青白く燃えるのは憎悪の炎だろうか。
 呪われた印の元にやってくる異形の軍勢は、かならずそれを身にまとわりつかせていた。
「死の足音というのは、どんなものなのだろうねぇ?」
 薄い唇にうっすらと笑みを浮かべ、青江は周りを取り囲む鎧武者たちを見回した。
 鎧武者の足下には、切り殺された時間遡行軍の大太刀が踏み潰されて無残な肉塊となっている。
「耳を澄ませてごらんよ? 君たちみたいな見た目だけの連中にも聞こえるかもしれないよ」
 青江は、三体の検非違使に取り囲まれながらおどけた言葉を口にする。怯えて震えるどころか、楽しそうなそぶりさえ見せる青江に向かい、検非違使が殺した相手から奪った大太刀を無造作に岩に叩きつける。
 がきんと金属と岩がぶつかる不愉快な音がして、曲がった刀身が衝撃で壊れた柄から飛び出す。青江の足元に転がってきたそれは、刃はこぼれ、形を保たず、もはや刀とは言えない。
 暴力と憎悪によって、かつての敵を陵辱した相手を青江は冷たい目で見ると、ッフフと声を上げて笑い出した。
「それは僕に聞かせているのかな? 耳はいいつもりでねぇ。そんなわざとらしい音でどうする気だい」
 青江に狙いを定め、太刀を構えた検非違使にも臆せず、青江は笑みを浮かべている。
 あと数瞬で、死を迎える。
 足音が聞こえる。
 検非違使の三振りの刃が青江を貫こうと眼前に迫った。青江を守る刀装はもうない。
「ほら、来たよ」
 殺される寸前の青江が首をかしげ、にっかりと笑った。
 聞こえるだろう? 石切丸というんだよ。
 そう言うのと、青江が首を傾けた方向より馬が飛び込んでくるのは同時だった。先頭の検非違使を馬上よりの一太刀で吹き飛ばし、後ろの検非違使にぶつけて倒すが、三人目の検非違使は冷静に青江を追い刃を突き出した。間一髪、飛び退った青江の細腰を力強い腕がさらう。
 緑色の衣の袖が翻り、向かってきた刃を避けて青江は顔を背けた。一瞬前まで青江の頭があった空間を刀が切り裂き、かろうじて死につながる斬撃を免れた青江の頬にさっと赤色が走る。
 検非違使の攻撃もそれまでだった。
 しばらく腕の力だけで青江を支えていた石切丸が、逃げおおせたと判断してやや速度を落とし、ぐいと腕を上げた。
 鞍の前まで青江持ち上げると、青江はすとんと器用に馬上へ降りる。
 石切丸と青江が技量のある騎手であったことも幸いし、二人を乗せても望月は矢のように走り続ける。戦場を抜けてあらかじめ申し合わせていた合流地点へ向かう途中に、独り言のような青江の呟きが石切丸の耳に入った。
「殺してやる」
 冷静な声と、その小柄な体から放たれる殺意が恐ろしくアンバランスで、不安に思った石切丸の眉がしかめられる。
「獲物を横取りされてねぇ……。このまま許すわけにはいかないよ」
 口調は軽いが、青江の目は大きく見開かれて一点を見据えている。
 その眼前に浮かぶのは、無念と苦悶の表情で転がされた大太刀の首か。
「次は殺してやる」
 青江の落ち着いた声がもう一度そう言うと、石切丸はためらいながら口を開いた。
「私は、戦は好きではないけれど、戦う君は好きなんだ」
 とつぜんそう言った石切丸を青江が見上げる。馬を走らせながらなるべく青江を目を合わせ、石切丸は続ける。
「とても美しいと思ってしまうんだ。けれど、君が傷ついている姿を見ると、そう思ってしまったことをすごく後悔する」
 ちょうど、今みたいに。
 そう思ったことは口に出さなかった。
「どうして? 僕は嬉しいよ」
 青江は石切丸の言葉にもしんそこ不思議そうに首をかしげ、石切丸は思わず声を荒げた。
「どうしてって……、君が折れてしまうかもしれないんだぞ!」
「そりゃあそうさ。戦っているんだからいつかは折れる。それと僕の戦い方が美しいというのは別の話だろう?」
「私はそういう風に割り切れないんだ!」
 まるで死を他人事のように言うのは、青江にとってそれが特別な事ではないからだ。死にたいわけでもないし、生きる理由も十分ある。それでも、青江は必要とあれば死への境目をためらいなく越えてしまうだろう。それもきっと簡単な理由で。細くもろい体で、敵中へ飛び込んでいく青江の姿を見れば判る。
 それは絶対に起きてはならないことなのに。それなのに、戦う青江は美しい。
「誰にも必要とされずに朽ちてしまうくらいなら戦場で折れたほうがずっと幸せなんだけどなぁ、僕は……」
 青江はある日突然いなくなってしまうのではないかという不安が付きまとう。それはだめだと声を荒げる石切丸を青江は判らない。
 青江と石切丸の言葉はすれ違い、とうとう青江は途方にくれてしまった。
「すまないね。私は君の気持ちを判ってあげられないよ」
「いいんだ」
 青江はゆるゆると首を左右に振る。
「きっと、君と僕はそのほうがいいんだ」
 独り言のようにつぶやくと、青江は石切丸を見上げ、安心させるように笑った。
「だって君は、憎悪から僕を浚ってくれたもの」
 あのままでは、きっとやつらと一緒になるところだったからね。と青江は言って、手綱を握る石切丸の手に自分の手を触れさせてぎゅっと握る。
「僕みたいに、血のにおいに心が騒がしくなる君は見たくないよ」
 石切丸の手の暖かさを感じると、青江の中に優しさと安心が満ちる。
 たまに言いあったりもするけれど、石切丸が石切丸で本当によかった。
「また、戦に僕をとられそうになったら……」
 青江が手を伸ばして石切丸を引き寄せ、耳元で囁く。
「僕をさらって」





2016.06.26 UP
発出 2015.11.28 にか石ワンライ お題「さらう」


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