とろとろ、ふわふわと、心地よくまどろんでいたら声が聞こえた。
 低く優しい声が名前を呼ぶので、はいと返事をして目を開けると、そこには、柔和な笑みを浮かべた石切丸がいた。
 あ、石切丸さん。
 慌てて起き上がり、石切丸と向かい合う。
 違和感を感じた。
 きらきらと美しい光を放ち、白い装束の石切丸は、人に寄り添い、その願いを叶えてきた親しみやすさが消え、透き通った玉のような、冷たいほどに美しい神気を纏っている。
 神威の高いどなたかが、自分が知っている優しい御神刀の顔を借りて来られたのか?
 不思議に思いながら石切丸の顔をした神に頭を下げると、石切丸と違わぬ、でも違うとはっきり判る声が頭上から降ってくる。
「前田さんに贈り物をさしあげよう」
 顔を上げると、艶やかな紅い漆で塗られた箱を差し出される。
「弓や銃を扱える能力を」
 箱を受け取った前田に、また箱が差し出される。
「夜でも戦える目を」
「誰よりも速い体を」
 ありがたく拝領しますと前田がそれらの箱を恭しく受け取ると、そして、と石切丸の顔をした神が別の箱を手にした。

「すぐに傷つく体を」
「近くにしか届かない短い刀身を」
「深手を負わすことができない軽い刃を」
 
 美しい黒塗りの箱を前に、前田が怯えた顔をして首を振った。
 その箱の中身は、合戦場を遡るにつれて苦しんできた悩みそのもの。
 すぐに重傷を負って部隊を帰城させ、大太刀のように敵を複数屠ることもできず、なにより、敵が強くなるにつれて、刃が通らない。

「その箱はいりません!」
 礼儀正しい前田が思わず叫んだ。
「前田さん、紅い箱の贈りものと、黒い箱の贈りものは、対なんだ。どちらか一つというわけにはいかないんだよ」
 前田を見下ろす石切丸は、噛んで含めるように言い聞かせ、嫌がる前田に受け取るよう有無を言わさず箱を差し出す。
「前田籐四郎は、すぐに傷つくし、強い敵は倒せない。みんなの足を引っ張っているんです……!」

 体をゆすられ、自分の声で、夢から目覚めた。
 ひどく悲しい気持ちで顔を上げると、炬燵に入って膝枕をしてくれていた石切丸が心配そうに前田を見ている。
 あ、ほんものの石切丸さんだ。
 安心して膝に顔を埋めると、大きな手が優しく頭を撫でてくれる。
「起こしてすまないね。少しうなされていたから」
「気にしていたことを、夢に見てしまったようです……」
 たぶん、目覚める寸前に叫んだあの言葉は石切丸に聞かれているだろう。
「だから、最近元気がなかったんだね」
 前田を心配している石切丸の声が優しくて、よけいにみじめな気持ちになった。
「前田さん、私の話を聞いて欲しいのだけれど」
「…………」
「軽い体は、傷つきやすいかもしれない。でも、軽い体だからこそ前田さんは誰よりも速い。いい所はわるい所でもある。表と裏のようにね。だから、自分の悪いところばかりが頭に浮かぶときは思い出すんだ。悪いところは、いいところの裏返しでもあるはずだと」
「はい」
 小さく頷いた前田に石切丸が微笑みかけ、ふと厳しい目をする。
「今の合戦場は、私のような大太刀に有利だけど、この間、初めて夜戦を経験したときに私は無力だった」
 視力を奪われ、敵がどこから攻撃してくるかも判らず、有利であるはずの長い刀身が同士討ちを招く。その恐れで刀が振るえない。
 初めてそれを経験したときの恐怖と無力感を思い出して、石切丸の表情が険しくなるが、すぐにいつもの優しい表情を取り戻して前田に笑いかける。
「夜戦が続けば、きっと私は今の前田さんのような気持ちになるんだと思う。その時は、前田さんに頼るから、その時はよろしくお願いするよ」
 にっこり笑った石切丸の、自分を励ましてくれようとしている気持ちがうれしくて、前田はごそごそとこたつから出て石切丸の前にきちんと改まって正座した。
「夢の中で贈りものを貰ったんです。石切丸さんの顔をした神様から……。夢じゃない石切丸さんも、素敵な贈りものをありがとうございます。目が覚めました」
 畳に指を突き、深々と頭をさげる前田に石切丸が慌てる。
「私はなにもあげていないよ!」
「いただきました! さっきのお言葉、大事にしますね」
 溌剌さを取り戻した前田がうれしそうに笑ってそう言うと、元気が出たのならよかったと石切丸が笑い返す。
「ほら、贈りものといえばこれがあるよ。見ての通り、私からではなくて歌仙さんからだけどね!」
「あ、綿入れ!」
 裏地が派手な花柄の、どことなく雅さが漂う気がする綿入れを前に前田の顔がぱっと輝く。
「あたたかいです!」
「喜んでもらえて恐悦至極」
 さっそく綿入れを着た前田がうれしそうに言うと、お茶と茶菓子を載せた盆をてにした歌仙がちょうど部屋に入ってきたところだった
 歌仙お手製の雅な綿入れを着てうれしそうにはしゃぐ二振りからお礼を言われ、とろけるような笑顔で返した歌仙がお茶を淹れながらため息をつく。
「喜んでくれたのはうれしいけれど、まったくこの本丸は寒すぎるよ。光熱費をけちって一部屋に集められるなんて雅じゃない」
「でも、みんなでこたつを囲んでおしゃべりするのは楽しいです」
「こんな素敵な綿入れも作ってもらえたしね」
 愚痴を言う歌仙に、綿入れとこたつでぬくぬくの前田と石切丸が口々に言う。
「貧乏でよかったねぇ、前田さん」
「貧乏でよかったですね、石切丸さん!」
「いいわけないだろう!」
 おかっぱに切りそろえた髪を揺らし、ねーと顔を合わせる前田と石切丸に歌仙が呆れた声をあげた。







2016.06.26 UP
発出 2015.12.23 石切丸ワンライ お題「おみくじ」


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