雪は止んだかなと僕の頭の上で声がした。
 そうだね。あの様子だと庭に雪が積もっているかもしれないよと僕が返事をすると、絡ませていた足が引かれる。
 重ねていた手のひらも離れ、不満に思った僕が片目を開けると、障子を手にかける石切丸の後姿が見えた。
 石切丸が障子をあけると、さぁっと明るい月の光が部屋に差し込む。
 ああ、雪だ。
 雪に月の光が反射してとても明るい。
 月が照らす、障子にかかった石切丸の綺麗な手や、白い夜着の後姿を見て、僕は、こうなる前の石切丸とのことを思いだしていた。
 まさか、あの石切丸とともに夜をすごす事になるとはね。
 出陣の時間になってもまだ加持祈祷をしているマイペースなところに振り回されたし、神剣であることや大太刀であることに複雑な抱いて辛く当たってしまった事もある。
 偶然や必然を経て、喜びも、怒りも、悲しみも、楽しみも、すべてを二人で味わい分かち合っていまその後姿を見ているのだと思うと、いろんな思いで胸がいっぱいになった。

 雪月花の時 最も君を憶ふ

 僕の呟きに、月に照らされた冬の庭を見ていた石切丸が振り返る。
「白居易だね」
 うんと僕がうなずくと、石切丸がふふっと笑った。
「君が、月に照らされた雪の庭を見て詩を諳んじたと知ればきっと歌仙くんが喜ぶよ」
 それが、石切丸に温めてもらった閨の中から言ったと知られればまた関節技をかけられるだろうけどね。
「でも、雪と月はあるけれど、花がないねえ」
 残念そうに言う石切丸を布団から体を起こして頬杖ついて眺める。
「あるよ」
「どこに?」
「君」
 庭に椿でも咲いていたかときょろきょろ見回す石切丸にそう言うと、石切丸が不思議そうな顔で僕のほうを見る。
「私?」
「石切丸は僕の花だから」
「青江くんは面白い事を言うね」
 せっかくの告白も、冗談だと思われた石切丸に笑われた。僕もまだまだ修行が足りない。
 日本号や三日月宗近が石切丸に言ったならどうだったのだろうかとつらつら考えていると、石切丸が僕の目の前に正座して座り、笑ったままの顔で僕を覗き込んだ。
「それで、君は雪月花をみて誰を思い出しているのかな? 遠くにいる友を偲んでいる詩だろう、これは」
「君」
「私は目の前にいるけれど?」
「それでもさ」
 先ほどと同じ言葉を繰り返すと、石切丸がまるで子供をあやす様な優しい目で僕を見る。僕はちょっと意地になって口を尖らせた。
「はじめて会ったときの君とか、初めて好きだと言ってくれたときの君とか。懐かしいなって思っていたんだよ」
 僕の言葉に、なぜか石切丸が黙り込む。
 僕が見つめているのに気がついた石切丸は、僕の目を捕らえながら口元に笑みを浮かべると、急に正座の足を崩した。
「青江くん、花はここにあったよ」
 伸ばした足を引いて片膝をたてる。裾がわれて肌が見え、さきほど強引に石切丸の足を開かせたことを思い出して、僕の体の奥で燻っていた情欲の火が熾る。
「ほら」
 私のからだに、君が散らした花。
 石切丸が僕に見せ付けるように肌を覆う夜着を手で捲り上げると、赤いあとが残る白い太ももの付け根まで露にした。
 僕との情交の証を見せつけて、石切丸は笑っている。
「……君は御神刀のくせにどうしてそんな事をするかなぁ!」
「おや、私のせいにする気かい? 君が咲かせた花じゃないか」
 思わず起き上がって抗議するように言う僕に、目を細め、くすくす笑っていた石切丸が、ふと真剣な表情をした。
「私はここに居るよ。 君の記憶の中の私などではなく、目の前の私のことだけ想ってほしいな」
 まるですがるようだった。痛いほど僕を求める石切丸から目が離せず、動けなかった。
「君が欲しいんだ。全部だよ。昔の私にだって少しでもとられたくない」
 もうだめだ。抑えきれない。
 石切丸が愛しくてたまらなくて、乱れた夜着のまま言う石切丸を抱き寄せて邪魔な布を剥ぎ取る。石切丸は僕にされるがままだった。 
「僕を挑発して、今まで見たいに優しくしてもらえると思っているならどうなっても知らないよ」
 石切丸は何も言わず、腕を伸ばして白い首筋に噛み付く僕を抱きしめた。





2016.06.26 UP
発出 2015.12.05 にか石ワンライ お題「雪」


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