阿津賀志山から帰った青江が、返り血を落とすのもそこそこに迎えに出た石切丸に囁いた。
「ねぇ石切丸、今日は僕が君を抱きたいんだけど、いいかな?」
「お断りするよ」
 無事に戦から帰還した青江に、安堵と喜びの笑顔を向けていた石切丸が、笑顔のままきっぱりと言う。
「……どうして!? 昨日は君が僕を抱いたんだから、今日は僕の番だよ!」
 整った顔が不満そうにしかめられた。戦場の熱をまだ引きずっている青江が苛立ちと怒りの混じった声で抗議する。
「おねだりなんだろう? ならもっとかわいく言いなさい」
 青江の怒りを前にしても、口元に仏像のようなかすかな笑みを浮かべて青江を見下ろす石切丸の姿は、まるで天上から人々を見ている神のごとく。
「言ったね」
 青江の声がゆらりと揺れた。
 隠れているほうの目まで殺気に満ちているのが判るほど。
「僕を本気にさせたら後悔するよ」
「ほう、君は負けず嫌いだね。なら、お手並み拝見させてもらおうかなっ」
 平然と微笑む石切丸は、青江の乗ってきた馬の手綱を引くと、もう行きなさいと目で促した。
 青江には、君など怖くないよと石切丸の目が挑発しているような気がした。石切丸に背を向け無言で歩き出す。まずは血を落としてからだ。

 襖を開けた瞬間に、石切丸の顔色が変わった。
「くっ! ジャージにツインテールかっ!」
 後ろ手で部屋の襖を閉めると、頭を抱える石切丸の横をすいとすり抜けて青江は部屋に入り込む。
 まるで高校生のような青いジャージ姿で勢いよく石切丸を振り返ると、ツインテールにした長い髪がふわりと宙を舞った。
 顔の横に美しい髪を流し、まるで童女のような青江の金色の瞳が石切丸を見ている。
 魅せられて目が離せない石切丸の胸に、無邪気に青江が飛び込み、思わず抱きとめる。
 青年でありながら美女のような色気を持ち、子供のようななりをして、大人の仕草で手を伸ばして石切丸の頬に触れた。 
 石切丸を誘うように見つめながら、白い顔に桜色の薄い唇がかすかに開き、青江の甘えた声が石切丸に注ぎ込まれる。
「僕がしてもいい?」
「お断りする」
 けんもほろろな石切丸の言葉に、青江の体からがっくりと力が抜け、石切丸が慌てて青江の体を支えた。
「僕はこんなに頑張ったのに、何が悪かったのかな!」
 先ほどの色気はどこへいったのか、石切丸を見上げた青江が拗ねた声で突っかかる。むきになるのは子供っぽいと思っていたはずだが言わずにいられない。
「う~ん、夜這いクラブみたいだよ」
 責められた石切丸が困った声で言うと、青江が首をかしげて主から渡された通信端末を取り出す。
「夜這いクラブ……? ああ、イメクラか。って、古いよ!」
 表示された検索結果を見て一瞬だけ元気を取り戻し、青江は石切丸に食ってかかったが、再びがっくりと肩を落とす。
「あ~、そうかぁ」
 おかしいな。目の前が滲んできた。
 独り言のように呟きながら、青江は天井を見上げた。気づかれないようにさり気なく目じりをぬぐう。
「イメクラかぁ」
 大きなため息をつく青江を、石切丸が瞬きもせずじっと見つめている。
「今の」
「え?」
 急に石切丸の真剣な目を向けられ、青江が戸惑った。
「しょんぼりしてる青江くん、すごくかわいいよ」
 優しく満たされた表情で、石切丸は青江に向かってそう言った。
「石切丸」
 いろいろ言いたい事はあったが、青江はすべて飲み込んで石切丸に呼びかけた。
「なんだい」
「君を抱いてもいいかな?」
 照れも無く、虚勢もなく、唇から言葉が滑り落ちるように自分の思いが口から出た、
「いいよ」
「やった!」
 にっこりと笑う石切丸からようやくいい返事をもらい、青江の顔がぱぁっと輝く。
 なんだかんだ言って青江の望みを叶えるつもりだったのか、石切丸は青江をすでに整えてあった閨へ誘い、寝具に倒れながら青江の手を引いた。
 ツインテールを揺らし、青江が石切丸に覆いかぶさる。
 上から石切丸を見下ろす青江の瞳に慈悲は無い。
「青江……?」
 先ほどまでと様子の違う青江に不安を滲ませる石切丸の腕を掴み上げ、頭上で縫い付けるように固定する。
「よくも僕にあんなひどい事言ってくれたねぇ」
 口調はゆっくりしているが、青江の手は性急に石切丸の着物を脱がしていく。石切丸には衣擦れの音がやけに大きく聞こえ、抵抗するように体を動かそうとすると凄い力で動きを封じられた。
 青江の冷酷な声が天から降ってくる。
「君はそのイメクラ店員に今から抱かれるんだよ」



2016.06.26 UP
発出 2015.08.09 にか石ワンライ
お題 「負けず嫌い」

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