明け方の静けさは、海の底のようだ。
 海面へ浮上するようにゆっくりと意識が覚醒し、白い綺麗な寝顔と、鮮やかに広がる美しい髪が目覚めてはじめに石切丸の目に入った。
 夜に見せた獰猛な顔が嘘のように、安らかな顔で眠っている。
 溢れる愛しさに口元をほころばせ、石切丸は起こさぬように優しく青江の髪をなでた。
 もう、行かなくては。
 わずかに薄明るくなってきた部屋で、そっと寝具から出ようとした石切丸の体に後ろから白い手が伸びる。
「この僕に気づかれずに出て行けるとでも思ったのかな?」
 不意打ちで腰に手を回し、石切丸にぴったりとくっついた青江のくぐもった声にびくっと体を震わせた。
「ああ、すまない。起こしてしまったようだね」
「ゆっくり眠りたければ自分の部屋へ帰っているよねぇ」


 謝りながら青江の手に自分の手を重ねる。起こしたくなくてと言い訳するが、青江は石切丸の勝手を責めて機嫌が悪い。
 やんわり宥めようとした石切丸の体を、青江が両手できつく抱きしめた。
「青江くん?」
「加持祈祷しにいきたいんだろう?」
 行かせないよ。
 石切丸の戸惑った声に、困らせてやりたい青江がますます腕に力を込める。
「いつも神様にお祈りをかかさない真面目な御神刀は、悪い大脇差に閉じ込められてしまいました」
 青江は御伽噺のように言うと、くすくす笑う。
「さぁ、神様が大事な御神刀はどうするかな? なんでもするから放してくれとでも言うかい? そうしたらどんな無理難題を言ってやろうかなぁ……」
 楽しそうに言う青江の顔は、きっと、夜に見上げたあの顔と同じ。
 残酷で、美しくて、私を嬲ることを楽しんでいる。
 思い出すと、心と体につけられた傷跡が甘くうずく。触れあったところから体の熱が上がったのも気づかれたかもしれない。


「そうだね。君の腕の中は居心地がいいから、つい、閉じ込められたままでもいいと思ってしまったのだけれど……」
 そう言ったのは本心から。
 重ねた手から、背に触れる体から、抱きしめる腕から、感じる青江のぬくもりが心地よい。甘くて、優しくて、愛おしさで胸がいっぱいになる。
「やはり、ここから出て行かなくっちゃね」
 さぁ離して欲しいという言う代わり、ぽんと青江の手を軽く叩くが、石切丸を閉じ込める青江の腕はますますかたくなに閉じてしまう。
 絶対に離さないとわがままを言う子供のような青江に、石切丸が苦笑した。
「なぜなら、神刀は、大脇差に恋をしてしまったんだ」
「え」
 突然そう言われて、青江が思わず声を上げた。よほど驚いたのか、腕にこめられた力がふっと抜ける。


「大脇差に恋をしてしまった神刀は、大脇差と誼を結ぶお許しを頂くために、加持祈祷したいと君にお願いするよ」
「~~~~~~ッ」
 石切丸の背にぎゅっと顔を押し付け、青江が声にならない声をあげると、ゆっくり石切丸を閉じ込めていた腕を緩めた。
「おや、君も私と同じ気持ちだと自惚れてもいいのかな?」
 青江と反対に、余裕を浮かべた石切丸がそう言うと、青江が顔を上げる。
「次は、僕から言うからね。正式な申し込みは僕からするから!」
 心の底から悔しそうな声の青江に、思わず石切丸に笑みが漏れた。
「終わったら起こしに来るから、ゆっくり寝ておいで」
「そんな事言われて眠れるわけがないだろう!」
 ああもうと勢いよく起き上がった青江の顔を石切丸が覗き込む。
「じゃあ、青江くんもお加持を受けるかい?」
 石切丸は無意識に首をかしげて青江を誘い、強かな御神刀とその眷属に閉じ込められるのは僕のほうなんじゃいかと青江に思わせるのだった。





2016.06.26 UP
発出 2015.09.22 にか石ワンライ お題「閉じ込める笑う顔」


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