戦装束のにっかり青江と石切丸がすれ違った。
深い紺色に金の鎖が映える。軍人らしく背筋を伸ばし、花吹雪を舞い散らせ白装束を靡かせて歩く姿が美しい。
勝ち戦から戻り主の部屋へ向かう青江に敬意を払い、石切丸は廊下の端に立ち道を譲る。近づいてきた青江に軽く会釈し、その背を見送って再び歩き出そうとした瞬間に、びくっと体を震わせ、「わ」という口の形で固まって目を見開いた。
「青江くん、また触ったね! すれ違う時にお尻を触ってくるのは駄目だって何度も言ったんだけどなっ!」
振り返って抗議する石切丸を見る青江の顔はどこか嬉しそうで、まったく反省していない。
「そういうのは『せくはら』って言うんだよ!」
「ふうん? 布団の中ではいいのに?」
首尾よく石切丸を怒らせた青江が、もっと構ってもらいたくて軽口を叩くと、石切丸がまるで学校の先生のように青江をしかる。
「節度がいちばん、えっちなのはその次だよ!」
「僕のお尻ならいつでも触っていいよ」
そら、と言って、石切丸が触りやすいようにくいと腰を横へ。もちろん、石切丸がそんな事できないと知ってやっている。
「あ、謝らないと今日のおやつをあげないよ! お饅頭は私だけで食べてしまうからね!」
やり返す事もできず、口達者な青江に言い返す言葉が見つからない石切丸が顔が赤くして精一杯言い返す。
かわいいよねぇ。
青江が思わず笑ってしまいそうなのをこらえた。
戦や遠征ですれ違って、ずうっと石切丸を摂取できなかった。
もっとかわいい石切丸が欲しいという欲が抑えきれない。
半刻後、石切丸の部屋へ青江が訪れ、さっきはごめんねと神妙な顔をする。
「僕の気持ちを謝罪文にしてきたから聞いてくれるかい?」
やっと判ってくれたんだねぱぁっと顔を明るくした石切丸に向かって、青江が謝罪文を読み上げた。
今回、私、にっかり青江は、本丸の大太刀であり、御神刀である石切丸さんに不快な思いをさせてしまい深く謝罪致します。
まず、私が石切丸がセクハラだと訴える行為を働いた経緯を説明しますと、本丸の男士の間に「石切丸が人妻のような色気を持っている」という噂があったのです。
私が石切丸さんのお尻を触ってしまった事は紛れもない事実であります。
しかし、人妻といえば一般的にどスケベなイメージがあるという事も事実であります。
さらに内番中、あなたは、御神刀ではあり得ないような いっちょ前のフェロモンを出してきたので、私は、そこで、アラっと思ってしまい、お尻を触ってしまいました。
平安時代は、貞操観念など無かったと聞いたこともあります。そのため、私の中に「御神刀のわりには好き者なんだ」か「なんだこの****!」という思いがありました。
現に今日の石切丸がノーパンである事は紛れもない事実。
要するに、今回の一件は平安時代と鎌倉時代の貞操観念の違いが生んだ問題であり逆に私も、ジェネレーションギャップを受けた被害者であるのです。
よって、ここは一つ喧嘩両成敗という事で、水に流して頂けないかと思っている所存でございます。
よろしくお願いします。
にっかり青江
謝罪文を読み上げ、深々と頭を下げた青江が顔をあげると、怒りで顔を真っ赤にしているであろうという青江の予想とは違い、石切丸は口元に柔らかな微笑を湛えて青江を見ている。
「青江くん」
石切丸の静かで落ち着いた声。なぜか、いつもと同じはずなのに、響きが重い。
「いま急にね、武器の本分を思い出したんだ。君の謝罪文のおかげかな?」
目を細めて笑う石切丸の表情が美しくて目が離せない。
これは、石切丸であって石切丸ではない。
加持祈祷を中断されてぷんぷんしたり、お八つを食べたままだらしなく眠り込む、人間くさい御神刀ではなく、よく知っているはずの紫色の瞳の奥に底知れぬ何かを宿した。青江の知らない石切丸がそこに居る。
「刀を持って庭へ下りようか、青江くん。君の穢れを落として差し上げるよ」
石切丸の声から、姿から、静かで強い殺気を感じる。
武器の本分を思い出したという石切丸を前に、ぞくぞくと背筋を這う恐怖と、刀としての闘争心がない交ぜになって青江を高揚させる。
手合わせのために向かい合った青江は不敵に笑い、大太刀を構える石切丸に向かって刀を抜いた。
散々触ってきたんだ。こういうこともあるさ。
数刻のちに、勝ち戦から帰ったばかりの青江がなぜ手入れ部屋を長時間占領しているのか、不思議そうに聞いてくる短刀たちに、顔を赤くした石切丸はがんとして理由を言おうとしなかった。
終
2016.06.26 UP
発出 2015.10.07 にか石ワンライ お題「すれ違う」
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