◆ニャルラトホテプの花嫁◆



カサリ……と足元で枯葉が軽い音を立てた。初冬の音。あたりの木々はもうすっかり色付き、時折吹く冷たい風にひらひらと舞い散っていく。

カサリ……確かめるようにもう一度音を立てる。もう……冬なんだな。と淳は視線をどんよりと曇った冬の空に向けた。厚く雲が垂れ込めた冬の空。

「まるで僕の心みたいだ……」
 めったに人がくることがない公園の北側の遊歩道、そこをわざわざ選んで帰り道にした淳が心の中で自嘲気味につぶやいた。

冬の日はくれるのが早い。さっきまで淳の体を弱々しく温めていた陽光も、今はすでになく、あたりは薄闇に包まれていた。

ちょうどこんな時間帯、昼と夜の隙間には魔が出るという。人と魔の距離が最も近づく逢魔ヶ時の薄闇は、周りの木々も、古びたベンチも、すべてのものの輪郭をぼやけさせ、あいまいにし、淳の心を妖しく騒がせる。

「?」

誰も通るはずのない北側の遊歩道を、こちらの方向に向かって歩いてくる人影が見えた。こんな所で、こんな時間に? 淳が自分を棚に上げてそう訝った。彼女に振られて落ち込んでる僕みたいな人のほかにここを通る人がいるなんて……?

カサリ……足元で枯葉が風にあおられてまた音を立てた。こんなところを誰にも見られたくない。早く通りすぎることを願って顔を伏せる。

「どうしたんだい?」

不意に頭上から声をかけられた。低い大人の男の声。慌てて顔を上げると、見たことのない男が淳の顔をじっとのぞき込んでいる。

「え……?」

淳がちらりと遊歩道に視線を向けた。向こうから歩いてきていたさっきの人影が今声をかけたこの人物なのだろうか?それにしては、さきほど見た距離を考えると来るのが早すぎる。

「なんて顔だ、今にも泣きそうだ」

そう男は言ってそっと淳の頬にふれた。大きくて、きれいに手入れされた男の手。上品そうな物腰。身につけているものは生地も仕立てもかなり良いものだろうというのが見て取れた。整った男らしい容姿と、力強い瞳で戸惑っている淳を見て安心させるように微笑む。

「いや、いきなり声をかけてすまなかった。君があんまりほっとけない顔をしていたものだからね」

「あ……すいません、大丈夫です」

淳が恥らって小さな声で返す。僕、知らない人に心配されるほどひどい顔していたんだ。とさらに自嘲気味になる。つい………頬から男の手がすべらかに動き、淳のとがったあごを持ち上げて上向かせた。

「嘘はいけない。さぁ、私の目を見て話してごらん?」

「ほ、ほんとに大丈夫ですからッ!」

淳が慌てて顔をそむけて男の眼から逃れた。いきなり知らない男に親しくされて戸惑ったというのもあるが、この男に触れられていたら、目を見ていたら、蜘蛛の網に捕らえられた蝶のように逃げられなくなりそうだという変な予感があったのだ。

「ふふ。怖がらなくても良い、淳。私の目を見なさい」

男が淳の耳元に顔を寄せて囁いた。なぜこの男は僕の名前を知っているのだろう? そう思いながらも体は素直に彼の言うことに従い、そむけていた顔をおずおずと男のほうへ向け、その瞳をじっと見つめる。やはりこの男の顔に見覚えはない。でも、何かが、懐かしい何かを感じる……。淳が記憶の底の無意識を何かを求めて探った。

「話してごらん、何があったのかを。私にすべてをゆだねなさい、楽にしてあげよう……」

「でも……」

淳が大きく息を吸った。この瞳に見つめられると体が熱くなる。頭の芯がしびれてうっとりするような快感に包まれる。このままこの瞳に身をゆだねてしまいたいという激しい欲求に突き動かされる。この男の言うことをききたい、この男に服従したいという気持ちはいったい何処から来るのだろう?

「僕……彼女に振られちゃったんです」

僕は知らない人に何を言ってるんだろう? そう頭の片隅で思うが、この男の言うことに従いたい欲求のほうがはるかに勝った。

「ほう? それで?」

男が少し微笑って先を促す。その微笑の中には、いとおしさとともに、ペットか物を見るような冷たさと、科学者が観察対象を見るような冷徹な残酷さが混じっている。いや、この男自体が人間を超えたなにかであり、人など彼の退屈凌ぎの玩具でしかないのだ。玩具を自分と対等の目で見る者がいるだろうか?

「あなたの隣にいるのは苦痛だって、そう、彼女に言われました。僕、何が悪かったんだろう? ってさっきからずっと考えてたんだけど、ほんとは、僕は彼女のことが好きじゃなかったんだ。彼女が僕のことを好きだって言ってくれて、浮かれて、好奇心で僕も好きだと勘違いしてたんだ。僕の軽薄さのせいで、悪い事……しちゃった」

淳が悲しげに一息ついて一気に言葉をつむぐ。傷ついた淳の心から血がほとばしるかのように、一気に感情を吐き出した。

「きっと彼女はそれに気がついてたんだ。僕……彼女を傷つけてしまった。それに……」

淳の瞳に悲痛な光がやどり、切れ長の瞳にかすかに涙が浮かぶ。素直に涙を流すいつもとは違い、泣くことを禁じたかのようにぐっとこらえる。

「それに?」

大人が子供をしょうがない子だと見下すような感情を、面白がる衣で包んで男が答えた。

「振られて傷ついたのは、僕の恋心じゃなくて僕のプライドだったんです……。彼女と別れたのが悲しいんじゃなくて、僕の何が不満だったのかとか、僕のどこが悪いのかとか、そういう事ばかり……考えてる。そんな自分がたまらなく嫌だ」

そう言って心底嫌そうに細い眉をひそめ唇をかむ。淳が生来の潔癖さからひどく自分を責めているのは明らかだった。彼の自分に厳しい高邁な精神と、若さゆえの成長途中の精神が合い入れずにきしむ。

「フム……私に言わせれば、それは当たり前なのだがね、淳? ああ、止めなさい、傷がつく」

男がそう言いながら淳の唇を指先でふれ、唇をかむのをやめさせた。そのまま軽く指先で淳の唇の柔らかさを楽しむ。

「え……?」

淳が男の言葉に目を見開いた。意外な言葉に戸惑いと、振られるのが当たり前なんて自分はもしかして欠陥品なのだろうかと思う少量のおびえが混ざっている。男がそんな淳の様子を見て楽しそうに言った。どうやら淳のその顔が見たくて、悪趣味にもわざと淳をと惑わせるようなことを言ったらしい。

「おまえの隣にいて耐えられる女なんているものかね! おまえは私が作った芸術品だ。おまえは頭の良い子だが、残念ながら勘違いしている。おまえの彼女とやらはその美貌といい気立てのよさといいすべてをおまえと比べられ、おまえには遠く及ばないとさらし者になるのが嫌だったのだよ! でなければ、自らおまえと不釣合いなのを悟り、恥じて身を引いたか、だ」

妙に嬉しそうに、誇らしげに言うと淳の反応を待った。どうやら淳を相当溺愛している様子だ。淳の事はわが事のように嬉しいらしい。あえて言うとしたらその感情は親馬鹿に近い。

「そんな……」

言いかけた淳の言葉を男がさえぎる。

「良いかい、よく聞きなさい、淳。おまえは隣に女を置くべきではない。おまえがいるにふさわしいのは漢の隣なのだよ。強く、たくましい漢の隣こそがおまえにはふさわしい」

余りな男の言葉に、侮辱されたと思った淳の瞳に怒りがあらわになる。彼の母親譲りの美しい女顔や、その独特の雰囲気から、今までにもそういう事を言われてしばしばからかわれた。中には本気で彼の愛を得たい男もいたのだろうが、淳にとっては馬鹿にされた以外の何物でもなく、外見に似合わない苛烈さと攻撃性を含んだ精神の持ち主であった彼はそう言う者に容赦なく反撃を加えた。さすがに実力行使こそ無理だったものの、それをも辞さない強い意思と、美貌を生かした相手を心底傷つける態度や、毒を塗った言葉の剣で相手を容赦なくズタズタにした。理不尽に淳をなめてかかり、彼を傷つけようとした愚か者は、淳が「女々しさ」とは程遠いという事を知るのに痛すぎる代償を払うことになる。相手が「神」だろうと「悪魔」だろうとそれは関係ない。やられたら3倍にしてやり返すだけだ。

「僕は男です! 女の人の代わりなんてまっぴらだ!」

怒りのあまり目はきらきらと光り、白皙の頬にはさっと朱が走った。怒りで精神の動きが活発になり、どう攻撃してやろうかと頭の回転が早まって、先ほどまでの暗い顔から生き生きとした美しさを取り戻す。そんなときの自分の美しさを淳は知る由もない。

「ああ、違う、そうじゃない……。そうじゃないんだ淳。おまえを女ごときの代わりにするものかね。おまえは男でも女でもないもっと気高い生き物だ。……そう言えば、彼はどうしたね?」

嬉しそうに目を細め、男が淳の美貌を愛でながらあやすように言った。男の最後の言葉が淳に引っかかり、気を取られて湧き起こりかけた怒りが急速に引いていくのを感じる。

「彼?」

不可思議な男の言葉に怒りの矛先をかわされて、やや拍子抜けした淳が問い返す。

「まだ彼には会ってないのかね?」

再び意外そうに男が淳に問い掛ける。普通の人ならば、このすべてを知っていると鼻持ちならない小ばかにしたような彼の態度に我慢がならないところだろう。

「あなたは……何を……?」

男のほうはすべての事情を知って納得しているようだが、淳にはいったい何の事なのか訳がわからない。まだ? 彼? 会ってないって一体どういう事??淳の中に疑問が渦巻く。

「ああ、それで納得したよ淳。道理でまだ少し固いと思った。まあ固く閉じた青いつぼみというのもそれはそれで悪くないがね、私の淳にはまだ少し足りない」

そう一人で言って一人で納得している。淳が戸惑って男を見た。自分の話題らしいのに、何一つ言ってることがわからないのは不安だ。この男は、相手にわかってもらおうとか、理解してもらいたいという感情とは完全に無縁らしい。

「それにしても彼はおまえをほっといていったい何をぐずぐずしているのかな? ……ああ、きっと今ごろは彼もおまえに会いたくてイライラしているのだろうな」

クックック……とさもおかしそうに笑う。誰かがじたばたしているのをすべてを知ってる高みから見下ろすのが彼の趣味らしい。

「……あなたの言ってること、わかりません」

「いずれわかる。いまいましいが彼はおまえを絶対に探し出す。イヌ並みの嗅覚でおまえをかぎ当てるだろうからね。これは予言でも予想でもなく、少し未来の事実を述べてるだけなんだが、おまえは彼に会うよ」

「彼って、誰なんですか? その人は僕の何なんですか!」

「おまえは彼に愛されている時が一番美しい。私はまだ来るのが少しばかり早かったようだ。再びおまえに会うまでの時間など私にとっては瞬きするほどのものだったが……。ハッハッハ! 少し急ぎすぎたようだ、この私が!」

何が可笑しいのか淳にはちっともわからない上、全然疑問の答えにもなってないが、とりあえず彼が上機嫌なのでほっとく事にする。彼は気がついてないようだがはたから見れば暴走以外の何ものでもない。それでも淳は行儀よく男の喋りが終わるのを待った。

「それだけおまえに会いたかった……ということだよ、淳。もうすぐおまえはあの時と同じ完全さを取り戻す」

まるで子供のようにはしゃいでいたかと思うと、今度は落ちついた大人の男の声で感慨深く淳に囁いた。耳元で囁く待つ事の楽しみを知っている余裕に満ちた低い声。それが媚薬のように淳に快楽を与え、無意識のうちに淳がたまらず小さな快楽の喘ぎ声を出した。

「矛盾に満ちた美しいマリオネッテが再び私のものになるのだ。淳……やはりおまえこそ私の傍らにいるのがふさわしい」

「僕も……僕も貴方の傍にいたい。離さないで……」

快楽に精神を犯され、うっとりと夢心地のまま淳がとろけそうに甘えた声で囁き返し、強く男に抱きついた。理性ではなく本能からの答えと甘い媚びに男が満足したように淳を抱き、高らかに宣言する。

「Maine Brautmarionette!」

神の永遠の伴侶に選ばれた事を淳は知らない。ただただ大きな腕とたくましい胸に顔をうずめて、たとえようもない麻薬のような幸福感に身をゆだねる。しばらくそうしていたが、やがて正気にもどったのか、恥ずかしそうにモゾモゾと動きだした。

「もういいのかい?」

それを察してからかうように男が言うと、恥ずかしそうにこくんとうなずいておずおずと身を離す。しばらく戸惑っていやたが、やがて意を決したように男の目をまっすぐ見て話し始めた。

「あなたが何を言っているのか、正直僕には理解できません。初対面なのに、なんだか懐かしい気がするのも、あなたになら僕のすべてを委ねてしまいたくなるのもよくわからないけど……。誓って言いますけど、僕は今まで男の人にこんな気持ちを、まして初対面の人にこんな気持ちを……その、正直に言いますけど、あなたに抱きしめて欲しい……とかあなたに僕を好きにして欲しいとさえ思っていることをどう説明して良いのか僕自身よくわからないんですけど」

「けど……なんだね?」

まぜっかえすように先を促す。拒絶される事など微塵も思っていない傲慢で完璧な自信

「あなたはさっきから僕のことを、私の、私のって言うけどッ! 僕は僕のものだ。僕以外誰も僕を縛ることはできないし、僕に命令することもできないんだ! 僕は誰かの『もの』なんかじゃありません!」

男が目を見張った。理解を超えるほど遠くの過去から存在している彼がそんな顔をしたことが今までにあったのだろうか? 所詮彼にとっては下等生物か玩具に過ぎない存在がよりにもよって神たる存在にそんな顔をさせたなど人類史上最大の快挙かもしれない。

「面白い! 面白い! たかが人間が『神』たる私によりにもよってそのような内容の口を利くとは! おまえは認識できないほどの昔より存在してきた私でさえ知らなかった新しい感情を出させてくれるな! 実に得がたい資質だ。それでこそ私のBrautにふさわしい」

男が興奮したように(それだけでも十分奇跡に値する出来事なのだが)言い、淳を選んだ自分の目は確かだったと納得してうなずく。

「……僕、別に面白いことを言った覚えはないんだけどなァ」

一方、月面着陸など目ではないほどの快挙をなし遂げた事など知る由もない淳の方は、予想外の反応に不満そうに口を尖らせた。

「今すぐにでもおまえを私の世界へ連れて行こうかとも思ったが、やめておこう。おまえが彼に出会ってどの様に美しくなるか興味がある。それに、この世界も面白そうだ。戯言にしばらくおまえとここに留まるのも悪くない」

「よくわからないけど、僕も嬉しいです。そうしてください」

悦に入ってそう言った男の言葉に淳がそう適当に返した。なんだかんだ言ってこの男のあしらい方をよく知ってるのは淳かもしれない。

「もう『父さん』は廃業したからな、もう遠慮はせんぞ、淳。まあいつだって私は遠慮なんかした事などないがね。父親ごっこも楽しかったが、どうせだから今度は違う状況で楽しみたいものだ」

傲慢不遜が服を着て歩いているような男、ここまで来ると見事としか言いようがない。正直な分だけいっそのこと慇懃無礼な印象をぬぐえないフィレモンなどよりも気持ちがよい。

「何ですか? あなたは一人で納得してばっかりだ。僕にはぜんぜん説明してくれない、意地悪だ」

全く淳の意思や理解お構いなしの強引な態度に、淳が恨めしげに頬を膨らませた。気が強い淳には自分のことが勝手にきめられているようでおもしろくない。

「知りたいかね?」

淳がこくんとうなずく。男がそれを見てかすかに笑うと、抵抗する間を与えずに、すばやく淳のあごを上向けた。

「……なっ!」

「こういうことさ」

逃げられないようにしっかりと淳のあごをつかんで男が唇をふさぐ。まだうまく答えられない淳の舌を大人の余裕で弄び、からかい、自分好みに教え込む。淳が舌をぎこちなく絡ませてくるようになるまで長いキスを続け、淳が答えるとようやく許して唇を離した。

「んっ……は……ぼ、僕。どうしちゃったんだろっ。ど、どうしていいか。わ、わかんなくってっ。もう……いきなり……。酷いよっ!」

ショックのあまり淳が涙を浮かべて抗議した。初めて体験した大人のキスの快感にひざが崩れ落ちそうになって男にしがみつく。動揺しているのと涙声なのがたまらなく可愛い。

「落ち着きなさい、淳。私はこれでおまえを許すつもりはないのだから。キスぐらいでこんなに動揺するのだったら、この先はどうするね? 私がおまえを抱くときはショックで死んでしまいそうだな」

淳とは裏腹に落ち着き払った男が、飲み込みきれずに淳の白いのどにこぼれた唾液を指ですくいとってからかうように言った。

「この先……」

想像したのか、恥らって淳の目元がうっすらと赤くなる。色々といけない事を教え込みたくなるような初々しい淳を見て、やや手かげんするつもりなのか、嬲ってやろうと思ったのか、それとも待つ楽しみを得ようというのか男が言った。

「安心しなさい、今すぐに……という訳ではないよ。淳が彼に会ってからだ。私は二番目で良いよ。最初は彼に譲らないと恨まれそうだからね。彼のバックにいるあいつが出てきてもうるさい」

あいつという響きに今までとは違う対等で苦々しげな感情の動きを感じた淳が問い掛ける。

「あいつ?」

「フィレ……いや、こっちの話だ、忘れなさい」

素直に追求を止めた淳が別の事を尋ねる。さっきからこの男は今までの人生では考えられない問題発言を散々繰り返している。淳には説明して欲しい事がいっぱいだった。

「あの、ぼ、僕が男の人と、その……、し、しちゃうとか、あなたが、僕を……、あの……二番目に抱くっていうの、さっきみたいに、予言でもなくて、近い将来におこる事実ってやつなんですか?」

「そうだよ、楽しみにしておいで」

「淳を抱く」などと本人の前で言われた淳の困惑は大きい。そんな事を本人の前で堂々と言えるこの男の精神構造もちょっと変だ。しかも話を総合すると、自分の初体験はいつか出会う「彼」とらしいし、彼って男じゃないか……と淳が自分の将来を心配するのも無理はない。しかし男はあっさりと肯定し楽しみにしていろとまで言った。

「…………どうしよう、恥ずかしいよ……」

もっと他に言う事があるだろう。と突っ込みたくなるが、淳は淳なりに困惑しており、重大問題に頭を抱えているのである。ただちょっとずれてるかもしれないが。

「ハッハッハ! そうかね?」

淳の言葉に上機嫌で男が言った。ずれているといえばこの男も相当ずれている。まあこの男はそんな事など一向に気にもしないだろうが。ずれてるもの同士良いカップル(?)なのかもしれない。

「ずっと聞くのを忘れていたんですけど、あなたのお名前はなんておっしゃるんですか?」

「初対面」なら当然聞いてくる問いを淳がする。男の答えは奇妙なものであった。

「ん? 名前かね……。考えてなかったな。そうだな……橿原ということにしておこうか」

「あ、僕と同じ苗字だ」

何気なく淳が言うと「橿原」氏はややうろたえたように見えた。

「そうかね? いや、そうだろうな」

「???????」

変な答えに訝りながらも淳が無意識にさらに追い詰める。

「下のお名前はなんとおっしゃるんですか?」

「あき……いや、成明だよ……」

まさかこんな所でうろたえるとは思ってもみなかった。名前という呪に人間が縛られているのを忘れていたのは「神」ならではのミスかもしれない。うなずく淳を見て気を取り直したように言った。

「しばらく退屈しなさそうだ。この私がおまえとここにいるんだから、私を大いに楽しませてくれるのを期待してるよ」

……彼の期待通りになるかはまた別の話である。

淳が「彼」こと達哉に、そして懐かしい皆に会う日も近い。あの時とまった時が違う形で動き出す。止まっていた運命の輪は再び回りだした。でもそれは過去の繰り返しではない。別の未来と別の可能性をもって、すばらしい時をすごした仲間たちが、共に罪を乗り越えた仲間たちが今、再び集う。

新しい関係が古い絆からもうすぐ生まれる。                         

                                    
ENDE

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