右へ、左へ。石切丸の目線が何かを探しているのをにっかり青江はずっと見ていた。
僕は君をすぐに見つけたよ。
君の姿も、些細なしぐさも、声も、何一つ見逃したくないからね。
ああ、もうすぐだと青江の鼓動が高鳴る。石切丸の目線が近づいてくる。僕はここだよ。と叫びたい気持ちを抑えて立っている。
目が合った瞬間に、かちりと音が鳴ったような気がした。
石切丸の目が青江を見つけて、嬉しそうにふわっと微笑んだ。青江は、その瞬間を折れてしまう日まで一日も忘れないだろうと思った。
青江と石切丸の視線が絡み合い、お互いにだけ判るサインを投げ合う。
演錬の心得というようなことを主が何か言っている、馬のいななく声や兵たちの鎧がぶつかる音、あたりはいくさ前の興奮した音に満ちている。けれど、青江には聞こえない。
藤色の優しい目が青江だけを見ている、柔らかそうな唇が言葉をつむぐ。
あいにきたよ。
無音の世界で、青江に聞こえるのは声に出さない石切丸の言葉だけ。
いしきりまる。
その名前に反応して、意識を失っていた青江はがばっと起き上がった。
「なんなのあの強さ。あんなのさ、化け物だよ」
「倒せる気がしねーぜ。何度仕掛けてもぜんぜん攻撃がはいらねぇ」
加州が悔しそうに言葉を吐き出すと、きつい目で一点を睨みつけながら同田貫が応じる。
「動きは最後も最後、油断してたら、一撃で刀装ごと三人がっさー持っていかれましたなぁ。二回動かれたら全滅ですわ」
明石がいつもよりさらにだるそうに言い、加州と同田貫がうんうんと頷く。
まさか、カンストした石切丸があれほど強いとは。
演錬に参加した面子が疲れと絶望に放心しているのを見た後、青江はすぐに石切丸を探して目線をさ迷わせる。
「このなかでひとり、まけたのにうれしそうなやつがいます」
死屍累々の面々の中、今剣が冷たい目で心ここにあらずの青江を見ながら言った。
「にっかりあおえ、おまえです」
「さっきからなんだそのだらしない表情は! にたにたと気持ちの悪い」
「にったり青江じゃ!」
今剣が断罪し、歌仙が叱り付けると、陸奥守が笑いながらまぜっかえした。
「負けず嫌いのアンタがどうした」
「ごめん。負けたのはもちろん悔しいよ。でも、やっぱり、綺麗だなと思ってね」
「はぁ?」
同田貫がしんそこ意味がわからないというように顔を歪めるが、青江はうっとりと切られた瞬間を思い出している。
こちらの攻撃をかわすことなくすべて受け止めても傷一つ負わなかった。
鋭い声と共に踏み込み、距離を一気に縮められたのに驚いたが、間一髪、石切丸の大太刀が眼前に迫ったのを後ろに飛んで避けた。
刃がわずかにかすったような感触。危なかったが致命傷には至らなかったという判断。それが誤りだったと気づいた時には手遅れだった。体の内部から破壊されるめきめきという音と激痛に 目の前の景色が歪んで視界が真っ白になった。その後の記憶はない。
カンストした石切丸の絶望を感じるほど圧倒的な強さ。
「石切丸……」
その強さを思い出し、青江がぞくぞくと体をふるわせる。
「わざわざ主にお願いして、あの化け物みたいな石切丸さんを呼んだのはにっかりさんって聞いてます。わざわざそんなめんどくさい相手を呼んだ理由をみんな知りたがってるのと違いますか?」
明石が寝転がったまま起き上がりもせずに言うと、事の成り行きを見守りながらうずうずしていた鳴狐のお供の狐が声を張り上げる。
「演錬で出会ったカンスト石切丸殿に、にっかり青江殿が一目ぼれしたのですぅ~。ロマンチックですねぇ~」
へぇ~と加州が目を丸くしていたが、青江が本丸にやってきたのはごく最近だということを思い出して首をかしげた。
「にっかりさんのレベルっていまどれくらい?」
「ッフフ。にじゅう……」
青江の返事に加州があっけに取られていると、歌仙が忌々しそうに付け加える。
「さっきの石切丸との演錬が初陣だったんだぞ、こいつは」
「にっかり、おんしゃやるのぉ~!」
「ここはいいから、話してきたら」
大きな話が大好きな陸奥守が顔を輝かせ、ひとつ肩をすくめた加州が気を利かせる。青江は加州の言葉に甘えて主と話している石切丸の元へ駆け寄り、嬉しそうに話しかけた。
「ああしてると、京極の王子様だよね」
青江を目で追っていた加州がぽつりと呟く。
何を話しているかは判らないが、ブーツをはいた軍装と白いマントのような姿で石切丸の両手を握り、跪く青江は、貴婦人に愛を囁く騎士のように甘く凛々しく見える。
やがて立ち上がると、青江は石切丸の右手を恭しく掲げ戻ってきた。
「みんなに紹介するよ、僕の奥さんになる石切丸だよ」
「奥さんって……。にっかりさん、特すらついてへんのによその本丸のカンスト近侍連れてきてよう言わはりますな~」
呆れたような、感心したような明石の言葉に、青江に連れてこられた石切丸が苦笑する。
「石切丸さんも困ってはるし」
明石がすかさず突っ込むと、青江がにっかりと笑った。
「だって、石切丸が約束してくれたんだよ。僕が勝ったら結婚してくれるって」
「君は初陣で初対面だったくせに石切丸に求婚してたのか!」
「厄じゃなくて煩悩落としてもろたほうがよかったんと違いますか?」
歌仙が悲鳴のような声をあげ、明石が愉快そうに笑った。
「豪快に負けとったやつがよう言いゆう!」
「そうだね、今はね。でも、僕はいつか必ず勝つよ」
「おお! とにかくすごい自信じゃなぁ」
陸奥守がわくわくした声でけしかける。陸奥守の期待通り、青江が正面から受け止めて返すと、陸奥守が心から嬉しそうに笑って青江の背をばんばん叩いた。
「そちらの石切丸殿には悪いが、青江はあなたを手に入れるだろう。諦めたほうがいい」
「さすが歌仙くん、僕の事よく判ってるよねぇ」
ため息まじりに言った歌仙の顔を調子に乗った青江が覗き込むと、雅とは程遠い制裁をうけた。
「おんしゃは、にっかりと結婚する気はあるがか?」
自称大脇差と自称雅な打刀の漫才をにこにこと見ていた石切丸に陸奥守が問うと、青江は心配そうに石切丸を見上げた。だって私はそのために……と言いかけ、石切丸は自分をじっと見つめる青江に気づき、青江に聞かせるようにその目を見ながら続ける。
君にあいにきたよ。
終
2016.06.26 UP
発出 2015.10.17 にか石ワンライ お題「あいきにたよ」
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