蔵に積まれた、大きな小判箱、中くらいの小判箱、小さな小判箱。
 にっかり青江は、見せ付けるようにいくつも小判箱を開け放ち、まぶしい黄金色で蔵を輝かせると、恭しく箱の上に石切丸を座らせた。
「この小判、僕から君への愛情だと思って受け取って欲しい」
 石切丸の前に跪き、小判を掴むとこれ見よがしに落として金と金がぶつかり合う音を聞かせる。
 莫大な黄金をちらつかせ、どうか、僕のものになってくれと懇願する青江を石切丸は冷たく見下ろし、ふいと顔を反らせた。
「このような現世のものなどいらないよ」
「ではどうすれば御神刀さまは僕の愛を受けとってくれるんだい?」
「そうだね、君が私への愛を表したいというのなら……」
 恥も外聞もなく石切丸の膝へ取りすがる青江を、石切丸が哀れみの目で見ながら少し考え込んだ。
「もう一度、石灯籠を切って欲しい」
 そう言うと、石切丸は美しく残酷な笑みを浮かべた。
 そうすれば、私は身も心も君の自由だ。
 微笑む石切丸の言葉を聞いた青江が、いきなり立ち上がって頭を抱えた。
「もう一度! 僕が! 石灯籠を!!」
 オーバーアクションのあと、真顔で石切丸を振り返る。
「ここに歌を入れてミュージカルにしたほうがいいかな?」
「劇団にっかりはついにミュージカルまではじめたのかい……」
「いや、やってるのは僕だけじゃない。骨喰が記憶喪失ネタふったら脇差みんなこれするよ」
「脇差部屋は相変わらず楽しそうだねぇ」
「君だってノリノリだったよね? 三条には負けられないよ」
 遠征で手に入れた小判箱を二人で運んできたところで始まった謎の小芝居に付き合ってしまった石切丸が咳払いをすると、蔵の入り口に人影が現れた。
「間男の役なら俺がやってやるぞ」
「このお話は石切丸と僕が結ばれてめでたしめでたしだから出番はないよ、三日月さん」
 振り返らずに青江が言うと、三日月が笑う気配が伝わってきた。
「ほう、ではおまえがもう一度石灯籠を切るのだな」
「そうだね。石切丸のためなら、もう一度切ってみせるよ」
 青江が立ち上がり、振り返って三日月を見ながら言うと、三日月はその不思議な目に不思議な色を浮かべていた。
 この刀はどうもつかみどころがない。
「よく言った。その言葉、しかと聞いたぞ」
 何かを内に含めた様子の三日月が嬉しそうに笑い、青江の心を見透かすようにじっと見る。青江が居心地の悪さを感じて口を開こうとすると、青江より先に三日月が口を開いた。
「にっかり、主が呼んでいる。出番だ」
 三日月の言葉に石切丸と青江が顔をあわせた。

 それは、突然庭に現れたのだと主は言っていた。
「おや、いかした神前灯籠だねぇ」
「誰がこんなところに」
 青江は楽しそうにくすくす笑い、石切丸は困惑して突然現れたのだという石灯籠に触れる。
 手触りは普通の石と同じ、中を覗き込んでみると、小さな声が聞こえた。
「猫?」
 言いながら振り返ると、後ろで腕を組み、石灯籠を調べている石切丸を見ていた青江が頷いた。
「間違って入ってしまったのかな? 助けてさしあげよう」
 独り言を呟きながら石灯籠を動かそうとした石切丸の表情が曇る。
「おかしいね。この石灯籠、動かそうとしてもびくともしないよ」
 大太刀の、しかも石切丸の力でも動かない。
「……うん、判った。確かにこれは僕向けの話だ」
 無言でいた青江が、頷いてそう言うとようやく動いた。
「これは特別な石灯籠だからね。石切丸、ちょっと離れてくれるかな」
「え?」
 何事か判らずに石切丸は戸惑ったが、青江は自分の刀をすらりと抜き放った。
「切る」
「あ、危ないよ!」
 驚いて制止する石切丸に、青江は緊張した横顔で笑って見せた。
「神頼みするから大丈夫さ。僕の石切丸への気持ちを認めてくださるのなら、どうかこの石灯籠を切らせてください……ってね!」
 青江が風のように速く動いた。刃が煌き、石切丸の耳に「それっ!」という声が聞こえた時には全てが終わっている。
 切られた石灯籠の上半分が、自重に耐え切れずにずるりと滑り地上に転がった。 
「ほら、切れた」
 額の汗を拭いながら青江が得意そうににっかり微笑むと、目を丸くしていた石切丸が青江に抱きつく。
「青江くん、すごいよ~~~~!! 惚れ直してしまったよ!!」
「うん、自分でもちょっとびっくりしたよね」
 ふふっと笑って、青江は石灯籠の中に手を突っ込んで石切丸に差し出した。
 その手の上には、翡翠色をした小さな子猫。
「この猫は、君に」
 青江から猫を受け取ると、金色と赤の瞳を持った猫が不思議そうに石切丸を見上げている。
「おや、この猫、青江くんそっくりだ!」
 しばらく、かわいいかわいいと夢中になっている石切丸を微笑みながら見ていた青江が口を開いた。
「石切丸のお社にも、人懐こい猫がたくさんいたじゃないか。ご挨拶に行った時のことだよ?」
 青江の言葉に、石切丸がはっとした。
「そう、そこで私が猫を飼いたいと言ったね」
 あんな些細な呟きを覚えていてくれたのかと石切丸が驚いて青江を見る。
「僕のお願い事が何なのか教えないよってあの時は言ったけれど、実は、君の願いが叶いますようにってお願いしていたんだ」
 切った石灯籠を見下ろしながら言う青江と猫を交互に見て、石切丸は温かくて柔らかい猫を大事に胸に抱える。
「君の御祭紳様って、お茶目な方だねぇ」
 青江が顔を上げてふふっと笑うと、石切丸が目を潤ませて青江を見ていた。
「青江くん、ありがとう。たくさん、私に君の気持ちをくれて」
「気にしないでよ。君が嬉しいと僕が嬉しいんだから」
 そう言うと、何かに気づいたように、あ、と声をあげて、青江は石切丸の耳元へ顔を近づける。
「でも、今夜は君の愛情表現を期待してるよ」
「うん、がんばるよ」
 てっきり殴られると思った青江に、石切丸の潤んだ目が伝えてきた。
 私の身も心も君の自由してほしい。
「ああ……、いいね。って、えっ」
 素直な石切丸の愛情表現に青江は顔を真っ赤にした。なぜ僕が照れると思えば思うほど体温が上がる青江の唇に、顔を傾けた石切丸の唇が触れた。





2016.06.26 UP
発出 2015.10.24 にか石ワンライ お題「愛情表現」


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