君色水風船







 夏の日が落ちて、ようやく涼しくなった。
 にっかり青江が縁側に座り、昼間の熱を持った体をひんやりとした夜風にあてていると、はしゃいだ様子の石切丸が廊下の向こうからやってくる。
「青江くん、浴衣を着せてさしあげるよ。夏祭りに行こう」
 にこにこと笑いながら、石切丸がたとう紙の包みを青江に見せた。
「夏祭り? 今からかい?」
「うん、いこう」
 唐突に言われて驚く青江をよそに、石切丸はすでに蜘蛛の巣模様の浴衣を着て、楽しそうにたとう紙から青江用にと持ってきた浴衣を取り出す。
 石切丸が広げたのは、意匠化された蝙蝠が飛ぶ浴衣。
 蜘蛛の巣には福を絡めとるという意味があり、蝙蝠にはどこかダークなイメージとともに吉祥の意味がある。石切丸はさっそく青江に浴衣を当て、顔映りを確かめて嬉しそうに笑った。
「青江くんが着たらかっこいいと思うなっ!」
 石切丸がきらきらとした瞳で青江を見るので、つい押されて袖を通してしまった。
 浴衣を着せてもらっている間、石切丸のなすがままになるのがちょっと照れくさくて心地よい。
 さすが和服を着慣れているだけあって、石切丸はてきぱきと青江を着付ける。
 青江の背に回った石切丸が大きな手を伸ばして下腹に帯を巻くのをじっと見つめていると、「締めるよ」の声と共に思ったより強い力でぐっと帯を引かれ、思わず声が出そうになった。
「できたよ。ほら、とてもいいね」
 石切丸は自分が着付けた浴衣姿の青江を見て満足そうに頷くと、青江が何か言う前に早く早くと急かした。
 主に許可は頂いているからと、わざわざ時代をさかのぼった夏祭りへ二振りが紛れ込む。
 大人も子供も、思い思いに祭りを楽しむ人々の間をすり抜けて、こっちへおいでと石切丸に手を引かれるまま青江は歩く。
 二人きりだ。と青江は思った。
 誰も、石切丸と僕を知らない。遠いところで、二人きり。
 屋台の明かりと、人のざわめき。なのに、少し喧騒を離れれば密やかな夜の闇が広がっている。
 いつもと違う雰囲気に胸が高まる。
 にぎやかなお囃子が流れ、誰もが楽しそうに笑っている。だれも二人を気に止めない。石切丸の手の温かさと力強さを感じながら、浴衣姿の背を見ているだけで胸が甘く締め付けられる。
 石切丸も、浴衣、似合っているよって言いそびれたな。
 ちゃんとそう言って、もっと誰もいないところで、いつもと違う石切丸を独り占めしたいなとぼんやり思う青江の前を行く石切丸は、何かを探しているのかきょろきょろと左右を見渡している。真剣な横顔で、おいしそうな匂いのする屋台も、狩猟本能をかき立てる金魚すくいや射的も素通りして、派手な紅白幕に「くじびき」と書かれた出店の前で立ち止まった。
 御神刀とは縁のなさそうな玩具がずらりと景品に並ぶ店の前で、石切丸が青江に向き直った。
「青江くん」
「なんだい、石切丸?」
 なぜだか少し改まって青江の名前を呼ばれ、何か言いたい事でもあるのかと青江も律儀に返事をする。
「す、す、すぷら、とおん? とぅーん?」
 石切丸はなにやら難しい横文字言い直すたび首をかしげた。青江も石切丸に付き合って首をかしげて目を合わせる。
「す、すぷら」
 もうこれ以上は無理だな。と青江が思ったところで、斜めになっていた石切丸の首が元に戻った。
「あのイカのゲーム、欲しいんだろう?」
 君、あきらめたね。と突っ込むのも忘れて青江は目を丸くする。 
「え?」
「水風船に色水を入れて投げている君を見てしまってね。何か辛い事でもあったのかと脇差のみんなに聞いてみたんだ。そうしたら、鯰尾くんが青江くんは昔のゲームを欲しがっているのだと教えてくれて」
「……見てしまったのかい」
 目を伏せ、ふっと青江が意味深な微笑みを浮かべた。
「大脇差なのに僕が水風船に色水入れてイカのゲームごっこをしているのを見てしまったのかい」
「いや、大脇差は無関係......」
「僕が! 大脇差なのに! イカのゲームを!」
「判った。私はくじを引いてくるね」
 青江の言葉を大太刀の力で千切り捨て、石切丸は店番に声をかけてくじの入った入れ物の前に立つ。
「払いたまえ清めたまえ……」
 石切丸が戦の前のように意識を集中させると、これまでにない客の出現に店のおじさんが引いていた。
「金運、吉。イカのゲームを引くでしょう」
 わけのわからない呟きをする長身の男がひいたくじの番号は、事前に抜いておいた出るはずの無いもの。それでも店主は何も言わずに並べられた景品からイカの絵の描かれたゲームソフトを手渡した。
 目を合わせようとしない店主を気とめず、石切丸はにこやかにゲームソフトを受け取る。ずるをしていた罰は現物の没収で許してもらえそうだ。
 満面の笑みの石切丸から欲しかったゲームソフトを差し出され、受け取った青江も一瞬嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう石切丸。でもね……」
 青江の微笑みはすぐに寂しそうなものへと変わる。
「ハード……、ゲーム機も無いんだ。最終的にはね」
「あっ……」
「…………」
「……ごめん」
 大きな体を縮め、しょんぼりと謝る石切丸がかわいくて、青江がふふと声を出して笑う。
 にっかり笑って隣のヨーヨーつりの出店に入ると、青江はあっという間に紫と赤の水風船を釣り上げて一つ石切丸に差し出した。
「いいさ。僕にはこれがある」
「水風船……」
「だから、君の気持ちだけで嬉しいよ」
「わかった、私もイカのゲームごっこをすればいいんだね」
 石切丸は、僕は投石兵を装備できるけど自分はできないことをすっかり忘れているなと思ったけれど、青江は黙っている事にした。
 ゲームなら、今の僕はだいぶ君色に染められてしまったから、そろそろ反撃しなくっちゃね。
「ねぇ、せっかくだからお祭りを楽しまないかい? 花火も見たいし、ゲームソフトのお礼にチョコバナナを奢るよ」
 青江の言葉に、石切丸はご馳走様と言って無邪気に喜ぶ。ご馳走様はこっちだけどね。と思ったことも青江は黙っている事にした。
 自分のために一生懸命になってくれた石切丸を花火の下で食べるのはさぞ甘くて美味しいに違いない。




2015.12.20 UP
発出 2015.08.01 にか石ワンライ。お題「水風船」「浴衣」 @kuma122_s

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