◆彼氏女形の事情◆
悪魔との戦闘の間のなんでもない日常。いつもと違うのは、達哉の部屋に転がり込んだ淳が熱心に本を一心不乱に読みふけっている姿があることだ。少し前までは考えられなかった事だ。自分の部屋に当たり前のように存在している淳を見て、ちょっと前までは命を狙われる敵同士だったのにな。と、達哉が奇妙な気分に駆られて声をかける。
「なぁ……」
「ん……何……?」
淳は完全に本に気を取られているらしく、達哉の問いにおざなりな返事を返した。食い入るように本の文字を追い、読み終えると急いでページをめくり、時折何か納得したように頷いていたかと思えば、本から目を離して自分の思考に没頭してぶつぶつ言っている。
こいつ……何を考えてるのか全くわかんねぇ……。
そう達哉が淳を何か別の生き物を見るような目で見る。自分の部屋があるんだからそこに帰れば良いものを、なんだって自分の部屋に転がり込んでくるのか? 当初は、狭い部屋で男2人で暮らすなんてむさくるしい。と思っていたが、事情は全く別だった。やれ食事だ洗濯だと淳はこまごまと達哉の世話を焼き、今までの達哉のすさんだ生活からは考えられなかった事だが、部屋の片隅には花瓶に花まで飾られていて良い匂いを振りまいている。生活のうるおい……ってやつか? 達哉が淳に声をかけるのを諦め、窓際の切花を見て思う。うるおいと言えば、達哉にとっての淳もそうだ。あの綺麗な顔が振り返ればいつでも見ることができるというのは、メンクイな達哉にとってかなり嬉しい事だった。不思議と、一緒にいるなら男の淳より女の子の方が良いな。なんてことは思わなかった。この幼なじみは、達哉にプレッシャーを与えない。一緒にいても空気のように自然だし、かといって存在感がないかと思えばそうではなく、淳が居なければ寂しいとまで思うようになってきた。別に皆の事が嫌いではないが、他人と一緒にいるとどうしても感じてしまう息苦しさが淳と一緒にいる時だけは感じない。
一人で居るときの自由と、二人で居る心地よさ。
淳がそばにいると、はじめて他人が傍にいることも悪くないと思うようになった。今までどちらかというと人付き合いが苦手で避けていた達哉に、淳が他人と触れ合う喜びを教えてくれたと言っても良い。
淳がずっとここに居ると良いなぁ……と漠然と考える。
そういえば……。達哉がぼんやりと思考の方向を変えた。まだ男女の区別なんか無くて皆で子犬みたいにじゃれたっていた頃。俺が一番好きなのはやっぱり淳だったな。
皆で遊んでいるのも楽しかったが、不思議と二人の間に通じるテレパシーみたいなものがあって、ときおり皆とはなれて二人きりで遊んだ。他にも、かくれんぼのとき二人で一緒に隠れたり、鬼ごっこのときわざと淳を最後に追い掛け回したり……。
淳をいじめるやつらが淳の気を引いてるみたいで嫌だったっけ。
幼い頃の自分の幼稚な感情がおかしくて、つい思いだし笑いに口元がほころぶ。
あの感情は嫉妬……だろうか? ふとそう気が付いてどきりとする。あの頃の感情は恋とも言えないような淡いものだと思っていたが、今、改めて思い出してみると、幼くて自分の気持ちも良くわかってなかったし、友情と愛情がごっちゃになった実につたないものだったが、幼いなりに真剣に淳の事が好きだった事を思い出した。淳と別れたのがつらくて思い出したくなかったので、思い出す事もめったになかったが、淳と別れたときの悲しさは仲の良い友だちと別れたのとは別のものだった。半身をもぎ取られるようなあの痛みは、淳が好きだったからだ。
俺、ガキの頃かなり淳のこと好きだったんだな。
達哉があきれたような感心したような複雑な気持ちに駆られる。
当時は純粋に「好き、一緒にいたい」という思いだけで動いていた。淳はどう思ってるのかなんて余計な事を全く考えることなく、無条件に淳も俺とおんなじ気持ちだと思っていたし、実際そうだったと今でも確信している。
……単純だな、俺。
再び達哉の口元がほころぶ。
単なる思い込みかもしれないが、あの頃は確かに二人の間に通じるテレパシーみたいなものがあって、お互いの気持ちが通じていたのだ。
いや、気のせいではないだろう。淳が仲間に加わってからも、悪魔との戦闘でまるで事前に相談でもしていたような見事なコンビネーションで悪魔を倒したときがあった。そのとき淳が、「あの頃みたいだったね」と言って笑ったのだ。ここで俺がこう攻撃すれば、態勢を崩した悪魔の急所を狙って淳が留めを刺す。俺が危険を犯して悪魔の中に突っ込んでいっても、後から淳が援護してくれる。俺がしようとする事を淳も感じていたはずだ。でなければあんな見事なフォローはできない。その上、この連携プレイは俺と淳の間だけしか起きなかった。
「あの頃みたいだったね」と、淳にそう言ってもらって嬉しかった。やっぱり俺と淳の間には、他人には無いなにか通じるものがあったんだ。
無意識のうちに自分が淳の「特別」であることを喜んでいることに達哉はまだ気がついていない。
だが今の淳が何を考えているのか全くわからない。俺の部屋に転がり込んできてわざわざ世話を焼いてくれる事に、こいつに一体何のメリットがあるのだろう?
金がないというわけでもあるまい、住むところに困っていると言うわけでもない……。
いや、わからなくはない……。それとも俺の願望か?
「なぁ……」
再び本を読むのに没頭している淳に声をかける。無視されるのは承知の上だ。淳が本に夢中になっているのをいい事に、声をかけながらじっと淳の美貌を観察する。
やっぱり綺麗だよな、こいつ……。俺好みだよな。
淳の場合男とか女とか関係なく、その綺麗な顔を見ると、単純に綺麗だな、好きな顔だなと思って見とれてしまう。
「ん……?」
予想通り、さっきと同じ気のない返事を淳が返す。
「俺の事どう思ってる?」
淳がうわの空なのを良い事に、返事をもらえ無くても良いやというような、知りたいような半々の気持ちで達哉が問い掛ける。
「好きだよ!」
ぱっと本から顔を上げて達哉の問いに淳が即答した。今まであんなに真剣な顔で読んでいた本をパタンと閉じて、今度はそれ以上に真剣な顔で達哉の顔をじっと見つめる。
まさかそんなに真剣に答えてもらえるとは思っていなかった達哉がやや驚いたように目を見開く。いきなり脈絡もなく「俺の事どう思ってるの?」と聞かれて、「好きだよ!」と答えられるとは思わなかった。本に夢中になって無視されるか、答えてもらっても「友達」とか、やや不振な顔をされて、「それってどういう意味なんだい?」と聞かれるのかせいぜいだと思っていたのだ。
「俺の事好きか?」
「好き!」
再び発した達哉の問いに、淳はためらいもなくそう答えた。
「そうか!」
達哉がくるりと淳に背を向けてそう言った。思わずニヤニヤ笑いが浮かんでしまう。
嬉しい、純粋に嬉しい。嬉しくてなんだか恥ずかしくて、照れ隠しについ後ろを向いてしまった。淳に間抜けににやついている顔を見られたくないし、なんだか照れくさい。
なんだなんだ、この喜びは? ピンク色の脳内で達哉が自問自答する。
俺はなんで淳に好きだといわれてこんなに嬉しいんだ?
「好き」と言っても、友達としてとか、人間としてかもしれないぞ? ……とそう思って愕然とする。すると……俺は……、今の淳の「好き」を、つまり……。そういう「好き」に受け取って喜んだのか?
やばい……、俺の気持ちは子供の頃と全く変わってない。
淳の事が好きだ。
今まで気がつかなかったが、やっぱりそうだったみたいだ。
あの頃とは違って、淳が男だという事も重々承知している。それでも、それでも淳に好きだと言われて嬉しい。まだ友情と愛情がごっちゃになっているような気もするが、多分意識しだしたら止まらない予感がする。
あの頃とは違って、体も大きくなったし、いろんな事を知っている。
子供の頃みたいにただ一緒にいる事で愛情を確認するだけじゃなくって、愛情表現としてのキスも、その先も。
おいおいおい! 俺は淳にキスしたいのか! そう思って顔だけそっと振り返って淳を盗み見る。
「達哉?」
さっきから後ろを向いたっきり怪しげに肩を震わせいる達哉を不信げに首を傾げて見ている。柔らかそうな形の良い唇が、た・つ・やという言葉のかたちをつくった。
やばい、マジでキスしたい。……かも?
「ヘンなの……」
淳がどういうつもりで「好き」と言ったのは謎だが、照れるわけでもなく、そう言ってまた本を開く。
「何読んでるんだ?」
達哉が淳があんまり熱心に本を読んでいるものだから、何をそんなに熱心に読んでいるのかと興味を持って淳の手から本を取り上げる。
「あ……」
「ライバルを蹴落とす101の方法……?」
本を取り上げられて淳が小さく抗議めいた声を上げたが、変な本のタイトルに、他にはどんな本を読んでいるのかといぶかって淳のそばに積んである何冊かの本の山から、また別の本を取り上げる。
「一撃必殺! シリーズ、落とし穴の作り方。これであなたのライバルを暗殺……、なんだこれは? おまえなんでこんな本読んでるんだよ……?」
怪しげな本のタイトルに達哉が不信げに淳を見た。怪しい……、怪しすぎる。
「え、だって……リサ手ごわいし、腕力では到底かなわないから正攻法で行ってもダメかなって思って」
淳には達哉がなんで不信に思ってるのか理解できないらしく、不思議そうな顔で、さも当たり前のようにそう言った。
「……どういう意味だ?」
「だから! 僕とリサは達哉を巡ってのライバル……ってことだよ! さ、僕忙しいんだから邪魔しないでくれるかい?」
「…………」
淳の爆弾発言に、「がんばれよ」とも、「やめろ」とも言えずに複雑な表情で手を差し出して本を要求する淳に達哉が本を返した。
淳が、リサと俺を巡ってのライバル……。なんかすごい事を聞いたような気がする。
しかし、なんという本を読んでいるのだろう。突拍子なことを考える奴だとは思っていたが、これも父親から受け継いだ血なのだろうか……?
達哉がそう複雑な気持ちでいると、淳がはっとしたように、また開きかけた本をパタンと閉じて達哉に向き直った。さも深刻そうな真剣な瞳で達哉の顔をじっと見て言う。
「ごめん達哉、さっきの『好き』を訂正するよ」
「え!」
俺の事好きじゃないのかよ!? と思って達哉が思わず素っ頓狂な声を上げる。狼狽した達哉の瞳を熱く見つめながら、男をとろかさずにはいられない絶世の美女の顔が達哉の顔に近づいてくる。息がかかりそうなほどに間近に迫った綺麗な顔にどぎまぎしていると、淳が達哉の耳元に唇を寄せる。
「……愛してる、フフフ」
囁く淳の声に、達哉は二人の関係が幼馴染から恋人に変わるのを複雑な思いで確信した。
ENDE
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