雛知月
直火で炙られ、食欲をそそる焼き色がついた餅に、透き通ったしょうゆだれをたっぷりとかけたみたらし団子。
柔らかめの餅が甘辛いたれとよく絡み、口の中が幸せで幸せで、串を皿に乗せた石切丸はほうとため息をついた。
「共食い」という単語を脳裏に浮かべながら、隣に座る三日月が茶を入れてやる。
昨日歯を立てた柔肌も、白くて甘く、たいへん美味であったなと思いながら、鶯丸と平野から習ったとおりに茶をいれ、湯飲みに注ぐ。今日も機嫌がよさそうなので、食べさせてもらえればとても嬉しい。
鮮やかな緑の水色が美しく、上手く淹れられたと満足しながら三日月は湯飲みを石切丸へ差し出した。
「鶴丸の連れ合いが卵を産んでな」
「え!」
唐突にそう言われ、石切丸が手にした茶をこぼしそうになる。
石切丸の狼狽ぶりを見て、ああすまんと三日月が言い直した。
「鶴丸が縁日で買った元カラーひよこの白色レグホン丸の連れ合いが卵を産んでな」
「いくらなんでもはしょりすぎだよ」
石切丸がたしなめるが、三日月はいやすまんなといつものように大らかに笑う。
「このたび目出度くひよこのぴよ丸が孵ったというので、産祝いを持っていったのだが、こんなに小さくて、鶴丸の手のひらの中でぴよぴよ鳴きながら眠ってしまうのがかわいらしくてなあ」
思い出しているのか、手のひらで包むようなしぐさをして、とても優しい目でぴよ丸がいかにかわいいかをひとしきり力説したあと、三日月は残念そうにため息をついた。
「俺もぴよ丸を撫でてもいいと言われたのだが、どうも怖くてたまらん」
「怖い? ひよこが?」
まさかと、思わず石切丸の声のトーンが上がる。
「小さいものは怖い。力加減がわからん」
三日月は苦笑して、悲しそうに目を伏せた。
「俺もぴよ丸を撫でたいのだがなぁ……。まさか鶴丸から生まれたひよこがあんなに目がつぶらでふわふわしてかわいいやつだとは」
「またはしょったね」
こら、と三日月に突っ込み、石切丸も首を傾げる。
「あまり難しく考えずに、優しく撫でてやればいいのではないかな」
「優しくとは?」
「う~ん、普通に優しく」
「普通というのがいちばん難しいぞ」
「……確かに」
困り果てた三日月の隣で石切丸も困ってしまい、そっと三日月の頭に手を伸ばした。
「これくらいかな?」
優しく、そっと。
石切丸に頭を撫でられて、思わず三日月が目を細める。
「もう少し強く頼む」
「ひよこはいいのかい?」
ふふふと石切丸が笑う。石切丸の肩にもたれ、大人しく頭を撫でられている三日月を綺麗な猫のようだねと思いながら言うと、三日月の頭がすっと離れた。
「うむ、こうやって撫でるか」
手のひらの中のえあひよこを優しく撫でる三日月の姿に、石切丸が平常心でいられなくなる。
「ぴよ丸を見に行かないかい? 私も撫でたいな」
石切丸がそう言うと、三日月の顔がぱっと輝いた。
「ぴよ丸はほんとうにかわいいぞ!」
「うん、なんだか私、今すごく君の願いを叶えてあげたい気分だよ」
真顔でうなずいた石切丸が、今夜君の部屋へ行ってもいいかなと言うのを、団子の威力はすごいなと内心で感心しながら三日月はもちろんと返事をした。
ひよこのぴよ丸はとてもかわいく、その日の夜はとても楽しくて、それから三日月が石切丸にやたら団子をくれるようになった。
終
2016.06.26 UP
発出 2016.02.19 じじ石創作発表会石 お題「撫でる」
「狐月」再録
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