水干を着た猫がいる。
猫だけじゃない。重々しい直衣を着た龍がいて、こざっぱりとした袴姿の獅子がいて、虎もいて鼠もいて牛もいる。それから、午、蛇、鴉、鶏、狐、猿と兎と亀。
ゆったりと雅な平安装束を身に纏った、神様のお使いの動物たちが石切丸を囲んでいる。
「蛍丸さまにご朗報がございます!! こちらのお手紙をお渡しくださりませ」
「名高い石切丸さまにお会いできるとは、他の狐どもにも自慢できまする」
「石切丸さま、家宝にしますゆえどうかこの色紙に一筆」
「太郎さまと次郎さまはお元気でございますか? 次郎さまはお酒を飲みすぎておられませんか?」
「じつは腫れ物に悩んでおりまして、石切丸さまのお力をお借りしたく……」
石切丸がいると聞きつけた神使たちが石切丸の気を引こうと羽ばたいたり跳ねたりしながら好き勝手な事を口々に言うので、真ん中で立ちすくんだ石切丸が苦笑している。
さすが、かつて源氏の名刀として歴史に名を轟かせた、霊験あらたかな御神刀だねぇ。
まるでアイドルだと、少し離れたところから青江が石切丸を見守っていると、赤いものがそろそろと近づいてくるのに気がつく。
あ、蟹。
青江の目線に気づいたのか、足元で小さな蟹が挨拶をするように鋏を振り上げた。
「にっかり青江さま、お久しゅうございます。たまにはお顔を見せに戻って来られませ」
蟹を手のひらに乗せ、近いうちに丸亀へ帰るよと伝えると、金刀比羅宮のお使いの蟹は嬉しそうに泡をぷくぷくさせた。
「君は石切丸のところへいかないのかい?」
「踏まれますので」
「やっぱりそれかあ」
困りはてているものの邪険にもできない石切丸を助けるべきか青江が悩んでいると、 神使たちが石切丸を巡ってついに喧嘩をはじめる。
「うちの社にはまこと美しく気立てのよいヒメさまがおりまする」
「うちのお社のヒメさまのほうがあちらのヒメさまよりお美しいですし、うちのお社のほうが格式があって参拝者も大勢おりまする!」
「なにをこの田舎神社の午め!」
「鴉ごときがうちと張り合うとは笑わせる!」
鴉が首の毛を逆立て、前足で地面を蹴り威嚇する午とにらみ合う。その間にも、他の神使たちは容赦なく石切丸に詰め寄ってくる。
「これを機にご縁を賜りたく」「ぜひ我がお社へも一度おいでませ」「源平のお話をお聞かせください」
石切丸さま石切丸さまと四方八方から呼びかけられ、石切丸は困りきった笑みを浮かべた。
石切丸が申し訳なさそうに青江へちらりちらりと視線を送ってくる。
遠征途中で足止めしているのはもちろん、青江を一人でほっているのを気にしているのだろう。
そんなに見なくていいのにさぁ。
あまりにも何度もこちらを見てくるので、あからさますぎやしないかと青江のほうが心配になる。
何度目か青江と目を会わせた石切丸が、「ごめん」と口の形で伝えてくる。
青江は笑って頷き、石切丸の元へ歩み寄った。
はいと青江が蟹を差し出すと、石切丸が思わず手のひらを差し出したのでそっと乗せる。
顔を傾けると、綺麗な髪の毛がさらりと流れ、青江は石切丸の耳元へ唇を近づけた。
「あとで」と石切丸だけに聞こえるように言う。
「うん、あとで」
石切丸が返事をすると、とんと軽く青江の手が石切丸の手にぶつかった。偶然かと思ったか、触れた瞬間に、石切丸の小指に青江が小指を絡ませる。
石切丸がはっと青江を見ると、薄い唇をかすかに開いて青江が妖艶に笑い、くいくいと指で石切丸を招いた。いわれるがまま石切丸が青江へ顔を近づけると、石切丸の耳と自分の口にそっと手を添えた青江がひそひそと囁く。
「あとで、君を独り占めするからね」
一瞬で顔を赤くした石切丸が頷くと、きゅっと小指に力を入れられる。
「約束だよ」
青江の小さく甘い声に、今度は石切丸が青江の手ごと力強く握り返した。
二人だけの秘密の指きりのあと、申し合わせたようにすいと二人の手が離れ、振り返らずに、石切丸をその場に残して青江が歩き出した。
私にはもう、心に決めた大脇差がおりますので。だってさ。
石切丸を婿にしようと喧嘩しだした神使たちに、石切丸が言った言葉を思い出して、青江は思わず幸せな顔になる。
約束、果たしてもらわなきゃね。
一晩中君を独り占めするから。
青江が上機嫌に笑い、少しの間だけ石切丸を貸してあげることにした。
終
2016.06.26 UP
発出 2015.11.10 にか石ワンライ お題「指きり」
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