズナブルの叫びは、偽りだらけの彼の人生の中で、真実の響きを含んでいた。

「ガルマ、生きているのか? 何処にいるのか教えてくれ!」

 なりふり構わないシャアの様子に、必死さが伝わってきてガルマの胸をうった。あのプライドが高く、自信家のシャア・アズナブルがここまでぼろぼろになるとは思わなかった。

食い入るようにシャアの瞳がガルマを見つめ、ガルマもまたシャアを見つめなおした。

ぴんと張り詰めた糸のような沈黙が二人の間に下りた。ガルマの瞳はシャアを見つめたまま何の感情も浮かべてはいない。

やはり、だめか……。

 シャアの瞳が絶望で翳った。身を潜めていた自らの中の魔物が蠢き始め、咆哮を上げる。

何をするのか判らない魔物が自分の中に住み着いているのをシャアは感じた。人として自分には何か欠けたところがある。ガルマを殺せと囁いたそれが何なのか良く判らないが、自分の中のそれは、ガルマだけでなく何れ自分をも滅ぼすだろう。

 口の中が乾き、目の前が暗くなった。初めて感じる感情。これが絶望かと落ちて行く感覚の中でシャアがちらりと考えた。

 

「私を、探せ」

長い沈黙の後、独り言のようにガルマが口を開いた。

ガルマの声を聞いたとたん、一気に地の底から引き上げられるような感覚が襲った。急激な変化にシャアの心臓が冷たい手で掴み上げられたようにぎりっと痛む。

 シャアの問いにはガルマは直接答えなかった。だが、その答えでシャアは確信する。

「ガルマ! ありがとう」

「お前の言葉を信じて、体まで任せた私が報われないからだ」

ガルマが拗ねたようにそう言うと、一歩後ずさりする。

 ガルマがシャアを許してくれるつもりなのだと感じて、シャアの声が弾んだ。もう二度と、ガルマを失うような事はするまい。今まで信じていたものをたとえ捨てても後悔はしない。

「私はまだお前を許したわけじゃない。私を探せ。この広い宇宙から私を探し出してみせろ」

 ガルマの挑発するような表情がシャアの見た最後だった。

 

 

 アルコールの余韻に、ずきずき痛む頭を抱え、シャアは目を覚ました。朝日がカーテンの隙間からシャアに差し込んでいる。最悪の目覚めだが、シャアの気分は妙に良かった。

「探してみせるさ」

 そう独り言を呟き、くくっと笑う。

ガルマの始めたゲーム。生きているかどうかも判らない、何処にいるのかも判らない。

第一、あのガルマはシャアの見た都合のいい夢かもしれない。

途方も無い勝利条件だったが、勝つ自身はあった。

赤い彗星を舐めてもらっては困る。

また少しシャアが笑った。

私にはガルマしかいないのだから。と。



ENDE




20041111 UP
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