ねぇなぜ嘘をついたんだい。
 石切丸の耳元で青江が囁く。
「あんな事をしておいて、僕が『友達』だったって」
 目だけを大きく見開いたまま動かない石切丸に、青江が笑いを含んだ声で続ける。
「……君じゃないよ」
 青江のほうは見ずに、石切丸が体の奥から搾り出すように言葉を吐き出した。
「僕だ」
「君じゃない。君は友達だ」
 即答した青江に、かたくなに否定する石切丸の声が被さる。
「誰が君にそんな事を教えた?」
「僕だよ」
 苛立ちと怒りを含んだ怖い目を石切丸が青江に向けると、青江は、むしろその目を愛しむように唇を釣り上げてにっかりと笑った。
 ところどころに血が染み込んだ、使い込まれた深い紺色の手帳を石切丸の目前に突きつける。
 石切丸が浮かべた絶望の表情を見ながら、そう。と楽しそうな声色で青江が言った。「最初の僕の手帳だよ」
「全部、書いてあった。君の事。僕の事。僕が君に何をしたか、君がそれにどう反応したか。全部」
 まるで悪戯を楽しむ子供のように青江の声がはしゃいでいる。石切丸の顔は紙のように白くなり、強く目を閉じた。
「そんなもの、もう、意味はないよ」
 石切丸の冷たく抑えた声がそう言う。感情を消し、無表情の石切丸を見て青江がくすりと笑った。石切丸の唇の端がわずかに震えている。
「解けた鎖の鍵を見せられても、私は……」
「解けた?」
 青江の苛立った声が石切丸の言葉を遮った。
「よく言うよ」
 嘲るように鼻で笑い、なんで僕が怒ってるのか判らないのかなとわざとらしい大声で呟くと、石切丸の目を見た。
「君はまだ縛られてる。前の僕にね」
 もう、何もかも知られているのだと石切丸は悟った。 嘘をついたのがなによりの証拠だと畳み掛けられ、息が止まるほど胸が苦しくなり眉根をよせてうなだれる。
「ねぇ、なぜ僕に嘘をついたんだい? 正直に言ってくれれば、僕は君の友達になれたかもしれなかった」
 目を閉じて一人の世界へ逃げた石切丸の上に、青江の悲痛な声が降る。
「どうして僕に付け入る隙を与えたの?」
 青江の頬に涙が伝わる。心の底から答えが欲しくて、責めて言葉をぶつけても石切丸は答えない。
 涙がいくすじも頬を伝ううちに、青江の唇に笑みが浮かんだ。
「ああ、そうかぁ」
 泣き笑いの顔で青江は言うと、石切丸の両頬を手で挟んで顔を上げさせ、強引に目を覗き込んだ。
「縛られたかったんだね、僕に」
 石切丸を覗き込む金色の目の奥から、狂気がにじみ出る。
「青江くん。もう、無理なんだ、私は……」
 石切丸は、青江を拒絶して首を振った。
「あんな事は、もう、できないよ」
「僕が折れて安心した?」
 青江の問いに、石切丸は思わず青江の目から逃げた。
「したんだ!」
 ぱっと青江の声が明るくなり、石切丸の顔に苦悩が浮かぶ。
 違うと叫びたかった。叫べないのは、あの胸を引き裂かれるような苦しさも、肉がぐずぐずに融けるような悦楽も、目の前の青江には触れさせずに穏やかな日々をすごして欲しかったから。
「いいねぇ。そういうの。もっとぶちまけなよ」
 ふふふと楽しそうに青江が笑う。
「御神刀さまの中に溜まった、どろどろした汚いもの、僕が全部見てあげるから」
 ああと石切丸が絶望の声を上げた。この刀は一振りめも二振りめも同じ声で同じことを言う。
「もう、友達じゃなくなるね」
 青江はそう言うと、涙を流す石切丸の顔を楽しそうに見た。
「僕の事は好きだった? だからあんな事をしたのかい?」
「青江くん、君まで彼に縛られる事はないんだ。まだ間に合うよ」
 石切丸が震える声で懇願しても、青江はにっかり笑い、「もう無理だね」と切り捨てた。
「この手帳を見たとき、僕が何を感じたか判るかい?」
 無言で涙を流す石切丸に、青江は薄く笑った。 
「嫉妬だよ。僕は君と彼……。いや、僕に嫉妬した」
 石切丸が絶望の表情で首を振るのを青江は愉快そうに見た。
「僕はいい友達だったかな?」
 力なく頷いた石切丸の唇に、青江の指が触れる。
 そのまま指を口腔に押し込むと、石切丸は抵抗せずに青江の指を受け入れた。
 言葉はなく、温かい口の中を犯すぐちゅぐちゅという音だけが二人の間を流れる。
 零れた唾液がしたたる石切丸の口から指を引き抜き、青江が味見でもするようにその指を口に含んだ。
「夜まで時間をあげるよ。神様にお祈りでもしたら?」
 死刑宣告のようにそう言うと、青江は石切丸に背を向けて歩き出した。





2016.06.26 UP
発出 2015.11.06 にか石ワンライ お題「縛る」


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