あいかわらずな僕ら





何故かとても懐かしい夢を見た。

 夢の内容は、覚醒するにしたがって思い出せなくなってしまったけど、その懐かしさだけは胸に残っている。胸に残る幸福感にうっとりしながら、あたりが薄ぼんやりと明るくなり始め、細く目を開けると、そこには……。

 カルツがいた。

「……何でここにカルツがいるんだ?」

 まだ夢の中にでもいるのかと寝ぼけてシュナイダーがぼんやり呟いた。目覚めて最初に見たものは、シュナイダーの顔をじーっと覗き込むハンブルクにいるはずのカルツのアップだったのだからそう言うのも無理も無い。

「お前が鍵をかけ忘れたからだ」

 シュナイダーの無用心さを責めるようにじろっと睨みつけてカルツがそう言う。

「……そうだな」

 それはそうかもしれないが、答えになってないと心の中で呟く。

「どうせお前また寝てると思ってたんだ。早めにハンブルクから来て叩き起こしてやろうと思ってたんだが、案の定だな」

「ダンケ。さすが俺の幼馴染」

 シュナイダーが苦笑しながら、ベットにうつぶせのまま軽く手を上げて感謝を示した。そういえば、今日は久しぶりにハンブルクの若林達とオフの日が重なったので、久しぶりにみんなで会おう。と言う話になっていたのだ。カルツの心配通り、しっかり寝坊しかけていた。

「馬鹿言ってないで早くシャワー浴びろ。マリーちゃんがどうせお前ん家の冷蔵庫には何も無いだろうって買い物に行ってくれてるぞ。若林ももうすぐ来るはずだ」

「ここに? 何故?」

 うーんと伸びをしながらシュナイダーがそう言うと、カルツが締め切っていたカーテンを勢いよく開けた。朝日がさっとシュナイダーを照らし、眩しくて目を細める。

「お前の家が集合場所だからだ。どうせお前が一番後に来るのは判ってるから、どうせならってんでお前ん家を集合場所にしたんだ」

 家族から離れて一人暮らしをしているシュナイダーは、常日頃の無頓着さが災いしてか、約束の時間通りに来たためしがない。おまけに、ちゃんと生活してるのだろうかと周りの皆に心配されている始末だった。それもあって、本人の了承無視でシュナイダーの家が集合場所だと全会一致で決定したのだ。

「手際がいいな……」

 感心したようにシュナイダーが言うと、カルツが軽く肩をすくめた。

「皆お前を甘やかしすぎだな」

 そう言うカルツが一番シュナイダーを甘やかしているのだが、本人はその事に気が付いているのかいないのか。

「さ、コーヒー入れててやるから早く行け」

「ン……」

 早速過保護振りを発揮すると、シュナイダーが当たり前のように鷹揚に頷く。ベットのシーツを剥ぎ取って、立ち上がろうとしたシュナイダーは何も身に付けていない。

「おい! 素っ裸で歩くな」

 思わずカルツが叫ぶと、立ち上がってシャワールームに歩きかけたシュナイダーが振り返った。

「別に俺の裸なんか見慣れてるだろう」

 振り返ったシュナイダーの体を朝日が照らし、眩しいほどに白く輝いた。綺麗に筋肉がついているが、まだ少年の面影を残す線の細い体にはしみ一つ無い。しなやかな背や、長い足、小さいヒップを惜しげも無くさらしている。シュナイダーの保護者状態であるカルツはシュナイダーの無用心さに頭痛がしてきそうだった。

「汗臭いロッカーやシャワーで見るのと、ベットの上で見るのは別だろうが!」

 だからこいつを一人暮らしさせるのは反対だったんだ! と内心カルツが叫んだ。実家は近くにあるから、マリーがちゃんと面倒を見ているだろうとは思うが、ちゃんと食事をとっているか、変な男に絡まれてないか等々シュナイダーの性格を考えるときりが無く、カルツの頭痛の種は多い。

「判った判った」

 明らかに判ってない様子で手をひらひらさせていると、呆れたような、怒ったような声が不意に二人の間に割って入った。

「……お前ら何してるんだ?」

「ほら、こういう事になる」

 振り返らなくても後ろの声の主が誰だか判る。トラブルの予感にげっそりした表情でカルツが振り返った。

「呼び鈴鳴らしても声かけても出てこないから勝手に入ったら……」

「そういえば呼び鈴壊れてたな……」

 シュナイダーがのんびりそう言った。

「お、落ち着け若林。俺達が何かある訳無いだろう」

 不穏な表情と不穏な声でわざとゆっくり喋る若林に、慌ててカルツがフォローを入れる。

「ま、判ってるけどな」

 冗談だ。と若林が軽く肩をすくめて見せた。理不尽な鉄拳を食らわなくて良かったとカルツが内心ほっとする。シュナイダーの性格と若林の恐ろしさを知っているから一瞬本気で焦ってしまった。

「若林が獣になる前に行った方がいいぞ」

 半ば本気、半ば冗談でそう言い、早々にシュナイダーをシャワールームへ追い出す。

「俺はそんなに節操なしじゃねぇ」

 憤慨したようにそう言う若林とカルツの声が後ろから聞こえてくる。

「どーだか。ワシがいなかったら?」

「……やってたな」

 ほら見ろ! お前マリーちゃんが来たらどうするんだ? お前がしっかりしないとシュナイダーが……云々とカルツが若林に小言を言っているのがだんだん小さくなりながら聞こえたが、シュナイダーは小さいあくび一つして聞き流した。

 シャワーを浴びてキッチンに行くと、朝食のいい匂いと食器の触れ合うかちゃかちゃした音が聞こえた。TVの声に混じって、若林とカルツの声がする。「お代わりあるわよ、沢山食べてね」というマリーの声も聞こえて、無性に嬉しくなる。大切な人たちとの、なんでもない日常がシュナイダーをとても幸せにする。

 今朝見た夢の無い内容は忘れてしまったが、大それた夢では決してなく、こんななんでもない日常の一コマだったに違いないと思う。

若林とカルツがどれだけ食べるか良く知っている(そして自分も)朝食が食べ尽くされる前に……と急いでキッチンへと入っていった。


ENDE


2002年10月 UP

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