白く細い足がたくさんの擦り傷と泥で汚れている。
 指一本動かすのも億劫なほど疲れ果て、本丸に帰還するや否やうつろな目をしてその短刀は座り込んだ。
「……疲れましたね」
 敵と戦い続けたときも、悪路をひたすら進んだときも、愚痴一つ零さなかった前田籐四郎がポツリと呟く。
 張り詰めていた心が、出迎える者もないがらんとした本丸を見たときに折れてしまったのだろう。
 そんな時でも、あとから帰還した石切丸の世話をしようと前田はすぐに立ち上がった。
「遠征に、戦闘にと出ずっぱりだったからね」
 石切丸は、身も心もすり減らした様子の前田の厚意を断らず、世話を受けながらそう声をかけると、前田は無言でうなずいた。
「鍛練所を見てきたかな? 明日には新しい仲間が来てくれるよ。私たちの助けになってくれずはずだ」
「はい」
 石切丸の言葉にも、丁寧に汚れを拭う前田がうつろな返事をする。
 うっすらと血のにじむ石切丸の頬の傷をそっと拭うと、我慢できずに手が止まった。
「石切丸さんが、ずっと傷だらけのままです。もう何日も……」
 生気のない顔に感情が戻り、石切丸さんはとても綺麗な刀なのに、こんな姿のまま手入もできないなんてと嗚咽する。
 悔しさと、押し寄せる不安に震えている手を握り、石切丸が安心させるように前田に笑いかけた。
「私はまだ平気だよ。今は仲間を増やすことを優先しよう」
「でずが、一番頑張ってくださっているのに、これでは酷すぎます」
 優しい刀なのだろう。自分こそ体も心も疲れ果てているはずなのに、石切丸のために泣いている。
 石切丸はしゃがんで目線をあわせると、気丈な短刀がぽろぽろと流した涙を優しく拭う。
「まず、暖かいお風呂に入ろうか。今日は冬至だから柚子湯にするからね。それから、歌仙くんが煮てくれたかぼちゃを食べよう。疲れを取って、美味しいものを食べればきっと元気になるよ」
「……あまり、食欲がわきません」
「前田さん」
 石切丸からぷいと目線を外してそう言った前田をたしなめるように名を呼ぶが、前田は俯いたまま石切丸を見ようとしない。
 一瞬困った顔をした石切丸が、ぱっと顔を明るくしていいことを思い出したよと言う。
 思わず前田が顔をあげると、石切丸が嬉しそうににっこり笑った。
「柚子湯に入るときにね、一陽来復と唱えるんだ」
「いちようらいふく?」
 前田が不思議そうな顔で繰り返すと、石切丸は力強く頷いた。
「運気がよくなるおまじないだよ。冬至に一番弱くなった太陽の力が明日から増していくように、私たちの運もどんどんよくなっていくんだ」
 忘れないようにか、いちようらいふくともう一度呟く生真面目な短刀の細い肩を掴んで石切丸が顔を覗き込む。
「辛いだろうけど、今が一番どん底だからね」
 前田を案じる石切丸の顔にまた泣きたくなったがぐっとこらえた。
「歌仙くんと君だけだったこの本丸に、私が来て、今日だけでも、五虎退さんと薬研さんが来てくれた」
 肩に触れた大きな手が温かい。石切丸の優しい声も、心に温かく広がっていく。
「明日からは、もっとよくなるよ」
 にっこりと笑う石切丸を見ていると、本当にそう思えてきた。石切丸さんは不思議な方だと思っていると、ふふっと笑って石切丸がぽんと肩をたたいた。
「一期一振さんもきっと見つかるからね」
 兄の話をしたことはあったけれど、そんなに会いたそうな顔をしていたかと赤面する。
 だから、頑張ろう。
 石切丸の言葉に今度は素直にうなずくと、石切丸も嬉しそうに首をかしげて笑い、立ち上がってくんくんと鼻を利かせる。
「ああ、厨からかぼちゃのいい匂いがしてきた。お腹すいたねぇ」
 のんびりした石切丸の声につられて、前田のお腹も小さくクゥと鳴った。
「はい、僕もお腹がすきました!」
 歌仙さんをお手伝いしてきますと駆け出していった前田の背が廊下を曲がって消えると、石切丸の顔から笑みが消え、苦痛に顔をゆがめてずるずると座り込んだ。
 傷の痛みを息を吐いて逃がしながら、口の中で呟く。

 一陽来復

 資材はなくとも、先の見えない戦いは続く。

 一陽来復

 それでも、私をには強くて優しい仲間たちがいるから。

「明日からはきっとよくなる」

 痛みをこらえて自分に言い聞かせるように呟き、もう一度大きく息を吐く。
 立ち上がって笑顔をつくり、石切丸は前田を追ってゆっくり歩き出した。





2016.06.26 UP
発出 2015.12.11 石切丸版ワンライ お題「冬至」


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