祓賜へ清め賜へと申す事の由を
 天津神 国津神 八百万 の神等共に
 刀剣の男士を 夜の守 日の守に護り給い 矜み給えと 称言竟え奉らくと白す

 厳かな祈りの声が低く流れると、毛の生えた獣の耳がぴくりと動いた。
 艶やかな翡翠色のねこが縁側に寝そべっている。この世の中の何事も興味がないと言いたげに目を閉じ体を伸ばしているが、よくよく見ると、祝詞を奏上する石切丸の声に反応するようにほんの少し耳を動かしている。
 祈祷の声を聞きながら心地よさそうに耳をぴくぴくしていた猫が急に目を見開き顔をあげた。警戒をあらわに遠くを見つめたあと、すくっと立ち上がって大幣を振る石切丸に近づく。
 にゃあと泣いて石切丸の足に手をかけ、大幣を目で追い、石切丸が振るまま右へ左へ顔を動かしている。
「まだ加持祈祷の途中なんだけどなっ」
 足元に猫の足が触れる軽い重さを感じ、加持祈祷を中断された石切丸が叱る。猫は石切丸の叱責などどこ吹く風で、大幣のひらひらした紙が気になるのか前足を伸ばして捕まえるようなしぐさを繰り返している。
「こら、にゃっかり君!」 
 にゃっかり君と呼ばれた猫はついに抱き上げられ、石切丸が顔を近づける。目を見て叱るが、にゃっかりはだらーんと体を伸ばし、まったく悪いと思っていない顔を不思議そうにかしげると、小さなピンクの舌を伸ばした。
「なぜにゃっかり君は私の口をなめるのかな?」
「それはね、僕に見せ付けてるんだよ」
 ざらざらした猫舌でくちびるを執拗になめられ、怒るに怒れなくなった石切丸の脱力した呟きの返事が背後から聞こえた。石切丸は慌てて振り返る。
「ずっと待ってたんだ」
「青江くん?」
 口元に微笑みを浮かべているが、青江の目は不穏な色を浮かべてじっとりと石切丸を見ている。
「約束の時間はとっくに過ぎてるよ。いつまでたっても君が来ないから、様子を見に来たらこのありさまだ」
 そう言いながら石切丸に抱かれたにゃっかりをひょいと取り上げ、床におろす。にゃっかりは抗議するようににゃーと鳴いたが、青江は一瞥をくれただけで再び石切丸へ目線を移す。
「約束したよね、今日は一緒に出かけるって」
「あっ」
 青ざめた石切丸の様子に、青江の瞳孔がすうっと細まった。
「へぇ、その様子だと忘れてたみたいだね。僕との約束」
 気配を感じさせず、すいと青江が石切丸に近づく。戦場の敵ならば、次の瞬間には脇差が肉に食い込む感触を味わっているはずだ。
「にゃあ」
 猫にしては危険すぎる鳴声が石切丸の耳に届くと、唇に温かくぬるりとした感触。唇から体の奥に走る甘い痺れ。思わず声を出しそうになったのをはっと気づいて堪える。
「君はっ、猫じゃないだろう……! だからやめなさい」
 余裕のない声で叱られても怖い訳が無い。青江の舌が石切丸の唇のふちをなぞる様になめれば、目が潤み頬が紅潮してくる。
 いつもなら青江のちょっかいを一刀両断する石切丸だが、約束を忘れていたという罪悪感に絡めとられて強く出れない。戦上手の青江は自縛した石切丸の隙を見逃さず、弱った獲物を嬲る猫のように石切丸を追い詰める。
「まだ加持祈祷の途中だから!」
 ついに大きな声をあげた必死な御神刀の様子を見て、青江は勝ちを確信した。今夜は良い夜になりそうだ。
「なら加持祈祷が終わったらいいんだね。今度こそ約束したよ」
 言質をとった青江がすかさずそう言って石切丸の耳元に顔を近づけた。
「ずっと待ってるから」
 ささやき声と共に耳をひとなめすると、石切丸の体がびくりと震える。その様子に満足すると、青江は足を踏んづけるように座っているにゃっかりを乗せたまま足をずるずると引きずって部屋を出て行った。
「待たせすぎるとどうなるか判らないよ」
 去り際に残した一言にどれほどの効果があるのか楽しみだとにっかり笑う青江に向かって、にゃっかりが不満そうににゃあと鳴いた。



2016.06.26 UP
発出 2015.07.11 右石ワンライ
お題 「まだ加持祈祷の途中なんだけどなっ」「ずっと待ってた」

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