狐の嫁入り
たそがれ時の薄闇に、ふんわりと浮かぶあやしいひかり。
あれは何だろうと石切丸が呟くと、小狐丸が耳元にそっと唇を寄せる
狐火ですよ、と囁いた。
日が落ちて夜が来るまでのあわい。心なしか、石切丸の手を握って隣に立つ小狐丸の目の赤が深くなっている気がする。
ほらあれは、狐の嫁入り。
紋付袴の仲人も、赤い傘を差しかける新郎も、綿帽子の花嫁も。付き添いに、黒留袖の母親に、しかつめつらの父親にいたるまで、ピンと立った耳に細い目の狐。
狐火の明かりを先導にしずしずと進む、魑魅魍魎が跋扈する時間に現れた狐の婚礼行列を、石切丸が目を輝かせて見送る。
「幸せになってくれるといいね」
「あなたの寿ぎを得られたのですから、きっと幸せになりますよ」
小狐丸がそう返事をすると、石切丸が小狐丸の肩へ頭を乗せ、甘えるようにもたれかかった。
「次は私たちかな」
口元に笑みを浮かべた石切丸が、ちらりと小狐丸を見上げて呟いた。
赤みを増した小狐丸の瞳が見開き、それを見た石切丸がすいと小狐丸から身を離す。
「……なんてね」
冗談だから、そんな顔をしなくていいよと石切丸が苦笑すると、小狐丸がその腕を掴んで引き寄せた。
「石切丸は、いつ、私の心をのぞいたのですか?」
腕を掴まれてじっと見つめられ、戸惑う石切丸に小狐丸はそう言う。
「え?」
「あなたを私の伴侶にと私が心に決めた事、なぜ知っているのです?」
そう言って、小狐丸は石切丸を腕に抱きしめた。
「私を伴侶に?」
小狐丸の腕の中で思わず声をあげると、小狐丸が愛しそうに抱いた腕に力を入れて返事をした。
「いくら私の伴侶のあなたといえど、心をのぞかれては困ります。あなたに知られては恥ずかしいこともたくさん考えておりますゆえ……」
悪戯めかして小狐丸は言い、腕をほどいて石切丸の目を見つめる。
「たとえば、狐の嫁入りを見て次は私だなどと言う愛しいあなたを今宵どうしてやろうか、とか」
一瞬挑発するように残酷な雄の顔をした小狐丸が、すぐにそれを隠すようににっこりと笑った。
「私に小狐丸の心は読めないよ」
「安心いたしました。私がどれほどあなたを欲しがっているか、私の中であなたがどんな姿になっているか、知られてしまっては一大事です」
狐面のように赤い目を細め、石切丸を見る小狐丸の豊かな髪が薄闇の中でほの白く浮かぶのを見つめ、石切丸の唇から言葉がこぼれる。
「知りたいね」
その言葉に不意をつかれ、小狐丸がはっと石切丸を見ると、石切丸が口元にうっすらと笑みを浮かべて小狐丸を見返していた。
「本当に?」
小狐丸が問うと、石切丸が小狐丸の胸にひたりと触れ、軽く体重を預けながら口を開いた。
今夜、と囁く石切丸の声。熱と、欲と、甘い吐息。
私のものだ。
小狐丸の体の奥から湧き上がる、強い欲求。
「教えてくれるかい」
口元に浮かんだ笑み、期待のこもった紫の瞳。
私のものだ。
小狐丸の瞳が、血よりも濃い赤になる。
「今夜といわず、今すぐに」
小狐丸は短くそう言うと、石切丸の唇を強引に塞いだ
2016.06.26 UP
発出 2016.05.12 こぎ石週間
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