闇深い夜に、新しい年がやってきたことを告げる太鼓の音が響いた。
新年を寿ぐ朗々とした石切丸の声が冷たい夜の空気を震わせ、頭を垂れた刀剣男士たちを祓い清める。
清々しく新年を迎えたあとは、酒や料理を準備してささやかにお祝いを。
美しいしぐさで手を突いて、刀たちが深々と頭を下げる。
あけまして、おめでとうございます。
深夜に行われた修祓式を終えて休むまもなく、朝の暗いうちから祝詞を奏上し、刀剣男士の一年間のご加護を祈念する歳旦祭を済ませた石切丸を見つけ、小柄な短刀が嬉しそうに駆け寄ってくる。
「石切丸さん、石切丸さん!」
「はい、前田さん」
にっこり笑って返事をする石切丸の手を引いて、前田は今しがた石切丸が出てきたばかりの場所へ戻った。
お米や野菜、酒や魚やお菓子など、石切丸がお供えした心づくしの神饌が並ぶ祭壇の前に立ち、見ていて下さいねと言うと、手水で身を清めた前田が、丁寧に二拝二拍手一拝した後に石切丸に向き直る。
「参拝客です!」
退屈していたときについ呟いた独り言を覚えていてくれたのだ。
お参りの作法もきちんと予習して来てくれたらしき前田の気持ちが嬉しくて、石切丸の顔がほころぶ。
「じつはね、今日なら参拝者が来てくれるのではないかと思って、おみくじを準備していたんだよ」
小さな短刀に石切丸さんかわいいなぁと思われているのも知らず、ウキウキの御神刀がおみくじをのせた三方を両手で取り、前田に差し出した。
「さぁ、吉凶を占ってさしあげよう」
その厳かな声に導かれるようにおみくじを一つ手にとり、石切丸の手のひらに乗せる。前田が選んだおみくじを開いた石切丸の顔に、おや、という表情が浮かんだ。
「中吉。待ち人来る……だね」
前田にずっと待っている刀がいるのを知っている石切丸が、そう読み上げるとにっこり笑った。
「待ち人来る……ですか! 石切丸さんのおみくじですから、きっと叶いますね」
「前田さんのお願いが叶うように私も頑張るよ」
ぱっと顔を輝かせた前田に優しく微笑みながら石切丸はそう言った……半日のち。
「僕はてっきり、君の『頑張る』はご祈祷のことだと思っていたんだけどね」
歌仙兼定は、刃についた血を丁寧に拭いながら呆れたようにこぼした。
「急に夜戦に出たいなんて言うから何事かと思ったら、まさか、戦で頑張るの方だったとはねぇ」
「御神刀としては問題かなっ!」
細く狭い路も、何もかも隠す闇も、大太刀の石切丸の最も苦手とするところだ。京都の夜を何度も戦い、案の定不得手な夜戦で疲れきってぼろぼろの石切丸がごまかすようにあははと笑う。
「確かに主は一戦もすれば一期一振殿がやってくる可能性があるとは言っていたけれど、刀装を無くす前に帰城する戦法は実用一辺倒で雅に欠けるね……」
資源のない貧乏本丸のため、貴重な刀装を減らすわけにはいかない。大太刀が傷つくなんてもってのほか。そこで生み出した、ちょっと戦ってはすぐ撤退するせこい戦法を歌仙が嘆く。
「おかげで石を避けるのが得意になってしまったよ」
石切丸はにこにこ笑うが、高貴な御神刀に貧乏暮らしをさせ、あげく変なスキルを身につけさせたと石切丸の身内が知れば卒倒するのではないかと歌仙は思った。
「歌仙さんの美味しいお節のおかげで、出陣しても出陣してもまだ桜が舞っているよ」
「豪華なご馳走ではないけれど、手間はかけたからねぇ」
細かく包丁を入れて菊の花にみたてたかぶの酢の物、よく味の染み込んだ海老のうま煮、つやつやの黒豆、香ばしいくるみ入りごまめに上品な甘さの栗きんとん……。
思い出してうっとりしている石切丸を見て、歌仙がくすりと笑った。
「本来お節は骨休めのためのものと言うけれど、元旦から出陣したついでに、帰ったらもう一仕事、なにか作り足そう」
その言葉だけで疲れが吹き飛んだらしき石切丸の喜びようを見てとろけるように笑い、歌仙は目線を移した。
「奮発してご馳走をね」
そう言った歌仙の視線の先には、ずっと待っていた刀とようやく出会え、思わず泣いてしまった弟を優しく抱きしめる一期一振の背。
「さすが、霊験あらたかな御神刀のおみくじだ」
「おや、これで参拝者がますます増えてしまうかな?」
石切丸はそう言って冠を外してひっくり返すと、やにわに懐から取り出したものを入れる。
歌仙さんもどうぞと戦場で突然差し出されたおみくじを前に、歌仙兼定は猛烈に困惑した。
終
2016.06.26 UP
発出 2015.01.09 石切丸ワンライ お題「おみくじ」
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